火種「昼間、連れ歩いてた女学生は誰?」
「は?お前、見てたのか……。」
「当たり前だろ、俺はお前が好きなんだから。」
いつだって見てるよ、と続いた言葉には温度は感じられなかった。
その時点でマスターの様子が可笑しいことは分かったけれど、それを指摘するより先にベッドに乱暴に押し倒された。身体が叩きつけられて、身じろぐとシャツとシーツが擦れる音がした。
「ってぇな!何すんだっ……!」
「何するって、ここに来たらやることは決まってるだろ。」
いつも、特訓と称してキスの仕方やら前戯のやり方を仕込んでいたその場所で、僕の上にそいつは馬乗りになった。
思わず睨みつけると、こちらを見下すようにマスターは僕をじっと見つめていた。
こんなマスターは見たことない、何の感情も無くて、その目には本当に何も映ってない気がした。
「俺が怖い?」
「っ、」
「これでも必死に抑えてるんだ、酷くはしないよ。別にお前を傷つけたいわけじゃない、ただ、こうでもしないと……可笑しくなりそうなんだ。」
絞り出す様に呟いて、ひとつ深呼吸したマスターが、僕の頬を両手で抑える。僕の瞳をじっと見つめたまま、顔をゆっくり近づけてきて、唇と唇が触れる瞬間に目を伏せた。
その仕草が、やけに色っぽくて目が離せなかった。
「んっ、ん……、ふ、ぁ……、」
柔らかい唇がくっ付いて離れて、またくっ付く。呼吸をするタイミングで、ぬるりとマスターの舌が口に侵入してきた。子どもみたいな拙いキスだと、馬鹿にしたのが遥か昔のように思える。
「ふっ、ん、んんっ……♡」
特訓の時のように僕が弄ぶ側では無いからか、舌を絡めようとする気にもならなくてただマスターの舌の動きを受け入れるだけになる。口の中の気持ちいいところを擦られて、舐められて、甘える様な鼻にかかった声を出してしまう。
じゅる、と舌を吸われて僕は無意識にマスターの背中に腕を回した。
「んっ、はぁ、グラース……。」
「はぁ、ぁ、な、んっ……!?」
「はは……勃ってる、そんなに良かったのか。」
マスターの手はいつの間にか僕の下半身の方に伸びて、制服のジッパーの所を優しく撫でた。あまりにももどかしい刺激に腰が揺れる、僕の上で笑う男を睨みつけた。
「良くなんてっ、なってない……!」
「じゃあこれは何。」
「っ、ぁ!これ、はぁ……っ、」
「素直に、気持ちよくなれって、あんなにお前が教えてくれたのにな?」
勃起しかけているそれをすりすりと撫でられて、耳元で囁かれて熱が頭に上ってくる。撫でている手を追い掛けるように腰が動くのを止められない、唇を必死に噛んで声を出さないように耐えるしか出来なかった。
「こら、唇噛むなよ。痛いだろ、」
「んっ……お前が!触るの止めればいい話だろ!」
やっとまともに抗議ができる、と思ったのに。僕の上に跨る男は、口の端を吊り上げて微笑んだ。
「止めて欲しかったのか?」
「ぐっ……、」
思わず黙り込む。
普段の自分ならもっともっとと、強請ってもいいはずなのに。こいつには好き勝手されたくないという思いの方が強かった、だって、何もかも僕が全部教えて、めちゃくちゃにしてやろうと思ったのは僕が最初だったのに!
悔しそうな僕を見てマスターはあっけらかんと言い放った。
「我慢なんてしなくていいのに、キスも、セックスもお前の好み通りに完璧にできるようになったんだから、そりゃグラースが気持ちよくなっちゃうのは当たり前だろ。」
目の前の舌なめずりしている男が、あの、僕からキスしただけで真っ赤になっていた奴と同一人物だとは思えなかった。
少しからかってやろうと思っていただけなのに、やばいものに火を付けてしまったかもしれないと、冷や汗をかく。
頬に手を添えられて、ぐっと顔を近づけられる。
ゆっくりと弧を描く瞳にぞく、と背筋が震えた。
「せっかくお前の好みの俺になったんだから……最後まで付き合ってくれるよな??」
おわり。