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    nanndemo_monyo

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    割と人生初期からあきらめかけてたリンハルトが先生と出会ってなにかしら変化する話の予定です。
    まだ出会ってないところ、リンハルトが幼少期家庭教師を泣かせてた話です。

    #リンレト
    linklet
    #書きかけ
    unfinished

    檸檬の棘たった一人の貴方

     記憶にある限り、リンハルトの生涯において、「先生」と呼べる人間はいなかった。多くの貴族の例にもれず、士官学校へ入学する前は、有名な家庭教師がついた。初めてついたのは確か、4歳になろうかというころである。大抵の子どもは幼少期の記憶を次第になくすものだが、16になる今でも、この頃のことははっきりと思い出せる。まだ自分が何に興味を持つかを知らず、意図的に遮断することをしていなかったせいだろうと思う。
     初日に家庭教師が持ち込んだ絵本の類は、ほとんど既に読み終えた後だった。書き文字も読むためにほとんど形を覚えきり、手になじませるだけだったので、数刻と経たずに完璧になった。フォドラの地図もおおよそ頭に入っていて、つまるところリンハルトは、彼の一年分のカリキュラムを一日で終えてしまったのである。大抵の貴族というのはそうだ、とリンハルトは後に知ることになるが、家庭教師も例にもれず、プライドの高い男であった。子どもらしい丸みを帯びた唇が、「この地図、北のほうがちがうんじゃないかな」と告げると、一瞬苦々しく眉根を寄せた。あれ、と違和感を覚えるより早く、数日と経たずに彼は職をやめてしまった。
    「ありゃ神童ですよ、普通じゃない」
     そうして使用人頭に告げているのを、リンハルトは木陰で聞いていた。一度も自分の前でそうしたことがないから、誉め言葉であるとは当然、受け取っていなかった。結局一度も「先生」と呼ぶ機会のないまま、それきり彼と会うことは二度となかった。
     「フツウジャナイ」という言葉はそれから何度となく、リンハルトの周りでささやかれた。彼自身、それは言われるまでもなく、ぼんやりと理解できることだった。父親が書いていた書類の間違いを指摘すれば、父は子どもが大人の仕事に口を出すなと言った。風向きから考えて、そこに洗濯物を干さないほうがいいと言えば、使用人はリンハルトの前で雑事をしなくなった。母からもらった手紙の表現のおかしさを見つけると、母はそれきり手紙を書いて寄こすことはなくなった。
    「お前は余計な口を利くな」
     なるほど父の言う通り、自分の口は災いのもとなのだと理解したのは、確か8歳くらいの頃だったろうと思う。昔からそうであったせいか、リンハルトは多少人が自分の周囲にいないくらいでは特にどうとも思わなかった。同世代の友人はほとんど話が通じないか、少し話すと何が気に障ったのか泣いてしまうこともあった。そうでなかったのは、べらぼうに前向きで、あっけらかんとしたカスパルくらいなものだった。それなりに相手を思ったつもりでも、だいたいが裏目に出てしまうらしいので、リンハルトは極力、何かと関わることをやめた。問題を起こすよりは、そのほうが何かと面倒がないからだ。繊細なほうではなかったので、それでも時折癖のように口を出してしまうことはあったが。ほかの多くの人たちと違い、夜に活力の沸く方だとわかってからは、生活周期すら人とずれていった。そうして、昼間はねぼすけに、夜は何かに没頭する生活をしていると話したカスパルは、珍しく何かを心配するような顔をしていた。
     士官学校の話が出たのは、そんな折のある冬だった。寒い時期や暑すぎる時期、リンハルトはますます出不精になる。それを引きずりだしにでも来たのだろうか、鼻を赤くしたカスパルは「お前も、士官学校に来いよ」
    と言ってのけた。すぐに大きなくしゃみをしたので、リンハルトは使用人に毛布を持ってこさせた。年中薄着でいるのはどうかと思うのだが、この議論も既に、もう不毛なほど繰り返されているので、リンハルトはあきらめかけていた。
    「今更学校って言ってもなあ。まあ、どうせ家を継ぐんだからって、行かされることにはなりそうだけどさ」
    「なんだよ、嫌なのか? 行くなら別に、俺と同じ年でいいだろ」
    「まあ、その理屈は僕たちの親には通じないと思うけどね」
     ままならないことに、彼らの両親は国内でも笑い種になるほど仲が悪かった。半ば放置されているせいか、別段それでも交友を断絶されることはなかったが、表立って言うのは少し面倒なのだ。
    「それにさ、今年は皇女とか、ファーガスの王子も来るらしいぜ」
    「へえ。余計に面倒そうだな、あと二年はずらそうかな……」
    「なんでだよ。お前、紋章学の先生があの学校にいるって言ってただろ」
    「まあそうだけどさ。別に直接教えを乞う必要はないよ。あの人はもう著名だから、書いた論文や本なんかは出回るのも早いしね」
    「そうかあ? 絶対直接のほうがはえーだろ」
    「君の場合はね」
     何しろ彼は腕っぷしを磨きたいのだ。士官学校は主に、戦場でのことを教えられるのだという。紋章学や歴史についても、もちろんしっかりとした教育はされるそうだが、むしろ人の血が苦手なリンハルトにとっては苦手分野が多い。
    「それにさ、一年寮生活なんだぜ?」
    「うーん……。まあ、それは魅力あるよね」
    「おう。親父のいない環境なんて、独り立ちするまではなかなかないからな。お前だってそうだろ?」
     リンハルトは受け取った毛布をカスパルに渡しながら、自分の猶予について考えていた。実のところ、リンハルトにとって家を継ぐまでの時間はもうあまりなかった。嫡男どころか子息は自分しかおらず、異端児の息子を十分に知っていたとて、それ以上どうする気もない、というのが両親の見解らしいのだ。リンハルト自身、このぬるま湯のように何不自由ない生活は、貴族として生まれたからだとわかっている。その人生には果てしない責務があり、それはけして、リンハルトにとって興味対象にはなりえそうにない。近頃はそれを考えるのも億劫で、ますます昼寝が捗っていたくらいだった。
    「一年あったところで、何も変わらないと思うけどなあ」
     ぽつん、と呟いた言葉を、カスパルは静かに受け止めた。彼は頭は全く良くないが、感情の機微に対して、時折妙に扱いのうまさを見せた。その時も、笑い飛ばすでも無理に慰めるでもなく、淡々と返すだけだった。
    「……でもよ。だったら、今のうちにやりたいことやっとけよ」
    「やりたいこと、ね」
     内容自体は、もうすでに定まっている。紋章学だ。内容の一割も理解していないだろうけれど、カスパルに何度か紋章学の面白さを語って聞かせたせいで、彼はリンハルトがどれだけ熱を上げているかを知っている。
    「王子や皇女が来るってことはさ。珍しい紋章持ってるやつもいるんじゃねえの?」
    「まあねえ……」
     確かにこれ以上ない研究対象にはなりえるはずなのだ。どこまで何ができるかは未知数だが、少なからずかかわることはできるだろう。どうせ距離を取られるのがオチだとしても、経験としては面白いのかもしれない。総括として、確かに今行くのが、一番頃合いなのではないか、とリンハルトは考えを改めていた。恐らくカスパルに説得されることなど、人生でほとんど初めての経験だったが。

     士官学校の志願はつつがなく了承され、リンハルトはめでたく修道院の門をくぐった。それから、入学志願生に紛れている「先生」と出会うまでは、それほど時間はかからなかった。
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