お題『西瓜』 蓮花塢の夏は蒸し暑い。
この時期、あちらこちらで蓮の花ひらく様はまるで仙郷のごとき美しさだが、水場が多いということは湿度も高くなるというわけで。蓮花塢の住人の関心は、このじっとりとした暑さをどのように凌ぐかということに向けられるのだ。
厳しく容赦のない宗主が率いる雲夢江氏の弟子たちも例外ではなく、その日は宗主の不在をいいことに、監督者の目を盗んで、修練場から抜け出した数人の少年たちが試剣堂でごろりと寝そべって、床板に涼を求めていた。
「お前たち! 何をやっている!」
「ひえっ!」
ふいに降ってわいた怒声に、少年たちは震えあがる。
苛烈な宗主が帰ってきたかと、顔を見られる前に別の扉から逃げ出そうと少年たちは考えたが、声が違うことに気が付いた一人が、好奇心から振り返った。
その先にいたのは、金星雪浪をあしらった絢爛な袍を纏った、蘭陵金氏の宗主金凌だった。
「金宗主!」
その呼びかけに、残りの弟子たちも振りむいて、一斉に拱手した。
「ははっ、驚いたか。この時間にここにいるということは、お前たち修練から逃げたな」
年若い金氏の宗主は、弟子たちと年齢も近いということもあるが、江澄の甥で昔から蓮花塢に出入りしていることもあって、江氏の弟子たちにも大変気安く接してくれる。
その台詞に反して、口調に責めるような様子はなく、むしろ面白がっているようだった。
「ということは、叔父上は不在か。せっかく手土産も持ってきたっていうのにな」
口を尖らせた金凌が手にしているのは大きな西瓜だった。皮の表面に汗をかいている様子から、しっかりと冷えていることが伺える。
少年たちは、ごくりと息をのんだ。
「叔父上がいないならしょうがない。よかったらこの西瓜を食べるか?」
そう金凌が提案した瞬間だった。
「お前たち! こんなところにいたのか!」
雷が如き怒声が落ちて、少年たちを心胆寒からしめた。
「じゃ、江宗主! 姑蘇藍氏に行かれていたはずでは……」
「早々に会談も終わって、今帰ってきたところだ! 江氏の門弟ともあろう者が、宗主の目を盗んで堂々と油を売っているとはな。お前たち、そんなに俺の鞭を受けたいか?」
指輪からばちばちと紫の電がはしる様子に、少年たちは真っ青になったが、そんな江澄の怒りをものともしない人物が一人いた。
「叔父上、おかえりなさい!」
金凌が、ぽんと江澄の肩を叩いた。
「金凌?」
その時になってようやく、甥っ子がこの場にいることに江澄は気付いたようだった。呆気に取られて、紫電もすっかり鳴りをひそめた。
「ねえ叔父上、西瓜食べない? 今年の西瓜はとっても甘くて美味しいんだ。冷やしたのを御剣で急いで持ってきたんだけど」
「西瓜だと?」
差し出された西瓜に毒気を抜かれたのは、そこに彼の母親の面影を見たからだということを知るものはこの場にはいない。
「俺が切るからさ、一緒に西瓜を食べようよ」
金凌は、江澄に見えないように後ろ手をちょいちょいと動かして、今のうちに姿を消すように少年たちに合図を送った。
「金凌、お前…………」
そんな甥の思惑に気が付いて、引いていった怒りがぶり返したが、にこりと微笑む金凌と、脱兎のように走って逃げ去る少年たちの姿に感傷を刺激されて、江澄は拳を握りしめて堪えた。