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    【田内】節句祭2023

    #okdeeer_Tauchi

    せかいじゅうで「え、ひーくん兜折られへんの」
     折られへん〜と、泣きながら訴えてくる目元は既に十分赤かった。ぼろぼろになった兜(だったもの)を手にこちらへ駆け寄ってきた従兄弟は、この行事の間もう何度泣いたんだろうか。目元が赤いだけではなく涙袋がぷっくり腫れていて、あ〜これは冷やしても明日の目元はぱんぱんやろなぁ、とどこか他人事のように思った。

     外を走り回ることが出来ない以上、今回の行事での俺の仕事はひたすら本拠地で鯉のぼりを量産することと、ついでに怪我したチームメイトへの対処くらいだった。同級生が青の旗を掲げて勇ましく戦闘を繰り広げている間、俺は鯉のぼりの鱗に顔を描いたりしている。サボってない。これも立派な防御側の仕事である。
     合戦が行われている防御壁の外側と違って幾分かのんびりとした空気の漂う中庭に、うわぁ〜んと絵に描いたような号泣を見せながら戻ってきたのは他でもない従兄弟だった。俺の姿を認めるなりこちらに向かって走ってきた従兄弟に、あぁまた何かひとりで出来なかったんだろうと当たりをつける。
    「ごぐ〜! がぶど〜!?」
     でかい声で泣きながら聞いてくる内容は、なんともまぁ幼稚園児みたいなことだった。紙の兜がぐしゃぐしゃになってしまったので折り直したいが、やり方がわからないらしい。
    「とりあえず鼻かめ鼻……ちゅーかそれ鼻水なん涙なんヨダレなん、分からんけど汚いし拭き」
    「がど」
     鯉のぼり工作用にその辺に転がっている箱ティッシュから一、二枚を抜き取り手渡すと、従兄弟はぶっちーんとブッサイクな音を立てて鼻をかんだ。ポリ袋にティッシュを捨てさせてやって、ウェットティッシュで雑に顔を拭ってやる。痛いよおと泣き言を漏らすのを無視しながらついでにちらりと頭の先からつま先まで確認すると、小傷は多いがどうやら大きな怪我はしていないようだった。
     紙の兜を折ることが出来ない、と、ただそれだけの理由で泣いている訳ではないことは俺にも分かっている。思い返せば去年だって、顔中をぐしゅぐしゅにして、転んで砂まみれになりながら走り回っていた。今年の節句祭は相手取る学年も増えて、各陣営気合十分、めちゃくちゃ盛り上がって――もとい、殺気立って――いる。不器用なこの従兄弟が、もちろん積極的に参加はしつつもやはり思い通りには動けずに、おそらくは転けたりどっかに頭ぶつけたり後輩に追われたりしながらなんとかここまで生き残っているんだろうということは明らかだった。
     左手にはおそらくさっきまで兜だったであろうぐしゃぐしゃの青い紙が握られている。袋叩きに遭ったのか自分で勝手に転けたのかは知らないが、随分と派手に大破したものだ。
     そう言って情けなく眉を下げる様子は雨に濡れたゴールデンレトリバーのようで、俺はその顔を見ると、いつも大きなため息とともにしゃーないなぁ、と同じことを思う。
     こーくん兜折れる? と目をうるうるさせながら、ついでに鼻水も追加で垂らしながら聞いてくるので、またティッシュを引っこ抜いて渡してやる。
    「貸してみ」
     兜の残骸を受け取ると、なんか土とか葉っぱとか色んなアクセサリーが追加されていた。一度くちゃくちゃの紙を広げる。あー、と声が漏れた。
    「破けてる……」
     随分なダメージを負ったのか、正方形の紙は大きく破れていた。どういう目に遭えばこうなるのか分からないが、裂けているだけならまだしも一部が欠けているので、このまま折っても上手く兜の形は作れないだろう。
     それを見てまたうりゅりゅと目に涙を溜めた従兄弟の頭を泣くなて、と軽くはたく。幸いこの辺には鯉のぼり工作用の道具が揃っていた。補正くらいは難しくない。
    「ひーくんそこのセロテープで裂けとるとこ直しといて」
    「んっ!? できるかなあ!?」
    「いやカッターとか使う訳ちゃうからできるて、昔やったやんワクワクさんで」
    「ああ〜……は、さ、み、チョキチョキチョキチョキチョキチョキチョキ」
    「めっちゃ覚えとるやん」
    「て、え、ぷ、ペタペタペタ……」
     歌を口ずさみながらセロテープを手に取る姿が子供みたいだった。昔、夏休みに数日うちに泊まりに来ていた時に、紙コップかなんかを母さんから与えられてテレビの前で変な人形かなんか作ったのを思い出す。確かあの時は、顔のパーツを切り抜く時に指をちょっと切っていた。
     従兄弟が真剣にセロテープと格闘している間、俺は自分のほとんど被ってない兜を一度広げた。従兄弟の兜の紙と違って、こっちは社会の波に揉まれていないのでまだしっかりしている。二辺を大体同じ幅で切り取って補修用に使うつもりだった。正方形は残るので俺の兜は少々小さくはなるが消える訳じゃない。ポイントには影響しないだろう、多分。一応黙っとこ。
    「こーくん! できた! たぶん!」
     元気な声に振り返れば、多少不格好ではあるもののきちんと補修された紙をふりふり、従兄弟が笑っていた。さっきまでぴーこら泣いとった癖に波の激しいやつである。
    「おーできとるできとる。むしろこれで強くなるやろ」
    「マジ!?」
    「いや知らんけど」
     適当なことを言いつつ受け取った紙の、一部破れて欠けてしまった部分を、さっき切り取った自分の兜の紙で埋めてテープで止めた。明らかに継ぎ接ぎでボロボロではあるものの、なんとか正方形の紙にはなった。この状態から鶴は厳しいけど、まぁ兜なら折れるやろ。
     俺はそれを従兄弟に渡して、小さくなった自分の紙を手に取った。
    「ほんなら折るで」
    「俺があ!?」
    「アホ当たり前やろ一緒にやったるから自分のは自分で折れ」
     できるかなぁ〜と泣き言を言う従兄弟は、既に紙を裏表逆に置いている。それを直してから、俺も別に得意という訳ではない折り紙を、手順ごとに説明しながら一緒に折った。
     去年からずっと、この何に対しても自信の無い従兄弟に足りていないのは、手先の器用さでも運動神経でもなく、明らかにただ成功体験だと思っていた。
     自分の手で最後までやり遂げた、それが良い結果に終わったという体験は、自分はこれが出来る、ということの根拠になる。その積み重ねが今の自分を作っている自覚が俺には確かにあった。それを上手く積み上げられずにいたのが、目の前の田中氷雨だと思っていた。
     ただ、ひーくんはこの一年半、たぶん俺の見ていないところで、ちゃんとその体験を着実に得て、宝箱に仕舞っていっているように思えた。例えば去年の節句祭で、例えば委員会で、例えば部活で。赤ん坊が初めて積み木を積むように、歩くための一歩をよたりと踏み出すように――そんなことを本人に言えば、こーくん俺赤ちゃんじゃないよ、と妙に冷静な言葉が返ってきそうな気がするが――そうやって重ねてきたはずの経験が、もうひーくんの中には随分と積もっているはずだと思っていた。
     隣を見れば、相変わらず不安げな表情で、ちまちまと紙を動かしている。やっぱり上下を間違えたり、めくる箇所を間違えたりしているものの、そんなものは俺がちょっと言ってやればすぐ直すことが出来た。別に俺が折ってやることだって出来たし、その方が当たり前に早いことはわかってる。でもこの小さな「兜を折れる」という自信が、いつか積もり積もってお前の背中を叩いてくれるならいいと思った。
    「うわ〜折れた〜!!」
     完成した兜を両手で掲げて、従兄弟は大きな声を上げた。本来は一、二分で折れるはずの兜にたっぷり十分以上かかっていた。なんかツノのとこ左右の長さ違うしどう見ても不格好だったけど、それでも随分と喜んでいるのを見ると、鯉のぼり大量生産の手を止めて付き合ってやった甲斐もあったと思う。
     なお俺の兜はなんとか頭の上にちょこんと乗る程度の大きさになってしまった。まぁ問題ないやろ、走り回れる訳でもなし。
    「こーくんありがと〜!! 俺弓道場占拠してくるっ」
     継ぎ接ぎだらけの兜を被り直して親指を立てる。俺もそれに親指を立てて、鯉のぼりライン工の仕事に戻った。頭の中では、ひーくんがあれからずっと歌っていたワクワクさんのオープニングの曲がぐるぐると流れていた。
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