みだすひと先輩が自分の家に入り浸っている。曰く「過ごしやすいから」だとか。仮にも自分は男で、先輩は女性である。
「美味し〜七海んち、やっぱ最高だわ」
アヒージョからのパスタに舌鼓を打つ。黒いアイマスク、長い白髪を後ろにぞんざいにたらしている。椅子に座ると、フローリングに付きそうな長さだ。
「食べたら帰ってください」
「エ、やだよ。泊まる」
「駄目ですよ」
「なんでさ!今までも泊まったじゃん!ケチ!!てか、終電だよぉ。電車なくなっちゃった♡」
「瞬間移動でお帰りください」
「七海がいじめるぅ」
元気なひとである、全く。時間を考えてほしい。いや、だが、譲るわけにはいかないのだ。なんとなく許してきたから、このひとが入り浸るようになったのだ。過去の自分よ、考え改めてほしい。
「でも、わたし知ってんだからね、ななみが新しいお布団買ったの。わたしのためでしょ?ねえ」
「気の所為です」
「やだやだ、なんでそんなこと言うの。ねえってばぁ!」
「逆に聞くのですが、何故私の家に寝に来るんてすか?」
「そういう質問ずるーい。でも答えちゃう〜!七海のお家のベットもおふとんも、寝やすい、最高」
「メーカーお教えしますね」
「あとね、このマンションいいよね。わたし高いとこって大好きなの」
「馬鹿と煙はなんとやらですか?」
「え?わたしのこと馬鹿っていった?あん?」
凄んでくるが、手慣れたものだ。
しかし、本当に器用なひとだ。マシンガントークしながら、パスタを食べ終わる。
「ヤ、真面目な話、高い場所は呪力とかの影響が少なくて、六眼の負荷が少ないんだよね」
「……初耳ですよ、それ」
「言ったことないもん。てか、わざわざ人に言う必要なくない?」
「ならどうして私に言ったんです?」
「聞いてきたのおまえじゃん」
少しオリーブオイルでてかてかとしている唇を尖らせた。七海はティッシュを差し出すと、不思議そうに首を傾げた。口の周りが汚れてますよ、え、拭いて拭いてと唇を突き出してくる。
目隠しをした美女に唇を突き出されて、動揺しない男がいるだろうか、いや、いない。七海は、冷静に見えますようにと願いながら、ティッシュで汚れを拭いた。
「んで、なんの話にだっけ?」
「瞬間移動で帰る話では?」
「あ、そうそう。七海の隣の部屋買ってもいいかの話」
「は?」
そんな話、一ミリもしてなかったが。
「そしたら、家帰れって言われても直ぐ帰れるでしょ?どうよ」
「どうもこうも、」
一瞬良い、と思ったが良くない。そこまでしてここにいたいのか?
「良くないです」
頑なな言葉が滑り落ちる。
「駄目です」
「絶対」
「なんでそんなに嫌がるの」
「部屋には入れてくれるのに」
「どうして?」
ぶうたれた。
五条ははぁと深いため息をついて、髪をかきあげる。美しい絹糸の様な髪がさらりと揺れた。
「どうしろって。泊まらせてくれないんでしょ。わたしなりに、七海の意思に沿いたいから譲歩したんじゃん。なにがどういけないわけ?具体的に示してよ」
「そもそも、こんな時間に同僚後輩とはいえ、男の家にくるのが間違っています」
「いや、知らんし。わたしが来たいから来るんです〜」
「……それが、一番困るんです」
頭を抱える。
「流石に、勘違いしますよ」
「えっ」
五条は唐突にアイマスクを下ろした。なんだ、術式でも発動させるつもりなのか、やめてくれ、ここは自分の家だ。
美しい柳眉が現れ、煌めく瞳が白で縁取られ、きょとんぱちぱちと何度か瞬いた。
「ほんとに言ってるの」
「は?」
「わたし、七海のこと、好きなのに?」
「はあ」
沈黙。
五条悟の顔を正面から見て、大真面目にその整った顔を真っ向から見て、どうにも耐えれなかった。ふと目を逸らす。
「勘違いしてよ」
「………」
「逆に、わたし、誰にでもそんなことすると思われてるの」
両肘をついて、顎を乗せて、上目遣い。
「ひどい、傷ついちゃうよ。流石に」
「……傷ついている顔、ではなくないです」
「しようか、その顔」
「やめてほしいです」
「マジトーンかよ」
べ、と舌を出した。昔、よく見た顔だった。
「からかいでも、なんでもなく?」
「キスでもしようか?なにしたら信じてくれるの?」
「……なにもいらないです」
どうして、このひとは、自分をこんなに乱していくのか。わかっていて、やっているのか、それすらも理解できない。いや、そもそも、この人を理解しようというのが間違いなのか。
「兎も角、今日は、帰ってください」
なんとか言葉を捻り出す。
「え、一世一代の告白を?そんな。ヤ、おまえが本気で帰れって言うなら、帰るけど。でも、でもでもでも、答えだけ教えてよ」
一世一代なんですか、といつもなら言うところだが、それすらも出来なかった。
ねえ、ぐっと五条は、ダイニングテーブルに乗り上げた。視界の端で、パスタ皿が跳ねたのが見えた。端なのは、顔を両手で挟まれて、このひとから、目を離すなよ、こっち見ろよと強制されたからだ。
「んふ」
整った顔が華やいだ。
「いいよ。帰ったげるね。精々、返答をロマンチックな言葉に飾る練習して」
ウィンクひとつ。
「じゃあね、バイバーイ」
呆気に取られていると、さっと髪の毛の乱れを直し、アイマスクをし終えて、消えた。
「クソ………」
ごんとテーブルに頭を当てた。
なにもかも、乱していくひとである。