星の降る夜に(後編)「わぁ、見て姉さん。空、すごいよ」
「おぉーこりゃすごいな」
冬の太陽はあっと言う間に床につき、空は満天の星々が瞬いている。高校から戻ってきた蓮と菖蒲は迎えの車から玄関までの距離をゆっくり空を見上げながら帰る。すると
「わぁーーーーん!トメさんの馬鹿!!返してよーーーー!!!」
土筆の泣き声が庭中に響きわたった。何だ何だと玄関を開けると、子ども用ジャンパーとリュックサック、マフラーと手袋を抱えたトメがいた。
トメが二人の存在に気づき、ゆったりとお辞儀をする。
「おかえりなさいませ、お嬢様方。お出迎えせずに申し訳ありません。」
「いや、いいよ。土筆のやつ、今度は何やらかしたんだ?」
蓮がトメに聞くと、彼女にしては珍しく困ったような笑顔で事情を説明した。
曰く、土筆の体温を測りに部屋の襖を開けた瞬間を見計らって、厚着をした土筆が流星群を見に外へ行こうとしたとのこと。
「急いで捕まえて、心苦しいですがこのように上着たちを没収した次第でございます。」
あちゃーと姉二人は頭をおさえる。興味があることに関しては、諦めの悪い土筆のことだろう。朝話していた流星群のために、必死に考えて、行動したに違いない。土筆の部屋の方向からドッタンバッタンと暴れる音が聞こえる。
「全く、土筆お嬢様には困ったものです。ご当主様方も、頭を悩ませていらっしゃる。……あぁ、失礼いたしました。ただ今食事の用意をいたしますので。またできたらお呼びいたします。少々お待ちください」
そう言ってまた綺麗に一礼して立ち去るトメ。そんなトメの後ろ姿を眺める姉の姿を菖蒲は覗き見た。
「……姉さん」
「ん?どうした?」
「なんか面白そうなこと考えてる?」
蓮の口元は笑っている。姉のこの表情は大人を困らせることではあるが、最高に楽しいことを考えている顔だと、長い付き合いの菖蒲は知っていた。
「おう。菖蒲も一緒にやるか?」
「……それなら、さっちゃんも誘わないとね〜」
じゃあ、やるか。と言わんばかりに二人は拳を突き合わせた。
夕食が済み、全てのお手伝いさんが寝静まった時間帯でも土筆の目は爛々としていた。お昼にたくさん寝てしまったため、ぐっすり眠ることができずに、布団で寝返りをうつ。時間を見ると21時50分。ふたご座流星群がたくさん流れるピークまであと10分ほどのはずだ。
「1時間に50個も流れるなんて……どんな感じなんだろ……」
アニメや絵本みたいにキラキラした風景なのか、それともそんなにすごくないのか、自分の目で確かめたかったと考えると、土筆の目にはじわりと涙が浮かぶ。
「行きたかったなぁ……」
「じゃあ、行くか!」
小さなつぶやきに対して、はっきりと言葉が返ってくる。なんの動きもなかった部屋に、新鮮な冷たい空気が入ってきて土筆は布団から飛び起きた。
「れ、蓮の姉御……!!なんで!?」
「しーーっ!静かにっ!!小声で話しな!」
慌てた様子で蓮が土筆の口を塞ぐ。姉御のが大きいよ、というのは野暮だろう。土筆は無言でコクコクと頷いた。土筆の反応に蓮は笑って、えらいぞとでも言うように頭を撫でる。
「蓮姉ちゃん、なんで。襖の魔術は??」
「お?まあ、あのくらいなら解呪するのは簡単だぞ??それよりほら」
そう言って蓮が持ってきたのは、先程トメに没収された上着の数々。戸惑う土筆に、蓮は上着を着させる。
「流星群。見に行くんだろ?病み上がりなんだから、しっかり厚着しなきゃな!」
蓮がニカッと笑いながら言ったその言葉に、土筆は嬉しくて蓮に飛びついた。
その後、急いで着替えた土筆と蓮はそっと部屋を抜け出し、中庭から家の裏口の方へと向かう。裏口では、2つの影が二人を待っていた。
「菖蒲ねーやん!さつきっち!!!」
「やっ!元気そうだねつーちゃん!!」
「つーちゃん、苦しい……」
待っていた菖蒲と颯稀に抱きつく土筆。菖蒲は嬉しそうに抱きしめ返し、颯稀は少し照れ臭そうに押し返す。
「さて、全員揃ったね!全員、整列!」
蓮の号令に、菖蒲、颯稀、土筆と並ぶ。
「ただ今から『4姉妹、流星群見よう大作戦』を開始する!この任務で気をつけるべきことはなんだ!」
「はい!」
「はい!菖蒲」
「全員補導されないよう、大人に見つからないことです!!!」
「そのとおり!というわけで、ここからは隠密に行くぞ!目指すは近くの公園だ!墓地を通るからな、手を離すなよ?行くぞ!」
「おー!」
そう言って4人は公園へ歩き出した。土筆は空を見上げながら歩く。その様子を土筆の手をひく蓮が注意した。
「こら、土筆。ちゃんと前を向いて歩きな」
「でも姉御ぉ見てよ。星が落っこちてきてる。」
土筆の言葉に、蓮も空を見上げる。天気予報通り、空は雲一つなく流れていく星々がよくみえる。
「すごいなぁ!アニメや絵本よりずっとずっとキレイだ!」
「……そうだなぁ」
瞳の中に星でも閉じ込めたのかと聞きたくなるくらい、土筆の目は輝いている。それを見れただけでも、蓮と菖蒲は計画を立てたかいがあったというものだ。
「蓮姉さんたち〜、そこで見てると危ないよ〜」
先を歩いていた菖蒲と颯稀の二人が公園の入り口で手を振っている。その二人に追いつくよう土筆が蓮の手をひく。
「ね、ね、蓮姉ちゃん、早く行こ!」
「ったく、転ぶから慌てるんじゃないよ!」
公園につくと、芝生の上にはすでにレジャーシートが敷かれている。颯稀はすでに横になって満天の星空を眺めていた。
「さっちゃんずるい!私も!」
そう言って横になる妹たちを、姉たちは微笑ましく見守る。
「それにしても寒いねぇ……なんか暖かいの持ってくればよかった……」
「確かにねぇ。……ふむ、じゃあ、ちょっとコンビニ行ってくるか」
そう立ち上がった蓮を菖蒲は止める。
「流石に姉さんでも、高校生以上には見えないんじゃ……?」
「じゃあ、お前金持ってんのか?」
「ないですね」
スッパリと言い切る菖蒲に、ほらみろ、と言わんばかりの顔を向ける蓮。そんな二人をよそに、颯稀に土筆は今日、蓮から借りた本から得たウンチクを語って盛り上がっている。
「ま、なんとかするさ。菖蒲は二人のお守りを頼むよ」
「りょーかい。ごちそうさまです、姉さん」
「出世払いしろよ」
そう話した蓮は温かいココアと肉まんを持って帰ってきた。温かいものの登場に、下の姉妹二人は小躍りするほど喜んでいた。
「蓮姉さん、ほんとに食べていいの?こんな時間なのに?」
「おう、いつもは決められた時間にしか食べられないもんな。今日は特別だぞ?」
「わーーい!私これ!」
「つーちゃんや、みんな一緒だぞ」
手が火傷するのではないかと思うくらい温かい肉まんに、土筆は口元が緩むのを抑えられない。
「蓮ねーちゃん」
「ん?どした土筆。火傷すんなよ」
「連れてきてくれてありがと!」
その言葉に蓮は笑う。照れ隠しのように土筆の頭をワシワシと少し乱暴に撫でて、肉まんを頬張った。
その後、肉まんとココアの温かさがなくならないうちに、4人は家に帰った。「4人だけの秘密だぞ?」と約束をして。
しかし、翌朝、蓮が偽装のため土筆の部屋の鍵を締め直したら、屋敷のお手伝いさんの誰にも部屋が開けられないくらい強力になっていたことで、どこか出かけたことはトメさんにバレた。そして4姉妹全員怒られたのは、また別のお話。