灰色のむかし話①焦げるにおいが充満して、黒煙と炎が踊るのを見ている。しかし、煙を吸っても苦しくはない。
じわりじわりと服がべたつく様な不快感を訴えている場所を見れば、そこは赤黒い染みを広げていて、痛みの感じないそれに不思議と(あ、撃たれたんだ)と感じた。
「××××ッ‼」
キーンとする耳鳴りを切り裂いて、誰かが叫んでいる。叫んだほうを見ると黒煙の向こう側から人の手が伸びてきて、自分も思わず手を伸ばす。顔も見えない相手の手に触れるその瞬間に、自分の視界がぐらりと傾いて、床を見ていた。迫ってくる床に自分が倒れていることに気が付く。受け身をとれるほどの時間はなく、衝撃を恐れて目をつむる。
「ハッ‼‼」
ビクンと体が大きく跳ねて、目を開ければ白い天井があった。何が起きたかわからなくて、視線を彷徨わせていると右側にたくさんの管が伸びているのが見えた。それはどうやら自分の右腕につけられたものだと、右手から感じる痺れるような違和感が教えてくれる。
「……ぇ、んて、き?」
のどが乾燥していてうまく言葉が紡げない。唾を飲み込んで潤そうとするが、自分の体じゃないかのように振る舞う肉体に苦戦する。息をするのもやっとの中、ガラガラと重い音がなりこちらに足音が近づいてくる。
「デファンスさん、点滴取り替えますよ〜〜、って、えぇ!!??」
こちらに近付いて着ていたのはナースだった。俺と目が合うと、驚きの声を上げた。
「あ、アレン・デファンスさん起きたんですねあぁ、よかった!今、先生とお母様方をお呼びします」
そして嬉しそうに笑って、すぐにナースコールを押す。そのナースはよかった、よかった!と喜びの声をあげて、正直に言うとうるさい。耳が痛くなる。
(あれ、まて、今、この人なんて言った……?)
今、目の前のナースは俺を指して、アレン・デファンスと呼ばなかったか?
「……ぁ、あ」
ナースに確認しようと声を出すが、喜びの声の前では掠れた声など消えてしまう。仕方ない、と痺れる手を動かし、ナースに触れようとしたその時、明らかな違和感が目に飛び込んでくる。
(タバコの火傷痕が、ない……?)
いやに綺麗すぎる手が、腕が自分に繋がっていた。脳みそが混乱し始めている。あり得ないことだ。と思う。俺はすぐに何も繋がれていない左手をゆるゆると動かし、確認する。
(ない……こっちにも傷跡1つも……)
左手を眺めていると、ベッドのサイドテーブルに置いてある鏡が目に入る。あり得ないことが起こっている。そんなはずがないとその事実を否定する。それを確かめたい、現実を否定したくて鏡に手を伸ばす。
近くにいたナースがそれに気が付き、「どうしたんですか?鏡?見たいんですね!」とこちらに鏡を向けられる。
自分の色とは違う黒い髪、痩せこけて青い顔をしているが義父にそっくりな顔立ち、そして何より
(あかい、目……)
その特徴は全て自分とは当てはまらない。鏡には義兄の顔が写っている。なんとも非現実的な様に驚きを隠せないでいると、またガラガラと音が聞こえる。
「アレンッ」
焦ったような声で義兄の名を呼びながら部屋に飛び込んで来た女性は、すぐさまベッドに駆け寄ってくる。その目には涙が浮かんでいた。
「か、ぁさ、ん……?」
「アレン、アレンッ!よかった!ホントによかった!!」
ベッドに横たわる俺に覆いかぶさるように抱きしめて来たのは、義母だ。よく眠れなかったのだろう、目には隈があり、小柄な身体がより小さくなったように見えた。それが少し心配だと、混乱する頭の隅で思い、思わず義母の頬をぎこちなく動く右手で包み、隈を消すようにそっと目元を親指でなぞる。すると、義母は驚いた様な目でこちらを見つめてくる。じっと見つめてくる義母に思わず目をそらす。
「………アッシュ?」
掠れた声だった。信じられない、という声だった。なぜ?という声だった。この時の義母と、あとから入ってきた義父の絶望ともとれる表情は一生忘れることはないだろう。