さいかい 軽く乾かした制服はもう一度袖を通すには雨に濡れた感触が重い。
「オレのシャツのほうがまだマシ」
そう言ってイヌピー君がシャツとチノパンを出してくれた。
濡れた制服をもう一度着るのは気が進まなくて、借りたドラケンくんのつなぎは肩も腕も脚の長さも一回り大きすぎて無言になったからだ。
泊まって行けと言われたけれど、俺は家に帰ることを選んだ。ぐちゃぐちゃになった頭の中を整理したかったから。
マイキー君にたどり着くために、オレは梵を選んだ。イヌピー君は初代黒龍を知っている。実態のない上辺だけの噂話ではない彼らを。そのイヌピー君が、初代メンバーを従える梵を大人の愚連隊だと、気をつけろと言う。
けれど初代黒龍のメンバーを従える千咒は関東卍會をぶっ潰すと言い、明石はマイキー君を説得したいのだと口にする。
どんと構えた明石を頭から疑うにも、言葉をそのままに受けとるにも情報があまりにも少なすぎるというのが本当のところだ。
(まぁ待て、待て、タケミっち)
千冬の声が頭の中で聞こえてくる。そうだ、落ち着いて、整理してーー。
洗いたてのシャツに袖を通して胸の前のボタンを留める。イヌピー君のシャツのぱりっとした感触に目まぐるしい先ほどまでを反芻してはまたぐるりと意識が回る。
六波羅探題に梵。初代黒龍に、その上ドラケン君は梵のナンバーになっている。だめだ。急激すぎて頭の中がまとまらない。
「家まで送ってくか、タケミっち」
ぐるぐると頭の中が廻るオレを引き戻す声に、オレの肩はびくりと浮いた。
振り返ればメットを手にしたドラケン君が立っていた。
(ドラケンはマイキーをつれもどしてぇんだよ)
その言葉を思い出せば、ズシリ熱いものが込み上がる。
ドラケン君はオレの勇気を奮い立てる。どんな時でも。今も。
「タケミっち、なに笑ってんだ」
言われてオレは急に自覚する。きっとオレは今、酷く胸の奥が、頭の中がじんじんと熱く痺れているんだろう。
オレにはとてつもなく頼もしい見方が、ドラケン君がいる。それがオレの背筋をピシリと伸ばす。
「ほらよ」
ポンと手渡されたメットを受け取るオレにドラケン君は薄く笑う。そうしてあまりにも静かな声でそれを口にする。
「オレは何度、死んだんだ」
ドラケン君の言葉に思わずぎくりとして呼吸がはねあがる。それが伝わってしまったのか、ドラケン君は眉を潜めた。
「オレは、いちどでもアイツを止められたか」
アイツ。それが誰のことなのかなんてわかりきっている。言葉につまったままでドラケン君の視線と交差する。
「悪かった。全部オマエに背負わせちまった」
「…ドラケンく、」
正面から向き合ったドラケン君の眼差しの強さに息を呑む。そこには迷いもためらいも、ない。
そこに潜むのは覚悟だけだ。ドラケン君のマイキー君へ向かう覚悟だけだ。
その眼差しに、通る声に。オレはドラケンくんがたったひとりで抱え過ごした時間の重さを知らされた。
マイキー君がきっと何度も何度も反芻した苦しみを、ドラケン君も同じだけ繰り返してきたのだと。
ドラケン君はマイキー君を追って追って、同じだけの重く苦々しくやるせない時間をひとり抱えて重ねてきたのだと。
それでも、まだ。
失われていないマイキー君への想いが、オレを奮わせる。
ドラケン君は、オレの信じてる、大好きなドラケン君のままーー目の前にいる。
ひとりじゃない。オレも、マイキーくんも、ひとりじゃないんだ。
それぞれが別々の時間の中で、繰り返し繰り返し寂しいと悲しいと苦しいと叫んで悩んで手を伸ばして掠るだけの届かない感触の果てに、それでもまたこうして繰り返すには理由がある。
どうしようもなく諦めることができないものが。
今離れていたとしても、マイキーくんもきっと同じものを抱えている。
手放せずにいる。
オレも。
ドラケン君も。
マイキー君、きみのことがーー
「オマエのバブは預かっとく」
「ドラケン君」
「メンテナンスしておくーーいつ、乗り込んでもいいように」
ドラケン君が薄く、ニヤリと笑う。オレはこの目を知っている。この目をしたドラケン君が振りかざすパンチの強さを、知っている。
「だからひとりきりで向かうんじゃねぇぞ。抜け駆けは無しだ」
オレは腹に力を籠める。そうして無言でうなずいた。
今、ここにいないあの人を取り返す。
今度こそ、必ず――