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    fukuske5050

    たまに文章書きます
    その時その時でだーーーーって書きたい部分だけ書いているので突然始まって、突然終わります…
    ▪️書いてるもの
    ・どらまいどら(のつもり)

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    fukuske5050

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    バイク屋ドと関マ
    🙏再投稿ほんとにごめんなさい😔
    🙏いろいろホントに捏造😔🙏いろいろホントに適当😔なんでもどんとこいな方向け…
    ドラマイ/マイドラ …のつもり

    #ドラマイ#マイドラ

    金の音、銀の音 目が覚めた時に最初に目に入ったのは意外にも真っ白い天井を背にした九井のしかめっ面だった。ぐるりと視界を巡らせれば、どうにも見慣れない部屋は天獄でも地獄でもなさそうだ。苦虫を噛み潰したような険しい顔で九井は「よう」と短い言葉を絞り出し、オレの枕元から立ち上がりベッドの先にあるソファに視線を投げる。
    「ボス」
     耳に届いたそのひとことに全身が震える。口元を覆うマスクが酷く息苦しい。乾いた甘辛い味が腹の底から滲み出してせり上がって喉を焼く。腹は鉛でも飲み込んだようにずしりと重い。力の入らない腕も足も管につながれて、身動きどころか指のひとつも自分の意志では動かせない。
     霞む視界の遠くで小柄な黒い影が九井の声に反応して飛び上がるようにして立ち上がる。なのに影は顔を背けるように横を向いて俯いたままだ。もういちど投げられた九井の声に、ひどく迷った末にためらいがちに顔を上げたのは。
    (マイキー)
    そう声をあげたはずが荒い呼吸で喉がひゅうっと震えるのが精いっぱいだ。命と引き換えに望んだアイツの名を腹の底から叫ぶ。なのにからっぽの腹からせり上がるカラカラの呼吸はごふっとむせるばかりで声にはならない。それでもアイツにはちゃんと聞こえているのか、くしゃりと顔を歪ませる。目を細めて、薄く開いた唇は声のないまま呟いた。「ケンチン」と。
     どんなに小さな囁きも聞き逃すはずがない。ヤツは喉の奥でくぐもる声で呟いてーー次の瞬間、オレはマイキーの腕の中にいた。
     動かないオレの手の代わりにアイツの手が、叫ぶことのできないオレの代わりにアイツの声が、霞む目の代わりにアイツの目が、しっかりとオレを捉えて掴まえる。
     小さく震える冷たい手が確かめるように輪郭をなぞっていく。頬に目のくぼみに眉に額にと、ひとつひとつに触れていく。触れた先からひやりとして霞む意識をちくりとさせる。氷のような両の手はとうとうオレの頬を捉えると視界を遮るように見下ろしてくる。向き合う瞳が視界のすべてを遮って、ほかにはもう何も見えない。見下ろす瞳のいろが、すべて。ぽたり、潤んだ目から大粒の雫が落ちてオレの頬を滑っていく。
     ああーーやっと。見下ろす瞳に意識を凝らす。瞬きをしたらその隙にまたオマエは消えてしまうんじゃないか。霞む頭の片隅で疑うオレを感じ取ったのかマイキーはふ、と唇の端をあげる。その震え漏れる酷く壮絶な笑みに目が眩む。
    「…ケン、チン」
    かすれて枯らした声が刻むようにオレを呼ぶ。鼓膜に溶ける響きにじくりと疼く。薄く淡く目を潤ませた、マイキーがオレの目の前に。いた。



     退院の決まったオレが真っ先に決めたのは住み慣れた家を出ることだった。理由を口にしないオレに、正道さんはなにかを悟ったように条件を出してきた。それはバイク屋が軌道に乗るまでは今まで通り店を手伝うこと。そのひとつだけ。
    「――ありがとう」
    そう頭を下げたオレに、正道さんはポンポンと肩をたたいて見送ってくれた。

     住宅地をいくつも抜けた渋谷とは名ばかりの地区のドン尽きに建つ、古くて安いだけが取り柄のアパートに住み着いて半年がたつ。
     そこはオレとイヌピーの営むバイク屋から遠すぎず近すぎずの場所。適度に他人に希薄で無頓着で、人目をけるそぶりをみせるアイツにも気負いがないようだ。玄関を開ければすぐに小さなキッチンと狭い風呂。西向きの狭い部屋はフローリングといえば聞こえはいいが、古い板張りの床からは冬ともなればひやりとする冷気が漂ってくる。住めば都というけれど、住んでみれば案外この部屋の居心地は悪くはない。
     部屋の隅のテレビの前に買ったばかりのこたつを出せば、狭い部屋はもうそれだけで窮屈だ。それでも冬になっても素足で過ごす男の冷たい足さきを温めるなら文句はない。
     もうじき年が変わろうという夜更けともなると、テレビをつければどのチャンネルも似たり寄ったりの内容ばかり。お決まりの「今年も残すところあと僅かとなりました」というセリフが聞こえてくると、今年いちねんの話題を振り返り、日本全国の年末の風景を中継して回る。名の知れた寺や寺社の除夜の鐘の映像と一緒にうんちくと解説半々の小難しい話題が続いている。
    「除夜につく鐘は、生きる上で心身を悩ませ煩わせる108つの煩悩を大みそかの夜に祓い、新しい年のしあわせを願う意味なのですね」
     聞こえてくる解説に続くようにぼーんとひとつ鐘の音が響く。テレビの向こうではそろそろ新しい年が明けるタイミングに合わせてカウントダウンが始まるようだ。
     マイキーはさして興味もなさそうな顔をして、背を丸めた立ち膝でこたつに足をつっこんで熱心にミカンをむいている。ヘタを下に向けてくぼみに親指をぐいと押し込みぱかりと割って、割れた房からメリメリと皮を剥く。下から上に房をもぎ取り薄皮に這う白い筋をひとつひとつ丁寧にむく。こたつの上に置いた皿の上にはつるりとむいたキレイなミカンが並べられていく。
    「なんか飲む」
    「うん…」
    気のない返事はnoの意味だ。ちらとも目を合わせない。
     簡素な部屋は男ふたりが暮らすには手狭な部屋だ。家具もほとんどないこの部屋で無心にミカンをむく男は、渋谷どころか東京一帯を見下ろす胡散臭い高層を住みかにしているのだと九井は言う。
     それでも。この部屋の鍵はふたつ。そのうちのひとつを引っ越した日にマイキーに押し付けた。握らされた安っぽい鍵にマイキーは目を大きく剥いて言葉を失い、しおれるようにうつむいた。
     うつむいたままの頭は手のひらに収まるほどに小さい。肩まで伸びた髪の隙間から見える首筋に視線が止まる。いっそこの細い首を掴んでへし折って奪ってしまおうか。いや、それではだめだ。ほしいものはそんなものじゃない。それだけじゃあ、なにも。
     持っているだけでいい。そう小さな頭を引き寄せる。マイキーは手の中の鍵もオレの手も押し返してはこなかった。
     ここはオレのいる場所で、オマエにいてほしい場所。三途の川を渡り切れずに出戻ったオレに絞り出すようにオレの名を口にしたオマエを手放す気は毛頭ない。四六時中、片時も離れるなとは言わない。気が向いた時にやってきて気が済むまで一緒にいれるならそれでいい。――今は。
     そう飲みこんで頭の片隅でツナギのポケットの奥の感触を確かめる。それは大事な大事な隠し事。
     ポケットの中に隠し持ったそれがテレビの向こうで鳴る鐘の音に紛れて小さな緊張を伝えてくる。余韻を残して響く鐘の音に紛れてこっそり息を吐く。どうかこの緊張に気がつきませんように。
     その願いが届いたのかマイキーは無言で筋の取り終えたミカンの粒を皿に広げて見比べている。むいたミカンは自分のためではないのだろう。向かいに座ったオレに、す、とひとつつまんでみせる。
    「ケンチン」
    差出されたのはきれいに剥かれたミカンの粒。覆っていた無数の筋をきれいにむいで、薄皮をふるりとさせて目の前にさらす。
     無防備に赤ん坊のような顔をして、そのくせ仄暗さを忍ばせる瞳にざわりと騒ぐ。
     なにがマイキーのさざ波となるのかはわからない。オレにとって些細なことがひどくマイキーを不安定にさせることがある。逆にマイキーのほんの少しの気まぐれにひどく動揺するオレもいる。
     例えば目の前で神経質にむかれた実をつまんでもの言いたげな顔で目を細める淡い扇情に。
    「あげる」
     その仕草に頭の隅がちかりと弾けて引き寄せられる。身を乗り出して差し出された手をつかみ、ふるりと揺れる実を指先ごとぱくりと口にする。薄皮の実を唇のさきで奪いごくりと飲み込こんで、つまむ指さきを小さく啄んだ。チユ、と小さな音がする。
     ちらつかせたわけでもない餌にまんまと食いついたオレに、マイキーは少しだけ驚いて、囚われの指の向こうで意味深に顔を歪ませる。囚われた指を預けたまま、煽るように悠然として小首をかしげて薄く唇の端をあげる。向けられた蠱惑に腹の奥に沈めた熱が掻き立てられて、にじみ出る生温かい唾液の味に追い立てられる。
     沸き上がる浅ましさに煽られて捉えた指のひとつひとつに唇を寄せる。硬い関節を舌で撫でなぞって歯をたてる。くにゃりと曲げた指のくぼみにも舌を這わして丁寧にくちづける。  
     オマエ、わかってんのか。どんなに小さな仕草ひとつ、オマエがオレに見せつけるもの全部、ひどく甘くてどろりとねちっこくて、頭ん中がしびれるほどにオレをたまらなく煽るのか。
    「オレたべられちゃう?」
    傾けた視線の奥に潜むのは憂いか慈しみか烈情か。拙い言葉が追い立てる。
    「食べていいいの」
    「…ちゃんとおいしいかな、オレ」
    「食べてみたことねぇもんの味なんてわかんねぇよ」
    「もう、腐ってるかもしれないよ。…美味しくないかもしれないし、食べたら幻滅して嫌いになるかもしれない」
    「うまいかまずいかなんて食ってみなきゃわかんねぇだろ」
    「腐ってる味なんて、ケンチンに知られたくないよ」
    「マイキー、」
    「…ケンチンに、嫌われたくないよ…」
     絡めた指さきはするりと抜ける。そうして視線を伏せたまま、取り戻した指を見つめると誓いをたてるように唇を寄せる。
    「これで十分、オレには」
    伏せた瞳の色は瞼に覆われて見えない。拒むように俯いたマイキーに咄嗟にオレはポケットの奥に忍ばせたものを確かめる。確かにそれはポケットのなかにある。知られているはずがないそれを、まるで知った上での答えのように思えて頭の隅が焼ける。
     チリチリと鳴る赤い火花は警鐘か焦燥か。冷静になれ、見誤るなと自分にいい聞かす。ヤツの無言の下にある、柔らかくて壊れやすい、幾重にも折り重なった感情の膜のその下にあるものを間違うな。
     薄くやわく誘い惑わすような、切り刻んだ感傷の膜のいちばんの底に隠されたもの、それをけして誤るな。
     脅かさないように逃がさないように。マイキーのくちづけの残る指に真似るようにそっと唇を寄せる。
     これは誓いのキス。ふれたのはほんの一瞬。瞬く間の誓い。
     甘く生々しさを匂わせておきながら、手を伸ばして近寄ったとたんに身を翻して遠のいていく。怯えて、逃げて、硬い殻の中でうずくまる。その生煮えな稚拙さが痛々しいほどに誘う。容易には手の届かない距離感はマイキーのいちばん柔くて脆い脆弱を守る拙い殻だ。幾重にも幾重にも覆う殻の中でうずくまる乳白の魂が奪ってほしいと震えている。
     奪え。求めて奪って誓えと泣いている。

    (魂の根こそぎ全部を差出して、奪え)

     腹に埋まった銃弾もろとも投げ出された奈落の底で目にしたものは、雨の中で白い虚無に覆われて空っぽになって荒んだオマエの叫び。
    「マイキー、いいか」
    心ごと奪ってほしいと、泣いているオマエ。
    「オマエに渡したいものがあるんだ」
     けして目を合わせないように。そらした顔を覆うように組んだ腕を力づくで奪って引き寄せる。マイキーは組んだ腕を震わせて、激しくかぶりを振って逃げようとする。
    「いらない」
    「マイキー」
    「いらない、いらない、いらない!」
     唸る声を驚かさないように。丁寧に腕を取り上げて、首を引き寄せ肩を抱いて、逃げる腰を抱きよせて、からだ全部を抱きしめる。マイキーは身を屈めてぎゅうっと固くする。目をそらしたままの伏せた睫毛が小さく揺れる。そんなところまでが痛々しくて。
     小さな顎を掬いあげて、耳元にもういちど小さく名を呼ぶと、マイキーはびくりと跳ねて堪えきれずに溺れかけの小さな吐息をあふっと漏らす。
     マイキーの強張りを鎮めたくて抱いた肩をそろりと撫でる。それに答えるように、マイキーはうぅと呼吸を取り戻す。
     ゆっくり、ゆっくり。呼吸が帰ってくるように促すと、見守るようにぼーんと鐘が鳴る。静かに、諫めるように、ふたりに響く。
     狭苦しい炬燵ひとつの簡素な部屋で、迫る世界の終わりを告げる。響く余韻に呪縛が解けたかのように、マイキーはオレの肩に額をこすり顔を埋める。
    「除夜の鐘」
    「うん?」
    「除夜の鐘って人の苦しみとか悲しみとか、そういうの取り払う鐘なんだって」
    そう言ってマイキーはゆらりと瞳を向ける。
    「だから鐘が鳴り終わるまでって決めてた。だから、」
     この悲しい目のいろを覚えている。あの日、三途の川の渕から出戻ったオレを見下ろしたときと同じように雨に打たれる水面のような目だ。痛みをあげる声も涙もひとりで飲みこもうとする。
    「受け取れなくて、ごめんね」
    マイキーは両の腕をぴんと張ってオレのからだを押し返す。
    「…オマエ、」
    問い詰める言葉を咄嗟に飲み込んだ。
     一度は道を分かれることを決めた。それが15のオマエの精いっぱいの決断だった。
     オマエの苦しみの端っこを掴まえるのに随分と遠回りして、やっとオマエにたどりついた。もうオマエが飲み込もうとしているモンをひとりきりで背負わせはしない。間違えるな。惑わされるな。世界でいちばん強くて脆い、いちばん愛おしい魂を。
     マイキー、オマエ。決めたのかーー陽のあたる日々を棄て、沈むことを。たったひとりで。今度こそ、オレを置いて。 
     オレら棄てて突き放して姿眩くらましたのも、なんにも大事なこと言わねぇでこんな狭っ苦しい部屋で一緒にいるのも、やっぱり逃げ出そうとしているのも、理由なんてたったひとつしかない。
     オレには知られたくはない、オマエのいちばん弱っちくていちばん柔い、オマエの秘密。でもそれはもう隠さなくていい。守らくなくていい。オレは知ってる。もう秘密は秘密なんかじゃない。
     オマエがそれから目をそらすなら、オマエがもう逃げらんねぇように、いっそ晒して秘密なんかじゃなくしちまえばいい。全部見せつけてしまえばいい。
     昔も今も、オマエの自分勝手な我儘なんて、理由なんてたったひとつしかない。

    ーー龍宮寺堅、オレだ。

     失うことが怖かった。
     互いだけがこの世界でなによりも恋しくて。恋しくて愛しくて。手放して。失って。傷つけて。苦しんで。そうしてやっとーーオレたちは互いを失うことの意味を知った。

     オマエもオレも、もう15の頃のように囲いの中でいきがっていたガキじゃねぇ。手を汚せば容赦なく暗い檻の中に追いやられる。とっくに頭から泥水かぶって手にも首にも見えない鎖が尖った鉄格子に繋がっている。少しでもヘタをすればあっけなくあの世行きか、あるいは檻の中へ一直線だ。
     そんな無様なさまを晒す危険をわかっていながら、それでもオレはオマエのもんだって見せつけてやるために、今度こそからだも魂も繋いでオレもろとも沈む覚悟を据えるために、じっとここにいたくせにーーオマエは怖くなっちまったのか。オレを地獄の底へと道連れにすることを。
    「オマエ、ーーそんなにオレが死んじまうのが怖ぇのか」
     ぎゅ、とオレを掴んだ手が一層硬く握られる。掴んだ指は骨が浮き上がるほどに硬く握られる。それでいい。ありったけの力で掴んで離すんじゃねぇ。オレはマイキーの拳に手を添える。
     オレもオマエもどうやったっていつかは死ぬ。生まれて生きて、いつか長い先に、どうやったってオマエとオレは切れちまう。けど、そんなこともわかりたくねぇぐらい、オマエ、オレのこと好いてくれたんだよな。
     だったら。マイキー、
    「添い遂げてくれ。オレと」
     ポケットの中から隠し持っていたものを取り出してマイキーに差し出した。差し出した手のひらには濃紺のベルベットのちいさな箱。目を剥いて強張るマイキーに向けてそいつの蓋を開けて見せた。目の前には飾り気のない細身のリング。その意味がわからないはずがない。
     心臓をいかずちが撃ち抜きひくんと跳ねて身を灼き焦がす。からだ中を巡る血流がじくっじくっと粘膜を灼いて爛れさせて膨れ上がった赤い肉を嬲る。目の前に差し出された銀色に光る絶望に悲鳴をあげる心臓に爪を立てて、もがき喘いだ末に喉を引きちぎってのたうち回る。
     嗚咽をあげる喉にぎりぎりと爪をたて、耳を頭を目をぐしゃぐしゃにかきむしり引っ掻いて悶え身をよじって力尽き、とうとう床に両手をついて膝をつく。
     マイキーの細い首は手折られた花のようにかくんと落ちて、頭と膝を抱えて凍えるようにうずくまる。
     無敵と恐れられるオマエがこみ上げ湧き出るおののきに、必死で飲み込み押さえつけ封じ込めても尚も沸き上がる震えにうずくまる。
     怯える憐れな姿にオマエの激情を目のあたりにする。
     オマエの、秘密。無敵と言われたオマエのたったひとつの死角、唯一の瑕疵。墓の底まで道連れにしようとしていたもの。なぁマイキー、どうせ道連れにするんなら、オレを丸ごと連れていけ。
     オマエが行くところなら荒野でも地の果てでも地獄の底までも連れ添っていく。オレはそれを腹決めて、あの世から未練を抱えておめおめと戻ってきた。
    「……なんでだよ…」
    「なんで…オレなんかに」
    「店はイヌピーに任せた。手続きもとっくに済まして身軽なもんだ」
    とうにオレの腹は決めてある。
    「わかんねんだろ…、オレが、怖くてどんなに怖くて…今思い出すだけで手も頭も冷えて、氷みてぇに冷たくなってなんにもわかんなくなっちまって…オマエにはわかんねぇんだ。2度も…2度もオマエ…オレんこと置いて、オマエ死んじまって…ケンチンのことじゃ怖ぇことばっかで…全然強くいらんねんだ」
     血を吐くように苦しさを吐いて震える声はオレのためだ。漏れる嗚咽はオレのモンだ。苦しいと、寂しいと、怖いのだと愛を吐く。それはぜんぶ、全部オレのモンだ。オマエの蜷局を巻いた黒い嵐は全部、オレのためだ。
     オマエのかなしみも苦しみも、オマエは全部オレのモンだ。だから離れねぇ。だからどこへでも、一緒に行く。二度と陽の差すことのない昏い街道へでも、どこへでも。オレもオマエも不死身なんかじゃねぇし、オレもオマエもいつかは死ぬ。だけど、これだけは誓う。
    「オレはーーオマエの知らねぇところでは死なねぇ。絶対に。オレはオマエの目の前でオマエのためにだけ、死ぬ」
     誰よりも強ぇオマエがたったひとつ恐れるモンをオマエにやるよ。だから手離すな。その手でしっかり握りしめておけ。
     こみ上げ漏らす呻き声は震えていた。嗚咽の混じるしわがれた声が、揺れる肩が酷く劣情を煽り、例えようのないほどに扇情的だと思う。
     手負いを隠しきれずに漏らすオマエが愛しいと思う。凍えるようにうずくまる肩に触れ、小さな顔をすくいあげる。記憶よりも華奢な顎、肉の薄い首、少し大人びた眼差しににぞくりとする。オレに向かって見開いた目は、肉を切り刻まれてからだ中の赤い血を垂れ流し、枯れて朽ちる醜さを知った目だ。
    「許さねぇよ…オレより先に死んじまうなんて。オレからケンチン奪うなんて。ケンチンだって許さねぇ」
    その痛々しさにこそオマエのマグマが潜んでいる。オレを欲して朽ちた心臓で焦がれてみせる。
    「じゃぁオマエが先に逝くか。オレがオマエを見届けるか」
    「それも許さねぇ。オマエが燃え屑になって灰になっても最後の最期までオマエはオレのもんだ」
     誰にも渡さねぇーーそう、オマエが凄んで見据えて向かう“テキ”をオレに明け渡せ。オレの目の前に引きずり出してオレはオマエのモンだってひけらかせ。オマエはオレのモンだって見せつけろ。オマエとオレを引き剥がす、すべてのモンに見せつけろ。
     見せつけてひとかけらまでも渡さねえって繋いでみせろ。
     死に際のさきまで連れ添って命の果てのそのまた先の、さいごのその先まで手離すな。
     灼け爛れた黒い目が、オレを欲しいとギラつき凄む。その手負いの獣の貌がオマエの正体だ。二度も冥府の渕から生き返ってくるほど諦めきれねぇオレだけの、オマエ。
    「マイキー」
    削げた顔を持ちあげて目と目を交わす。
    「好きだ」
    オレ以外、なにも見えないように。睫毛の先が触れ合う距離で向かい合う。
    「好きで好きで、大事なんだ。オマエが」
    向きあったマイキーの喉がひくりと鳴く。
    「腹に鉛を喰らってあの世に送られても、閻魔さまから追い出されるほどオマエにがっついてんだ」
     神様も仏様も願いも救いも望まない。閻魔様も冥府の王様も恐ろしくはない。ほしくてほしくて、魂がよじれてねじ曲がってもあの世から生き返ってでも手放せないものなんて、たったひとつしか無い。

    冥府と現世の境目でオレの髑髏を抱えて赤い涙を流してるオマエだけなんだ。

     ボーン。またひとつ鐘が鳴る。世界がひとつ終わるのだと鐘が鳴る。
     オマエのいないこのお奇麗な世界との繋がりにこれっぽっちも未練もない。真っ当な世界でオマエを鳴かしてひとり無意味に生きていく未来なら、消えてしまえと粛清の鐘が鳴る。
     もしも地を這う異形のモノがたどり着く地があるならば、それはこの男の進む業火の中にある。
     離れすごした数年に、佐野万次郎という男がたったひとりでどう生抜いてきたのかを、マイキーがオレに告げることはない。オレには知る術もない。マイキーが口を噤んで語らない、大っぴらにはできないだろう、生臭いコトなんてゴロゴロとそこら中に数えきれないほどにあるだろう。だけどそんなことはオレにとっては些細なことだ。オマエのたったひとつの秘めごとはオレだけのもの。それだけを刻んでいればそれでいい。
     この目の前にある世界が去ってどんな新しい世界の扉が開こうと、オレはオマエを離さない。
    「どこへでも行く、オマエと」
     浄化の鐘の響くうすら寒い部屋で、マイキーはバケモンでも見るように目を剥いてオレを凝視する。

     厳かに新しい年への鐘が鳴る。ヒトであろうとする限り、ヒトを棄て尚もオマエだけだと乞う限り、どこまでも業は付きまとう。出逢ってしまった。それだけのこと。交差する限り細胞が生まれついた限り、泡となってあぶくと共に消え去ることも無に還ることすらできないのなら、それならば、いっそ。

     ハハハッとマイキーが白い牙をむいて笑みを溢す。瞳を揺らし瞼を震わせ、可笑しそうに顔を歪ませて嗤う先には何が視える。
     ぽきりと折れてしまいそうなほど頭を振りかざして可笑し気な嬌声をあげ、糸が切れたようにぽすりとオレの肩口に小さな頭をのせる。ごりごりと肩にのしかかるマイキーの熱は、確かにヤツが生身を持つ生き物なのだと教えてくれる。
    「受け取ってくれるか」
     なけなしの金を叩いたリングはきっと裏の顔を持つマイキーにとってはささやかすぎる代物だろう。けれどそれを取り出して仰々しくも厳かにマイキーの手をとった。
    「…しょうがねぇ、…なぁっ」
     ひゃくりあげる喉を鳴らし艶やかな唇がにんまりとして馴染みのあるオレの名を囁いた。マイキーはすっと左手を差出してくる。

    繋げ
    繋いでにどと離れることはないと誓いを立てろ

     手入れの行きたい届いた手指のなかから薬指をとって、慣れない手つきでリングを填める。爪の先から節を通し、根本にまでそれはたどり着き、当たり前のようにそこに落ち着いてきらりとしてみせる。
     リングの収まる指をかざしてマイキーが微笑う。

     眩む果ての向こうから響く鐘は待ち受ける業火の鐘か祝福か。その答えは何処にもない。
     ひとつの世界が終わりを告げて、またひとつ新しい世界がやってくる。ただ捻じれ歪んだ次元の織りにふたり、千切れることのない糸の端と端につながれている。
     終わることのない夢幻へ向かうふたりに鐘の音が降る。金と銀の鐘が鳴る。
     
    さあ世界よ、覚悟しろ
    『新しい年のはじまりです』 
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    fukuske5050

    MOURNING本誌済み
    真とワカとマ
    ※マは本誌の病状です さすったりしてます こういうことをしてよいのか悪いのか、調べていません
     顔色が悪いのは真一郎の方だ。僅かに自由になる時間さえも、病室でひとり横たわり、管に繋がれたまま意識のない弟の傍らから離れない。ただ生き永らえているだけのそれから離れない。医療も奇跡もまやかしも、真の最愛にできることはそれだけしかないからだ。
     万次郎のため。そのために真一郎の生活は費やされ自分のための時間は皆無に等しい。食べることも、眠ることも惜しいのだ。怖いのだ。少しでも目を離した隙に呼吸を漏らした隙に、必死に抱えた腕の中からサラサラと流れ落ち、万次郎が失われていく。
     蝕まれているのは真一郎の方だ。若狭にはそう思えてならなかった。

     職務の休憩時間に万次郎を見舞う真一郎に合わせて万次郎の病室を訪れる。それは万次郎のためではない。真一郎のためだ。若狭にできるのはその程度でしかない。訪れた若狭の呼び掛けに答えた真の声は枯れて夜明けのカラスのようだった。ギャアと鳴いてみせるのは威嚇なのか懇願なのかはわからない。せめて水を、そう思って席を外し、帰ってきた病室で見たものは。
    1853

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