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    呪専57の七誕小説

    #五七
    Gonana

    七月の祝福 七月になると、いつも少しおかしくなってしまう。
     降り止まない雨と藍色の紫陽花、うまくまとまらない髪、肌に張りついて不快な服。
     それでなくても、夏は死の気配が濃くて苦手だった。子供の頃から新盆の地域に住んでいたので、七月の半ばにはもう死者がやってくる。様々なこの世ならざるものが、自分の前に立ち現れてくる。
     そもそも単純に、日本の湿度と暑さが苦手だ。
     これは母も祖父もそうらしいので、北欧の血のせいもあるだろう。
     そんなわけで、七月はとにかく調子が狂ってしまうので、自分の誕生日もことも意識したことは殆どない。
     呪専に入って最初の誕生日も、母親からバースデーカードが届いてやっと思い出す始末だった。
     愛らしいケーキ形のカードが、自分の子供時代の写真と一緒に部屋に届いているのを見た途端、言いようのない座りの悪さを感じてしまった。
     写真とカードを握りしめて立ち竦んでいると、背後のドアが不意に開いた。
    「んだよ、まだ部屋にいんのかよ」
     振り返ると、サングラスをかけて不機嫌そうにしている五条が立っていた。
     この見た目だけはたいそう良い横暴で横柄な先輩とも、知り合って三ヶ月ほどになる。この人が業界を背負うほどの呪力を持った呪術師であり、超がつくほど重要人物だと知った時は大層驚いた。
     ぶっきらぼうで偉そうな態度が少し、いやだいぶ苦手だったのだが、稽古などつけてもらううちに、それなりに話もするようになったのがつい最近だ。
    「七海、何してんの?」
    「何でもないです」
     五条に手元を覗き込まれて、七海は手にしていた写真を、急いでポケットに突っ込んだ。
    「ったく、俺にわざわざ呼びに来させるなっつの。ほら、出かけるぞ」
    「はい? どこにですか」
    「灰原に聞いてないのかよ? 祭りに行くんだって」
     祭り? そんな約束はした覚えはないけど。ひょっとして最近の自分の鬱々とした気配を察して、何か気を遣われたのかもしれない……と考えてから、いや、五条さんに限って万に一つもそんなことはないな、と思い直した。予定を聞いて、自分が失念していただけかもしれない。
     
     誕生日がどうでも良い日になってしまったのはいつからだろう。
     子供の頃はそれなりに楽しみにしていた気がするけれど、この世でないものが見えるとわかってからは、両親は、特に母親はすっかり自分に対してよそよそしくなってしまった。
     御三家のような、そもそも呪術を生業とした家系であれば、能力が強いほど喜ばしいことなのだろうが、一般家庭で呪力を持ってしまった人間は、住む世界が異なってしまった家族と疎遠になる者も多い。七海もまたその一人だった。
     人ならざるものが見え、異能を持った息子を、家族は口には出さないがだんだん疎ましがっていた。
     それに七海自身も幼い頃から、自分の力のせいで何か周囲に良くないことを引き寄せてしまうのではないかと、ずっとビクビクしていなくてはならなかった。
     家族とは日々会話が減り、七海はいつの間にかほとんど家に帰らなくなっていた。
     仕方がない、両親はこんな気味の悪い息子を望んでいなかっただろう。もっと普通の、普通の学校に行き、普通の就職をするような子供を想像していたはずだ。七海は自分のせいで家族を不幸にしてしまったような、申し訳ない気持ちを抱いていた。
     結局、ろくに対話もないまま、七海はスカウトに来た呪専に駆け込むように入学した。
     全寮制の高専はむしろ都合が良かった。家族のことで傷つくことも、自分が異端であることを気に病む必要も無くなったのだから。
     
     五条に連れられて行くと、呪専の出口のあたりに、夏油、灰原、家入が並んで立っていた。灰原が一番先にこちらに気づいて、大きく手を振り、夏油と家入も顔を上げる。
    「全員揃うなんて珍しいですね」
     何かと忙しい五条と夏油が揃ってオフというのが特に稀だ。
    「気を利かせてくれたんじゃない?」
     家入が煙草を咥えると、七海を見てちらりと口の端をあげた。
    「何の話です?」
    「今日って七海の誕生日でしょ、お祭り行ってさ、そのあとお祝いもしよう!」
     灰原が元気に家入のあとを繋いだ。
    「……なんで皆さん私の誕生日を知ってるんですか」
    「夜蛾センに聞いた」
     家入が咥え煙草のまま応えた。
    「プライベートの情報じゃないですか」
     教師とはいえ勝手に個人情報を伝えるのはどうなんだと思っていると、夏油が割って入る。
    「いいじゃないか。たまには私たちだって学生らしいことをしよう。ねえ、七海?」
    「はあ」
    「祭とかガキくせーけどな」
     不貞腐れている五条を眺めて、夏油は笑顔を固定したまま凄んだ。
    「自分一人だと断られるかもしれないから、みんな一緒に来てほしいって泣きついてきたのは誰かな??」
    「わ――――、わ――――!!」
    「五条さんって、そういうところ意外とチキンですよね」
     慌てている五条を灰原が笑顔のまま追撃する。いったい何の話をしているのかと思っていると、
    「しかも悟はお祭り行ったことないんだってさ」
     と夏油は続けた。
    「でた、ボンボン」
     家入がさらに楽しそうに揶揄う。
    「うるせえな!!」
    「へえーじゃあきっと楽しいですよ! 七海、帰りはケーキ買って帰るからね。何が良い? 苺のクリーム? チョコとか?」
    「じゃあ、フルーツのタルトがいいです……」
     七海が答えると、オッケー! と灰原はガッツポーズを作った。
     日が傾き、暑さが和らいできた宵の入りに、ぞろぞろと五人並んで近所の神社まで歩いた。散々だりーとか何とか減らず口を叩いていた五条が、いざ祭囃子が聞こえてくると小走りになり、射的やヨーヨー釣りの露天を見て誰よりも大きな歓声を上げているのには、想像通りすぎて全員が笑ってしまった。
    「あの、いっぱい並んでる茶色い棒なに、七海」
    「バナナにチョコレートをかけたやつです」
    「ちっさいコロコロのやつは?」
    「ベビーカステラです。美味しいですよ」
    「あっちの丸いのは?」
    「ソースせんべいですね。薄く焼いた小麦のせんべいにソースなどをつけて食べます」
     へえぇ――ーと感嘆の声を上げ、片っ端から食べ物を買い、もっちゃもっちゃ囓っている五条を見て、家入と夏油はげらげら笑いながらビールを買いに行った。
    「学生でも買っていいんですか」
     と七海が家入に聞くと、
    「いいんだよ」
     と家入は即答し、生ビールをひとつ、手渡してくれた。そして、
    「ハッピーバースデー」
     と透明のプラカップを合わせる。
    「あっ、ずりー。おい灰原、あそこのラムネ買ってこい」
    「はい!」
     五条が千円札を渡して灰原が露天に走り、ラムネの瓶を二本携えて帰ってくると、改めて全員で乾杯をした。
     おめでとう、と口々に言われるところを見ると、どうやらこの遠足(?)は自分の誕生日を祝うために、皆が忙しいなか予定を合わせて企画してくれたようだった。
    「ありがとうございます……」 
     嬉しいような、こそばゆいような、不思議な気持ちだ。
     ビールを飲み干してしまった家入が二杯目を買いに行き、それに夏油が続く。灰原は「すごい! 光る剣売ってる!」と別の露天に走って行ってしまった。
    「じゃ、私たちはケーキを受け取って先に呪専に帰ってるから。七海と悟はもうちょっと遊んでいくといいよ」
     と、夏油は去り際に五条の肩に手を置いた。
    「ちゃんとエスコートするんだよ、悟」
    「五条、私たちの気遣いを台無しにするなよ」
     と、家入と夏油の二人は、五条に耳打ちをしているようだった。
     五条はというと、うるせえ、わかってるよ! と喚いてからくるりと振り返り、
    「……七海、ねえ、あれは何?」
     とキラキラした瞳で別の露天を指さした。
     その人差し指の先には赤、白、黒、無数の金魚がひらひらと泳いでいる大きな水槽が置かれていた。
    「金魚すくいですね。あの白い紙を貼ったまるいやつ……ポイって言うんですけど、あれで金魚を掬うんです。取った金魚は貰えます」
    「まじで? みんな呪力もねえのにそんなことできんの?」
    「難しいですよ。失敗する人の方が多いです」
    「よし。やろう」
     五条はいそいそと腕まくりをして、露天の男に金を払っていた。
    「五条さんは、無下限使えば余裕すぎるでしょう」
     彼の術式なら、永遠に紙から水を弾き、水槽中の金魚を取りつくすことができるはずだ。
    「バッカ、そんなだせえことするかよ。ほら、やるぞ」
    「私もですか?」
    「ったりめーだろ」
    「今日はぜんぶ俺の奢り」と五条がいうので、七海も座り込んで、水面とにらめっこをするはめになった。
     金魚すくいなんて、いつぶりだろう。小さい頃は、親に連れられて来たような気がするけれど。
     七海がポイを受け取って座り込んだ拍子に、さっき部屋でポケットに突っ込んだ写真が落ちてしまった。
     しばらくそのままにしていると、
    「大事なもんじゃないの」
     と、五条が拾って、ついた土を手で払ってくれた。
    「いえ、特には」
    「なんで? オマエの子供の頃の写真じゃないの」
     かわいいじゃん、と五条は写真を眺めてふと笑みをこぼす。子供の頃の七海――たぶん小学校に入ったくらいの頃だ。両親と一緒に、当時住んでいた家の庭で撮ったものだった。夏の午後で、背後に紫陽花や朝顔のような花が咲いている。七海少年は、陽が眩しかったのか、少し困ったみたいな顔をカメラに向けていた。
    「家族とは、あまりやり取りがないので」
     今更、こんなものを送ってこられても少し困ってしまう。
    「呪力があるとわかってから、殆ど家族と過ごしてないんです」
     なぜこんな話をしているんだろう。
     片手にポイを持ち、泳いでいく金魚を目で追いながら、七海は自分で不思議に思った。少し酔っているのかもしれない。さっきビールを飲んだせいだ。
     すると、五条は珍しく少し神妙な顔をして「まあ、色々あるよな」と頷いた。そして、「俺んちもめんどくせえよ」と呟く。
     それは五条家の面倒臭さは、きっと自分の比ではないだろうな、と七海は思う。
    「じゃあさ、これ、写真。俺がもらってもいい?」
    「え、そんなものどうするんです」
    「いや、別に……」
     当時を知らない子供がうつってるだけの写真なんて、もの好きだなと隣を見ると、
    「……やった!!」
     と五条はちょうど金魚を掬いあげて、持っているお椀に掬い入れたところだった。
     おにーさんたちは大人だから何匹すくっても持って帰るの一匹だけね、と言う露天の男に五条が食ってかかるのを宥めて、透明の袋に入った小さな赤い金魚を受け取った。
     
     その後も五条はかき氷とあんず飴と光る変な角のついたカチューシャを買い、嫌がる七海に装着させたところで「祭、マジ楽し~じゃん」とスキップをしていたのだが、
    「五条さん、金魚、もっとそっと運んでください」
     と七海が諫めたところで、ふと足を止めた。
    「……いや、待って。俺が面白くてもダメなんだった。今日は七海の誕生日なんだし。あとで傑に怒られるやつだ」
     と、五条が今度は急に真面目な顔をして頭を抱えはじめたので、七海は面白くて笑ってしまいそうになった。 
    「いえ、私も楽しいですよ」
    「ほんと? 良かった!!」 
     ぱっと表を上げて七海に笑顔を向けた五条が、いつもの自信満々の暴君とは程遠く、驚いてしまった。こんな可愛らしい人だったのか、この人は。
    「本当はプ……レゼントとかも用意したかったんだけど……そういうのはリサーチがいるし、俺が選ぶのはなんか、重いっていうか、ちょっと、あれ……なんか、してからのほうがいいって……硝子が言うから……」
     と、歯切れ悪く言っているのを、今度は堪えられず本当に笑ってしまった。
    「笑うなよ……」
    「ふふ、ありがとうございます」
     確かに、こんな気楽で自由な誕生日は久しぶりかもしれない。誰にも気を遣わず、傷つけることを恐れず、ひたすら楽しく過ごせた一日は。
    「とても良い誕生日です」
     七海が微笑んでそう答えると、ふっと五条の手が伸びて、七海の指と触れる。
    「それなら、良かった」
     あたりはすっかり日が落ちて、見上げると、頭上には星がきらめいていた。
    「そろそろ行きましょう、みんな待ってますよ」
     七海が神社の出口に足を向けようとしたとき、
    「ねえ」
     と、五条が強く七海の手を引いた。
     空にあるどの星よりも、強い光を放つ蒼い眼が七海を射貫いた。
    「俺さ、夏がすごく好きになった。多分、オマエもこんな楽しくて綺麗な七月の日に生まれたんだろ」
     五条は七海の顔を覗き込む。
    「おめでとう、七海」
     その瞳があまりに美しくて、
     背後に輝くどの星よりも輝いていて、
     まるで、改めて生まれた祝福を与えられたみたいな気分で、
    「……ありがとうございます」
     七海は微笑んで、そっと手を握り返した。
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