空の想い出を共有することができるので どうってことのないある日。ダイが散歩したいというものだから、当然ポップも一緒に行くことにした。散歩のルートはかつて前線基地があったカールの町から死の大地の跡地へ。つまり必然的に飛翔呪文で、ということになる。デルムリン島からカールへ瞬間移動呪文で移動すると、二人はふわりと飛翔呪文を発動させる。
ポップはダイの後ろをついて飛ぶ。背後に陸が見えなくなり周囲一面が海だけになったころ、ダイがポップを振り返る。ダイの顔に浮かぶ表情は少し不満気だ。どうした?とポップは発話する。魔法力をこめて発話することで、風の音に疎外されることなく意思の疎通が可能だ。誰とでも可能というわけではなく、幾つかの条件が必要ではあるが。
「ポップ、おまえもう少し早く飛べるだろ」
「そりゃそうだけど、おまえがどのあたりに行きたいかわかんねぇんだから。おまえについていくしかねぇだろ」
「言ってなかったけ」
「聞いてねぇよ」
「どこだと思う?」
行先もよくわからないのにポップはついてきてくれる。ダイはそのことを嬉しく思いながらポップの手を掴む。それはいつかの逆のようで、二人同時に思い出してくふふと笑いあう。
「ポップの魔法って化け物じみてるから、こうやっておれが引っ張ったりできるとなんかホッとするよ」
「おめぇの化け物っぷりにはかなわねぇよ」
変わらない軽口をたたきあって緊張感も少なく空を飛ぶ。一応、周囲を警戒することを忘れてはいないが、空は蒼く視界は良好で不意の事態も起こりにくい状況だ。
そうしているうちにダイの目に岩礁が入ってくる。地形はすっかり変わっていて記憶も頼りにならないが、方角としては海底に魔宮の門があった場所あたりだろう。ダイの表情が少し硬くなる。空で立ち止まり、あたりを見回す。うんうんと唸った後に首をひねってポップに問う。
「この辺でよかったっけ?」
「だから何を探しているんだ」
「父さんと一緒に戦った場所を見たいんだ」
「そういうのは先に言えよ、バーンパレスの殆どはカールの北に落ちてるぜ」
ダイはむぅっと口を尖らせる。ポップはそんなダイの頭をわしわしと撫でる。
「そっかそっか、なるほどな。瞬間移動呪文じゃなくてわざわざ飛んだってことは親父さんと一緒に飛んだところを飛びたかったんだな。そんでその先にあると思ったのか。おめぇはホントすぐ迷子になるなぁ。よし、じゃあ今から行くか?」
ダイが頷くと、今度はポップがダイの腕を掴んで飛び始める。向かうのはパーンパレスが落下したカール北部。ポップは何度か調査に足を踏み入れているので瞬間移動呪文で向かうことができるのだが、あえてそれはしない。ダイが望んでいたのはこのあたりの散歩であるし、きっと誰かと空を飛ぶことだから。
「ポップ、あのさ」
「どうした?」
「あのとき父さんがさ。おれの力が足りないなら『容赦なく置いていく』って言ったんだけど。おれ、ついていくことができたんだ。まだ速く飛べなかったのに。あの時は必死だったから気が付かなかったけど。父さん、おれにあわせてくれてたんだ。今だったら本気の父さんにもついていくことができるかな?」
つまりダイはそういう散歩もしたいのかもしれないとポップは気づき、手をそっと離す。ダイはニッと笑って自力だけで飛ぶ。ポップはもう少しだけ速度をあげる。ダイがついていくことのできるギリギリの速度で。
「ポップ、速いよ!」
ダイは抗議の声を上げる。嬉しそうな声音で。
「ついてこれねぇなら容赦なく置いていくからな!」
「えー!そんときはまたおれの腕をまた引っ張ってくれよ」
「竜魔人になったらついてこれるんじゃねぇか」
「おれが暴走したら止めてくれる?」
「めんどくせえけど頼まれてやらぁ」
そして二人はそのまま戯れながらカールへと向かう。一応、周囲を警戒することを忘れてはいないが、とくに異変は感じない。異変があったとしても、二人でいるのならどんなことでも対処できるだろうし、できない時は世界が終わる日だ。つまり、望めばずっと二人でこの世界で戯れることができる。この世界が終わるまで。
「おい、ダイ。竜魔人でもいいけどさ、次に散歩するときは竜の姿で飛んでみねぇか」
「火竜変化呪文?おれ、できるかなぁ」
「できるだろ竜の騎士様なら。できないなら俺だけ竜になるから、おめぇはそのままでついてこいよ」
「いやだなぁ」
そんな風にころころと笑いあいながら、空と海の狭間を飛び続ける。
「ねぇ、二人で飛ぶのって楽しいね!父さんもちょっとは楽しい気持ちだったらいいな」
「おまえと飛んだんだから楽しかったと思うぜ!」
そう言うと、更にポップが飛ぶ速度をあげる。ダイも負けじとついていく。それはこの世界の誰もが追いつくことのできない二人だけの速さだった。