昨日見た夢(花の銃弾) 夢見が悪くなったのは、狡噛が俺を庇って怪我をした日からだった。怪我自体は大したものではなかった。ただの銃弾のかすり傷だ。だがその場所が問題だった。こめかみ、もう数ミリずれていたら、失明どころか命さえ危うかったところ。狡噛はこんなのは紛争地帯じゃ日常茶飯事だと笑っていた。しかしそんな場所を知らない俺にとっては、やはり恐怖でしかなかった。
夢の内容は色々だ。狡噛が死んでしまうものが多いが、彼がそもそも俺の人生に存在しなかったものもあった。その世界では俺は無事に監視官を務め上げて厚生省の官僚となっていた。ただ父と和解することは最後までなく、彼は現場で死んでいたが。夢の話は狡噛には話さなかった。ただでさえ縁起が悪いし、それほどまでに弱っていると見られたくなかった。もちろん花城にも話していなかったのだが、彼女はどうしてか目の下にクマを作った俺を呼び出すと、よく眠れるサプリメントよと、私も使っているのと錠剤を渡してくれた。俺は眠るのが怖いんだ、と言った。花城はそれを聞いてこれは重症だといった顔をしたが、それ以上追及しなかった。狡噛と話し合え、ということなのだろう。
といったわけで、俺は狡噛とベッドに入って、彼と長いこと話をすることになった。彼がいなかった間にあった事件だとか、東京で出会った新しい監視官たちについてだとか。狡噛は俺の話を全て聞いてくれた。そしてようやく俺が目を閉じようとした頃、彼はこう言った。
「俺はどこにも行かない。お前より先に死なないさ」
その言葉に俺はうとうとしながら笑ってしまって、誰よりも無茶をする彼がそう言うかと思った。でもそうであればいいのにと、俺は彼に足を絡めて、静かに目を閉じた。
夢の中で、俺は狡噛と歩いていた。そこに銃弾が飛んで来た。俺は咄嗟に狡噛を突き飛ばし、彼をその凶弾から遠ざけた。銃弾はいつの間にか消えて花になって通りに落ちていた。銃を構えていたのはもう一般人となったかつての友人のカップルだった。色とりどりの花は増えてゆき、あたりが花びらでいっぱいになった時に目が覚めた。気付けばまだ朝は早いが、デバイスには花園でキスをする唐之杜と六合塚の写真があった。これを見て夢を見たのだろう。日付は、あぁ、数日前になっている。狡噛が銃撃を受けた日のものだった。俺はようやく、狡噛の死のループから解き放たれたのだろう。
俺はまだ眠っている狡噛の髪を撫で、朝陽が入るカーテンの隙間でまばたきをした。狡噛は静かに眠っていた。死に近いように見えても、やはり彼は生きていて、俺はそんな狡噛にキスをした。彼は俺の腕の中で眠っていた。子犬のようなそれに、俺は彼の昨日の言葉が本当であればどれだけいいかと、そんなことを思っていた。カーテンから漏れる朝陽は、けぶるように部屋を照らしていた。