雨垂れ(手のひらの中の勲章) 梅雨に入ってからというもの、出島はずっと雨だ。空から降り注ぐ水滴はアスファルトを流れ、排水溝を目指す。俺はその水の流れを避けながら歩き、仕事場である行動課のオフィスへ向かった。オフィスにはもう花城も須郷も、ギノも揃っていて、皆熱心にコンピュータのディスプレイに向かっていた。俺は叱られるかと縮こまりながら時計を見るが、まだ九時までは五分以上ある。皆熱心すぎるほど熱心に仕事にあたっている。
俺は行動課のオフィスの窓を見る。そこには雨が叩きつけられていて、風景はひどく滲んでいた。そんな中で仕事をするのは不思議な感覚だった。エアコンが除湿になり辺りはカラッとしているのに、目の前に広がるのは海のような水たまりだった。
「それじゃあ今日の仕事だけど、昨日の続きから初めてちょうだい。他の課とも連携してね。ただでさえ私たちは独断専行してるって文句をつけられがちなんだもの」
それは課長がそうさせているのだろうとは思っても言わない。でもそれでうまく行っているのだからいいじゃないか。俺は心の内で反省して、昨日の事件を洗い直した。梅雨の時期に現れる殺人鬼。被害者は男女の偏りも年齢の偏りもなくバラバラ、共通するのはナイフで滅多刺しにされていること。さぁ、プロファイリングの時間だ。今日は地理的なものも含めてみよう、俺に期待されているのはきっとそれだから。
殺人鬼が捕まったのは、全くの偶然だった。詳細は省くが、俺のプロファイリングが役に立ったことは確かで、花城によれば上層部から勲章がもらえるそうだ。そんなものつけるところなんてないというのに、報酬ではなく名誉が贈られる。
「よくやったな」
勲章の贈呈式が終わり、まだ続く雨の中ぼんやりと空を見ていると、ギノが話しかけて来た。そういえば、彼は名誉を何よりも重んじる男だった。俺とは少し違う。
「こんなもの貰ってもな」
手のひらの上で勲章を転がす。しかしギノはそれを制して、星型のエンブレムを空にかざした。俺はそれをぼんやりと見て、仕事なんて花城との契約でしかないのに、そこに意味を見出している自分がいるのに気づいておかしかった。普段ならこの雨の中でギノをからかって愛しているとでも言うのに、そんな気分にはなれない。自分が変わってしまったことが少し恐ろしかった。
「公安局時代から勲章をもらいすぎて頭がおかしくなったか? 俺はお前が認めてもらえて嬉しいよ」
ギノはそう言って俺に勲章を返した。それは少し暖かくなっていて、俺はしみじみと眺めた。
「日本に帰ってきたお前が変わっていたらどうしようと思ってた。変わってはいたけど、根本は変わっていなくて安心してる」
ギノが降り注ぐ雨を見ている。雨だれのワルツは排水溝に流れ込むが、そこに死体が転がることはない。事件は終わったのだから。
「勝手なお前が好きだよ、狡噛」
彼は伸びをして歩き出す。傘をさして、雨の中へ。俺はそれを追いかけて傘も刺さずに彼と並ぶ。そうして、俺は彼の傘に守られる。ギノには言っていないが、俺はこんなふうに守られると安心するタチだった。愛されると確かめずにはいられないタチだった。SEAUnで彼と会う前に常森に会った時、ギノの動向を確かめたように。
「ほら、濡れるぞ。あぁ、そんなふうに煙草を出しても駄目だ、今日は湿っているから……」
ギノが楽しそうに喋り出す。俺はそれをただ聞いている。仕事が終わって、事件が終わって、そうしてようやく始まった二人の時間に安堵しながら。