いじわる(意地の悪い恋人について) ギノは意地が悪い。たとえばどちらも悪いような喧嘩をした後、彼は数日に渡って視線をそらし、あからさまに俺を避け、そしてデバイスのメッセージすら無視する。そしてその数日間俺は彼に触れることすら出来なくて、ようやく拝み倒してベッドに沈む頃には、もう一週間が過ぎていたりする。俺はこれでも彼を尊ぶようにしているつもりなのだが、どうやら、小さな一言が彼を傷つけてしまったりするようだ。二十年付き合ってそれが分からないというのだから笑ってしまうが、法律家にでも相談すればこれは内縁の夫に対する離婚事案らしいのだから恐ろしくて聞けはしないし詮索もしないのだが。
そして今日も喧嘩をしてしまった俺は途方に暮れてギノの部屋のドアを叩く。通常市民は犯罪者を恐れず鍵を開けっぱなしにするが、移民の多い出島ではかつて東南アジアで見たような、何十にも錠前をつけるのが主流だった。ギノは移民ではないけれど、どうも俺は敵対勢力と見られている気がする。彼を傷つけるもの、彼の辛い記憶を呼び覚ますもの、なぁ、それでも愛していてくれよ。俺はそう願って、「ギノ」とインターフォンに呼びかける。音声は返ってこない。しかし鍵は開いて、俺はあぁ良かったと思い、そして何も手土産のない自分を思い出しこれは説得に時間がかかるぞ、と頭を抱えた。せめて酒くらい持ってくればよかった。
「テーブルワインでいいか?」
しかし今回はなぜかそんな俺の思案は無駄だったようで、ギノは微笑みながら赤ワインをキッチンの側でグラスに注いでいた。彼はどうやらいつの間にか酒にこだわるたちになっていたけれど、正直俺は酔えればなんでも良かった。いや、今日は酔うつもりはなかったのだが。
そうやって、俺たちはつまみもなしに酒を強かに飲んで、そのままベッドに行った。俺はてっきりもう何もかも終わったと思っていたのだけれど、けれどギノは違ったらしい。息を荒げて、シャツをぐしゃぐしゃにして、もう駄目だって涙目になるようなところで、「俺に言いたいことは?」なんて言葉を口にする。俺は汗を流しながら謝る。すると彼は緑の目を嬉しそうに細めて、そしてギノがこんな時にまで、自分の身体を使ってまで俺に謝らせようとする意地っ張りだと思い出した。そして愛おしくなって何度もキスをして、意地の悪い恋人を気が狂ってしまうくらい抱きしめたのだった。