嵐嵐(雨の日に君とすること) 今日は嵐が来るから仕事は休みよ、そんなメッセージがやって来たのは、もう出勤の準備を終えて、靴を履いたところだった。今日は早く行って仕事を片付けようとしたのにどうも厄日だ。俺はそんなことを思いながら、スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイをほどく。
こんなふうに天候に左右されることはしばしばあるが、幼い頃、まだ幼稚園生や小学生だった頃にはよくあった。雨だから遠足は休みね、雨だから運動会は休みね、台風が来るから学校はお休みです、定期テストは延期します。その宣言に同級生たちは一喜一憂していたが、俺は雨で休みになること自体は嫌じゃなかった。しとしとと降る雨が母親の鼓動を聞いているようで嬉しかったのもあるし、家に帰れば母さんがいたのもある。幸せだった頃の記憶だ。父さんはいつもいなかったけれど、母さんと一緒に飛んで行っちゃわないようにと、庭から金魚を救い出すのも楽しかった。
そんな時、部屋のベルが鳴った。インターフォン越しには狡噛の姿が映っている。手には酒があって、つまみになるハムやチーズが入っているのだろう紙袋もあった。俺は遠足の代わりに、教室にブルーシートを敷いてお弁当だけ食べて解散したことを思い出して、なんだか懐かしくなってしまった。こんなふうにこんな日に酒を飲むのもいいのかもしれない。
「今開ける。待ってろ」
俺はデバイスで部屋の鍵を開ける。すると、髪を整えてもいない狡噛がやってきて、入るなり俺の腰を掴んだ。
「駄目だ、あまり調子に乗るなよ」
それでもキスだけはして、俺たちはキッチンで上等なハムやチーズを切り、クラッカーを持ち出してチョコレートも準備した。先日飲んだばかりのマッカランも、このままじゃなくなりそうだ。
「なぁ、ギノ。俺が酔っ払ってもいいのか?」
「酔っ払いに来たんじゃないのか?」
グラスにウィスキーを注ぎながらからかいあうのは楽しい。馬鹿らしくて、可愛らしくて。
「分かってるくせに」
狡噛はそう言って、俺の鼻先にきつくキスをした。煙草の匂いと、酒の匂いと、チョコレートの味がした。俺はそれに参ってしまって、いつまでこのぐらつく状態が持つかと、そんなことを考えていた。