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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    POIPOI 192

    夏に告白する狡噛さんのお話。

    #PSYCHO-PASS

    好きって言えてほんとによかった 蝉が鳴いていた。珍しくホロではない学校の標本木にしがみついた彼らは、もう夏も終わると告げているようで、俺はなぜか唾を飲み込んでしまった。ギノは首筋に汗を流しながら、タブレットで問題集を解いていた。ここが分かりにくくて、狡噛は一発で解けたか? 解説が分かりにくいんだよな、巻末のさ。ギノはそんなことを言って笑った。お前ならなんでも出来るだろうけど、そう言って。俺は彼の言葉を聞いて、その問題に苦労しなかったことを思い出した。多分俺は何にも苦労せず生きていくんだろう。そう思う。今までだってそうだった。だから彼が公安局を志望すると言った時、強がりながらそれに従うように追従したのだ、志望を。公安局ならきっと俺も苦労するだろうって、そんなふうに先生に言われたことがあったから。潜在犯と接する仕事。この国の治安を守る仕事。それらはリスクは高いがエリートコースだ。先生は志望を公安局にした俺を呼び出すと、まぁ、狡噛なら出来るだろうな、と言った。俺はそうであってくれと思った。だってそうしたらギノとずっと一緒にいられるから。あぁ、蝉が鳴いている。俺は拳をぎゅうと握りしめる。彼はタブレットを見ている。太陽が反射するタブレット。俺は何も持っていない。制服の尻ポケットに文庫本を入れているくらいで何もしていない。でも、いつもとは違う何かをしようとしている。俺はおかしいんだろうか? あぁ、駄目だ、もう駄目だ。
    「ギノ……」
    「なんだ? 狡噛。問題集に付き合ってくれるって言ったじゃないか。もう飽きたのか?」
     付き合うさ、別にそれが嫌なんじゃない。でも、俺はもっと違う言葉をお前に言いたい。そして俺は口を開く。
    「ギノ、お前が好きだよ」
     
     ギノに告白してからは、しばらくの間学校に行かなかった。といってもサボったわけじゃなく、学校が自主的に開いている夏期講座に行かなかっただけだ。ほとんどの生徒がそれには参加するから、サボったと言えばそうなるのだけれど。でも俺はいつも周囲に不思議がられる行動ばかりしていたから、先生から心配の連絡が来ることもなく、タブレットに通知される、今日やったテキストの範囲についての数行の連絡で一応は気にかけてもらえることを知った。ギノからは連絡はなかった。それはそうだろうと思った。ギノとは恋愛の話はしたことはないけれど、彼がヘテロかゲイか考えたら、きっとヘテロだと思ったから。というのも彼は父親のようにはなりたくない、家族を大事にする男になりたい、そう言っていたからだ。それはつまり、誰かと結婚して子供を持ったらってことなんだろう。そこに俺はいないんだろう。俺は目をつむる。そして文庫本を読んで、夏休みの計画、ギノと色々なところに行こうと考えて作ったリュックサックの中身から、もし道に迷った時のための板チョコレートを取り出した。銀紙を剥いて口の中で割ると、ひんやりとした甘い味がした。甘い味のキスがしたかった。あの時はあんな風に告白をするつもりはなかったのに、どうして俺はあの時告白なんてしてしまったのだろう。本当は出先でするつもりだった。彼を追い詰めてするつもりだった。でも、彼の首を流れる汗を見たら、もう何も言えなくて、言わなくちゃいけないって思って、そしてあんなふうになってしまっていたのだった。
     
     インターフォンが鳴る。一瞬母さんが帰ってきたのかと思ったが、あれは違うだろう。俺は夏期講習に一度も出ていなかったし、きっとギノが来たんだろうと思った。かといってギノが俺に連絡をしてくれたわけじゃない。ただ、彼はデジタルで連絡するより直接俺を訪ねるだろうという確信があった。
    「いらっしゃい」
     やはりいたのはギノだった。彼はタブレットには通知されなかったプリントを俺に渡して、そして俯いてしまった。やっぱり俺が告白したのは迷惑だったんだろう。告白したら、返事をしなきゃならないから。せっかく出来た友人に告白されるなんて、そんなの裏切りもいいところだ。
    「俺は、まだ分からない。俺はお前みたいに要領がよくないから。でもお前が告白したってことは俺と一緒にいたいってことだろ? それは嬉しかった」
     ギノが言う。あぁ、そういう捉え方もあるんだと俺は思って、彼の腕を引いて、キスがしたくなって、でもそれは彼を裏切ることだって気付いて、ただじっとギノの手のひらを握っていた。蝉が鳴いていた。学校で聞いたのよりもずっと強く鳴いていた。
    「俺はお前が思うように受け止められていないかもしれないけど、嬉しかった」
     ギノが笑う。好きって言えて本当に良かった、俺はそう思って、でも彼が俺に縛られてやしないか心配になった。たった一人の友だちが枷になってやしないかと。蝉が鳴く。俺はギノを家に招き入れる。言いたいことは沢山ある。ちゃんともっと好きって言いたい。ちゃんともっと自分の気持ちをお前に伝えたい。蝉が鳴くのをやめてしまう前に。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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