ひゃくまんつぶの涙(愛している) 誰かを愛して泣くことがあるなんて知らなかった。それも自分の前から去られるのじゃなく、愛していると言われて泣いてしまうなんて。
狡噛はよく俺のことを愛していると言う。朝起きてキスをした時、出勤前、休憩中、仕事が終わって官舎に戻ってから。俺はその度に泣きそうになって、自分の気持ちを引き締める。この男は自分を一度捨てたやつだって思い出せって、そんなことを繰り返しながら。
「ギノ、愛してる」
セックスの最中も、彼はよく愛をささやく。俺はその度に泣きそうになる。身体をつなげているだけで幸せなのに、愛を伝えてもらえるなんてと泣きそうになる。言葉は嘘が多い。それでも狡噛の言葉は本当だ。重なった手のひらや、繋げた身体や、重なった唇が俺にそれが真実だと伝える。でも、俺は愛していると言えない。自信がなくて、彼を愛しているのに言葉に出来ない。だからただ泣く。愛していると、俺も愛していると、それを伝えたくて彼にしがみついて泣く。すると狡噛は分かったと背中を撫でてくれて、俺は彼にとびきり愛されるのだ。
「一応休み時間も仕事中なんだけどねぇ……」
コーヒーサーバーで泥水のようなそれを入れながら立っていると、花城がやって来た。言葉からするに、狡噛が俺に愛していると言ったのが仕事を蔑ろにしているようで不快だったのだろう。でもそれは俺が謝ることでもないし、俺はまずいコーヒーを飲みながら、そうだな、とか適当に返すことにする。
「別にいいのよ、部下の私生活が充実しているのはいいことだもの」
花城もコーヒーを淹れながら言う。俺はあれを聞かれていたのかと思って顔が熱くなって、今度狡噛を注意してやろうと思う。
「こんな生活だもの。言葉にしないと不安なんでしょうね。あなたも言ってあげたら? 言葉にするのが怖いタイプでしょうけど」
いたずらっぽく言う花城に、俺は狡噛に好きだと言うシミュレーションをする。どんな時に言えばいい? 何もない時に静かに? それともセックスの最中に? 俺は花城が去ってゆくのを見ながら考える。どうやって狡噛に愛していると伝えるか悩みながら、そんなのすぐにでも言えと悩みながら。