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    佳芙司(kafukafuji)

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    POIPOI 71

    唐突にハマったせいで書かないことには成仏できないと思い詰めて書いた。
    京園必修科目「彼氏のファッションチェック」ネタ。
    コメントあれば💌→https://wavebox.me/wave/dc34e91kbtgbf1sc/

    #京園
    kyoto-on

    京園① キャミソール。ローライズ。オフショルダー。
     園子さんといると今まで知らなかった単語にたくさん出会えるな。と京極は思う。クリスマスイブの前日をイブイブ、というのは直接聞けず後から知った事だが、大抵の耳慣れぬ知らない単語はその場で園子自身が説明してくれるので、そのまま流れで覚える事が多い。日常生活で必要な知識なのかと問われれば否と答えざるを得ないが、園子に関しては彼女にまつわるすべての関連事項を一欠片も残さず知っておきたいと思っている京極自身は、特にそれらを不要な知識だとは思っていない。見識が広がるな、やはり園子さんは素晴らしい人だ、等々と肯定的に捉えている程である。
     それはそれとして、許容の可否については別問題である。いつかの現代国語の授業で読まされた何処ぞの作家の文章を本歌取るならば、京極には服飾の流行が分からぬ。中略けれども恋人の必要以上の薄着や服装の着こなし等に対しては、人一倍に敏感であった以下略。
     一六平米の試合コートにひとたび踏み入ってしまえば常人離れした集中力を発揮する京極真が、何故に意識が逸れてしまったのか。指定された待ち合わせ場所へ向かっていた最中に、約束の時間よりも幾分早いにも関わらず既に到着していたらしい園子が周囲をちらちらと見渡している姿を見付けたからである。詳細情報を加えるならば、その出で立ちがタンクトップの肩布が背中で交差して肩甲骨周辺が覗いて見えるデザインの服である事に気付いてしまったが為に、先述の通り思考が脱線してしまった。
     視界に最愛の恋人を映した喜びも束の間。またですか貴女は、とごく小さな声で京極は独り言ちた。
     日焼けしていない素肌が焼き付いてしまって、目を瞬いたところで消えてくれない。花を見つけた蜂が惹き寄せられるのと同じ本能で足が向かう。どうして彼女を待たせてしまうような時間に出てきてしまったのだろうと悔いながら、一刻も早く傍へ行きたいと気が逸る。園子さん、またそんな薄着でこの待ち合わせ場所まで来られたんですか、此処に来るまでと自分を待つ間に何もありませんでしたか、怖い思いや嫌な思いはしませんでしたか、気にせず心配しないでいるなんて無理です、ああでも、貴女はどうしたって本当に、いつも──。

    「あっ真さん! もう着いてたのね」

     呼び掛ける前に振り向いて彼を見つけた園子が小走りに駆け寄り、ぱっと笑顔を見せる、瞬間。京極の思考は霧散した。
     何を注意しようとしたのか何を訊ねようとしたのか、何を伝えたいと思ったのか、瞬きの間にすべて忘れた。日向の眩しさに暈された景色に目を凝らして細める事しか出来なかった。
     中途半端に浮いた足裏を駅前広場の敷石に着ける事に意識が向いて、返事をきちんとしたのかさえ危うい。気付かれぬようそっと息を整えてもう一度、改めて京極は眩しく美しい人を見た。

    「真さん、きっと早く来るだろうなーって思って早目に出てきたの」

     今回は私の勝ちね。くすくす笑う彼女に胸が少し、締め付けられる。彼女の華奢な首元を際立たせるように鎖骨の上で細いチェーンのネックレスが光っている。控えめなごく小粒の透明な石が光を受けて反射する。凝視している自身に客観的に気付いて、はたと京極は姿勢を直した。言おうとしていた事柄を漸く思い出して咳払いをする。

    「ところで園子さん、またそんな薄着で」
    「あー待って待って、待ってる間暑いなって思って脱いでただけ。今日はちゃんと上着持ってきてるんだから!」

     ほら、と手提げ鞄から折り畳んだシャツを取り出し手早く羽織った彼女が得意気に軽く両手を広げる。改めて全身を見ると白のハーフパンツは膝よりかなり上の丈であるし足元はスニーカーに踝丈の靴下で素肌の面積が広い。しかしそんな事より。

    「す……」
    「す?」
    「透けて見えているじゃないですか色々と……!」
    「なっ、ちょっと変な言い方しないでよ!」

     何も的外れな事など言っていない、と京極は眉を顰める。彼女の羽織ったシャツは生地そのものが薄いのか、朧気ながらもボディラインは透けた布を通してその輪郭を辿る事が可能で、つまり見えてしまっている。このまま後ろを振り向けば、先程目にした背中も見えるだろう事は想像に易い。陽に焼けていない白い肌、まろい輪郭の肩甲骨が。

    「あのねぇ、これはシアーシャツっていうの。だから透けるのは当然なの。これなら羽織ってても私は涼しいし肌見せにはならないから、真さんも安心出来るし完璧! って思ったのに」

     もう、と唇を尖らせる園子に彼が言葉を詰まらせる。言わんとしている意味はなんとなく汲み取れるが、如何せん京極にとって彼女のその理屈自体が突飛なものに思えてならない。そんな薄布を持ってきて、何か上に一枚羽織っていれば納得するだろうと短絡的に考えないでほしい。
     オーバーサイズでゆるっと着るのが可愛いのに、今日はお臍だって出てないわよ、云々。園子の言葉を何処か遠くで聞きながら、なんと伝えたものかと胸中でのみ手を拱く。
     単語を覚えたところでどれだけ説明されようと、タンクトップとキャミソールも、シースルーとシアーとレースとメッシュも、その違いは分からない。京極真にとってただそれは『襲ってくれと言っているような』『男を挑発するような』服装にしか見えない。その人に似合う似合わないでも何でもない。
     愚かしくも挑発に乗せられて理不尽に問い質してしまいそうになる。貴女は自分の心の、何を何処まで、分かってやっているんですか、と。

    「そうだ。真さんなら知ってると思うけど、空手着とか道着の襟のとこあるじゃない?」

     ぽん、と手を叩いて見上げたまま話し始める園子に気が逸れた。鈴の音のような声を一言二言聞いただけで仄暗い焦燥感が容易く鳴りを潜める。

    「あの襟のところって掴まれたらもう即、技が決められちゃうかもしれないから、相手に掴ませないようにするのも技術なんだってスポーツニュースでやってたの。だったらこのシャツみたいに……」

     するり、と。
     薄布が、まるく滑らかな肩から音もなく彼女自身の手で落ちる。二の腕の辺りで止まったその着崩し方が、どう見ても無防備な脱衣の仕草にしか見えなくて京極は今度こそ瞠目した。

    「こういう感じで、初めから襟を肩から落として羽織ってれば負けないわよね? だからね、これは着こなしも含めて私なりの自己防衛術なのよ」

     京極の反応を見て取った園子が胸を張る。何をどのように噛み砕いて解釈しても筋の通らない話だと彼の頭の中の冷静な部分が首を振る。薄く小さな肩とすっと伸びた項があまりに眩しくて見る事すら躊躇われる。袖口の広いシャツが彼女の身振り手振りでずり落ち肘のあたりで布地が折り重なってゆく、顕になった手首の細さが強調される。

    「そ……う、なんですね」

     二三度頷いて、彼は何もかもすべてを差し置いて納得した。そうでもしないと目線を固定したまま何か自分でも思いもよらぬ行動を取ってしまいそうな予感がした。しかしそれらの危機感はまた別として、基本的に彼は彼女の言い分等を否定する事そのものに慣れていなかった。

    「そうよ。だから、今日の私は最強に可愛いの! 分かった?」

     園子の方も彼が納得してくれた事に満足したので、二人の問題は万事解決してしまった。如何せん二人は恋をしているので、惚れ込んだ相手にはとことん甘いのはお互い様である。
     最も不運であったのは、今日は彼等の共通の知り合いである何某達も同席していない為、逐一遣り取りについて何かを正したり指摘したり等をしてくれる存在はいないという事であった。先程までの遣り取りは何だったのかと思われるような唐突さでも、じゃあ行きましょ。と手を取り歩き出す園子に何の疑問も抱かず、その歩幅に合わせて京極も歩き出す。ファッションビルのショーウィンドウを流し見る彼女の横顔を見れば上向いた睫毛が瞬かれ揺れる。そして不意に振り返ったので、京極はどきりと小さく心臓を跳ねさせた。

    「あのね。今思い付いたんだけど、次のデート服は真さんが決めてって言ったら選んでくれる?」
    「自分が、ですか?」
    「だって結局今日の服だって完全には許してないんでしょ?」

     ぐ、と横一文字に唇を引き結んだ京極が、許すとか許さないとかではなくて等と口篭る。眼鏡のブリッジを押し上げる指の先に困った時に出来る眉間の皺が寄っている。
     園子としては、別に彼を困らせようと思って言った訳ではない。京極の妥協点や許容範囲と、ついでに好みが知りたいところであるし、更にこれを元に次回以降の対策が取れるなら重畳だ。と、単純に考えているだけである。大なり小なり我を通し合える程度には気心も恋心も互いに分かり合っている。

    「時間に余裕あるし、ちょっと寄り道しましょ。丁度夏物の新作と春物のセール始まってる頃だろうし」
    「自分の服の事もよく分からないのに、女性の服の事は……」
    「いいからいいから」

     ね、行こ? と腕に軽く抱き着いて首を傾げる彼女に京極は言葉に詰まりながらも、はい、と短く答えた。彼が自分の提案を受け入れてくれた事を素直に喜びながら園子は満面の笑みを浮かべる。というより、ニヤリ、と口角を上げた。

    「女の子の服を選ぶ意味……真さんは知ってるのかしらね〜?」

     口元を揃えた指先で隠した含み笑い、基い、したり顔の緩んだ頬が膨らんでいる輪郭を京極は見る。柔らかそうだなとゼロコンマ単位の秒数の間に過ぎった感想は通過させるままにして、喜怒哀楽でいうならば楽に分類されるであろう表情だけで今日はいくつ目にしただろうかと思考の方向転換を行った。

    「知ってます」
    「なーんてね、そうよねイブイブも知らなかった真さんだもん知らなくて当然──え?」

     言いかけの途中で足が止まる。たっぷり一拍の小休止を置いてぎこちなく目線を合わせてきた彼女の先程までの得意げな笑顔は何処へやら。園子の視線は泳ぎに泳いで定まらない。どうしたのだろうか、と京極が見つめ返すと今度は笑顔が引きつる。何やら様子がおかしい。再度園子の顔を覗き込むと今度は仰け反り気味に後退りされた。
     女性の服を選ぶ意味の俗説について、何処で仕入れた情報なのかはもう京極自身も記憶が定かではない。男所帯の空手部かもしれないし実家の手伝いをしていた際に見聞きした客の雑談かもしれない。その俗説自体よりも付随する権利こそ重要だと京極は把握し心得ている。

    「知ってます。知識として」
    「そ、そーなのね……」
    「これでも一般的な健全な男子ですので、一応は」

     とうとう園子の顔が赤らむ。恥ずかしげなその様子から何故か羞恥心が伝播して、京極も同じように顔を赤らめた。ごほん、と咳払いをして整える。

    「園子さん……ご自分から言い出しておいて恥ずかしがるというのは」
    「だ、だ、だって予想外っていうかなんていうか真さんがそんな事言うとは思わなかったっていうか……っ」

     ぱっと両手を離して園子が更に一歩後ろに下がる。自分で話題を振っておきながら、狼狽した彼女が照れ隠しの為か軽く身構えて掌を向け距離を取ろうと試みる。しかしそんな可愛らしいガードは呆気なく突破され、手を取られて距離を詰められた。

    「園子さんの為なら狡賢くもなりますよ」

     静かな京極の眼差しに園子が息を呑んだ。
     彼の深いところにある真意は計り知れないが、少なくとも冗談を言う時のそれではない。真剣だと、分かるからこそ気恥ずかしくて同時にどうしようもなく──こそばゆいような気持ちになる。
     ちらちらと視線を彷徨わせてから園子が瞬きする。はにかむように小さく笑って軽く俯いた。

    「じゃあ……分かってるなら、ちゃんと選んでね。私に似合うやつ」

     京極が何か答える前に園子が手を引いて再び歩き出す。少し小走り気味に歩く彼女の耳が赤い。繋いだ手を握り直した足取りは心なしか先程よりずっと軽く、彼女が振り向かない事を良い事に京極はひっそりと微笑む。

    (貴女のせいで、どんどん自分が悪い男になっていく気がします)

     貴女にとっては予想外でも男なんてみんなそんなものですよ、と言ってしまおうか京極は迷ったが、伝える代わりに指を強く絡めるのみに留めた。
     欲、とはこういう感情であって、それを知ったり教えたりという二人の道程は存外面白おかしくおそろしいものなのかもしれない。



    〈了〉


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    佳芙司(kafukafuji)

    REHABILI園子さんは正真正銘のお嬢様なので本人も気付いてないような細かなところで育ちの良さが出ている。というのを早い段階で見抜いていた京極さんの話。
    元ネタ【https://twitter.com/msrnkn/status/1694614503923871965】
    京園⑰

     思い当たるところはいくらでもあった。
     元気で明るくて表情豊か。という、いつかの簡潔な第一印象を踏まえて、再会した時の彼女の立ち居振る舞いを見て気付いたのはまた別の印象だった。旅館の仲居達と交わしていた挨拶や立ち話の姿からして、慣れている、という雰囲気があった。給仕を受ける事に対して必要以上の緊張がない。此方の仕事を理解して弁えた態度で饗しを受ける、一人の客として振る舞う様子。行儀よくしようとしている風でも、慣れない旅先の土地で気を遣って張り詰めている風でもない。旅慣れているのかとも考えたが、最大の根拠になったのは、食堂で海鮮料理を食べた彼女の食後の後始末だった。
     子供を含めた四人の席、否や食堂全体で見ても、彼女の使った皿は一目で分かるほど他のどれとも違っていた。大抵の場合、そのままになっているか避けられている事が多いかいしきの笹の葉で、魚の頭や鰭や骨を被ってあった。綺麗に食べ終わった状態にしてはあまりに整いすぎている。此処に座っていた彼女達が東京から泊まりに来た高校生の予約客だと分かった上で、長く仲居として勤めている年輩の女性が『今時の若い子なのに珍しいわね』と、下膳を手伝ってくれた際に呟いていたのを聞き逃す事は勿論出来なかった。
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