ゆめくろのグランフレア×エマちゃん(エマ視点) キーパーズボードにグランからのメッセージが来ていた。連盟本部での仕事が終わるのは何時頃になりそうか、という旨で、おおよその時間を伝えたら『迎えに行く。それと買い出しに付き合ってほしい』と返事が来た。
そんな些細な約束なのに、なんだかとても嬉しくてキーパーズボードをぎゅっと胸に抱いてしまった。迎えに来てくれる人と待ち合わせするだけでどうしてこんなにうきうきするんだろう。
報告書の受領、見積書の作成、請求書の金額確認、領収書の発行。書類仕事はどうしても連盟本部でなければ出来ない事も多い。限られた時間ではなかなか一日で終わらせられない事も多いのに、グランが待ってると思うとゲンキンなもので、いつもより仕事が捗ってしまった。今週までにやらなければいけない仕事はもうない。
(自分で呆れちゃう。ほんと単純なんだから)
それでも今日は浮かれていても許してほしい。だってグランから誘われるなんて滅多にないし、このところお互い忙しかったし、ゆっくり話せる機会も少なかったのだから。
思わず早歩きから駆け足になって、グランの待つ広場に一直線で向かう。
「お待たせ、グラン!」
背の高い彼は人混みでもすぐに分かる。声を掛けると振り返ったグランが少し驚いたような顔をした。
「言ってた時間より早かったな、エマ」
「あ、うん。思ってたよりもすぐ終わらせる事が出来たんだ」
まさか早く会いたくて無我夢中で仕事を片付けてしまったなんてちょっと恥ずかしくて言いにくい。
「買い出しだよね? 何を買うのか聞いてなかったけど」
「まぁ、いつもの食料品とかだな。じゃあ行こうか」
そう言うとグランは手を差し出してきた。なんとなく流れでその手に自分の手を重ねて、何も考えずに手を繋いで歩き出す。
二歩ほど歩いてハッと気付いて、それからその手を見つめた。
「あ、あれ? なんで?」
「どうした?」
あまりに自然な流れすぎてうっかりしていた。顔まで熱くなって心臓もドキドキし始める。
なんだろう、この状況。どうして私はグランと手を繋いでいるんだろう。なんでグランは私と手を繋いでくれているんだろう。
「嫌だったか」
急に立ち止まったまま、黙って手元ばかり見ていた私を気遣うようにグランが言った。私は慌てて首を振って否定する。だって全然嫌じゃない、嫌な訳がない。むしろ嬉しいくらいだ。
「そうじゃなくて、えっと……手、大きいね、グラン……」
そうじゃない。そういう話をしようと思ったんじゃない。
でも口から出てくる言葉はこれしか出てこず、結局何を言おうとしていたか自分でも分からないままになってしまった。
グランの手は私のそれよりも一回り以上大きくて骨張っていて、掌の固い部分はタコが出来ているのかゴツゴツしている。
男らしくて格好良い、大人の手で、男の人の手だと改めて思う。私なんかとは比べ物にならない程大きな手が、今はしっかりと私の手を包んでいる。それだけの事なのに胸の奥が締められたみたいになって、戸惑う。
「確かに、エマの手は小さいな。気を抜いたら握り潰しそうだから気を付けよう」
真面目な表情でそんな事を言い出すから拍子抜けして、つい吹き出し笑いしてしまった。たまにこうして冗談を言うところも好きだ。
本当に、大好きだな、と思う。
「私達が手を繋いでるのって周りからはどう見えるんだろうね?」
「そうだな……案外俺は人攫いに見られているかもしれないぞ」
「ふふっ、それは困っちゃうかも」
くすくす笑うと、ぱっと繋いだ手が離れた。
あ、と名残惜しく思った瞬間にまた繋ぎ直されて、今度は指と指の間に彼の太く長い指が入り込んでくる。掌を重ね合わせて、指と指を絡めて、ぎゅっと握られた。
これはいわゆる、恋人繋ぎ、というものではないだろうか。
ちらりとグランの表情を見るけれど、グランは小さく笑って私を見下ろすだけだ。
「これなら、流石に人攫いには間違われないだろう」
距離が近い。
見つめる目も声も、全部優しい。グランの体温を感じる。
「……ハイ」
何がなんだか分からなくて生返事になってしまう。グランの顔がまともに見られない。
市場に着くまで、荷物が両手いっぱいになるまで、手を繋いでいられる時間がもうちょっとだけでも長く続いたらいい。
私はこっそりグランの手を握り返しながら、ついそんな事を願っていた。
〈了〉