金色の鬼「ひっ」
私は見てしまったのだ。暗闇に光る黄金の目をした鬼を。
もうすぐ望舒旅館が見えてくると思ったあたりで、怪しげな気を纏ったヒルチャールに襲われた。走って逃げるも石に躓き派手に転んでしまった。振り上げられる斧にもう駄目だと目を閉じたのだが、そこで突如突風が吹き荒れた。数秒経っても襲いかかる痛みがなく、私は恐る恐る目を開けた。すると、ヒルチャールを一撃で倒したであろう角の生えた鬼が、こちらを向いていたのだ。鬼は面を付けていて、その下の顔はわからなかった。しかし、一目見ただけで恐ろしい強さを持つ鬼だと言うことはわかった。
鬼はじっとこちらを見ていたが、しばらくすると顔につけていた面が消え、鬼の顔が一瞬だけ見えた。それまで翡翠色に光っていたと思っていた鬼の目は、黄金の色に変わっていたのだ。鬼に睨まれ今度こそ死を覚悟したのだが、恐怖の方が勝り、私は気を失ってしまっていた。
目を覚ました時には望舒旅館のベッドの上にいた。しかし、鬼を見たのは夢ではないはずだ。オーナーに話を聞きに行くと、道端に倒れていた私を、親切な方が名も名乗らずに私をここへ運んでくれたと言う。親切な人には是非もう一度会ってお礼を言いたいところだが、道中で出会った鬼は、きっとここら一帯を制圧している奴に違いない。できれば二度と会いたくないと思った。
明るい内に璃月港まで帰ろうと思い、その日のうちに望舒旅館を発った。無事璃月港まで帰れはしたが、夜毎に金色の目の鬼の事を思い出し、恐怖で身体が震え眠りにつけない日々が続いていた。
「なるほど。それでこの往生堂を訪れたということか」
「本来なら鬼退治は専門外だけどね~」
「そうだと思ったのですが、怖くて夜も眠れません……あの鬼を退治していただきたいのです……」
「退治か……」
私はこの件を相談する為に往生堂へ来ていた。ただのモンスター討伐であれば冒険者協会へ行くべきかもしれない所ではあるが、鬼退治はどこへ依頼して良いかわからずここへ来たのである。運良く今日は往生堂の客卿、鍾離さんもこの場にいた。ありとあらゆることを熟知している鍾離さんならば、鬼の正体ももしかすると知っているかもしれない。
「鍾離さん、頼んでもいい?」
「うむ。堂主の頼みとあれば、俺が引き受けよう」
「ありがとうございます!」
「では、早速その鬼の出た場所へ案内してくれるか? 痕跡を辿りたい」
「はい!」
ありがたいことに、鍾離さんはすぐに鬼退治へ赴いてくれるようだった。胡堂主に見送られ、璃月港を後にする。道中鍾離さんに、鬼の特徴をかなり細かく聞かれたので、覚えている限りで回答をした。
「なるほど、それはきっと手練れの鬼に違いない」
「きっとそうです……このままではいつ望舒旅館も襲われるかわかりません……」
「はは、そうだな」
「笑い事ではありません!」
かなり緊迫した様子で鬼の風貌と強さを伝えているつもりなのだが、鍾離さんは何故かにこやかに私の話を聞いている。そのうえ、笑い声まであげられてしまった。少し馬鹿にされている気分がするのと、異常なまでにこの差し迫った危険な鬼のことが伝わらないもどかしさに、私は少し苛立ちすら覚えていた。
「この場所で鬼を見ました」
「ふむ……」
そうこう言っている間に、例の鬼を見た場所へと辿り着いた。鍾離さんは私にその辺りで待っているように言い、地面に手を翳したり、傷ついている竹の節目を観察していた。
「なるほど。鬼の正体に確信が持てた。礼を言う。あとは俺の方で鬼を退治しておこう。貴殿は安心して璃月港へ戻るといい」
「本当に大丈夫なのでしょうか……」
「ああ。不安であれば、実際の鬼を呼ぶこともできるが、どうする?」
「いえ、大丈夫です……」
もう一度あの鬼に会ってしまえば、今度こそ心臓が止まってしまうかもしれないと思い、遠慮した。後は鍾離さんに任せようと踵を返し、また元きた道を戻っていった。
一体鍾離さんは鬼をどのように退治するのか少しだけ気になって、途中振り返り、目を凝らして行動を観察した。すると、そこには鍾離さん以外の人物がいたのだ。さっきまで全くいなかったその人物は、鍾離さんよりも歳が若そうな、小柄な少年だった。きっと鍾離さんの付き人か何かなのだろう。その手には槍が握られている。鍾離さんはどちらかというと戦闘をするようなタイプには見えない。だから、実際の鬼退治は小柄の彼が行うのだろう。
「あの槍……」
翡翠色に光るあの槍を、私はどこかで見たことがある気がした。一体どこでだったのだろうか。
「ひっ」
その刹那、小柄な少年がこちらを向いたのだ。その瞳は昼間だというのによく映える黄金色で、その瞳に睨まれた私は、一瞬にして気を失ってしまっていた。
「ここは……」
目を覚ました時には、私は望舒旅館のベッドにいた。なぜこの場所へいるのかは思い出せなかった。自分の名前は覚えている。家の場所も、家族の名前も覚えている。しかし、ここへ来た経緯が抜け落ちていた。
「気がついたか。無事で何よりだ」
「あなたは……」
往生堂の客卿、鍾離さんが目の前にいた。鍾離さんにここ数日会った記憶はない。どうしてこのようなところに彼がいるのだろうか。
「私は……なぜここへいるのでしょうか」
「妖魔に襲われたせいで、一部記憶が抜けているのかもしれないな。貴殿はこの近くで妖魔に襲われていた。たまたま通りかかった俺がその場を切り抜け、ここへ運んだんだ」
「それは、ありがとうございます……」
妖魔に襲われていた記憶もない。しかし、鍾離さんが言うのであればそうなのだろう。
「一部記憶が安定していないままでは心細い部分もあるだろう。璃月港へ戻るのならば、俺も丁度帰るところだ。送って行く」
「重ね重ね、ありがとうございます」
鍾離さんの好意に甘え、璃月港まで道中を共にした。鍾離さんは色々な話をしてくれたが、その中で興味深い話をしていた。
「璃月に、金色の目をした鬼が出るという噂を知っているか?」
「いえ、聞いたことはないです」
「そうか。ならいい」
「話があるというくらいなのですから、実際にいるのかもしれないですね」
「そうだな。もしかすると、鬼ではなく……璃月にいるという仙人様の噂が一部ねじ曲がった逸話の一つかもしれない」
「仙人様……」
璃月は仙人が見守ってくれているという話は、小さい頃からよく聞かされていた。そのような仙人が、もしいるのならば……。
「ぜひ会ってみたいものです」
「ああ、俺もだ」
無事に璃月港にある家まで辿り着き、鍾離さんと別れた。酷く疲れていたこともあり、その日は早めに眠ることにした。
「あの娘、記憶を消してしまって良かったのでしょうか」
「これは悩ましいな。一度恐怖として植え付けられたものを、実際には魈がその場にいて助けてくれたという話をして信用してもらえるかどうか怪しいところだ。それとも、魈はそちらの方が良かったか?」
「いえ、我は特に凡人にどのような存在であるか認識してもらう必要はないと思いますが、我のせいで眠れずにいるというのならば……」
「やぶさかではないと?」
「はい……そして、我が実際に鬼になることも、あり得ない訳ではありません」
「その時は、俺が鬼退治に行かねばならないな」
「……申し訳ありません」
「まだなってもいない未来のことだ、謝るのはまだ早い」
「はい」
鍾離様が、我の頭に手を乗せた。数回撫でるような動きをして、頬をさすり、ペタペタと色んなところに触れた後、うん。大丈夫だな。と呟いた。