執事の心労戦いの疲労は予想以上にあったようで帰還して早々、今日は早めに休もうと思っていたときだった。寝支度を手伝う忠実な執事がヴァルバトーゼにそう話を切り出したのは。
「ところで聞きそびれていたのですがあの後閣下の身に何があったのですか?」
「ん、あの後とは?」
「ネモを撃破した後に閣下が連れ去られた時のことでございます」
「あぁ、あれか。あのときも言ったが神のやつが俺をご丁寧にも招待してくれてな、交渉を持ちかけてきたのだが話が合わなかったので殴り飛ばして来たのだ。それだけだな……全く神のくせに悪魔を従わせようなど片腹痛い」
全てが傲慢でまさしく神の視座からの一方的な物言いを思い出してヴァルバトーゼは言葉に呆れを滲ませた。
「なんと、そのようなことがあったとは。流石我が主、神をも恐れぬその豪胆さに加えてその神すらも暴を持って撃破されるとは……敬服の至りです、が」
相槌にヴァルバトーゼの話に賛辞を連ねるフェンリッヒだったが、そこで言葉を区切ると棺の中から上体を起こしている主に近づき膝をついた。特にそういう話ではなかったのに急に畏まったフェンリッヒが何がしたいのか分からずヴァルバトーゼは頭に疑問符を浮かべる。
「神とやらの全貌も能力も明らかになっていないあの場で閣下をみすみす拐かされたことが非常に悔しいのです。もし万に一つでもヴァル様に何かあればと思うと私は生きた心地がしません。閣下、どうか罰を。あの場で主を守りきれなかった愚かなシモベに相応しい罰を下さいませ」
その言葉の端々にはフェンリッヒの深い悔恨と自身への怒りが混ざった苦々しい感情が込められていた。そんな話をするとは思わず、シモベの顔を注視するが合わせる顔もないかのように俯いておりその表情は判然としない。しかしこの男がどんな表情を浮かべているかは長い付き合いでありありと分かる。
「ふむ、とは言えあの魔法のような移動にお前がすぐに反応するのは難しかったと思うぞ。それに向こうは俺指名だったしな。フェンリッヒ、お前がそこまで気に病むほどのことではない、不可抗力というやつだ」
「ですが……!私はもう二度と貴方様を失うような真似を許すことはできないとそう心に誓ったはずなのです、それなのに……」
「……全くお前は見上げた忠誠心を持つシモベだな」
ヴァルバトーゼとしては罰を与える気などさらさらないのだが生真面目でどこか内省的なこの男のことだ。ずっと自分を責め続けるに違いない、それなら何らかの形でけじめを付ける機会を与える方が主として取るべき行動だろうと結論付ける。
「そうだな、お前がそう言うのなら罰を与えようではないか……主を守れなかった者に相応しい罰……それは」
フェンリッヒの肩がぴくりと揺れたが裁きを待つ罪人のように口をつぐんで主の先の言葉をじっと待つ。
「……それはこれからも変わらず俺にその身と心を尽くして俺のために働くことだ!」
「……は?」
「フェンリッヒよ、お前は今回のことで俺への忠誠を損なったと考えているようだが、それならば不忠を挽回すべくこれからも変わらず行動で忠誠を示すが良い。……それに我々はまだ志半ば、こんなところで落ち込んでいるのは早すぎると言うものだ、それとも我がシモベは過去の過ちに囚われるような者なのか?」
「……!流石我が主、おっしゃる通りです。大変お見苦しい姿を見せました、どうも地球の内側なぞに行ったせいか月の魔力が不足していたようです。でしたら今後とも閣下の覇道のために身を粉にして尽くすといたしましょう」
「うむ、それでこそ我がシモベ。まだまだお前が俺には必要だ、これからも頼むぞ」
「はっ」
その返事と勢いよく上げた顔の表情にシモベの気持ちが前向いたことを察して満足げな笑みをヴァルバトーゼは作る。
「さて、反省も良いがもう今日は遅い。お互い休むとしようではないか」
「はい閣下、お休みなさいませ」
「ああ、お前も休めよ」
棺桶の中に横になるとフェンリッヒが蓋を閉める。その閉める前に執事の尻尾がゆらゆら揺れていることに気付く。フェンリッヒの足音が遠くなってから中々可愛げがあるではないかと吸血鬼は呟いた。