人間から見たら悪魔は大体ツンデレ目の前でキラリと光が瞬いたと思った瞬間、爆音と共に業火が襲いかかってくる。肌に触れる火は熱く、周りの酸素が奪われて息が詰まる。どこまでもリアルな情景と感覚。けれどアタシはこれが夢だと知っているから何も怖くはない。
「もうあっつーい!服を焦がす気!?」
強く握ったバットを大きく振って、炎と煙を追い払う。そして地面を蹴って一直線上にいる魔法使いを目がけてフルスイング。炎の中から敵が現れるとは思わなかったのかドクロ付きフードの魔法使いは慌てた様子のままフーカのバットが頭に当たってその場に倒れた。
「乙女に向かって燃やそうとするとか、悪魔って本当信じらんないんだから」
バットを肩に担いで、さて他に残っているかと周りを一瞥すると遠くで戦っていたヴァルバトーゼの姿が目に入る。どうやらあそこにいるのが最後らしい。ならチョコレートでも食べてのんびり待つかと思っているとすぐにフェンリッヒが加勢してあっという間に片付いてしまった。
仕方なくポケットから出しかけたチョコレートを仕舞い直す。これは帰ってから食べればいいやと考え直して、フーカはヴァルバトーゼ達のいる方に合流しようと足を向けた。
だがその時、何故かヴァルバトーゼが急ぎ足でフーカの方に向かってきているのが見えた。帰るゲートは反対方向なのに何でだろうと首を傾げるとヴァルバトーゼの表情が焦りを帯びているものだという事に気がつく。
「小娘!」
「なっ何よ!大声出して!びっくりするでしょ」
「大声も出るわ!帽子はどうしたのだ!」
「えっ!帽子?」
指摘されて頭に手をやるといつも被っているプリニー帽が無い。ぽんぽんと数回頭を叩くが髪に触れるばかりで帽子はどこにもない。
「あれ、本当だ無いじゃん」
「どこにやったのだ!?」
きょろきょろと辺りを見渡すが、それらしき物は落ちていなかった。するとヴァルバトーゼは無遠慮にフーカの腕を掴むと戻るぞと言って焦った様子で歩き出した。
「え、え、ちょっとまって自分で歩くから!ってか何?そんな帽子無くしたぐらいで」
「馬鹿者!帽子を無くしたぐらい、ではない!今のお前は申し訳程度のプリニーの皮で魂を保っている状態なのだぞ。急いで拠点に戻って代わりの帽子を被らねば最悪、魂が霧散するのだ!」
「……それってやばくない?」
「だからそう言ってるだろう!」
冗談の類いには全く見えないヴァルバトーゼの様子にフーカは気圧され、急き立てられるまま拠点に通じるゲートに飛び込んだ。
戻るや否やヴァルバトーゼから呼びつけられたニーノから代わりの帽子を貰い、被り直す。何となくだが自分の存在がちゃんと固まった感覚がした。
「プリニーって爆発するし結構丈夫に作ってるつもりだったんだけどね。予備にいくつか渡しておこうか」
「そうねーまたこんなことがあってヴァルっちを心配させちゃなんだし、貰っておくわ」
お馴染みとなったプリニーの頭を模した帽子を更に余分受け取る。貰った帽子はポケットに入れるわけもいかず手で持つことにしてその場を後にした。ずっと被っていた物でも無くなるときは案外一瞬だなと思いながら手元の帽子に目をやると、ふと先ほどのヴァルバトーゼの様子が思い出された。
離れた場所にいたのにフーカの帽子が無いことにすぐに気がついて焦った様子でいたのはフーカには珍しく映った。これは夢だけどそれだけ危ないと思ったのだろうし、それ以上に普段さっぱりしてる割には結構気に掛けてくれていたことが少し嬉しいような気がする。
「ヴァルっちもツンデレなのねー、素直じゃないんだから」
全く悪魔ってどうしてああも回りくどいんだか。地獄の廊下を歩きながらそう呟く。それから拠点である広場に戻るとそこにはヴァルバトーゼとフェンリッヒが連れ立って話しているのが見えた。声を掛ける前に足音で気がついたのかヴァルバトーゼが顔を上げてフーカの方を向く。そしてフーカの頭にプリニーの皮製帽子が載ってるのを見て軽く頷いた。
「ちゃんと被っているな、もうそう簡単に無くすなよ小娘」
「はいはい気を付けるね。でも本当にどこにやったのかしらあの帽子」
「それならこれだ、と言っても最早跡形も残っていないが」
そう言って持ち上げて見せたフェンリッヒの手には真っ黒い炭らしきものがあった。近づいてよくよく見るとどことなく目の形をしたものが2つ付いているようにも見える。だが到底帽子には思えない。
「何それ?石炭かなんか?」
「お前の被ってたプリニー帽だったものだ、恐らくあのオメガファイアを食らった時に燃えたんだろう」
「ふむ、意外と耐火面は弱いのだな」
「そうですね、まぁ所詮はプリニーの皮ですからそこまで性能を追求する必要がないんでしょう。小娘、プリニーの皮だってタダじゃないんだから大事に使えよ」
「分かったって!ていうかそれアタシのせいじゃないじゃん、あの魔法使いが悪いんじゃん!もうー心配掛けて悪かったって」
心配という言葉に反応して案の定フェンリッヒがまなじりを吊り上げる。
「はぁ!?誰がお前のことなんか心配するんだ」
「本当に素直じゃないんだから。大丈夫これはアタシの夢だしアタシが消えちゃうことなんて無いんだから安心してねヴァルっち、フェンリっち!」
安心させようと自信満々にそう言うとフェンリッヒは呆気に取られた表情を浮かべる。その横でヴァルバトーゼは小さく首を傾げていた。
「そのような心配はしておらぬが、ただ俺はプリニー教育係だからな。お前が更生するまでお前の魂が消えぬように気を配るのは当然というものだ」
相変わらずといった調子の言葉だがそれもある一種の照れ隠しだとフーカにはすでに分かっている。主従揃ってツンデレなのねなんてフェンリッヒが聞いたら全力で否定してくるだろう感想が浮かんだ。
「ふーん、ま、そういうことにしといてあげるわ。じゃあアタシ行くから」
そう言ってまだ何か言いたそうなフェンリッヒを横目にフーカは自室に戻った。仕方なく被ってた帽子だけど今度からはちゃんと手入れもしようかなとフーカはプリニー帽をそっと撫でた。