5「今からお社に行って来てくれる?お社に一人でおつかいをお願いするのはこれが最後よ。」
私はすぐに支度をし、置いてくる手紙を受け取ろうとしたが、今回は回収するだけでいいという。
それでは文通にならないと不思議に思ったが、とにかく散歩に出掛け、普段通りにルーティンをこなし戻ってきた。
今回も彼女は駆け寄って来て抱き締めてくれ、手紙を読むとにっこりと笑い、大事な話があると言った。
彼女は初めて手紙を見せてくれた。
たった一行だけ書かれた手紙。
もちろん小学生にもなっていない私には読めない。
「こう書いてあるのよ」
明日予定通りに行けるよ!頑張れ!!
「明日の午前中に赤ちゃんを生むの。その時実はここから出てお父さんとお母さんのところに帰るのよ。」
何がなんだか分からなかったが、「帰れる」ということは理解できた。
彼女が赤ちゃんを生むと帰れる?
何故?
彼女はゆっくりと説明してくれた。
実が来てから、幼馴染みとの手紙のやりとりは実をここから連れ出すことだけを話していたこと。
明日生まれる赤ん坊は五条家にとって大変重要な赤ん坊で出産前後の「守り」が全て彼女と赤ん坊に注がれる事。多分実を監視している場合ではなくなる事。赤ん坊が生まれる瞬間まで彼女の側にいて、生まれたらその騒ぎの中でお社まで全力で走る事。お社で幼馴染みの女性が待っているので、彼女と一緒に外に出れば家に帰れる事。外に出てからの事は二度と五条の家と関わらなくていいように新しい家と名前を用意している事。
「ここにお嫁に来てから私が自由にできたのは旦那さんのお金だけね」
と言って彼女は笑った。
それでもよく分からなかったが、彼女は「大丈夫よ。実ならできるわ」
そう言って微笑むだけだった。
その夜、彼女の部屋には白衣を着た医師や看護師、私を家族から引き離したお偉いさん方が現れ、出産の為の「準備」を始めた。
神社で見かけるような正装をした人たちは彼女の周りに結界を張り、祈祷を始めた。私は部屋の外に連れ出されそうになったが、彼女が側にいることを希望し、許可された。
私は物々しい雰囲気に圧倒されながらも、点滴で陣痛を促されている彼女の手を握っていた。
どれくらい時間が経ったのか、既に分からなかったが出産は時間とともに順調に進んでいるようだった。汗まみれで痛みに耐える彼女を見るのは辛くて逃げたしたかったが、激しい痛みが引いた後に「実……いる??」と弱々しく問う彼女を置いて逃げる事はできなかった。
痛みが来ると、彼女の手が私の手を潰さんばかりに握ってきた。爪が私の手に食い込み血が滲んだ。
私の小さな手に滲んだ血をみて彼女が謝る。
「ごめんね。手を握らなくていいよ」
それでも私は彼女の手を離したくなかった。
頑張って……!
ママ頑張って……!!
思わずそう叫んだ時、彼女は一瞬驚きの表情を浮かべ、涙を溢した。
そして最後の力を振り絞って彼女は叫んだ。
元気な産声が聞こえた。
気づけば朝日が昇っている。
彼女は小さな小さな声で言った。
「実、行きなさい」
産声を掻き消すように大人の声が響く。
男だ
男だぞ
六眼の男だ!