福引は資金力で買い占めるものAM6:30 ルビコン某所 レッドガン宿舎脇
独立傭兵の朝は早い。依頼があらば深夜だろうが早朝だろうが仕事に出る。
621は着慣れたパイロットスーツ...ではなくレッドガンのエンブレムがでかでかと印字されたオーバーサイズのTシャツに袖を通し、首から「会場スタッフ」の簡易のネームを下げて眠たそうな顔をしていた。自身のACはガレージの中。そもそも今日は搭乗しない。
何を隠そう今日はレッドガンの基地内で行われるイベントの1日お手伝いとしてアサインされている。一般客として呼んでもいいものだが、一応独立傭兵という立場上大手を振って企業主体の催し物に参加しにくいだろうというミシガンの気遣いである。
「G13!!貴様には会場の警護の任務を与える!!トラブルがあれば直ぐに連絡しろ!!」
「りょうかい、ミシガン」
「一般開放は二時間半後だ!!それまで会場内の把握と設営にあたれ!説明は以上だ!!」
後ろを振り返ればテントの組み立てや品出しにレッドガン所属の隊員達が忙しなく働いているのが見えた。報酬の特上練乳2倍フルーツかき氷のため621は仕事に取り掛かった。
設営も完了、会場内のマップ把握も万全、あとは開場を待つのみとなった。そういえばレッドガンの番号付き達もそれぞれ仕事がある、というのを思い出した621は見知った顔がいないか探し始めた。おそらく出店コーナーに固まっているだろうと目測をつけ足を向けた。すると予想通り見つけることができた。
福引担当の担当の五花海。
「おや?レイヴンも駆り出されてたんですか?」
621に気がつきにこやかに声をかけたが返答はない。彼女はしばし逡巡したのち。
「ナイル、五花海がわるいことしそう」
無線機を手に取り躊躇いなく本部へ通信を入れた。
「私ってそんなに信用ない?」
「日ごろの行い」
「ただの茶目っ気のつもりなのに酷くないですかぁ〜?」
両手で顔を覆いショックを受けて泣いている風を装う五花海への621の視線がますます冷たくなる。
「わたし知ってる、ぜんぜんあたりくじ入ってなくて子供からお金まきあげる気なんでしょ」
「断じてそこまでさましい人間ではないです」
「そうかな」
「流石に私でも傷つきますが?」
しょうもない言い合いをしているとナイルから派遣されてきたイグアスがやってきた。問題ないと思うが念のため仲裁に向えとお達しがあり、着いてみれば予想通りの光景が広がっていた。福引担当に五花海以外を当てがえばいいのに、とイグアスは思っていた。とはいえ、他のメンバーの配置はイベント会場本部と隣接したキッズエリアにミシガン、会場パトロール班の総括にナイル、飲食エリアの焼き場にヴォルタ、甘味担当のレッド。接客が不得手なイグアスはパトロールの巡回班である。どこもかしこも人手が足らず適材適所の配置となるとこうなる。
「よぉ野良犬。疑ってるところ悪いが今回はナイルから許可もらってるぞ」
「一言余計です、覚えておきなさい」
「まぁなんだ、ジジイ共の考えた配置が悪い」
「フォローになってませんからね」
福引に五花海という組み合わせのせいで碌に確認していなかった621は改めて店内を見渡した。1回100coam、企業主催な事もありハズレくじでも値段相応のお菓子の詰め合わせが貰えるようだ。他には幼い子が好みそうな光るステッキ上のおもちゃや簡易のボードゲームが並ぶ。上のグレードになるとベイラムらしいレッドガン所属ACが印字されたシャツやロゴ入りタオルが当たる。特賞は1/40サイズのライガーテイルふわもこぬいぐるみ。値段も良心的、ハズレ枠もそれなりに満足できる内容で本当に怪しい出店ではなかった。
本当に真っ当なお店だったんだ、と感心し始めた621の視界の隅に不穏なボードが飛び込んできた。
業者向け 1回10万coam
0の桁を数え間違えたのかと思い数え直してもやはり1回10万という狂った値段だった。しかも景品が見えたらない。お金の匂いがするのに何もしないはずがないよね、とある種の安心感を621は抱いていた。いまだに五花海と話し込んでいるイグアスの袖をぐいぐいと引っ張り先ほど発見したお品書きを指す。今度はなんだよ、とイグアスが振り返ると621が見つけた値札が目に入った。値段を確認して、五花海の顔に視線を移し、もう一度値札の0の数を数え直す。そしておもむろに無線機に手を伸ばした。
「おいナイル、今すぐ五花海のアホを絞めた方がいいぞ」
呆れたような表情をしていた二人だったが通報された五花海はさして慌てる素振りはみせない。間もなくざざ、と無線機にノイズ音が入った。相手はナイルだったのだが少し言い淀んでいるのか通信越しに咳払いするのが聞こえる。
『...あぁ、それなんだが正当な手続きを踏んである。詳しくは本人から聞いてくれ』
ナイルの言葉に頭の上に疑問符が飛ぶイグアスと621。
「値札だけで判断したでしょう?本社にも正式にお伺いを立ててるんですよ〜」
「どうやったらこんな価格になるんだよ!!」
「これ、ベイラムと関連企業のパーツの福引ですよ」
「はぁ?」
五花海曰く、レッドガン主催のイベントであり子供向けに客層を絞ってはいないのだという。
「そもそも今日のイベント、対象が子供だけではないです。レッドガン主催と聞けば木星戦争の英雄の総長を目当てにする方々が多いですがパイロット本人に憧れている方もいればACに惹かれる人間もいるでしょう?」
「たしかに」
「であればAC関連の商品に興味のある人物の来場も見込めます」
「だからってパーツ買うヤツがいるかよ」
「ふふ、そう言われると思いました。こちら商品リストです」
五花海から差し出されたラミネートされたパーツリストをイグアスと621は覗き込む。ハズレくじに該当する賞は任意のベイラム及びその傘下企業から販売されている火器類の弾薬引換券、それも割増券だ。主に実弾を愛用するパイロットにはありがたい内容であるのは間違いない。何せ消耗品、独立傭兵レイヴンのように実戦が多い人物ならなおさら。
当たりくじの方は当然武器パーツが入ってくる。量産化されている軽量ショットガンや小型ミサイルポッドなどなど。確かに値段相応なのかもしれない。但し当たりくじも1つではなく同じランクのものが複数、運が悪ければ被りかねない。
「なぁ、いっちゃ悪いが同じ武器は一つありゃよくねぇか?」
「隣でパーツリストを真剣にチェックしているレイヴンにでも聞いてごらんなさい」
先ほどから静かになった621の方に目をやるとパーツリストを舐め回すように確認していた。
「弾薬もだけど武器も消耗品で予備として二本目があってもいい。それに部分修理するなら必要なパーツだけ抜き取って使い回せるし急に壊れても応急処置が出来て助かる。それに複数本あれば塗装やデカールも試せて気分で持って歩けるよ。なんなら新品の灰色のまま運用しても無骨な感じがして好き。ウェポンハンガーに全部同じものを装備して出撃しても面白いんだよ」
普段は何事にも興味なさそうな野良犬こと621が突然饒舌に語り出したのをイグアスは唖然と見下ろす。趣味事になると舌ったらずな話し方がこんなにも滑らかになるのかと。事あるごとに621相手に営業をかけている五花海はこうなる事を知ってるのかと顔を見れば若干引いていた。
621はああ言い張っているが業者でもない限り普通の独立傭兵は同じパーツを欲しがったりしない。
「需要があるのは分かった。けど野良犬くらいじゃねぇの、やりたがる奴」
「それが居るんです」
「こんなのが世に何人もい「久しぶりだな鯉龍のパイロット、今日は何を売ってくれるんだ?」うお!?どっから湧いてきたんだよお前!!!」
「こういう大口のお客様もお見えになられるんですよイグアス。...ところでV.Ⅰ、何度『G3、五花海です』って自己紹介させる気で?」
気がつけばイベント開始時刻をとっくに過ぎ一般客も入場し始めていた。
さも最初からこの場にいたという雰囲気で現れたのはアーキバスの問題児筆頭、もといヴェスパー首席隊長フロイトその人だ。思い返せば競合企業のお抱え部隊のトップだと言うのにやたらベイラムからパーツを買い込む人間だった。
「なんで当たり前のように参加してんだよ!」
「事前情報に展示スペースもあったからな。新作のパーツの情報が出る可能性もあるなら来て当然だろう」
まるで視察に来たような口ぶりのフロイトだが上はライガーテイル柄のTシャツに市販品のレッドガン部隊風フライトジャケット、ボディバックにはミシガンのエンブレムピンバッチが光る。足元は昨年受注生産品として販売されたファーロン船団ロゴモチーフデザインのスニーカーといういでたちで完全にオフモードである。
「あっちの広場でミシガンとシュミレータ戦でやり合いたかったが出禁になってな」
「キッズ向けのACシュミレータに現役トップを参加させるはずないでしょう」
「んで、会場彷徨ってたらここに辿り着いた、と」
「そんなところだ。当然引く」
「ああそう...」
物好き、というよりACに関して財布の紐が緩すぎる人物が増えた。黒字が出ると確信した五花海の口元が弧を描く。面倒ごとが起きる前に立ち去ろうとしたイグアスだったが五花海に首根っこを掴まれて「暇でしょう?隣の店舗は任せました」と無理矢理100coam福引の臨時店主に据えられてしまった。
この二人から取れるだけ取るつもりらしい。
「なぁレイヴン、お前は何狙いだ?」
「実弾タレットがほしい、肩に小鳥がついてくるみたいでかわいい」
「俺は太陽守だな。ミシガンと同じカラーリングで運用する」
「ACバカしかいねぇのかよ...」
「シッ、大事なお客様ですよイグアス」
こうして戦いの火蓋が切って落とされた。
先手は621。箱に手を突っ込み手に触れたくじを一枚取り出す。折りたたまれた紙を広げるが中は白紙、ハズレだ。
「はい、弾薬割増引換券です」
「むー」
「次は俺だな」
むくれている621の横でフロイトも一枚目を手に取る。こちらもハズレ。
「幸先が悪いな」
「初っ端から当てられては商売成り立ちませんよ。こちら引換券」
「もう一回ひく」
「どうぞ」
そうやって621とフロイトが交互にくじを引いていく。ハズレ、ハズレ、ハズレ...どんどんはずれくじを積み上げていく2人であるが止まる様子がない。5巡目に入ろうとする頃イグアスが五花海に耳打ちする。
「お前マジでやってんだろ?ナイル呼んでいいか?」
「ですからナイルも公認、本社にも許可貰ってるんですから不正はないです。純粋にお二方の運が悪い」
「まずこれ一箱いくら分だよ」
「総額500万coam、当たりは25枚、レイヴン達が狙う上の賞は内5枚ですね」
「ちなみに当たりくじの下の方は何だよ」
「ショットガンやリニアライフル。長射程ではない方」
「絶妙な値段帯のを持ってきたな...」
「あったりまえでしょう?黒字が出るようにしてますよ」
私の臨時賞与にも関わってますので、と口には出していないが五花海の真の狙いはそこだった。レッドガンに所属するようになってから違法行為が明るみに出る度にナイルから鉄拳制裁をくらうようになった。これでは身体がいくつあっても足らない、そのうち外傷性脳挫傷になりそうだった。それでも改心する気が全くない五花海は法律・規則を掻い潜って儲ける方向への努力を惜しまない。
今回の企画だって621、フロイト両名が現れると予想し2人で開け切れる量と品揃えで申請した。本社は売れるならと許可し上層部権限で無理矢理ナイルをやり込めた。ACパイロット兼レッドガンの会計担当兼営業という社畜も真っ青な働きぶりであるが金儲けが趣味のような人間の五花海はそれなりに楽しんでいる。惑星ルビコンという土地に限定するなら営業成績はぶっちぎりのトップである。
閑話休題。
イグアスが止める間もなく早くも景品は半分を切った。このACバカ達のこと、目的の品を引いたとしてもここまできたらと箱を空にするだろう。
ふとイグアスは疑問を口にする。
「...なぁ、お前らってくじで引けなくても買うよな?というより新造パーツ以外持ってんだろ?」
ごもっともな意見だった。621のガレージに立ち寄った事のあるイグアスは企業の展示室よろしく小綺麗に整理された倉庫を目にしている。ベイラム社製のパーツがほぼ揃っているどころか共同ミッションで担いできた記憶のないアーキバス系列のパーツも数多く保管されていた。フロイトも自社では購入許可の降りなかったパーツ群を身銭を切って購入、複数のレンタルガレージで管理していると専らの噂だ。
「もっててもこわすし」
「そうだな。使っていれば壊れる」
2人は口を揃えて答える。
「このあいだの出撃のときに相手に距離詰められてショットガンを接射されそうになったからタレットを射線上に置いたらこわれちゃった」
「小鳥のように可愛いって言ったパーツ盾にすんな」
「俺も任務中に敵機に囲まれたから太陽守をパージして投げつけてな。アレを自分で撃ち抜いて一発限りの即席グレネード弾にした。いい威力だった」
「ファングッズなら大切に運用しとけ」
ここにきて何故同じパーツを買い込むのかを思い知らされたイグアスは口を挟む事を諦めた。他のACパイロットと比べて頭ひとつ飛び抜けているのは単に技術だけではなく思考回路も常人とは異なるのを理解してしまったからだ。
悟ったのを察してぽん、とイグアスの肩を叩く五花海。
「定期購入してくださるリピーターってありがたいものですよ」
イグアスの予想通り結局総額500万coamの福引はたった2名の大富豪達により売り切れとなった。販売開始から僅か15分の出来事である。
「ひとしごとおえたかんじがする」
「野良犬は撤収までが仕事だから帰んな」
「ちぇー」
「俺はこの後ミシガンとライガーテイルと記念撮影してくる、じゃあな」
「良い商売でした、今後ともご贔屓に。領収書はいつも通り第七隊長に回しておきます」
「ん、助かる」
異様な空気を発していた高額福引の幕引きは案外あっさりしたものだった。
後日、621の口座からごっそり大金が落とされたことで五花海があらぬ疑いをかけられてミシガン含めた四者面談に発展したし、アーキバスではどうやっても辻褄が合わせられなくてオキーフにスウィンバーンが泣きつく事案が発生するなど暫く余波が残ったのは言うまでもない。