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    カンパ

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    単行本身収録の本誌内容含みます

    #たいみつ

    付き合って別れて復縁するたいみつ 付き合おっか。
     茹だるような猛暑日の夕方、クレープ屋の店舗脇、陽の陰った軒下で、口元にクリームをつけたままにそんな馬鹿げたことを言ってのけたのはお前だった。忘れもしないさ。きっと永遠に覚えている。
     あの日はそれから散々な夕立で、二人してずぶ濡れになって道路を走った。下着まで濡れたところで、たどり着いた先は俺の家だった。別に誘い込んだわけではない。あいつの家より俺の家の方が近かったというだけ。
     広いばかりでほとんど有効に活用されていない家に上がり、ずぶ濡れだったからそのまま二人でシャワーを浴びた。肌に張り付いた服は自分一人じゃまるで脱げなくて、腹が立ったから引きちぎってやろうかと思ったが「服を粗末にすんな」なんて至極真っ当なことを言うあいつに止められてしまった。その代わり、とでも言うように、あいつは俺の服の裾を持って、それから墨の入った肌を指先でなぞり「オレが脱がしてあげるね」なんて言って笑った。
     シャワーからあふれる湯が頭のてっぺんに降ってくる。湯じゃ頭は冷やせない。だから、クレープ屋の軒下で告げられた青い告白にいまだ脳みそは沸騰したままで、それは一向に収まる気配を見せなかった。ふたりきりのバスルームで抱き合う。俺とお前を阻む濡れた布が心底憎らしくて、結局自分の服もあいつの服も無惨に引きちぎってしまった。
     そうして目の前にあらわれた肌の色は信じられないくらい白くて、崇高で尊いもののように思えたが「大寿くんちんこ勃ってる」なんて身も蓋もない台詞で全部台無し。でもこれが三ツ谷隆という男だ。いつだって突然で、突拍子がなくて、予想ができなくて、抱きしめたら折れてしまうってくらいには腰が細くて、口の中は熱く、絡められた舌は思いのほか分厚い。



     付き合おっか、と言ったのがお前なら、別れてもいい? と言ってきたのもお前だった。あの日とは打って変わって死ぬほど寒い日だった。雪すら降っていた。傘も差さずに外を歩いてきたのか、三ツ谷の頭のてっぺんには雪が積もっていた。
     何かあったのか、なんて聞くことすら憚れた。こいつは何かあったからこそここに来たのだ。三ツ谷の唇は寒さで震えていたが、目は迷いなく真っ直ぐにこちらを見据えていた。覚悟を決めた目だ。
    「オレ、デザイナーになるよ」
     それは三ツ谷の夢だった。夢ではあったが、その頃に三ツ谷にとって、それは決して現実感を伴うものではなかったように思う。確かに三ツ谷はデザイナーを目指して専門学校にも通っていたし、毎日飽きずに布地と向き合っていたが、そんな自称デザイナー志望のやつなんてこの世にごまんといて、そこから正真正銘のプロになるやつなんてほんのひと握りという世界だ。
     しかし、頭のてっぺんに雪を積もらせた三ツ谷は、そんなほんのひと握りの人間になるための覚悟を十分に決めたように見えた。誰がこいつを奮い立たせた? 自問して、しかしすぐに答えは出た。いつだってお前を動かすのは仲間の存在だった。恋人よりも仲間。それが三ツ谷隆という男。
     ひとつ気に食わないのが、別れてもいい? なんて、二人の関係のカードをこちらに投げてきたこと。卑怯者め。あまりに腹が立ったから足元の雪を蹴り上げた。三ツ谷の顔に見事にかかる。だけどあいつはそこから一歩も動こうとはしなかった。
    「勝手にしろ」
     平静を装ってなんとか吐き出した言葉の最後は震えてしまった。情けない。いつから自分はこんなにも弱くなってしまったんだろうと思う。それはきっと、あの猛暑日、濡れたまんま浴びたシャワーの中。あそこでお前の舌の分厚さを知ってしまったこと。それがすべてだ。それがすべて。
     始まりもお前なら終わりもお前だった。俺とお前の歴史は唐突に始まって唐突に終わりを告げた。冬になるたびにお前の頭の上に積もった白雪を思い出しそうで末恐ろしい。勘弁してくれ。



     復縁してもいいよ。
     歴史を塗り替えるのはいつだって破天荒な人間だ。そうやって人類は進歩してきた。しかしだからと言って、偉大なる変化点のすべてをハイそうですかと横流しできるほど俺は大人じゃない。とりあえず一発ぶん殴った。何が復縁だこのやろう。
     そもそもなんだその髪型は、そのこめかみの龍は! なんで東卍の特服なんて着ている。それにお前、聞いたぞ。俺は服飾だの、それにまつわるコンテストだのに詳しくはねえが、デザイナーの登竜門とも言える有名な賞を派手に蹴ったらしいじゃねぇか。最優秀賞は国内の有名デザイナーとのコラボが内定して、去年の受賞者は雑誌でも特集されたしテレビにも紹介されていたし、なにより今後のデザイナー人生において決して損にはならない肩書きなんだぞ。「大寿くん、やけに詳しいね」喧しい!
    「これ、大寿くんのぶん」
     派手に髪をかきあげて、惜しげもなくあいつとの揃いの龍を晒した三ツ谷が紙袋を投げてよこした。足元に落ちた紙袋から黒い布地が覗く。金色の刺繍。東京卍會の文字。
    「オレ、今からいろいろケリつけに喧嘩に行くんだけど、大寿くんも一緒にどうかなって」
    「テメェ、どのツラ下げて言ってやがる」
    「二代目東京卍會のトップはタケミチだよ。恩があるでしょ」
     花垣への恩についてはさておき、それがお前たちの私怨にまみれた喧嘩に巻き込まれる筋合いには繋がらない。そう答えれば、三ツ谷は至極つまらなさそうな顔をしてため息をついた。
    「かっこいいとこ見せてくれたら、大寿くんに惚れ直しちゃうかもしれないのになあ」
     こ、こいつ。本当に、なんてわがままで、わがままな、わがまま極まりないんだ! 青天の霹靂みたいな告白、雪の降り頻る冬の日の別れ話、そして今、晴れ渡る午後の晴天で復縁の誘い。
    「場所とか時間は紙に書いて紙袋に入れてあっから。じゃあな」
    「おい三ツ谷」
     わがままを極めて自分勝手選手権金メダルも辞さないような男がこちらを振り向く。口元には笑みがあった。くそ、本当に腹立たしい。こんなクソやろうの好き放題にさせておくほど俺はお人好しでもなければ馬鹿でも聖人君子でもない。あと数発殴ったって許されるはずだ。なのに、くそ。久々に会ったお前を見て脳みそに浮かぶのは、あの雪の日でも、シャワーを浴びながら堪能した分厚い舌でもなく、クレープのクリームを口元には付けてやわらかに微笑むお前なんだ。救われねえ。
    「復縁したとして、また別れるなんて言い出すなんてこたぁねえだろうな」
    「それは大寿くん次第かな。かっこいいところいっぱい見せてくれたら、ずっとそばにいてあげる」
     この天邪鬼め。足元に落ちた紙袋を拾い上げると、三ツ谷は満足したようににんまりと目を細めて後ろを向いた。道端に止めてあったバイクに跨って、派手な音を立てて遠ざかっていく。
     三ツ谷の姿が見えなくなったところで、紙袋から特攻服を取り出してみた。相変わらずいい仕事をする。しかしどうやら採寸もせずに作ったがために寸法はてんでばらばらなようだ。袖が短い。これは文句の一つでも言ってやらないといけない。べつに、お前にかっこいいところを見せて、あわよくばひさびさにあの舌を徹頭徹尾味わいたいだとか、そんなことはない。決して。
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