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    m_nc47

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    #たいみつ

    最悪軸たいみつ④ 来月仕事で広島に行くことを三ツ谷に伝えたのは、広島市内にシャガールを数点コレクションしている美術館があることを知っていたからだ。三ツ谷は案の定その申告がデートの誘いであることに気づき、心底嬉しそうに口角を上げたのが電話越しでもわかった。
     公衆電話ボックスに巨体を押し込んで長電話をする大寿はかえって目立つような気もするが、大寿は律儀に三ツ谷との約束を守って発信に携帯電話を使っていない。公衆電話の決して鮮明ではない音声で、三ツ谷が広島行きの具体的な日付を問うてくる。三ツ谷の方は室内にひとりでいるようで、騒音や雑音がその声を遮ることはなかった。

    「2月の……あ、その日はだめだ……1日うしろからなら丸2日空いてるんだけど、」
    「それなら翌日と翌々日は有休にして延泊する」
    「良いのかよ? 忙しいだろ、社長さん」
    「かまわない、社長の醍醐味だろ」

     そうしてふたりの広島行きが決まり、第三木曜日の逢瀬も予定通り2回目が実施された。行き先は上野で開催されているデザイン展だ。別に三ツ谷と会うのは久方ぶりではなく、前回の第三木曜日以降、年が明ける前に2回、年が明けてからもルナとマナを交えて1度顔を合わせている。しかしこの日が特別に思えるのは、再会した日に交わした約束だからだろうか。

     約束。三ツ谷と佐野が交わした約束に思いを馳せる。三ツ谷は佐野との約束を守るために心と体をすり減らし続けている。そのまま本当に三ツ谷隆という男がこの世から消え去って─────最愛の妹たちを遺して姿を消すことになってしまうかもしれないのに。そこまでしてつなぎとめる約束には、三ツ谷にとってどれほどの価値がある?

    *
     
     広島に向かう前に2月の第三木曜日も予定通り迎え、三ツ谷と大寿の新しい月日は拍子抜けするほどの静けさに包まれていた。その安寧は底冷えがするような不気味さを連れていて、大寿はいつか必ずやってくるこの薄氷の上に敷かれた幸福が粉々に砕け散る日が、そしてその運命へのカウントダウンが自分のいっさい預かり知らぬ範疇で起きていることがこの上なくおそろしかった。
     幼少期から10代前半にかけての大寿が何にも怖れず生きていくことができたのは、幼さゆえの万能感と見識の浅さだ。自分の手に負えない出来事などないと思っていた。しかし大寿はもう20代も後半に差しかかり、それなりに高い場所から世の中を見ることができるようになった。たしかに大寿は優秀だ。体格に恵まれ、容姿にコンプレックスを抱くこともなく、人を率いる才能やセンスに恵まれた。語学や経営をはじめとする勉学は時間を費やした分だけ自分の身になじみ、それらを噛み砕いて実践の場で応用することも上手いほうだろう。ただ苦手なこともそれなりにあって、たとえばそれは自分が誰かに投げかける言葉やふるまいの正しさについてだ。東京卍會と殴り合いをして負けるまで、大寿のすべては八戒と柚葉を守り育てることで、その手段としての暴力に絶対的な自信を持っていた。八戒と柚葉を暴力で躾るという行為にほんの少しの迷いさえ抱いていなかった。自分の拳は愛する弟妹を強くし、また彼らを傷つけようとするものから守ることができると何の疑いもなく信じこんでいた。自分がそうされて育ったので、疑う余地などなかったのだ。あのクリスマスの夜に思い知ったもっともおそろしいことのひとつが、自分が純然たる気持ちで信じきっていた常識が、世間の非常識であったことだった。以来、大寿は、とりわけたわいのないコミュニケーションにおいて、自分を信じないようにしている。迷ったときの基準はいつも三ツ谷だ。三ツ谷ならこうふるまうだろう。三ツ谷のように言えば、部下や取引先を傷つけずに済むだろう。そんな風に考えて導き出した言動で、大寿は一般社会という場所でなんとか大きな敵を作ることも、自分より弱く力のない人間を理不尽に傷つけることもなく生き延びてきた。コミュニケーション法を解く本や講義では教えてくれない、最も初歩的な部分において、三ツ谷は長い空白においても大寿の密かな師であり続けたのであった。本人には口が裂けても言わないが。
     どんなに人より秀でたところが多くても、つまるところ大寿は完璧ではない。絶対ではない。神などにはなり得ない。この世のすべてを掌握し、手中におさめることなどかなわないのだ。もしそんなことができるなら、幼い大寿はきっともっと上手に愛情を表現することができただろう。大寿はこの世で最も愛する恋人や弟妹の身ひとつ守ってやることさえできない、不甲斐ない、無力な男だ。
     
     広島駅の新幹線改札をくぐり抜け、正面の壁際で待っていた大寿に笑顔で駆け寄った三ツ谷はラフな冬服を身にまとっていて、どこかつきものがおちたような顔をしていた。荷物もカバンひとつのみだ。日用品や着替えは現地調達という魂胆なのだろう。

    「わざわざ迎えにきてくれてありがとう」

     美術館現地で待ち合わせでもよかったのだが、大寿が1分1秒でも長く三ツ谷と一緒にいたくて出向いたのだ。わざわざ口にすることはないが、三ツ谷も同じ気持ちだろうし、大寿の思惑にも感づいているかもしれない。

    「大寿くん、広島に何の用事だったの? 新規出店?」
    「いや、まだ全国展開は考えてねぇ。東京とその周辺で手一杯だ。広島に良い家具デザイナーがいるって紹介を受けた。都内の新店のインテリアプロデュースを頼めないか、商談だった」
    「上手くいった?」
    「ああ、ありがたいことに今回は話を持ちかけた時点で向こうも乗り気だったからな。挨拶して、依頼の詳細とか金額を決めるだけだった」

     駅舎を出てロータリーでタクシーを止め、運転手に目的の美術館の名を告げる。あたりは冬が最後の力をふりしぼって押し広げたような薄い晴天が広がっていた。その分、思わず大寿も肩をすくめるほど空気が冷たい。

    「つかれてねぇか。喫茶店でも寄ってからにするか」
    「ううん、今日たっぷり寝てきたから大丈夫。オレ初めて広島来たワ」

     明日もあるんだし美術館行ったあと観光しようよ。そう言いながら三ツ谷は小ぶりのカバンからハンディタイプの旅行情報誌を取り出した。いくつかのページの右上には折り目がついていて、三ツ谷がそれを読み込んできたことがわかる。

    「……楽しみかよ」
    「大寿くんは楽しみじゃねーの!?」

     思わず大寿は笑い声を上げた。相変わらず能天気なやつだな。

     タクシーは広島の街を滑るように走り、ほとんど時間をかけずに大寿と三ツ谷を目的の美術館へ連れてきた。緑に包まれた円く大きなキャンパスは、ふたりを気高く、品位を持って歓迎してくれるようだ。受付で大人ふたり分のチケットを購入した大寿は、1枚を三ツ谷に渡すと、このまま展示室内に入るか、せっかくだから先にこのドームの外観とそれを取り囲む木々とせせらぎのうつくしさに身を委ねるか尋ねた。屋外の通路に佇むふたりの周囲には誰もおらず、三ツ谷はそっと、数歩前を歩いていた大寿に擦り寄る。そしてその屈強な肩に頭を乗せ、その心地を堪能するようにゆっくりと目を閉じた。

    「……大寿くんと一緒なら、どっちでもいい」

     まるで都会の雑踏の中に突然現れた楽園のような場所だった。たぶん、ふたりが一緒だから、より強く、そう感じる。

    「……大寿くんといると、オレのダメなとこ、全部出る」

     呆れるように笑った三ツ谷のその言葉に大寿は返事をせず、ただ力強く三ツ谷の手を握った。冷えた指先が、互いの体温によって熱を取り戻していく。その名もなき幸福を、大寿は三ツ谷に出会って取り戻した。

    「……愛してる、三ツ谷。おまえのすべてを……」

     ふたりを見ているのは突き抜けるような青空と、冬のひややかさを映し出す草木だけだ。大寿はそのまま三ツ谷の背を抱き寄せた。その唇は乾いていたが、キスが伝える熱の心地よさは格別だった。

     結局先に展示室を回ることを選んだのは大寿の方で、三ツ谷は口許を緩めてそれについてきた。特別展も魅力的だったが、今日の大寿の最大の目的は不定期に入れ替わる所蔵品の展示にある。どうしても三ツ谷に見てほしい一作をこの美術館が所蔵していて、今がちょうど展示期間なのだ。もしかすると三ツ谷も本やインターネットで見たことはあるかもしれないが、きっと直接目にするのは初めてだろう。平日の日中で人影のまばらな展示室はふたりを待ち受けていたようにも思えた。目的の絵の周辺に人はおらず、大寿は三ツ谷を振り返る。三ツ谷が大寿ごしにその淡い輝きをみとめて、目を瞠った。

    「─────インスピレーション……」

     マルク・シャガール<インスピレーション>。まるで大寿の三ツ谷への思いを代弁するかのような1枚は、まだ服飾デザイナーを夢見ていた頃のいたいけな三ツ谷を思い出して息が詰まるのと同時に、大寿の胸を恋しさでいっぱいにした。三ツ谷はどう思うだろうか。大寿は一目見て、心が打ち震えたのだ。この絵は、まるで、オレたちのようだろうと─────。

    「……大寿くん」

     ゆっくりと大寿の隣に歩み寄った三ツ谷が、絵画と大寿を見比べるように視線を揺らす。

    「この絵見せたくて、オレをここに誘ったの?」

     見下ろした三ツ谷のひとみには薄い涙の膜が張っていた。なんだよ大寿くん、と、三ツ谷はその雫をごまかすように笑う。
     雄大な羽根をたたえる、天使や女神を彷彿とさせる裸体の女性。その正面には、彼女に肩を抱かれる、画家と思しき表情を持たない男性。ふたりの視線は交わらないのに、そこに強固でたしかな愛が存在することを確信できる。

    「……はは、これ、大寿くんとオレみたい」

     どちらが大寿で、どちらが三ツ谷か。彼はそれ以上を口にしなかったし、大寿も尋ねなかった。芸術から得る感情や思い浮かべる情景は他の誰にも明け渡してはいけない尊重すべき個人の感性であって、大寿と三ツ谷のそれがまったく同じである必要はない。ただ、その熱量がどこかで交錯して、感動をほんの少しだけでも分かち合えたらのならこれ以上幸せなことはないだろう。三ツ谷はぐっと涙を堪え、震える呼吸を押し殺すようにして、長い間、その絵と無言の対話を続けていた。

    「……大寿くん」

     気高く長い沈黙ののち、ふいに三ツ谷が大寿を呼ぶ。その視線は眼前のカンヴァスに満ちる愛をじっと見つめたままだった。

    「……オレが最後に選ぶのはマイキーだよ」
    「……そのこととオレがおまえを愛してることは何も関係ないだろうが」

     冬はもうすぐ終わる。しかしそのあとに待ち受ける春の温もりが両手を広げて大寿と三ツ谷を歓迎してくれるとは限らない。それでも大寿は、ふたりの命運が尽きるその最後の一瞬まで、三ツ谷を愛し抜く覚悟と自信があった。

    「……別にオレたちに約束は必要ねぇ」

     佐野万次郎が東京卍會幹部粛清開始を知らせる号砲を轟かせたのは、それから1ヶ月後の、気の早い桜が東京に春を連れてきた雪解けの希望が芽吹く夜のことだった。
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    DONEたいみつワンライ
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