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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    ☆君が身篭ったお話。

    随分前にメモだけ独り言に呟いて、書きたいなぁーって思いながらちまちま書いていたやつを、気まぐれにキリがいいところまで書いた。
    もう前後編だと思う。そこまで長く書きません。
    元々豆腐の本に入ればいいなぁの気持ちで書いてたけど、無理だねって早々に諦めた話なので…。
    色々考えずに読んでください。

    誰の子?※注意※

    ・当たり前のように男性妊娠。
    類くん視点中心で、司くん視点は全体通してほぼほぼ無いです。
    ・何も考えずに読んでください。
    ・私に妊婦さんの知識なんてない( ˇωˇ )
    ○間違いがあってもスルーしてください。

    何でも大丈夫な方のみどぞー


    ーーー

    高校生の時から好きだった。
    同性だから、そういう風には見てもらえないんだろうな、とどこか諦めていた所があったのも自覚している。だからせめて、“親友”として、“仲間”として、彼の隣に居続けようと思っていた。彼に恋人が出来たら綺麗に諦めて、笑顔で応援するんだ、と。
    そう心の中で決めて、僕の二十歳の誕生日に彼と初めてお酒を呑んだ。
    とても“彼の親しい友人”らしい一時だった。

    ―――

    「子どもが出来た」

    さらりとそう言った彼は、書き途中の台本に向けたペンを持つ手を止めなかった。カリカリカリとペンが擦れる音が室内に流れる。口に流し込んだカルピスをごくんと飲み込んで、僕は呆然と彼の方へ顔を向けた。

    「………は…?」

    僕らしくもない、低い声が口をついて出た。
    司くんは、何事も無かったかのように手を動かしている。ノートに綴られているのは、次にやるショーの台本だ。彼の好きなファンタジーの世界が、そこには綴られているのだろう。綺麗な金色の髪がハラ、と落ちて、彼の顔を隠してしまう。
    残暑も過ぎて、暗くなるのが早くなり始めた十月の中旬。この頃長袖をよく着る彼は、以前より少し痩せた様にも思う。着痩せするタイプと言われれば分からなくもないけれど、彼は元々体が細いから、心配になる。
    なんて、現実逃避のように思考がズレていくのに気付いて、こほん、と咳払いを一つした。

    「すまないね、上手く聞き取れなかったみたいだ。悪いけど、もう一度言ってくれないかい?」
    「子どもが出来た」
    「………」

    聞き間違いではなかったらしい。
    はっきりと告げられた言葉に、指先が強ばった。落ち着け、落ち着いて、確認を取ろう。そう心の中で自分に言い聞かせ、ゆっくりと息を吐き出す。
    彼には妹さんがいる。歳も彼とは余り変わらないから、可能性はあるはずだ。咲希くんに恋人がいたという話は聞いたことがないけれど、少なくとも司くんよりはいてもおかしくないと思う。

    「え、と……、誰が…?」
    「オレだが」
    「………ぇ…」
    「だから、オレが身篭った、と言っているんだ」

    どこか不機嫌そうに顔を顰めた司くんが、自分のお腹に手を当てる。聞き間違いではない。はっきりと言いきられてしまい、言葉を失った。何かの冗談だろうか? ショーの事で毎日忙しなくしていた司くんが、妊娠…? 確かに、近年妊夫さんが増えてきたというニュースを見た。偏見があるわけでもない。実に喜ばしい事だ。
    だけど、そうじゃない。

    (………こんなにもあっさりと…終わるものなのだね…)

    片想いだった。きっと、初恋だったのだと思う。高校生の時に出会った彼は鮮烈で、毎日が輝いていた。特別な感情が芽生えるのも早くて、ずっと、彼の隣にいたいと、そう望んでいた。けれど、彼は僕を“そういう対象”として見てはくれないのだと、諦めていた部分もある。だから言わないまま、“親友”として、隣に居続けていたのに。
    彼に恋人が出来たら、真っ先にお祝いするつもりだったのだ。そうして、幸せそうに笑う彼を見ながらゆっくりとこの気持ちを消していこうと、そう思っていた。けれど、実際にはあまりにあっさりと訪れた終わりだった。

    「…誰との、子…?」
    「………は…?」
    「いつ? 何故? 誰と? 恋人が出来たなんて、聞いたことないよ?」

    僕の質問に、司くんが目を丸くさせて黙ってしまった。
    そんな彼に、一層胸の奥が締め付けられる様に苦しくなる。そういう行為に興味がないと思っていた。それなのに、知らない間に彼は誰かと体を重ねたの? 誰と? なんで、教えてくれなかったのだろうか。僕は、誰よりも君の近くにいたつもりだったのに。僕にだけは、教えてくれても良かったじゃないか。
    もやもやとした気持ちが、熱を持ち始める。ぐちゃぐちゃに混ざりあった感情を抑え込むことが、出来なかった。

    「それとも、恋人でもない人としたの…?」
    「…っ、………」
    「君の勝手だとは思うけれど、少なくとも君は、想いを大切にする人だと思っていたよ」
    「………っ、…オレが選んだんだッ…!!」
    「っ、…」

    八つ当たりの様な僕の言葉に、司くんが大きな声でそう言った。思わず言葉を飲み込んだ僕を、涙目になった司くんがキツく睨む。震える手を強く握り締めて、必死に僕に向かい立つ彼が大きく息を吸い込んだ。

    「オレが好いた相手だからっ…、こいつになら、全て委ねて良いと思ったからっ…、この先もずっと一緒に居たいと思ったから、オレがそうなる事を選んだんだッ!」
    「……つ、かさ、く…」
    「オレは望んで身篭ったんだ。それを、お前にとやかく言われる筋合いは無いっ!」
    「…だからっ……!」
    「煩い煩い煩いっ…!」

    ドンッ、と体を強く押されて、体が後ろへ傾いた。呆然とその場に尻もちをつく僕を、司くんが睨み付けるように見下ろす。怒っているのがよく分かる程眉間に深くシワを作って、どこか涙目の彼は大きく口を開いた。

    「お前には関係ないっ!!」

    そう叫ぶように言った司くんは、走って行ってしまった。

    ―――

    その翌日から、周りは大騒ぎとなった。
    寧々やえむくんを含む知り合いから、一斉に問い合わせのようなメッセージが僕の方に来たのだ。全て、『司くんのお腹の子について』で、スマホがショートするのではないかと思う程忙しなくメッセージが来た。僕の片想いが知られていたからかもしれない。
    でも、僕に一切心当たりは無いんだ。

    「類、えむと一緒に司の所に行くけど、行く?」
    「…………」
    「気まづいのは分かるけど、このままじゃ嫌なんでしょ?」

    周りの騒ぎが少し落ち着いてきた頃に、寧々が僕の家に来てそう聞いてきた。
    司くんとは喧嘩したままで連絡も取れていなかったからずっと気になっていたのだけど、一人で会いに行く勇気もなかったので、有難い申し出だった。

    「……行くよ」

    寧々の言葉に、小さく頷いた。

    *

    司くんが妊娠した事は、すぐに親しい人達に広まった。咲希くんが皆に話したらしい。あの日の夜、彼の家で家族会議が開かれたことも聞いている。
    咲希くん曰く、司くんは『何も話さなかった』様だ。御家族に妊娠した事は打ち明けたけれど、それ以外は話さなかった、と。『相手は誰なのか』の問いに、彼は頑なに黙秘を貫いたそうだ。堕ろすという選択肢は彼に無く、一人でも育てると断言したらしい。これには彼の御両親も困ってしまっていたと、咲希くんは言っていた。普段から家族思いで優しい司くんの事だから、初めてこの件で御両親を困らせたに違いない。困惑する御両親に頭を下げて、『例え一人でも、元気に産んで、大事に育てたい』と、言い切ったそうだ。芯の強い彼らしい選択だと思う。
    けれど、子育てが大変だと理解している御両親は、すぐには頷けなくて困っていたと咲希くんは言っていた。『相手の人はこのことを知っているの?』という問いに、苦い顔をした司くんは『どうだろうな』と返したそうだ。話はした、と。認知はされていないから、一緒に育ててもらえるとは思っていない、と言うことも言っていたそうだ。そんな彼の返しに更に困った顔をした御両親が、『やっぱり堕ろすのはどうか』と聞いたらしい。そんな御両親に、彼はお腹を手で撫でながら眉を下げて笑ったそうだ。『ちゃんと、好きな人との子なんだ』と、はっきり答えたらしい。その場にいない相手を思い浮かべているだろう彼は、見たこともない程愛おしそうに目を細めて笑ったそうだ。。
    『本当にその人が好きなんだなって、お兄ちゃんの顔を見てたら、伝わってきたんです』そう眉を下げて笑った咲希くんに、僕は何も言えなかった。胸の奥が切り刻まれるかのように痛くなって、息が止まるかと思った。咲希くんがそんな風に言う程、彼はそんな顔をしていたのだろうか。彼に選ばれていながらその隣にいない相手を想って笑う彼を、僕は見たくない。僕なら、いつだって彼の隣にいるのに。
    強く拳を握り締めた僕を見た咲希くんが、へらりと笑って、『お兄ちゃんのその顔を見たら、お母さん達も納得して、認めちゃいました』と言った。御家族皆で育てようという結論に至ったのだと、咲希くんは笑って教えてくれて、それに対して僕は、『良かった』と心にもない言葉を返したのだ。
    誰かも分からない彼のお腹の子の父親を、僕は許せそうになかった。優しい彼を一人に出来る事が信じられなくて、それなのに司くんにそこまで強く想い続けられている事が羨ましくて、悔しかったのだと思う。誰よりも彼を好きだと自負しているのに、僕の想いは何一つ届かないのだということが。
    『お前には関係ないっ!』彼に言われた言葉が、いつまでも消えてくれない。あの時、司くんが好きだと言えていたら、彼は僕を頼ってくれただろうか。誰かの代わりでもいいから、僕を隣に置いてくれたのかな、なんて。
    そんな後悔を飲み込んで、痛む胸を手で強く掴んだ。

    *

    「こーんにーちはー!」
    「おぉ、よく来たな、えむ、寧々!」
    「意外と元気そうじゃん」

    寧々に誘われて、えむくんと三人で司くんの家に行くと、彼が出迎えてくれた。ぴょんぴょんと飛び跳ねて挨拶をするえむくんに、司くんは以前と変わらない笑顔を向けている。

    「健康には自信があるからな! …類も、よく来たな」
    「………うん…」

    寧々たちの後ろにいた僕を見た司くんが、ちら、と僕を見てから目をあからさまに逸らした。まだ少し不機嫌な彼の様子に、胸がチクッと痛む。
    普段きっちりとした服を好む彼は、今日はゆるっとした服装を着ていて、少し新鮮だった。客人用に出されたスリッパが、ぺたぺたと音を鳴らす。彼に案内されてリビングへ行くと、ソファーに促された。寧々とえむくんが向かい側に並んで座ったので、必然的に司くんの隣に座ることになる。なんとなく気まづくなってしまって、彼との間に少し間を開けた。以前までなら、肩が触れ合うほど近くに座っていたのに、今は気が引けてしまう。
    彼は、僕ではない誰かのモノになってしまった。その事実に、以前の様に近付くのを躊躇ってしまう。

    「大学、辞めたんだって?」
    「あぁ。この状態では通えんからな」
    「また少し痩せたんじゃない? ご飯食べれてるの?」
    「つわりが酷くて、一時的に食欲が落ちているんだ。安心しろ、子どものためにもちゃんと食べるようにはしている」

    二人に心配をさせまいと笑う司くんの中身は、変わらず彼のままらしい。
    ティーカップを持つ彼の手をちら、と盗み見る。確かに、以前より更に細くなった様に思う。彼は食事をしっかり食べる人だ。そんな彼が、美味しそうに食べる姿が好きだった。
    落ち着いた様子で紅茶のカップに口をつける彼を横目にちら、と見て、視線を逸らす。間違いなく隣にいるのは司くんなのに、なんだか知らない人が隣にいるかのような気分だ。

    「無理はしないでよ」
    「あぁ。今は空いた時間に、復帰後にやるショーの台本を考えているからな!今度皆で読み合わせをしようじゃないか!」
    「おおおおお!楽しみだね、寧々ちゃん!」
    「はぁ、…はいはい、楽しみにしてる」

    いつもと同じ様な会話に、ほんの少しホッとしてしまった。えむくんの明るい声も、寧々のどこか素直じゃない声音も、司くんの周りを明るくさせようとする笑顔も。こんな風に話す三人を見るのが、とても好きだ。この時間が、本当に好きだった。
    だからこそ、彼に好きだと言えなかった。今となっては、更に言えなくなってしまったけれど。

    「そういえば、昨日咲希が美味しいクッキーを買ってきてくれたんだ。今持ってこよう」

    いつもの調子で目を伏せて笑う司くんが、紅茶のカップをテーブルに置いて立ち上がる。勢いよく立ち上がったからか、彼が ふら、と一歩後退るのが見えて、慌てて僕も立ち上がった。その肩を手で支えれば、予想以上に彼が寄りかかってくる。あまり顔色の良くない司くんが、手で額を押えてゆっくり呼吸をする様に、心臓がきゅ、と掴まれた様な変な感覚を覚えた。

    「……すまん、…少し、立ちくらみが…」
    「そんな事気にしなくていいから、座りなよ」
    「しかし…」
    「ほら、ゆっくり座って」

    普段元気な彼のいつもと違う姿に、ひどく胸の奥がざわざわとして落ち着かない。このまま放っておいたら、無理をして倒れてしまいそうだ。僕らにまで気を遣う必要なんてないのに、何もしないのは落ち着かないのだろね。食欲も落ちていて貧血気味なのだろう、青白い顔で困った様に眉を寄せる司くんをソファーへ座らせて、その頭をそっと撫でた。

    「どこにあるんだい?」
    「………キッチンの戸棚の中だが…」
    「お店の名前は分かるかい?」
    「…花の絵が描かれた、可愛らしい箱に入っていたと思う」
    「分かった。僕が代わりに行くよ。申し訳ないけど、勝手に開けるね」

    ソファーの背もたれに寄りかかるよう誘導し、楽な体勢にさせて、司くんから手を離す。何か言いたげに僕を見る司くんに笑って見せてキッチンの方へ足を向けた。戸棚を一つひとつ開けて、彼の言っていた箱を取ってリビングにもどる。少し落ち着いたらしい司くんが、僕を見てほんの少し申し訳なさそうな顔をした。そんな彼にもう一度笑いかけて、箱をテーブルの上へ置く。

    「これでいいかい?」
    「あぁ、咲希がみんなに、と買ってきてくれたんだ」
    「咲希くんには、今度お礼をしないとね」

    箱を開ければ、個包装の可愛らしいクッキーが綺麗に並んでいる。それを見た えむくんと寧々が、嬉しそうに瞳を輝かせた。司くんの事だから、本当ならお皿に並べて出したかったのだろうね。少し不服そうだ。まだ少し顔色の良くない彼の隣に座り直して、その背に手を回す。そっと摩ってあげれば、 ちら、と彼が一瞬こちらを見た。
    「…そこまで、しなくていい」と小さな声で呟いた司くんは、顔を俯かせてしまう。けれど、聞こえるか聞こえないか程の小さな声だった事と、手を払う様子も体を離す様なことも無いことから、嫌悪感はないのだと分かった。少しでも司くんが楽になるなら、と聞こえなかったふりをして、その小さな背をそっと摩り続ける。

    「………司、普段からそんな感じなの?」
    「む…、あぁ、最近は少し立ちくらみが多いな…」
    「司くん、お顔がきゅきゅー、しおしおー、ずーん、ってしてるよ…!」
    「…それは一体どんな顔だ」

    二人の言葉に、ほんの少しいつもの調子にもどってきた司くんに、ホッとしてしまう。
    ゆっくり背を摩りながら、二人と話をする彼を盗み見た。よく見れば、寝不足なのか目の下に隈が出来てしまっている。あまり体調も良くなさそうだから、今日は早めに解散して休んでもらった方がいいかもしれないね。
    先程より距離を詰めて座っているからか、司くんがとても近い。その距離感に、不謹慎にも少し胸が騒がしくなるのがわかる。鼓動が早まって、隣に居られる事に嬉しいと感じてしまう。
    ぼんやりとしたまま掌に伝わる彼の体温を感じていれば、不意に「類」と名前を呼ばれた。びくっ、と大袈裟に反応してしまい、「なんだい?」と慌てて返事を返す。そんな僕の方へ、司くんがそっと寄りかかってきた。

    「…すまん、少しだけ、肩を貸してくれ」
    「………そ、れは、…いいけど…」
    「……最近、眠れなくてな…」

    うと、うと とする司くんが、そのまま僕に体を預けてくれる。相当眠たかったらしい。すぐにでも寝てしまいそうな彼の方へ体を少しだけ向けて、彼が眠りやすい様にソファーへ僕の体を寄りかからせる。落ちないよう軽く腕で支えれば、寄りかかる彼の体が重たくなった。相当寝不足だったようだ。
    すぐに聞こえてきた寝息に安堵して、起こさないよう小さく息を吐く。

    「司くんと類くん、とっても仲良しさんだね」
    「ほんと、夫婦みたいだよ」

    にこにこといつもの調子で笑う えむくんの隣で、寧々が疑う様な目を向けてくる。そんな幼馴染に、口をへの字に曲げた。

    「……寧々、その冗談は笑えないんだけど…」
    「知らない。二人で勝手に子ども作っておいて、仲間のわたしたちに何も言わない類が悪いでしょ」
    「……………だから、司くんの相手は僕ではないんだよ…」

    前に説明はしたけれど、まだ司くんの相手が僕だと疑われている様だ。じと、としたアメジストの様な瞳に、溜息を吐く。僕だって高校生の頃から片想いしてきたのだ、彼の相手が僕であったならどれ程嬉しいか。
    相手については、僕だって教えてもらえていない。司くんの一番近くにいたはずなのに、誰なのか予想もつかない。そればかりか、相手について聞いたら怒られたのだ。
    教えてもらえるなら、僕だって教えてほしい。

    (君がこここまで無理をしてでも 子どもを産みたいと思う程 愛した相手は、誰なんだい?)

    僕の知っている人だと彼は言っていたけれど、全く分からない。大学でも一緒にいることが多かったし、練習の時は四人で常に一緒で、僕以上に彼の傍に居た相手が思いつかない。
    むぅ、と顔を顰めて、考えれば考える程分からなくなる問題の答えを探す。この数日考えても出なかった答え。当の本人は人の気も知らずに僕の腕の中で寝てしまっているので、余計にタチが悪い。司くんの片想いとは聞いているけれど、他の男の胸元で無防備に寝ていていいのだろうか。それでも、友人として気を許されているのだと思えば、何も言えない。数日前の言い合い以降ぎこちなかった彼との距離感が、今はほんの少し元に戻った様で嬉しいと感じてしまう。本当に、僕は単純だ。

    「で、どうするの? 司、思った以上に辛そうだけど」
    「……どうするもなにも、僕には何も出来ないよ」
    「でもでも、司くん、類くんの近くにいる時、ふわふわ へにゃーんってしてるよ…!」
    「良くも悪くも、僕は 彼にとって信頼出来る友人なのだろうね」

    愛している相手とは違っても、素直に肩を借りれるくらいの。その信頼が良いのか 悪いのか は分からないけれど。
    眠る司くんの頬を指の背で撫でて、小さく息を吐く。こんな風に彼に甘えられた事なんて、きっとなかったかもしれない。ショーの事では頼ってくれるけれど、日常生活では、僕の方が頼ってばかりいた気もする。司くんは他人に頼るのが苦手みたいだから、きっと、相手にも頼れないのだろうね。

    (僕には甘えられるなら、僕を選んでくれればいいのに…)

    抱き締めてしまいたい衝動を抑え込んで、彼の肩をほんの少し引き寄せることで留めた。
    眠れないなら、眠れるまで肩を貸すくらいなら出来る。一緒に眠る事も、寝物語を語る事だってしてみせる。司くんが少しでも安心出来るなら、“友人”としての距離感でいくらだって手助けする。

    「………そうか、手助けをするだけなら、構わないよね」
    「ぇ…?」

    ふと思い至った考えに、自然と言葉が口を吐く。
    下心が無いとは言わない。けれど、彼が一人で無理をするくらいなら、僕が力になりたい。甘えられる相手として、精一杯司くんを甘やかしてあげたい。愚痴も弱音も全部受け止めて、彼の心の支えになりたい。出来ることは少なくても、彼が少しでも安心出来るなら。
    それくらいなら、友人として隣に居ても、許されるよね。

    「司くんが一人で育てると言うなら、僕が偽りでも彼のパートナーになるよ」
    「……………それ、司にちゃんと許可取りなさいよ…」
    「類くん、かっこいい〜!!」

    ぱちぱちぱち、と拍手してくれる えむくんの隣で、寧々が変な顔をしている。
    司くんに言っても、要らない、と言われてしまいそうなので無許可で手助けするつもりだ。あわよくば、彼のお腹の子の相手が僕を見て、焦って名乗りを上げてくれればいい。そうしたら、司くんも安心できるだろうからね。
    胸の奥の痛みには気付かないふりをして、眠る司くんの前髪を指先で軽く払った。

    「…格好付けてるけど、その前にまず司に告白しなさいよ」
    「………それは、ちょっと…」
    「……意気地無し」

    じとりとした寧々の視線から顔を逸らして、僕は苦笑した。

    ―――

    「…………………また来たのか…」
    「今日も、お邪魔させてもらうよ」

    にこ、と笑うと、司くんは溜息を吐きつつも中へ迎えてくれる。それに甘えて、靴を脱いだ。
    寧々達とこの家へ訪れてから二週間。僕はほぼ毎日天馬家にお邪魔している。理由は、妊娠して辛そうな司くんの手助けをする為。

    「あ、るいさん、こんにちは!」
    「こんにちは、咲希くん。今日もお邪魔するよ」
    「アタシも今から出掛けるところなので、るいさんが来てくれて安心です!」
    「ふふ、司くんの事は任せておくれ」

    すっかり慣れた咲希くんが、ぺこりと頭を下げる。僕も頭を下げれば、彼女はくすくすと楽しそうに笑った。
    最初の頃は不思議そうにされたけれど、今ではすっかり馴染むことが出来ている。司くんの御両親にも顔を覚えてもらえて、当たり前のように家に招いて頂いている。当の本人の司くんは、最初こそ怪訝な顔をしていたけれど、今はもうツッコミもしない。その内飽きるだろうと、考えているのかもしれない。彼が本気で『来るな』と言うなら、僕も諦めたのだけれど、受け入れられてしまえば止まる必要も無い。
    今日は咲希くんも御両親も日中は居ないようだ。司くんは今外出を控えているらしいので、丁度いい。一人で居ても暇なら暇潰しにも付き合えるし、手助けだって多いだろう。

    「それじゃぁ、お兄ちゃん、行ってきます! るいさん、お兄ちゃんの事、よろしくお願いします!」
    「車に気を付けるんだぞ」
    「行ってらっしゃい、咲希くん」
    「はーい!」

    にこにこと笑顔で出掛ける咲希くんの後ろ姿を見送って、司くんが家の中の方へ方向転換する。そんな彼の隣に並んで歩き出せば、変な顔をされてしまった。ちら、とこちらを見た司くんが顔を顰めたまま、「老人の介護ではないのだから、もう少し離れんか」と、そう言った。
    老人扱いをしているつもりはなかったのだけれど、僕が隣を付き添うのは違和感があるらしい。とは言っても、ここ数日この状態なので、もう少ししたら彼も慣れるだろう。
    へらりと誤魔化すように笑って、彼の腰に手を添えた。

    「それより、今日は何をするつもりだったんだい?」
    「………今日は、一昨日話した物語を書き出してみようかと…」
    「いいね。それなら、僕は隣で演出案を考えようかな」
    「……帰らんのか…」
    「咲希くんに君を任せてもらっているからね」

    振り払われたり、逃げようとされたりはしないけれど、やっぱり少し変な顔をしたまま司くんが溜息を吐く。諦めたようにほんの少し歩調を落とした司くんに、自然と口元が緩む。リビングの扉を開けて中へ促し、彼をソファーに座らせた後、キッチンの方へ向かった。何度も来ているので、もう何がどこにあるかは覚えてしまった。

    「麦茶でいいのかい?」
    「…ん」
    「なら今日は寒いから少しお湯で割ろうか」
    「………助かる」

    自由に使って、と以前司くんの御両親にも言われたので、勝手に彼の飲み物を用意する。水分は多く摂らせた方がいいと聞いた。だから、積極的に声をかけているけれど、僕も司くんもショーの話が始まるとそちらに集中してしまうので、気を付けないと。沸かしたお湯で麦茶を少し薄めて、それを司くんの元へ持っていく。
    リビングで待っていた司くんは、彼のお気に入りのクッションを抱えて何故かソファーの端っこに座っていた。こちらを見ていたらしい彼が、僕と目が合うとパッと顔を逸らしてしまう。二人きりだと警戒されてしまうのは、僕が彼の想い人ではないからだろうか。

    (多少の下心はあれど、友人としてここには来ているから、そこは信じてほしいな…)

    司くんの手助けはしたいけれど、手を出すつもりはない。うん。先程腰を支えたのは手助けであって、そういう気持ちは、ない。…多分。
    一人分空けて僕もソファーに座り、司くんの前にマグカップを置く。「もう少しゆったり座ったらどうだい?」と声をかけてみたけれど、彼はちら、と僕を見て顔を逸らしてしまった。もぞもぞと膝を寄せて丸くなる司くんに苦笑して、ソファーを立ち上がる。
    持ってきた鞄から包みを取り出せば、司くんが目を丸くさせた。

    「あまりお腹を冷やすのも良くないから、家ではこれを使っておくれ」
    「……膝掛けか…」
    「生地がしっかりしているから、結構温かいよ」

    ふわふわの膝掛けは、昨日の帰り道で見かけたものだ。足元が冷えるから一番大きい物を買ってみたけれど、丁度いいサイズだろう。お腹も被えるように彼に被せて、端は彼の体の下へ織り込む。「ちょっと失礼」と声を掛けたけれど、僕いきなりが触れてしまったからか彼は固まっていた。
    そんな司くんに構わず、ノートを広げていく。

    「一昨日の話だと、確か、季節外れの桜を咲かせたいんだよね」
    「…あぁ、次々と奇跡を起こす悪魔に、主人公が弟子入りして奇跡を起こそうと頑張る話だからな」
    「まるで奇術師の様だね」

    警戒が少し解けた司くんが、少しづつ僕の方へ寄ってくる。ノートを覗き込む彼に見えやすいよう僕も避けて、鉛筆で書き込んでいく。
    色んな奇跡を学んで、弟子としても優秀となった主人公は、最後に一番望んでいた奇跡の起こし方を聞く。亡くなった大切な人を蘇らせる奇跡を求めた主人公は、そんな奇跡は起こせないと悪魔に言われてしまう。彼には珍しい、『ハッピーエンド』とは少し言い難い話だ。最後は悪魔と友達になって主人公が前を向いて生きていくので、バッドエンドと言うほど悪くは無いのだけれどね。

    「それなら桜の香りを再現し、花弁も降らせようか」
    「巨大扇風機で舞い上げるのか」
    「それもいいね」

    すっかり警戒の解けた司くんが、僕の方へ身を乗り出してくる。ノートの内容で気になったものを指差して問いかけてくれる所も、僕の話に目を輝かせる所も変わらない。彼の反応が楽しくなって、次々話をし始めてしまって、それをまた楽しそうに聞いてくれるので、どんどん盛り上がった。
    はた、と気付いた時には一時間以上経ってしまっていた。

    「司くん、お茶はこまめに飲んでおくれ」
    「…ぅ、……お前はオレの母さんか…」
    「トイレは大丈夫かい? 付き添うよ」
    「付き添いはいらん。…少し失礼するぞ」

    立ち上がる司くんに、ハラハラして立ち上がりかけたけれど、彼に止められてしまったのでソファーへ座り直す。きっとトイレだろう。リビングに背を向けて行ってしまった司くんの後ろ姿を見送って、僕も自分用のお茶を一口飲んだ。
    ソファーの背もたれに体を預けて、ゆっくりと息を吐く。あの日以来、司くんは顔色もそこまで悪くなさそうで、安心している。もう少しショーの話をしたら、一度お昼寝の提案でもしよう。少しでも彼が気持ちを休められれば良い。僕が一緒に居ることで、不安や寂しさが紛らわせられればいい。
    会いに来ない想い人の事は忘れて、大好きなショーの話に集中してほしい。

    「………これも、嫉妬なのだろうね…」

    体調が悪くなる程想うその相手が誰なのか、まだ分からない。分からなくて良いから、彼と一緒に居る時間を少しでも増やして、もっと僕と同じ事を考えていてほしい、なんて。子どものような嫉妬だ。
    ジャー、と水の流れる様な音が微かに聞こえて、背筋を伸ばす。扉の閉まる音と、ゆっくり近付く足音に安堵して、もう一口お茶を飲んだ。
    カチャ、と開いた扉から顔を覗かせた司くんに笑顔を向けると、彼はやっぱり変な顔をする。

    「さぁ、司くん。お茶を飲んだら、話の続きをしようか」
    「………………はぁ、…そうだな…」

    諦めた様な溜息を吐いた司くんは、また一人分の間を開けてソファーに座った。
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