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    ナンナル

    @nannru122

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    POIPOI 146

    ナンナル

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    お弁当屋のバイトの子は、まだ俳優さんの前では緊張するようです。
    タイトル決まらないまま五話まで来ました( 'ㅅ')わぁお
    注意事項はいつもの通りです。雰囲気で読み流してください。

    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です×!5(司side)

    時計の針を何度も確認しては、あと三十分、あと二十八分、あと二十五分、と考える。ゆっくりと数字に近付く針を見つめて、深く息を吐き出した。教師の声が少し早口になって、まとめに入る。それを聞いてるはずなのに、全く頭に入ってこなかった。カチ、と音がした気がする。

    「今日はここまで。明日はこの続きからやるからな」

    聞き慣れたチャイムが校舎に響いて、ガタガタと教室が騒がしくなる。立ち上がって礼をして、すぐにホームルームの準備に入った。机の中の教科書やノートを鞄に突っ込んで、時計を見る。ほとんど進んでない時間に、そわそわと気持ちが落ち着かない。鞄の中のスマホの画面は真っ暗だ。数分して入ってきた担任がホームルームを適当に終わらせるのを見ながら、窓の外へ目を向けた。オレの席は廊下側なので、窓の外から見えるのは住宅街の屋根と、空のみだ。

    (…いつ、来るのだろうか……)

    ぎゅぅ、と鞄の紐を握り締める。担任が挨拶するのが何となく聞こえて、周りの声で掻き消されるくらい小さな声で返した。教室が一気に騒がしくなる。ガタッ、と音を大きくたてて椅子を引いた。鞄を背負って、えむの方へ駆け寄る。

    「すまん、えむっ、先に帰る!」
    「はーい!行ってらっしゃい、司くん!特別のお客さんによろしくね!」
    「ぅ、…わ、かっている……」

    ぶんぶんと大きく腕を振るえむに背を向けて、教室を早歩きで出た。廊下は放課後になったばかりで賑やかだ。人が沢山いて、避けながら階段の方へ進んでいく。心臓の音が煩いくらい鳴っていた。鞄からスマホを取り出すと、画面に通知は表示されない。自分の歩くスピードが、だんだんと早くなる。辿り着いた階段はほとんど駆け足で降りて、下駄箱に向かう。鞄の紐を強く握り締め、真一文字に唇を引き結ぶ。自分の下駄箱から靴を取り出して、上履きと履き替えた、踵が上手く入らなくて、少しつんのめったが、転んでいる場合ではない。スマホを見ると、やはり何も通知はなかった。ざわざわと、生徒がどんどん校門の方へ向かっていく。その波に紛れるようにして校舎を出ると、周りの生徒が皆足を止めていた。

    「ねぇ、あの人誰?」
    「誰かの家族?」
    「背高くない?!」

    聞こえてくる周りの声に、慌てて顔を上げる。校門の所で、制服ではなく普段着を着た人が立っていた。深く帽子を被って、マスクに眼鏡をつけたその人は、スマホの画面をじっと見つめている。見覚えのある姿に、思わず足が止まった。水曜日に、バイト先の店へ来る、特別なお客様。深呼吸を一つして、強く地面を蹴った。

    「あ、あのっ!」
    「おや、こんにちは、天馬くん」
    「こんにちはっ、神代さん」

    目の前まで駆け寄って声をかけると、聞き慣れた声で名前を呼ばれる。オレも挨拶しつつ、名前を小さい声で呼べば、神代さんはスマホをポケットにしまった。小さく手招きされたので、もう少しだけ距離を詰める。

    「急かしてしまったかな?」
    「いえ、オレの方こそ、お待たせしましたっ…!」
    「撮影が早く終わったんだ。待たせなくて済んで良かったよ」

    行こうか、と優しい声で言われて、頷いた。周りの視線が少し痛いが、さっさと校門を出る。家まではそんなに時間もかからない。今日は家に一人なので、リビングでやっても問題はないだろう。お茶菓子になる様なものは昨日慌ててバイト帰りに買った。紅茶は、あまり良いものはないが、大丈夫だろうか。お客様用のカップは昨日用意したし、原作の小説もノートも用意しておいた。大丈夫、問題は無いはずだ。頭の中で何度も何度もシュミレーションしたやり取りを思い起こす。家に入ったらお茶を出して、ノートを広げて…。

    「天馬くん?」
    「のわっ…?!」
    「大丈夫かい?随分真剣に悩んでいたみたいだけれど」
    「だ、だだ大丈夫ですっ…」

    ド、ド、ド、と心臓が煩く音を鳴らす。急に声をかけられて、自分が黙り込んでいた事に気付いた。せっかく時間を割いてくれた神代さんに、なんて失礼な事を…。ぶんぶん、と頭を振って、背筋を伸ばした。小さく笑う神代さんの隣を、緊張しながら歩いて自宅に向かう。正直、何を話したのか分からなくなるほど、緊張していた。あっという間についた自宅の鍵を開けて、神代さんを中へ招く。鍵を閉めてリビングへ案内すると、彼は眼鏡とマスクを外した。

    「素敵なお家だね」
    「ありがとうございますっ」

    慌ててソファーへ案内して、荷物を隅に置いてもらう。キッチンに行ってケトルでお湯を沸かすためにスイッチを入れる。神代さんに軽く断って、自室に駆け込むと、急いで制服を着替えた。予め用意しておいた私服を着ると、何だか変に感じて、姿見で何度も確認してしまう。そうしている間に、ピーッとケトルがお湯が湧いたと教えてくれた。慌てて階段を駆け下りると、神代さんがソファーに座ったままオレを見てくすりと笑った。

    「ゆっくりで大丈夫だよ」
    「す、すみませんっ…」
    「今日はこの後仕事はないからね。急ぐ必要は無いから、安心しておくれ」
    「……はい」

    優しい声に、ほんの少し息を吐いて気持ちを落ち着ける。キッチンに戻って、紅茶をカップに注いだ。それをトレーに乗せて、お茶菓子と一緒にリビングへ運ぶ。神代さんは、湯気のたつカップを見て、ふわりと笑った。

    「ありがとう、天馬くん」
    「良ければ、これも食べてみて下さい。さき、…妹が好きなお店のクッキーで、とても美味しいんです」
    「それなら、遠慮なく」

    お皿に乗せたクッキーを指で摘んで口へ運ぶ神代さんは、とても綺麗だ。サク、とクッキーの砕ける音がした。ソファーに座る神代さんの正面に座って、思わず見入ってしまう。普段は帽子やマスクがあったから、こうして顔をちゃんと見るのは初めてだ。いや、咲希の部屋のポスターやテレビはしっかり見ているが…。

    (…本物は、凄いな……)

    キラキラしている。藤色の髪はさらさらしていて、触れてみたいとさえ思った。ファンが多い事も納得出来るかっこよさだ。ふ、と視線を上げた神代さんは、クッキーを飲み込むと、隣をぽふぽふと叩いた。

    「こっちに座ったらどうだい?」
    「んぇっ…?!」
    「一緒に台本を考えるんだよね?正面より隣の方がやりやすいと思うよ」
    「そ、そう、です、ね……」

    にこりと微笑まれては断ることも出来ない。立ち上がって、テーブルをぐるりと少し遠回りをしつつもソファーに腰を下ろした。にこにこと笑む神代さんが、「始めようか」とオレに言う。こくこくと頷いて、慌ててノートを広げた。カチカチとシャーペンの芯を出す。

    「題目は決まっているのかい?」
    「あ、今回は、ある小説を題材にしようって決まっていて…」
    「そうだったんだね。なんの小説かな?」
    「……それ、は…」

    ドキッ、とした。クラスメイトが決めた題目ではあるが、神代さんもよく知っている話だ。何せ、神代さんが次に主演で出るドラマの元になった小説なのだから。震える手で用意していた小説を掴む。口篭るオレに、神代さんが首を傾げた。ここまで来たのだ。話さねば進まないだろう。キュッ、と小説を掴んで、神代さんの方へタイトルを向けた。

    「こ、これですっ!」
    「…これ、……」
    「その、クラスで決まって…、もうすぐドラマ化するからって……」

    神代さんが、オレの手から小説を取った。パラパラとページを捲りながら、神代さんが少し考え込むように視線を落とす。ごくり、と喉が鳴った。神代さんが主演をやるドラマを、オレが主役でやらなければならない。その台本を、神代さんと考えるなんて、断られたらどうすれば良いのか。心臓が跳ねる音を聞きながら、じっと神代さんの返事を待つ。そっと小説がテーブルの上へ開いて置かれた。

    「それなら、ここのシーンは必ず入れた方がいいと思うよ」
    「ぇ…」
    「ここは特に重要な分岐点だからね。それから、ここと、この展開も必要かな」
    「…は、はいっ!」

    慌ててページをメモする。神代さんは、一つ一つの理由も丁寧に教えてくれた。ここは主人公が謎を解くヒントを得るから、とか、ここはヒロインが気持ちに気付くきっかけのシーンだから、とか、本当に細かく教えてくれた。それも一つ一つメモをして、別のページに冒頭から書き出していく。神代さんは台詞についても色々細かくアドバイスをくれた。言い回しの仕方を、劇でするならこうするといい、こう言うと伝わりやすくなる、と隣から教えてくれる。それも全て参考にして取り込む。

    「ここはこういう風にするのはどうですか?」
    「いいね、それなら、この後の展開でこういうシーンも入れるといいよ」
    「そっか、それなら、ここでこういう台詞も……」
    「ふふ、天馬くんは飲み込みが早いね」

    ノートのページがどんどん進んでいく。楽しい。神代さんと話しながら台本を作るのが、とても楽しかった。完成された物語のはずなのに、全く違う物語の様に感じた。場面の一つ一つが頭の中に浮かんで、物語の登場人物達が動き回る。キラキラした舞台が、終幕に向かっていくのを感じながら、ペンを走らせる。神代さんの言葉は、すんなりと頭の中に入ってきた。とても細かく小説を読み込んでいるのが分かるほど、登場人物達の心情を理解している。オレも読んだことのある小説なのに、神代さんの説明を聞くと、全く違う話に聞こえてくる。

    「一通り書き終わったね」
    「ありがとうございましたっ!分かりやすくて、とても楽しかったです!」
    「どういたしまして。けれど、僕の言葉を理解して考えて台本にしたのは天馬くんだ。飲み込みが早いし、構成や表現方法も素晴らしかったよ」
    「そ、そぅ、ですか…?」

    神代さんに褒められたのが嬉しくて、つい口元が緩む。オレみたいな素人に分かるよう丁寧に教えてくれたのは神代さんなのに、お世辞でもオレを評価してくれた。サッ、と軽く出来上がった台本を読み返して、書き間違いや気になる所を軽く訂正していく。一通り見終わったら、今度は神代さんへ渡した。それを読み返した神代さんは、ふわりと優しく笑ってくれた。

    「うん、とてもいいね。お疲れ様」
    「っ…、ありがとうございます!」
    「後はクラスの人達に確認してもらってね」

    ノートを受け取って、大きく頷く。こんなに早く台本を作れたのは神代さんのお陰だ。明日、クラスの人達にも確認してもらおう。テーブルを軽く片付けながら、早く皆に見せたくてうずうずしてしまう。あの有名な俳優、神代類さんと一緒に書いた台本だ。クラスメイトに知られたら大騒ぎになるだろうな。この事は、絶対に誰にも言えない秘密だ。ノートをテーブルの脇に置いて、冷めた紅茶のカップを手に取る。「淹れ直しますね」と一言伝えると、神代さんはお礼を言った。キッチンにもどって、ケトルのスイッチを入れる。シュンシュン、とお湯の沸く音を聞きながら、時計をちらりと見た。時刻は夕方だ。家族はまだ帰らないだろう。神代さんは、ゆっくり出来ると言っていたが、どのくらいいられるだろうか。もし可能なら、演技についても話を聞いてみたい。そこまでしては、迷惑だろうか。そんな事を考えていれば、ケトルがお湯が沸いたと知らせてくれる。紅茶を新しくカップに注いで、オレはリビングにもどった。神代さんは、オレと目が合うと、優しく笑う。

    「他に、何かあるかな?」
    「ぇ、と…、」
    「あぁ、でも、少し休憩にした方がいいね」

    時計をちら、と見た神代さんは、優しく笑うと、そう言った。

    ―――
    (類side)

    「…………」

    ちょこん、と隣に座ったまま少し緊張している様子の天馬くんに、どう声をかけるか悩んでしまう。バイト先で会っているとはいえ、面識の少ない歳上の男性が隣にいればそうなるだろう。台本を作っている時は、もう少し肩の力が抜けていた様子だったけれど、まだ自然に、という訳には行かないみたいだ。僕も、知ってはいたことだけれど、今日高校の制服を着た彼を見て、歳下なのだと実感した。まだ子どもなのだと、改めてそう思った。バイト先でにこにこと笑って挨拶をする彼とは、ほんの少しだけ違う印象がある。

    (どうにか、緊張を解ける会話を…)

    ちら、とリビングの中を見渡す。綺麗に片付けられた家の中は話題になりそうなものが少ない。せめて、彼の好きな物とかを知っていれば、話題をふれたかもしれない。ふむ、と小さく息を吐いて、机の上にある小説に手を伸ばした。

    「そういえば、天馬くんはどの役をやるのかな?」
    「ぁ、…その……探偵役、を…」
    「すごいね、主役じゃないか」
    「くじ引きで決まって…」

    僕の問いに、彼がピッ、と背筋を伸ばした。耳が赤くなっているのが見えて、つい笑ってしまいそうになる口元を引き締める。どうやら、照れてしまっているようだね。彼は、この話がドラマ化すると知っていた。それはつまり、僕が主演を演じるということも知っているということだろう。だから、僕に自分が同じ立場の役を演じるのを、言いづらそうにしていたのかな。僕にアドバイスを求めたのも、役が同じだからだろうか。

    「それなら、声の出し方や、立ち方、見せ方なんかも教えてあげようか?」
    「え、いや、そこまではさすがに申し訳ないですっ…」
    「そんなことは無いよ。僕は、君が舞台の上で輝くのが見たいだけだからね」
    「……お、れが?」

    きょとんとした天馬くんに、僕は出来るだけ優しく笑ってみせる。初めて彼を見た時から、ずっと思っていた。舞台映えしそうな子だと。キラキラした笑顔も、元気な明るい声も、彼の魅力の一つだろう。そんな彼が、舞台の主役になるんだ、こんなチャンスを逃すなんて勿体ない。彼がこの先舞台に上がることがあるかなんて分からない。そんな最初で最後かもしれないチャンスに、彼は僕へアドバイスを求めてくれた。僕に相談をしてくれた。彼を輝かせる手伝いが出来るなら、なんだってやってあげたい。叶うなら、彼の高校へ指導に行っても良いとさえ思ったほどに。

    (そこまでしたら、流石に寧々に怒られてしまうだろうけどね)

    天馬くんに連絡先を教えたことも、あまり良くは思っていなかった彼女を説得するのは難しい。なら、出来る限り天馬くんに一対一で教えるしかない。先程閉じられたノートをとって、パラパラとページを捲る。探偵役の登場シーンに人差し指をたてると、天馬くんがそちらへ目を向けた。

    「例えば、このシーン。登場する探偵は舞台袖から出てくるだろう?」
    「そうですね。高校の体育館にある舞台はそこまで広くないので…」
    「ここは、音楽の種類やタイミングでかなり印象も変えられると思うんだ。今回の主人公はかなりクールな役だから、あまり派手な登場はしないだろうからね」
    「確かにそうですね」

    赤いペンでメモをとる彼の瞳は真剣だった。『なんでもいい』と言わない彼に、ほんの少し安堵してしまう。高校の文化祭なんて、本気で取り組む生徒が何人いるのか。みんな周りに合わせて、その中で楽しめればいい、とそんなものだろう。真面目な彼だから、僕の話を聞いてくれるのだと思う。

    「あとは、このシーンは少し派手にした方が見る人を惹きつけられると思うよ。そうだね、効果音だけでなく、実際に証明や小道具で燃えている様に見せるのがいいかな。例えば、こういう材料を集めて…」
    「……おおぉ…」
    「ここにこれを設置して、こっちにはこれを。天井からこれを吊るして……」
    「凄いっ…!」

    ちら、と彼の方へ目を向けると、きらきらした瞳でノートを覗き込んでいる。それが嬉しくて、僕は丁寧に彼に説明して見せた。高校生が出来るくらいの簡単な演出。けれど、あるのとないのとでは、確実に出来は変わるだろう。本当なら、もっと沢山手を入れてやりたかった僕の演出だ。

    (監督には却下されてしまったけれどね…)

    監督とは、少し意見が違うからね。ドラマの撮影は順調だけれど、僕としてはやりたい方向性が違う。僕は俳優であって演出家ではない。それは分かっているけれど、どうしても、飲み込みきれない所はあった。だから、提案と称しながら、天馬くんに僕のやりたかった事を話したくなったんだ。一つ一つを楽しそうに聞く彼は、僕の心を満たしてくれている気がした。

    「これなら、みんなでも出来そうだな。こっちも楽しそうだし、これもとても良いな!」
    「ふふ、気に入ってくれたようで、何よりだよ」
    「ここ!ここのシーンはもっとビックリするようなのがいいと思うんだがっ…!」
    「流石天馬くんだね。ここは、こんなものはどうかな?」
    「おおお!大きな爆発音はこうすれば出せるのか!煙は流石に火災報知器が気になるが、匂いだけなら確かにやれそうだな!」

    いつもはしっかりしている敬語が消えて、まるで同級生と話すかのように楽しそうに彼が笑う。それが何だか可愛らしく見え、ついつい見てしまう。ノートから目を逸らさずに、キラキラした瞳はきっと舞台を思い浮かべているのだろうね。そわそわと体を揺らして、今にも動きたそうにしている天馬くんに、ついクスッと笑う。犬の様な彼が可愛らしくて、無意識に頭をぽんぽんと軽く撫でると、天馬くんがピタ、と動きを止めてしまった。ぶわわっ、とその白い頬が真っ赤に染まっていく様を見ていれば、琥珀の瞳がこちらへ向けられた。

    「す、すみませんっ!神代さんに失礼な態度を…!」
    「構わないよ。僕の演出を気に入ってくれて、ありがとう」
    「…オレ、ショーとか劇とか、凄い好きで…、神代さんの話は、とても面白いです……」
    「天馬くんもショーが好きなんだね」

    頭を下げる天馬くんが、恥ずかしそうにそう言った。やっと見つけた彼との共通点に、つい声が弾んでしまう。演劇経験は無いと言っていたから、見ることが好きなのかもしれないけれど、それだけでも十分だ。僕の反応に顔を上げた天馬くんは、少しだけ視線を逸らしてから、こくこく、と縦に頷いた。

    「喜劇が特に好きですが、最近のだと、○○とかが面白かったです」
    「それなら僕も見たよ。終わり方がとても綺麗だったね」
    「そうなんですっ!終盤の盛り上がり方も、ラストの締め方も、それに、途中で回収する伏線も驚かされて…」

    次から次へ感想が出てくる天馬くんは、早口に話し始めた。表情がころころ変わり、輝く琥珀の瞳はじっと何かを見つめているようだ。もしかしたら、初めて見た時のシーンを思い浮かべているのかもしれないね。素直な感想は、聞いていて飽きない。表情だけではなく、声も楽しげで、身振り手振りで伝えようとする様が可愛らしい。また撫でてしまったら、驚かせてしまうかもしれないので、ぐっと堪える。時折相槌を打ちながら、途切れるまで耳を傾けた。

    ―――

    「…って、すみません、オレ、すっかり話し込んでしまって…!」
    「僕も楽しかったからね。気にしないでおくれ」
    「もうこんな時間っ…?!か、神代さん、時間大丈夫ですか?!」
    「おや、本当だね。僕は構わないけれど、そろそろ君の御家族も帰ってきてしまうかな」

    天馬くんに言われて時計を見ると、七時を回っていた。知らない成人済男性が高校生と二人きりでいたら、流石に誤解されてしまうかもしれないね。立ち上がってそろそろお暇しようかと思った所で、天馬くんが僕の服を掴んだ。彼を見ると、天馬くんもキョトンとした顔をしていて、慌てて手が離される。

    「あ、すみませんっ…」
    「……大丈夫だよ」
    「その、両親も妹も、まだ帰って来ないので、大丈夫だと思うんですが…」

    視線が右へ左へと泳ぐ天馬くんに、僕は目を瞬く。これは、引き止められているのだろうか?もしかして、まだ何か聞きたいことがあるのかな?先程まで話をしていて、彼がとても楽しんでくれていたことは分かる。もっと話を聞きたいと思ってくれたのなら、僕としても嬉しい事だ。予定がある訳でもないから、ゆっくりしていくのは構わないけれど…。

    「天馬くんが平気なら、もう少し……」

    話をするかい?そう続けようとした時、彼がバッ、と立ち上がった。ぎゅぅ、と服の裾を掴んで、彼が僕をじっと見つめ返してくる。

    「ゆ、夕飯を、食べていきませんかっ!?」
    「…………夕飯…?」
    「今日のお礼になるか分かりませんが、頑張って作るので、食べていきませんか?!」

    たっぷり三秒程呆気としてしまった。そうして、はたと気づく。天馬くんが引き止めたかった理由は、『お礼』がしたかったからみたいだね。確かに時間は夕飯時だろう。この後は仕事もないので、今日の夕飯も考えなければいけなかったところだ。そして、天馬くんが料理が上手なのも知っている。僕の返事を待つ彼は、手を震わせて黙っていた。それに一つ笑みを返して、ゆっくりと頷く。

    「君の料理が食べられるなら、役得だね」
    「!…す、すぐ作りますっ!!」
    「ふふ、ゆっくりで構わないよ」

    駆け出した天馬くんの後ろ姿に、ひらひらと軽く手を振った。キッチンへ入っていく彼は、どこか嬉しそうだ。とりあえず、テーブルの上を片付けて、彼に一度声をかけた。手伝うかい?と聞いたけれど、座って待っていてほしいと言われてしまったので、仕方なくリビングで待つことにした。待つ間、今度撮影するシーンを振り返っておこうと、持ってきた鞄から台本を取り出して、適当にパラパラと捲る。天馬くんと作った台本とは、所々違うドラマの台本。実は、彼と話をしながら一部ドラマで使われなかったシーンもあっちの台本には組み込んだ。代わりに、ドラマの台本に使われたシーンを幾つか省いている。本編では重要なシーンがいくつかある。が、それ以外に省ける所も幾つかあった。そこを、ドラマと天馬くんの台本で変えたのだ。全て同じにしてしまうと、天馬くんが変に疑われてしまうかもしれないからね。

    (それに、この方が、どちらも見た人からしたら面白いだろうからね)

    役者や舞台は違うかもしれないけれど、どうせなら、違う楽しみがあってもいい。天馬くんが一生懸命やるこの舞台を素晴らしいものにしたいという気持ちもあるからね。ぱら、ぱら、とページを捲りながら、彼の反応を思い出してはクスッと笑う。本当に、面白い子だ。
    ふと、時間が経ったことも忘れていた僕の鼻に、良い香りが届いてくる。顔を上げると、キッチンの方から歌が聞こえてきた。とても機嫌が良さそうな綺麗な声だ。そろそろ完成なのだろうか、とても良い匂いに、台本を閉じる。すると、キッチンから天馬くんが顔を覗かせた。

    「お待たせしました」
    「ふふ、そんなに待ってはいないから、大丈夫だよ」
    「テーブルに並べても良いですか?」

    お盆にコップやお茶碗が乗せられていて、天馬くんが近寄ってくる。テーブルの上を片付けて、軽く拭くと、彼がお盆を置いた。運ぶくらいなら手伝うよ、と断る彼を押し切って僕も手伝いをする。そうしてテーブルに並んだ料理を前に、僕と天馬くんは腰を下ろした。

    「割り箸ですみません」
    「構わないよ。ありがとう、天馬くん」

    ご飯とお味噌汁が手渡されて、二人で手を合わせた。パキ、と割り箸を割って、お味噌汁を片手で持つ。ふわりと湯気が揺れて、味噌の香りが鼻腔を擽った。割り箸で軽く混ぜると、わかめと豆腐だけのお味噌汁のようだ。口つけて、そっとお椀を傾ける。

    「…ん、美味しい」
    「それなら、良かったです」

    優しい味のお味噌汁に、つい口元が緩んだ。僕の反応が気になっていた様子の天馬くんは、安心したように、ホッと息を吐く。彼もお味噌汁を飲んで、嬉しそうに表情を弛めた。眉が下がって、ふわりと笑う表情は、とても優しそうだ。

    「これは?」
    「あ、茄子の味噌炒めなんですが、挽肉も多めなのと、茄子は少なくしたので…、あ、でも、無理はしなくていいですよ」
    「…それじゃぁ、一口もらうね」

    テーブルの真ん中に置かれたお皿に、挽肉と茄子の炒め物が乗っている。それを、取り箸の代わりに置かれたスプーンで掬って、お茶碗にそっと乗せた。茄子と言えば、あのぶにぶにとした食感があまり好きではないかな。けれど、天馬くんが作ってくれたのに、食べないというのは流石に失礼だ。割り箸で挽肉と一緒に掬って、そっと口に入れた。

    「…ど、どうですか?」
    「………うん、とても美味しいよ」

    ふわ、と口の中に広がる味噌の風味と、少しピリッとした辛みが、挽肉によく絡んでいる。茄子も、とろ、と溶けそうな程柔らかくて驚いた。じわ、と旨味が滲みた茄子を噛む度に口の中に味が広がっていく。変な食感は全くなく、柔らかくてとても美味しい。そんな僕の言葉を聞いて、天馬くんがパッ、と表情を綻ばせた。

    「茄子は火を通すととろとろになるんですよ!」
    「そうなんだね。少し辛めの味も、とてもいいね」
    「挽肉も食感が楽しいので、結構好きなんです!神代さん、辛いのが大丈夫なら、今度は別の料理もオススメさせて下さい!」
    「ふふ、ぜひ楽しみにしているよ」

    安心したのだろう、嬉しそうに話をした彼は、茄子の味噌炒めを取り、口に頬張った。咀嚼する度に頬が揺れて、目を細める様が可愛らしい。ほんの少し頬が紅潮しているのは、美味しいからか、はたまた興奮しているからか。眉を下げて幸せそうに食べる姿に、僕も釣られて頬が緩む。彼が食べている所を初めて見たけれど、予想通り、本当に美味しそうに食べるんだね。

    「卵焼きもお店のとは少し味が違いますよ!それから、こっちの生姜焼きも自信作で…!」
    「ふふ、どれを食べるか迷ってしまうね」

    卵焼きは出汁が多めで、これも美味しかった。お店の卵焼きはもう少しお砂糖も入っていた気がするけれど、天馬くんの卵焼きの方が好きかもしれない。生姜焼きも、味付けがちょうど良い。じわ、とタレが染み込んだお肉の香ばしさがご飯によく合うね。玉ねぎなんかは入ってないので、気にせず食べれて嬉しいかな。それになにより、目の前で美味しそうに食べる天馬くんを見ると、自然ともう一口、と箸が伸びている。彼の美味しそうに食べる姿に、目がつい行ってしまう。

    (……可愛い)

    もぐもぐと生姜焼きを咀嚼しながら、じっと彼の表情を見つめる。箸を握り込む程手に力を入れて、堪えるように眉を下げて溶けた表情をする天馬くんは、とても可愛らしかった。お弁当屋で、僕におかずを薦める時も、楽しそうに話してくれる。だから、彼はきっと食べる事も好きなのだと思っていたけれど、予想以上に良い顔をしているようだ。彼との食事は、とても楽しい。一口ひとくちを口に頬張る度に頬を緩ませる彼を見ると、ついその綺麗な金糸の頭を撫でてしまいたくなる。そんな衝動を堪えながら、もう一口僕も口に放った。じわ、と口の中に味噌の味が広がる。

    「うん、美味しいね」
    「ありがとうございますっ!」

    パ、と花が綻ぶような笑みを向けてくれる天馬くんに、胸の奥がきゅぅ、と音を立てた。頬が熱くなって、そっと視線を俯かせる。

    (…あぁ、そうか、こういう気持ちを言うんだね……)

    僕の反応に全く気付かずに、ぱくぱくと食べ進める天馬くんに、そっと一つ息を吐く。気付けば、心臓が煩いくらい鼓動していて、箸を持つ掌には汗が滲んでいた。格好悪いので、気付かないふりをして僕は最後の一口を口に放り込む。カチャン、と箸を揃えてテーブルに置いて、「ご馳走様でした」と呟いた。天馬くんもどうやら食べ終わったのだろう。彼も元気に手を合わせて、「ご馳走様でした!」と挨拶をしている。テーブルを片付け始める彼に、僕も立ち上がって食器を運ぶ。水道の所へ食器を置くと、ぴちゃん、と滴が蛇口から零れ落ちた。

    「神代さん?」
    「…あぁ、片付けくらいはやらせてくれるかい?」
    「え、ですが…」
    「洗い物くらいならできるから、ね?」

    頷く天馬くんに、ふわりと笑って見せてから、僕はスポンジを手に取った。わしゃわしゃと泡立てたスポンジで食器を洗いながら、深く息を吐き出す。テーブルを片付けに行った彼は、きっと気付かないだろう。

    「やってしまったなぁ…」

    そうボソッと呟いて、僕は眉を下げた。頬が熱い気がするのは、気のせいではないのだろう。

    「まさか、歳下の子に恋をするとはね…」

    ジャー、と流れ出す水の音に、僕の呟きは掻き消された。

    ―――

    「今日は本当にありがとうございました、神代さん!」
    「こちらこそ、美味しい夕飯をご馳走様」
    「教えてもらった練習方法も頑張ってみます!」

    ぺこ、と深く頭を下げてお辞儀をする彼に、僕は小さく笑う。発声練習や、立ち方の練習なんかを教えてみたから、その事だろう。彼は飲み込みも早いので、本番が楽しみだね。

    「そうだ、日曜日とかなら、学校が休みの日に空いていれば練習に付き合えると思うよ」
    「え」
    「午前か午後の休みもあるだろうからね。天馬くんさえ良ければ、だけど」
    「ほ、本当ですか?!」

    わわわ、と驚いた様子の彼が瞳をキラキラさせる。それに、クスッと笑って、頷いた。僕としても、彼の成長が見れるのは楽しいし、彼の成長を手助けしたいと思っているからね。そっと彼の髪を撫でて、目を細める。と、天馬くんがぼふ、と音がしそうな程一気に顔を赤らめた。慌てて手を離して、笑って誤魔化す。

    「あぁ、ごめんね。つい、…」
    「い、いえ、……!」
    「それじゃぁ、また連絡してくれるかい?時間がある日を教えてくれたら、こっちもスケジュールを確認して連絡するよ」
    「…はいっ!」

    ぺこ、と頭を下げた天馬くんに背を向けて、暗くなった夜道を歩き出す。家まではそんなに距離は無かった。彼も、バイト先は近場を選んだようだ。あれだけ通っているのだから、近い方が便利だろうしね。あぁ、でも、友人に薦められたとも言っていた。どちらにしろ、彼が夜道を安全に帰れる方がいい。
    明日は水曜日だから、きっとバイト先で会えるだろうね。あの感じなら、嫌われてはいないだろうし、もう少し仲良くなれたらいいかな。まずは、友だちになることから始めよう。彼に恋人がいるかどうかは分からないけれど、こうなったらやれるだけの事はやった方が良いだろうからね。

    「…さて、どうやって意識させたらいいかな」

    ふふ、と小さく笑って、僕はスマホに指を走らせた。
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