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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!‪✕‬‪✕‬
    ○バイトさんは俳優さんとの関係に慣れない。

    時間軸が少しだけ飛びます。これが何話で終わるのか全く予想出来なくて怖い…:( ;´꒳`;):
    ゆるゆる〜っと書いていきますので、良ければお付き合いください。
    雰囲気で読み流してくださいね。

    メイテイ!××※注意※

    ・年齢操作や捏造、キャラ崩壊なんでもござれなお話。
    俳優類くん×元お弁当屋のバイト司くんのお話です。

    注意は前回とほとんど同じです。
    何があっても読み流してください。
    雰囲気で。お願いいたします。

    ーーー

    (司side)

    まだ少し慣れない道を歩きながら、スマホの画面をちらと見る。
    数分前に届いたメッセージの通知が見えて、自然と口元が緩んでしまう。隠しもしない直球な『会いたい』が、気恥しいが嬉しくて仕方ない。

    「あ、これ神代類の新しい広告だ」
    「…!」

    不意に聞こえてきた女性の高い声に、思わず足が止まる。声のする方へ目を向けると、壁に大きく貼られた広告が視界に飛び込んでくる。少し前に見せてもらった広告だ。昨日はなかったので、今日から張り出されたのだろう。
    三人の女性が広告の前で楽しそうに話す姿をちら、と見て、視線を逸らす。

    「うわ、この顔反則じゃん。色気やば…」
    (うむ、分かるぞ、その気持ち)
    「こんな風に迫られたらなんも言えなくなるっ…」
    (そうなんだ。しかも、今回は上着の着崩し方もかっこよくて…)

    彼女達の言葉に、つい内心で頷いてしまう。
    今回の撮影は、有名ブランドとコラボしたとか言っていた気がする。衣装がメインなのだろう。かっこいい大人の男性をイメージさせる服だ。神代さんが着ると、破壊力がある。右腕で壁に肘をつく姿も、左肩を露出させるように上着を軽く着崩す姿も、女性の憧れるポーズだろう。男のオレでも、ドキドキしてしまう程かっこいいのがずるい。
    あまり立ち聞きしては悪いな。止まっていた足を踏み出すと、女性の一人がおおきく息を吐いた。

    「…こんなかっこいい彼氏がほしいなぁ」
    「………、…」
    「神代類って、確か婚約者がいるって前に話題になったよね」
    「一途にその人だけ、ってめちゃくちゃ愛されてるんだろうなぁ、いいなぁ」

    まるで夢物語でもするかのような声に、つい踏み出した足が止まる。脳裏に過ぎった優しい表情に、一気に顔がぶわりと熱を持つ。昨夜も聞いた、『天馬くん』とオレを呼ぶ甘い声音を思い出して、逃げるように駆け出した。片手で頬に触れると、物凄く熱い。これから練習があるというのに、こんな顔で出れるわけがない。
    曲がり角を曲がった数歩先で、速度を落とす。人の少ない路地の側で足を止めて、荒くなった呼吸を少し落ち着かせるために大きく息を吸い込んだ。ふぅ、とゆっくり吐き出すと、ほんの少しだけ気持ちが落ち着く気がした。
    もう一度、と大きく息を吸い込むと、壁についていた腕がぐっ、と勢い良く引かれて前のめりになる。

    「のわっ……?!」

    と、と、とよろけた体がぽすんと何かにぶつかった。ぎゅ、と背に回された腕がオレを抱き締めてくる。ふわりと香る知っている匂いに、目を瞬いた。狭い路地の方に体が引かれ顔を上げると、悪戯が成功した子どものような顔とかち合う。

    「か、神代さっ…?!」
    「早く会いたくて、迎えに来てしまったよ。おかえり、天馬くん」
    「…っ、……ん、…、……」

    にこにことご機嫌な様子の神代さんが、額を触れ合わせてくる。前髪が少し擽ったくて、反射的に目を瞑った。そんなオレに構わず、頬に柔らかいものが触れる。びゃっ、と肩が跳ねて、突然の事に心臓が大きく音を鳴らした。ちゅ、ちぅ、と小さなリップ音が繰り返されて、鼻先や瞼なんかにもキスをされる。じわぁ、とされた場所から熱が広がって、体に力が入る。息を詰めて耐えるも、神代さんは全然やめてくれない。心臓の音がどんどん早くなって、少し苦しい。
    態とらしく焦らす神代さんの胸元を、手で何度も叩く。早く終わらせてくれ、と言外に伝えれば、漸く柔らかい感触が唇に触れた。

    「…っ、は……」
    「無理をさせてしまって、すまないね」
    「…いきなり、されたら、…驚きますっ…」
    「ふふ、嫌だったかい?」
    「そんな事は言ってませんっ!」

    止めていた呼吸を慌てて再開し、酸素が足りないと怒る肺を膨らませる。オレの腰辺りで手を組んでにこにこと笑う神代さんは、全く謝っている感じがしない。むしろ嬉しそうにすら見えてしまい、なんとなく悔しくなる。そんな気持ちを込めて、べち、と神代さんの腕を叩けば、余計に楽しそうに笑われてしまった。
    確かに驚いたし恥ずかしかったが、神代さんにされて嫌だとは思ってない。場所の問題だ。前は会える時間が短くて、会える場所も限られていた。触れ方も、もっとさらっとしていたというか、目立たない触れ方だった、と思う。
    ちら、と通りの方へ目を向けるが、立ち止まっている人はいない。こちらに気付いている人もいないようだ。その事に安堵して、小さく息を吐く。

    「なぜ、神代さんがここにいるんですか」
    「先程君が僕の新しい広告の前で立ち止まっているのが見えてね」
    「み、見ていたんですか?!」
    「ふふ、一人で百面相して駆け出すのを見てしまったら、追いかけないわけにはいかないよ」

    にこにこと笑顔でオレの腰を引く神代さんは、いつもより声音が嬉しそうだ。
    神代さんに全て見られていた事実に、ぶわわっと顔が熱くなっていく。今すぐこの場から走って逃げてしまいたいが、神代さんの方が足が早いのを知っている。絶対に捕まるのだから、ここで逃げても意味が無い。そればかりか、“天馬くんに逃げられて悲しい”などと理由を付けて、家でいつも以上に甘やかされる方が余計に恥ずかしいと知っている。実際に以前されて、何度泣きながら謝った事か。
    うぐぅ、と小さく唸り、神代さんとの近い距離に何とか耐える。額や髪に触れる柔らかい感触は、あまり意識しない様にと必死に気を逸らした。

    「…、…今日は、…仕事が忙しいからって、練習には参加しないはずじゃ……」
    「そうだね。だけど、どうしても天馬くんに会いたくて、無理やり時間を作ったんだ」

    だから、そろそろもどらないと。そう小さく呟いた神代さんが、ぎゅ、と強く抱き締めてくる。温かい体温に、胸の奥からきゅぅ、と音がした。会いたい、と思って、態々時間を作ってくれるのだな。せっかく時間が出来たなら、休憩時間に当てれば良いのに、オレを探してくれるのか。恥ずかしさが少し薄れてしまい、けれど公共の場であるという事に唇を引き結ぶ。絆されて許しては、また繰り返すだけではないか。神代さんはただでさえ目立つのだから、外でこんな事をして良いはずがないというのに。
    こうなれば一言言うしかない。それも神代さんの為だ。ぐ、と拳を握り締めて顔を少し上げると月色の瞳と目が合った。

    「天馬くんのお陰で、この後の仕事も一層頑張れそうだよ」
    「…ぅ……」
    「君の練習を見てあげられないのは心苦しいけれど、お互い頑張ろうね」
    「………、……は、はぃ…」

    ふわりと花が咲く様な笑みに、思わず言葉を飲み込んだ。キラキラな笑顔に言おうとしていた言葉がどんどん消えてしまう。『この後も頑張れる』なんて言われたら、注意なんか出来るわけがない。
    ぅぐぅ、と小さく唸って、神代さんの胸元に顔を埋める。これを最後と決めて、両手でぎゅ、と抱き締め返した。「……この後も、頑張ってください…」と小さく伝えると、嬉しそうな返事が返ってくる。結局、オレは神代さんにされる事が嫌ではないので、なんでも許せてしまうのだろうな。
    次は気を付けねば、ともう一度心の中で誓って、そっと手の力を抜いた。

    「今日の夕飯は、親子丼の予定です」
    「ありがとう。楽しみにしているね」
    「はい」

    ニッ、と笑って、そう返事を返す。
    オレもそろそろ練習に向かわねばならん。通りの人が先程よりも少し減ってきたのをちら、と見てから、手で軽く髪に触れた。前髪を少し整えて、よし、と気持ちを切り替える。神代さんがお仕事で一緒に練習が出来ないのは寂しいが、今度一緒に練習するまでに上達して驚かせるのもいいだろう。そう思えば、神代さんが練習に参加できなくても、少しは気持ちが楽だ。
    一人でそう納得して、通りの方へ足を向ける。と、肩に手が置かれてほんの少し後ろへ体が傾く。背が神代さんに寄りかかるように体を引き寄せられ、「天馬くん」と名前を呼ばれた。

    「先程の続きは、夜にでも、ね」
    「…っ、……」
    「楽しみにしているから、準備していておくれ」

    耳元でそう声を落とされ、思わず体が固まる。
    神代さんの低い声音に、心臓が大きく跳ねた。すり、と掌に神代さんの手が擦り合わされ、ゆっくりと離れていく。くす、と笑った後、いつものようにマスクで口元を隠すと、神代さんは白い手をひらひらと振った。そのまま通りの方へ紛れて行ってしまった後ろ姿を、呆然と目で追う。完全に神代さんが見えなくなると、急に足から力が抜けていき、へなりとその場にしゃがみ込む。

    「………準備って、…なんだ……」

    じわぁ、と熱い顔を手で覆い、それから数分動けず、その日も練習には遅れた。



    天馬司、19歳。演劇の専門学校に通いながら、今は遊園地のキャストのバイトをしている。つい先日までは友人の家族が経営するお弁当屋、『和んだほぃ』のバイトをしていたが、理由があって現在は休業中だ。移転先である遊園地で同店名のレストラン兼お弁当屋がある為、たまにそちらでもバイトをしている。夢は、人気若手俳優神代類と舞台で共演する事。ドラマや映画、CM等見かけない日はないのではないかと思うほど今人気の俳優神代さん。女性ファンが多く、オレの妹も幼い頃から憧れている人。
    そんな神代さんと、数ヶ月前に恋人になった。

    (…恋人、に、…なった……)

    じわぁ、と顔が熱くなって、慌てて手で口元を隠す。
    高校を卒業前に、神代さんから好きだと言われた。夢では無いかと思う程信じられない様な出来事だ。バイト先に週一回来る少し変わったお客さん。雨の日に傘を貸したのがきっかけで名前を知って、文化祭の劇の話をしたら会うきっかけになった。遊園地にも行ったし、危ない所を助けてももらった。そんな優しくてかっこいい神代さんを好きになってしまって、諦めるつもりでいたんだ。あの日、好きだと言われてどれだけ嬉しかったか。

    (……愛されてる、か…)

    昼間の事を思い出して、更に顔が熱くなる。片手の甲で頬に触れると、思っていたよりも熱かった。鏡を見たら、きっと真っ赤になっている事だろうな。分かりやすい自分が情けない。
    カパ、と冷蔵庫の扉を開くと、ひんやりとした冷気が頬を撫でた。そのままがさがさと中を漁る。卵と鶏肉を取り出して、一度閉めた。玉ねぎは抜き。それから、お味噌汁は豆腐とわかめにしよう。一通り材料の確認をしてから、よし、と気合を入れる。
    まな板を出して、その上に鶏肉を置いた。

    「食べやすいように一口サイズに切って…」

    むにむにとした鶏肉を、小さく切っていく。厚みがある所は更に半分にして大きさを揃えれば、おしまい。今回切る物はこれだけだ。
    別の器に卵を割り入れて、菜箸で切るように掻き混ぜていく。かちゃかちゃと一人きりの室内に小さな音が響いた。ちら、と時計を見ると、時刻は八時だ。神代さんの仕事もそろそろ終わっただろうか。玄関の開く音はまだしない。そわそわとする気持ちを押し込んで、フライパンに手を伸ばした。
    お水に顆粒だしとお砂糖、醤油、それからみりん。ととと、と分量を計量スプーンで量って入れてから、フライパンを軽く回すようにして混ぜる。カチ、とコンロのスイッチを入れて軽く煮立たせていく。そこへ鶏肉を入れて、火を通す。

    「これで、後は卵を入れて完成だな」

    軽く蓋をして、その次に小鍋を用意する。お水を入れて火にかけ、豆腐を取り出した。透明の蓋をぺりぺりと剥がして、掌に豆腐を乗せる。包丁を真上から落とすようにして豆腐を四角く切り、それを鍋に入れていく。くつくつと沸騰してきたところへ、ワカメも入れていく。ふわぁ、とワカメが広がっていくのを菜箸で軽く混ぜながら確認し、顆粒だしを適量入れる。これで味噌汁は終了だ。後は、神代さんが帰ってきてからお味噌を溶けばいい。
    親子丼も、鶏肉に火が通ったようだ。かち、と火を止めて、シンクのゴミ取りをしておく。片付けが終わったら、コップやお箸の準備だ。サラダは今日はなし。今度ポテトサラダを作ってみよう。神代さんが食べられればいいが…。テーブルの準備をしながらそんな事を考えていれば、玄関の方でガチャ、と鍵の開く音がする。
    顔を上げて扉の方へ振り返ると、足音がゆっくり近付いてきた。心臓が急に早くなり、無意識に息を詰める。

    「あ、ただいま、天馬くん」

    扉が開くと、マスクを外してふわりと笑う神代さんが部屋に入ってきた。予想通りではあるが、確かに神代さんだと分かって、安堵してしまう。へにゃりと頬が自然と緩み、足が勝手に前に出る。

    「お帰りなさい、神代さん」

    近くまで寄ると、神代さんが両手を軽く広げた。意図が分かり、一瞬躊躇ってから、そっと腕の中に体を進める。触れるギリギリの位置まで進めば、ぎゅぅ、と強く抱き締められた。じわぁ、と神代さんの体温が伝わってきて、頬が熱くなっていく。
    「ただいま」と耳元で聞こえた声に、もう一度「お帰りなさい」と返した。

    「はぁ…、分かっていても、天馬くんが出迎えてくれるなんて幸せだね」
    「…毎日大袈裟過ぎますよ。もうすぐ四ヶ月になりますし……」

    毎日恒例になりつつある神代さんの言葉に、苦笑する。実際家にオレがいるというだけで、神代さんの生活は以前と殆ど変わらないはずなのだがな…。
    この家に越して来てから、仕事が忙しい神代さんの代わりに、家事はほぼオレがしている。その代わり、家賃は全て神代さんが払うと押し切られてしまった。お互いに遊園地の舞台練習がある日は、たまに神代さんと外食に行く。ちょっとしたデートみたいで、オレにとっては小さな楽しみでもある。神代さんがお仕事で遅い日は先に寝ることもある。仕事が早く終わる日は、今日の様にご飯を一緒に食べる。
    それが、高校を卒業してから変わった、オレの新しい生活だ。

    「撮影さえなければ、今日も練習に参加したのだけれどね」
    「神代さんの本業は俳優なんですから、仕事を優先してください」
    「天馬くんは手厳しいなぁ…」

    寂しそうな声音でそう呟く神代さんの背を、ぽん、ぽん、と軽く叩く。離れたくないと言ってもらえるのは嬉しい。だが、こんな風に言っていても、実は仕事に対して真面目なのだということも知っている。マネージャーの寧々さんに散々文句は言っているが、手を抜くのも、休むことも、サボることだってしない人だからな。きっと、オレが我儘で『一緒にいてほしい』と言っても、仕事には行くのだろう。

    (そういう所が、神代さんのかっこいい所なのだろうな…)

    一人納得して、そっと腕の力を抜く。
    「ご飯にしましょう」と声をかければ、渋々と言った表情で神代さんがあっさり離れてくれた。本気で困らせるような事もしない、優しい人だ。たまに意地悪はされるが…。
    神代さんの背を軽く押して、「手洗いと着替えを済ませてきてください」と伝える。「はーい」と間延びした返事が返ってきて、神代さんはリビングを出ていった。その後ろ姿を見送ってから、キッチンにもどる。火を付けて軽く温めてから、最後の仕上げだ。味噌汁はお味噌を溶かしてお椀によそる。親子丼は煮汁がくつくつとしてきたら、溶き卵をゆっくりと回し入れる。卵がとろとろの状態で火を止めて、器に炊いたご飯をよそった。半熟卵の親子丼を上に乗せ、テーブルの方へ運ぶ。飲み物はお茶だ。

    「ふふん、上出来だな!」

    完璧な出来に胸を張って、頷く。
    玉ねぎが入っていないし、三葉もないので彩りはイマイチかもしれんが、それでもとろとろの卵が綺麗に輝いている。ふんふん、と鼻歌交じりにお味噌汁も隣に並べれば、タイミングよく神代さんがもどってきた。テーブルの上を見て、パッ、とその表情が華やぐ。
    向かい合って席に座って、ぱちんと手を合わせた。

    「いただきます」

    そう声を揃えて言って、お箸を手に取る。
    ずず…、とお味噌を一口飲むと、味噌の優しい風味が口の中に広がっていく。お腹が温まる気がして、ふにゃりと頬が緩んだ。味も丁度いいみたいだ。お豆腐を箸で掬うようにとって口に入れる。温かい豆腐を軽く噛んで飲み込むと、豆腐が通った側から体内が温まっていく。
    お椀から顔を上げて向かいを見ると、神代さんが嬉しそうに親子丼を食べていた。も、も、と頬が動いている様が、いつもと雰囲気が違って少し可愛い。ごくんと飲み込むのに合わせて、神代さんの喉仏が上下する。ぱち、と視線があって、月色の瞳が優しく細められた。

    「とっても美味しいよ」
    「それは良かったです」
    「卵がとろとろで、お肉も柔らかいね」
    「厚揚げとかで作っても美味しいですよ。今度作りますね」

    嬉しそうな神代さんの反応に安心して、お椀を一度置く。
    器を手に取って箸を入れると、半熟の卵がとろりと崩れていく。ご飯とまとめて掬いあげて、零さないように口に入れた。炊いたばかりのご飯が熱くて、口の中がほんの少しぴりっとする。はふ、はふ、と軽く冷ましながら咀嚼すれば、お米がほろほろと崩れていく。卵がとろとろしていて、むちむちとした弾力のある鶏肉が噛む度にじわぁと肉汁を溢れさせる。卵の甘みも、柔らかい鶏肉の食感も、タレの甘じょっぱさも、どれもご飯によく合って美味しい。咀嚼するのが楽しくて、もぐもぐと夢中で噛んで小さくしてから、ごくんとそれを飲み込んだ。もう一口、とお箸で掬って口に入れれば、お米の熱さにびくっ、として、またはふ、はふ、と空気を取り込む。
    次はよく冷まさねばな、と反省しつつ咀嚼すれば、向かいからくす、と笑う声が聞こえた。

    「天馬くんは本当に美味しそうに食べるね」
    「………、…」

    ふわりと微笑む神代さんに、かぁあ、と頬が熱くなる。
    前からよく食べるところを見られるが、毎回毎回退屈しないのだろうか。というよりも、恥ずかしいのでそろそろやめて頂きたい。視線を横へ逸らして、ごくん、と口の中の物を飲み込む。神代さんは、オレが食べる姿を見るのが好きだと言うが、オレは変な食べ方でもしているのだろうか…?
    照れ隠しにお茶を一口飲むと、神代さんは次の一口を口に入れていた。

    「そういえば、近々大きな撮影が入る事になってね」
    「そうなんですね。ドラマの撮影とかですか?」
    「ふふ、実はあの小説の映画化が決まったんだ」
    「え…?!」

    慌ててコップを机に置くと、神代さんがにこ、と笑う。
    あの小説、とは、まさかあの探偵の小説だろうか。文化祭でオレも題材にした人気小説を思い出して、そわそわとしてしまう。
    そんなオレを見た神代さんは、眉を少し下げて笑った。

    「君と僕にとっての思い出の作品だから、結構楽しみにしているんだ」
    「やはりあの話なのだなっ…! 映画化という話は聞いてなかったが、もしやリメイクという事になるのか?! それとも、まさか続編というわけは……!」
    「そのまさかで、特別に続編の脚本を作ってもらえる事になったんだよ」

    ガタタッ、と席を立ち上がって、神代さんに顔を近づける。
    あの小説は、あの後続編も出なかった。作者は全く違う話を書いて本を出していたので、続きがあるとは思わなかった。それが、映画の為に特別に脚本が書かれる。それだけ人気のあったドラマだったという事だろう。そして、そのドラマの主演を演じた神代さんが映画にも出演する。ファンからしたら大歓声を上げて喜ぶ情報だろう。

    (咲希が聞いたら、大騒ぎだな)

    神代さんの大ファンである妹の顔を思い出して、つい、くすりと笑ってしまう。
    オレの妹である咲希は、幼い頃から神代さんのファンだ。神代さんの活動に関して、今まではほとんど咲希から教えてもらっていた程、妹の情報は早かった。家の中が神代さんのグッズやポスターで埋まったこともあったな、と思い返しながら、今の状況を思い返して苦笑する。
    まさか、妹の大好きな俳優と恋人関係になるなんて…、しかも、同棲まで始めるとは思わなかった。世の中何があるか分からんな。

    「発表は来週だけど、天馬くんには特別に教えておこうと思ってね」
    「ありがとうございます」
    「それで、撮影の関係で数日泊まりがけの出張が決まってしまってね」
    「それなら、留守は任せてください!」

    眉を下げて申し訳なさそうにする神代さんに、にぱ、と笑顔を向ける。安心して欲しいという気持ちを込めて。
    神代さんが帰ってくるまでに、家の隅々まで綺麗に掃除してみせるからな! にこにことするオレを見て、神代さんは意図を察してくれたのだろう。
    苦笑して、何故か肩を落とされてしまった。

    「そういう所も、天馬くんらしいなぁ…」
    「む……?」
    「なんでもないよ。何かあれば連絡はすぐ取れるようにするから、いつでも頼っておくれ」
    「はい!」

    カチャ、とテーブルに使い終わったお箸を置いて、手を合わせる。「ご馳走様でした」と声に出して、器とお椀を持つ。神代さんも終わったらしく、キッチンに二人で運んだ。
    シンクへ食器を入れて、水を出し軽く浸す。スポンジに洗剤を染み込ませてわしゃわしゃと泡立たせると、手があっという間に泡に包まれた。そのスポンジで食器を一つひとつ洗っていく。一通り洗って水で流すと、隣で神代さんがタオルを片手に待ち構えてくれていた。流し終わった器を手渡して、拭いてもらう。一緒にご飯を食べたあとの流れ作業。これが結構楽しくて、神代さんとのこの時間も好きだ。

    「お風呂は沸いているので、お先にどうぞ」

    軽く手をタオルで拭いて、神代さんにそう声をかける。
    その間に学校の課題をやってしまおう。今日出た課題は何だっただろうかと、ぼんやり考えていれば、とん、と肩に神代さんの体が当たる。隣を見上げると、少し高い位置から見下ろす神代さんが、月色の瞳を細めてオレを見つめていた。
    くん、と腰が引かれて、余計に体が神代さんと近くなる。

    「せっかくなら、一緒に入らないかい?」
    「……へっ…?!」
    「背中を流しながら、お互いの今日の話でもしようじゃないか」

    腰を抱くのとは反対の手が、頬をすり、と撫でる。
    ぶわわっ、と顔が熱くなって、慌てて顔を俯かせた。一緒に、というのは、お風呂の話だったはずだ。背中を流し合う、という事は、世に言う“裸の付き合い”というものだろう。確かに、温泉や銭湯に行けば普通の事なのだから、恥ずかしいことなんて無いだろう。
    無い、はずだが…。

    (か、神代さんと、なんて、無理だっ……!)

    大きな声が出てしまいそうになるのをなんとか飲み込んで、大きく息を吐く。
    付き合い始めてそれなりに経った。だが、お風呂に一緒に入ったことはない。神代さんが旅行に行きたいとたまに言っていたが、仕事の関係で尽く寧々さんに却下されているのも見た。一緒に住んでいるとはいえ、一緒に入る必要性もない。逆に浴槽が狭くて、オレと一緒では神代さんも落ち着いて入れないだろう。
    いや、問題はそこではない。

    (こ、恋人と一緒にお風呂なんて、破廉恥だ…!)

    この家の中では、神代さんとオレの二人きりなのだ。
    ただでさえ、神代さんはハグやキスを沢山してくれるのに、お風呂でもそんな事になっては逆上せてしまう。それに、神代さんの傍に居るだけでドキドキで死んでしまいそうなのに、浴室なんて狭いところに神代さんと入ったら倒れてしまうかもしれん。
    昼間見た神代さんの広告がパッ、と脳裏に浮かんで、ぼふっ、と更に顔が熱くなる。左肩を露出させて壁際に追い込む神代さんの真剣な顔。それが、浴室でオレに向けられているかのように勝手に脳内で変換された。
    いつもより低い神代さんの声音で、『天馬くん』と呼ばれることすら想像してしまい、ゾクゾクッ、と背を何かが駆け上がる。

    「天馬くん?」
    「ひょわッ…?!」
    「大丈夫かい? 顔が赤いようだけれど…」
    「な、ななななんでもないですっ…!!」

    心配して顔を覗き込んでくれる神代さんに、慌てて笑顔を取り繕う。ば、ば、と手を振って顔を逸らした。

    「その、や、やはり一人で入りたい、…です…!」
    「………そう…。無理を言ってすまなかったね」
    「いえ。課題があるので、お先にどうぞ」
    「…そうさせてもらうよ」

    誤魔化すようにそう言えば、神代さんがにこりと笑って返してくれる。すんなりと腕が離され、支えがなくなってほんの少しだけ体が後ろへよろけた。ひら、と手を振って浴室の方へ向かう神代さんを目で見送る。
    ぱたんとリビングの扉がしまったのを確認して、はぁ、と溜息を吐いた。ふらふらとリビングのソファーまで向かい、ぽすん、と腰掛ける。

    「………………絶対、神代さんに変に思われただろうな…」

    はぁ、ともう一度深い溜息がこぼれる。
    分かっているのだ。神代さんが誘ってくれたことに意図がないと。ただ、オレと話す時間を少しでも作ろうとしてくれているのだと。分かっている。分かっているのに…。

    (………神代さんに、触れられる事ばかり考えてしまう…)

    じわぁあ、と顔がまた熱くなっていく。
    ただ並んでお風呂に入るだけなのに、神代さんに抱き締められる事を、キスをされることを想像してしまうのだ。いや、良くされるから考えてしまうのも仕方ないかもしれないが。だが、神代さんにされるかもしれないと思うと、どうしても緊張してしまう。そんな状態で、一緒にお風呂になぞ入れる訳もなく…。

    「……うぅ、…恋人とは、難しいな…」

    その場にしゃがみ込んで、膝に頭を埋める。
    一刻も早く、こんな邪な気持ちは消し去らねば、と一人で必死に違う事を考えようと努力した。
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    Replies from the creator

    ナンナル

    DOODLE魔王様夫婦の周りを巻き込む大喧嘩、というのを書きたくて書いてたけど、ここで終わってもいいのでは無いか、と思い始めた。残りはご想像にお任せします、か…。
    喧嘩の理由がどーでもいい内容なのに、周りが最大限振り回されるの理不尽よな。
    魔王様夫婦の家出騒動「はぁあ、可愛い…」
    「ふふん、当然です! 母様の子どもですから!」
    「性格までつかさくんそっくりで、本当に姫は可愛いね」

    どこかで見たことのあるふわふわのドレスを着た娘の姿に、つい、顔を顰めてしまう。数日前に、オレも類から似たような服を贈られた気がするが、気の所為だろうか。さすがに似合わないので、着ずにクローゼットへしまったが、まさか同じ服を姫にも贈ったのか? オレが着ないから? オレに良く似た姫に着せて楽しんでいるのか?

    (……デレデレしおって…)

    むっすぅ、と顔を顰めて、仕事もせずに娘に構い倒しの夫を睨む。
    産まれたばかりの双子は、先程漸く眠った所だ。こちらは夜中に起きなければならなくて寝不足だというのに、呑気に娘を可愛がる夫が腹立たしい。というより、寝不足の原因は類にもあるのだ。双子を寝かし付けた後に『次は僕の番だよ』と毎度襲ってくるのだから。どれだけ疲れたからと拒んでも、最終的に流されてしまう。お陰で、腰が痛くて部屋から出るのも億劫だというに。
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