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    ナンナル

    @nannru122

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    ナンナル

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    メインディッシュは俳優さん以外テイクアウト不可能です!×× 2

    バイトさんがどれ程疎いかを悩んで進まなくなる( ˇωˇ )

    メイテイ!×× 2(類side)

    ぷくぷくぷく、と湯船に口を沈めてゆっくり息を吐く。
    シン、と静まり返った浴室に、溜息が反響した。

    「…………天馬くんと、進展しない…」

    先程の彼の反応を思い出して、もう一度溜息がこぼれる。
    ちら、と浴室の中を見渡すと、僕の使うシャンプーとは違う容器が並んでいた。天馬くんが使い慣れているものだ。シンプルなボトルに描かれた花のイラストは、女性向けにも見える。彼は妹さんと仲が良いので、選ぶのも妹さんと選んでいたりするのだろうか。もし妹さんが選んでいるのだとしたら、良い仕事だと褒めていたかもしれない。
    彼を抱き締める時にする、甘い匂いが好きだ。優しい匂いで、ついふわふわの髪に鼻先を埋めてしまう。彼を抱き締める時の、密かな楽しみの一つとも言える。特にお風呂上がりの天馬くんは本当に良い匂いがするので、寝る前のハグは離れ難くて仕方ない。いっそ寝室は同じにして、一晩中隣にいたい程だ。
    同棲初日に提案して断られてしまったので、諦めたけれど。

    「恥ずかしがり屋な天馬くんらしくて そういう所も好きなのだけど、もう少し触れ合っていたいと思うのは、僕だけなのかな…」

    何度目かの溜息が、浴室内に反響する。
    彼はついこの前十九歳になったばかりだ。まだまだ子どもであることも変わらない。対して、僕は二十九になったのだ。十も歳の離れた天馬くんと気持ちに差が出来てしまうのは仕方ないことだろうね。特に天馬くんはそういう事に疎いのだから。
    にこにこと笑う無邪気な天馬くんの顔が脳裏に浮かんで、もう一度小さく息を吐く。

    「……キスの時の息継ぎも全然上達しなくて、毎回苦しそうだし、まだまだ時間はかかるのかな…」

    自分で調べてくれてはいる様だけど、変化は特にない。キスをする度に少しづつ慣れてきたのか、最近は終わった後恥ずかしそうに視線を逸らすようになったくらいだろうか。前まで固まってしまっていたので、かなりの成長にも思える。まぁ、僕としてはもっと踏み込んで触れたいのだけど…。
    ぱしゃ、と湯船のお湯を掬って軽く顔を濡らす。十も離れた歳下の男の子に触れたい衝動を我慢出来ず手を出すなんて、さすがにかっこ悪くてしたくない。一年近くかけてゆっくりと距離を縮めてきたのだ。こんな事で“余裕のある大人”としての信頼を失うわけにもいかない。

    「…と言っても、交際を始めてから数ヶ月キス止まり、はさすがに焦れるかな…」

    それも触れるだけの優しいものだけなのだから、僕も良く耐えていると思う。更に、彼とは高校の卒業を機に同棲しているのだ。同じ屋根の下で、一緒に過ごす時間が多いのに、よく理性が持つものだ。なんの疑いもなく無防備な彼を前にして、理性が毎回オーバーヒート寸前までフル稼働だよ。

    「…………いくらなんでも、ここまで天馬くんにそういう知識が無いのはどうなんだろう…」

    歳の離れた恋人のこの先が心配になって、もう一度小さく息を吐いた。



    神代類、二十九歳。子どもの頃から芸能界で仕事を始め、現在も俳優を続けている。また、廃園となりかけた遊園地を買取り、オーナーとして再び人の集まる施設にするため計画を立てている所だ。
    そんな僕に最近出来た恋人は、十も歳の離れた男の子である。天馬司くん。元気で明るく優しい子で、夢は舞台で僕の隣に立つことだとはっきり言ってくれる可愛らしい子。お弁当屋『和んだほぃ』のバイトだった彼を好きになり、大人気なく猛アプローチをかけて漸く恋人になることが出来た。少し幼い部分はあるけれど、真面目な性格の為真っ直ぐ僕と向き合ってくれる。そんな愛おしい恋人。

    (…なのだけど……)

    髪をタオルで拭きながらリビングへ入ると、真剣な顔で課題に取り組む天馬くんがいる。僕にまだ気付いてないのが彼らしい。側まで近寄って彼の手元を覗き込むと、演技についての課題のようだ。
    じっと課題の文を読み込んでいるらしい天馬くんに、つい口元が緩んでしまう。

    「分からないところがあるのかい?」
    「のわっ、…、か、神代さんっ……?!」
    「分からない所があれば、僕が教えるよ?」
    「あ、ありがとうございます…」

    赤い顔を逸らして、天馬くんが視線を泳がせる。少し驚かせてしまった様だ。彼の正面に腰を下ろして、ちら、と時計を見る。今日は少し早めに帰れたので、彼が寝るまでもう少し時間はありそうだ。課題は残り半分ほどの様なので、そこまで時間はかからないだろう。
    もう一度彼の方へ目を向けると、気持ちが少し落ち着いたようで、ぎこちなくへにゃりと笑ってくれた。

    「先にお風呂に入っておいで。その後で、一緒に課題を片付けてしまおうじゃないか」
    「は、はいっ…!」

    大きく頷いた彼は、持っていたペンを筆箱にしまった。軽くテーブルの上を片付けた天馬くんが、僕に一言声をかけてから浴室の方へ向かっていく。その後ろ姿を目で見送って、僕はテーブルに突っ伏した。

    「…………………………抱きたい…」

    はぁ、と大きな溜息がリビングに落ちる。
    天馬くんと同棲を始めて数ヶ月。日々彼の可愛らしさに悩んでいる。というのも、天馬くんは良い意味で“無知”だ。キスの仕方ですらどこか曖昧で、それ以上の事を理解しているかも危うい。
    ついこの前も、キスをしながら彼の腰に手を回して引き寄せるまでは良かったのだけど、その後手を少し上へ滑らせたら擽ったそうにくすくすと笑っていた。『擽ったいですよ』と笑って僕から少し距離をとる彼があまりにも子どもらしくて、なんとなく気分が逸れてしまい、その日はキスで終わったのだ。なんというか、彼のそういう所も好ましい。けれど、さすがに愛おしい恋人を目の前に手を出さない、なんて無理な話だ。
    それもやっと思いを交わして同棲まで持ち込んだのだから、尚のこと。

    「恥ずかしがるどころか、警戒すらされていないのは、ある意味信頼されている、ということかな……」

    そんな彼からの信頼も、彼に抱く邪な気持ちがあるから良心が痛むけれど。
    むしろ、健全な男子高校生ならもう少しそういった事に興味を持つものではないのだろうか。天馬くんは少し普通とは違うというか、変わって入ると思う。そういう所も可愛らしいのだけど、それが悩みというか…。彼は僕に触れたいとは思わないのかな。大体されるがまま、という感じだけど…。

    (……もしかして、そういう事には興味が無いのかな…)

    恋人とはキスまでだと思われているとか? それとも、同性ではこれ以上発展しないと思っている? いや、天馬くんの事だから、それ以前にキスまででいっぱいいっぱいなだけな気がする。その先を考える余裕が無いのだろうね。うん、多分そうだ。そうでなければ、避けられてるんじゃないかと疑いたくなってしまう。
    まぁ、天馬くんが僕を特別に思ってくれているのは分かるので、それだけはないと思うのだけど…。
    もし彼の気持ちが追いつかないだけなのなら、待った方が良いのだろうね。ゆっくり彼の気持ちが追いつくのを。それこそ数年待つ覚悟で。余裕のある大人として、歳下の子に合わせるべきだろう。

    「……………………無理じゃないかな…」

    自分で思っていて、遠い目になってしまう。
    そもそも、現時点でこんなにも触れたいと思っているのに、数年は長すぎる。恋人になる前ならゆっくり気持ちを揃えていこうと思えた。けれど、彼とは恋人になったのだ。彼の方からも“愛”を返されて、朝と夜を共にしている。僕としては片時も離れたくない程彼を愛していて、天馬くんもそれに応えようとしてくれているのだ。恥ずかしがり屋の天馬くんが、抱き締めればおそるおそる抱きしめ返してくれて、キスをすれば逃げずに目を瞑ってくれる。
    そんな愛おしい恋人を前に、手を出さずにいられるわけがない。

    「…撮影が始まったら数日会えなくなってしまうし、今の内に少しでも先に進みたいのだけどね……」

    にこにこと『留守は任せてください』と笑った天馬くんを思い出して、溜め息がまた零れる。
    天馬くん、全然寂しそうにはしてくれないんだよね。同棲についても、僕が約束を押し付けたようなものだから、仕方ないのかな。彼は今までのようにたまに会うだけでも満足出来たのかもしれない。結局、こんなにも触れたいと思うのは、僕だけなのだろうね。
    もしかして、彼だけではなく、最近の男子高校生はこんなにも欲がないのだろうか…?

    「いや、天馬くんが特別な気もするかな…」

    はぁ、ともう一度息を吐いて、机に突っ伏す。
    浴室の方から聞こえる水の音が、やけに大きく聞こえて、落ち着かない。一緒にお風呂に、というのは少しあからさま過ぎただろうか。何も無理強いをするつもりは無い。ただ、逃げ場のない空間でそれとなく距離を縮められればと思っただけだ。分かりやすい触れ方をすれば、彼も多少は意識するのではないか、と。そんな淡い期待を抱いてのお誘いだったのだけど、逃げられてしまった。
    さすがにあからさまな誘い方で警戒されたのかもしれない。それなら、最低限には意識されているのかもしれないと安心できるのだけど…。

    「……気恥ずかしくて頷けなかった、という理由がありそうで、逆に心配になるのが天馬くんなんだよね…」

    僕の下心がバレて警戒されているのなら、その辺りの知識も多少はあるのかもしれないと思えるけれど、単純に心の準備が、と言われかねないのが天馬くんだからね。あと数回お誘いしたら、『喜んで』と誘いに乗られそうで心配になる。疑問も違和感も感じずに、言われるまま受け入れてしまいそうな程、彼は素直だからね。ある意味信頼されているということかもしれない。だけど、僕としては、その幼い恋人に触れたいのだ。
    はぁ、と何度目かの溜息を吐いて肩を落とす。そこで ふ と、水の音が止まっているのに気付いた。扉の開く音がして、リビングに天馬くんが入ってくる。普段はふわふわの髪が濡れてぺったりとしているのが可愛らしい。

    「おかえり、天馬くん」
    「…た、只今、上がりました…」
    「ふふ、それじゃ、課題の続きをしようか」
    「はい」

    とん、とん、と指でテーブルを突いて正面の席を促せば、天馬くんが視線をさ迷わせながらおずおずと座る。その頬が赤く染まっているのが、可愛らしい。湯上りだから、はたまた照れているのか。にこにこと彼の様子を見ていれば、ちら、と僕を見て目のあった天馬くんがへにゃりと笑う。釣られて、僕も更に表情を弛めた。

    (………抱き締めたい…)

    目の前の可愛い恋人の姿に、思わず手がぴくっ、と反応してしまう。今手を出すわけにもいかず、机の下でギュッ、と拳を握り込んだ。
    彼が僕の家に住むようになって、こういう衝動が増えた様に思う。というのも、そう思わせる態度を彼が度々するからだ。恥ずかしそうに視線をさ迷わせたり、そわそわとするのも可愛らしいけれど、時折目が合うとこうやって気の緩んだような表情を向けてくれる。僕の事を好きだと言わんばかりの顔をされるのだ。抱き締めたくなるに決まっている。加えて、逃げないのだから彼も悪い。近付いても身体を固くするだけで逃げようとはしない。キスにだって素直に応じてくれる。そんな事をされては、もっと先までを望まないはずがない。
    その先を、彼は理解出来ていなさそうなので、困っているわけだけれど…。

    「ここで悩んでいるのかい?」
    「はい。ここの表現が…」
    「そこは、こうしたらどうかな」
    「…あ、それは面白いですね…!」

    彼の課題を覗き込んで、僕に出来るアドバイスをしてみる。彼なりに回答するのが大事なので、ほとんど見ているだけにはなるけれど、こういうのは少し面白い。真剣な顔で課題に取り組む天馬くんも新鮮で、見ていて飽きないしね。
    にこにこと彼の顔を見つめながら、ゆっくり過ごすこの時間も、結構好きだったりする。そうしていれば、時間もあっという間に過ぎて、彼の課題も全て片付いた。ふぅ、と一つ息を吐く天馬くんがテーブルの上を片付け始めたので、僕も椅子を立ち上がる。ソファーの方まで行って腰をかけ、一通り片付け終わった天馬くんの名前を呼んだ。
    パッ、と顔を上げた天馬くんが、きょとんとした顔で僕を見る。

    「お疲れ様」

    両手を広げて、優しく微笑んで見せれば、天馬くんが息を飲んだのがわかる。じわぁ、と彼の頬が赤く染まって、何故か周りをきょろきょろと見回し始める。そうして、大きく息を吸ったかと思えば、ゆっくりこちらに近寄ってきた。目の前まで来た彼が、一瞬躊躇って、けれど吸い込まれるように僕の腕の中に身体を預けてくる。寄り掛かるように正面から抱き締められに来た天馬くんが、恥ずかしそうに目をぎゅっと瞑るのが見えて、胸の奥がきゅぅ、と音を鳴らす。

    (か、わいい…)

    お望み通りギュッ、と強く抱き締めて、彼の身体を更に引き寄せる。片手で軽く足を持ち上げて膝に座らせ、胸元はぴったりくっつけた。先程より顔の赤くなった天馬くんの首元に額を擦り付けて、少ししっとりとした髪に手を差し込む。梳くように撫でながら、すぅ、と息を吸い込むと、彼が普段使うシャンプーの匂いがした。
    恥ずかしがり屋な天馬くんだけれど、僕がこうやって『おいで』と態度で示すと、毎回逃げずに来てくれる。困った様に眉を下げて、けれど、抱き締めた後は彼の方からも抱き締め返してくれるのだ。可愛い可愛い恋人に、つい口元が緩んでしまう。うりうりと額を擦り付けていれば、擽ったかったのか、天馬くんがもぞもぞと身じろいだ。小さな声で、「か、みしろさん…」と弱々しく名前が呼ばれる。

    「くすぐったい…?」
    「っ、……ん…」

    こくこく、と小さく頷く天馬くんの首に一つ口付けて、ぢぅ、と強めに吸う。ビクッ、と肩を跳ねさせた天馬くんが、僕の背に回した手に力を入れた。紅く色が付いたのを目で確認して、彼の首から顔を離す。髪を撫でながら、赤くなった耳の縁に口付けると、困った様な声で、名前を呼ばれた。態と彼に聞こえる様に、ちゅ、ちぅ、ちゅ、とリップ音をさせる。じわぁ、と肌の色を更に赤くさせた天馬くんが、逃げようともぞもぞ身動ぎ始めた。弱々しく首が左右に振られ、僕の肩口に顔を押し付けてしまう。恥ずかしさに耐え切れなくなってしまったらしい。
    それがまた可愛らしくて、つい くすっと笑ってしまった。

    「…わっ、……」
    「もう少し、付き合ってくれるかい?天馬くん」

    彼の後頭部に手を添えて、そっとソファーに押し倒した。僕を見上げる天馬くんが、きょとん、と目を瞬く。赤い頬を指の背で撫でると、柔らかかった。ふに、ふに、とその柔らかい感触を楽しんでから、反対側の頬に口付ける。「ひぅ、…」と不思議な声が彼の口から零れた。肩をビクッ、と跳ねさせて、白い手が僕の腕をそっと掴む。伺うように琥珀色の瞳が僕を映し、小さな口がきゅ、と引き結ばれる。
    期待する様な瞳に、ゾクッ、と背が震えた。

    「……………触れるね、司くん」
    「っ、…………」

    こういう時にしか呼ばない彼の下の名前を呼べば、こくこくと首が縦に振られる。頬に手を添えて、ゆっくり親指の腹で綺麗な唇をなぞった。しっかりと引き結ばれた唇は、簡単には開かなそうだ。それが少し残念な様な、彼らしくて可愛らしい様な複雑な気持ちのまま僕の唇を押し付けた。固くなった天馬くんの身体に、つい笑ってしまいそうになる。そう緊張してほしくはないけれど、これはこれで良い。重ねた唇を一度離し、もう一度触れ合わせる。柔らかい感触が気持ちよくて、唇で彼のそれを柔く食んだ。ぴく、と天馬くんの肩が跳ねて、震える手がぎゅ、と袖を握り締める。
    もう一度、一度離した唇を押し付けると、「ん、」と甘える様な声が聞こえた。

    「……っ、は…」
    「…大丈夫かい?」
    「…………は、ぃ……」

    ゆっくり唇を離すと、天馬くんが止めていた息を吐き出す。少し苦しかったのか、目にうっすらと涙が滲んでいて、思わず ごくん、と喉を鳴らした。呼吸を必死に整える姿から目を逸らし、時計を見やる。そんなに時間は経っていない。そんな事をぼんやりと確認している間に、天馬くんも呼吸が少し落ち着いたらしい。「神代さん」と小さく名を呼ばれ、視線を彼に戻した。

    「…もういっかい、……したい、です…」
    「そうだね」

    彼の頬を撫でて、額を触れ合わせる。じんわりと熱を持つ頬が、ぷく、と膨らんで、彼が唇をしっかりと閉じた。息を止めたらしい天馬くんに くす、と小さく笑ってもう一度口付ける。触れるだけのキスを何度も。唇の角度を少しづつ変えて、お互いの熱を混ぜていく。天馬くんの手が震え始めたのをちら、と見て、口を少し開いた。覆うように唇を重ね、舌先でそっと彼の唇をなぞる。ビクッ、と肩を跳ねさせた天馬くんが、一層強く唇を引き結んだ。閉じられた唇の境目を、ゆっくりと舌先で辿る。そのまま片手でそっと彼の腰に触れた。シャツの裾から手を差し込んで、彼の肌に直接触れる。しっとりとした肌の感触が掌に伝わってきて、気持ちがいい。
    すす、と掌をゆっくり上へ滑らせれば、天馬くんがもぞもぞと身体をよじらせる。

    「ふ、ぅ……ん、…んん………」

    ぱし、ぱし、と彼の手が弱々しく僕の胸元を叩き始めた。離れてほしいという合図だろう。けれど、ここで離れては、いつまで経っても先に進める気がしない。

    (……もう少し、だけ…)

    つぃ、と脇腹を通り過ぎて、胸の方へ手を這わす。最近鍛え始めたと本人は言っていたけれど、まだ彼の体は柔らかい。ちゅぅ、と閉じた唇を軽く吸って音を立て、彼の胸元に掌を乗せる。擽ったいのか、細い腰が左右に捩られ、彼の足先がソファーを蹴った。ぽす、ぽす、と後ろから音がする。「んんぅっ…」と彼の声が大きくなり、僕の胸元を叩く手の力も少し強くなった。
    もう一手、と舌先を彼の唇の割れ目に ぐっ、と強めに当て開かせようとした所で、どん、と強く胸元が押された。

    「…っ、は……、…はぁっ、…はっ……、はぁ…」
    「……ぁ…」
    「……っ、…ちょ、…と、……まって………っ、けほ……、…」

    ぜぇ、ぜぇ、と肩で息をする天馬くんの顔は真っ赤で、苦しそうに酸素を必死で取り込んでいる。夢中でキスをしてしまって、彼が苦しくなっている事に気付かなかった。彼の服から手を抜いて、起き上がらせ、正面からそっと抱き締めるようにしても垂れさせる。そのまま とん、とん、と背中を軽く叩くと、彼の腕が背に回された。
    ぎゅぅ、と抱き締める手が力強くて、申し訳ないという罪悪感に襲われる。

    「すまなかったね」
    「…だ、ぃじょうぶ、です……」
    「今日は、そろそろ時間だから寝た方がいいね」

    嘘だ。時間はいつもより早い。けれど、これ以上彼と一緒にいれば、また手が出かねない。漸く呼吸が落ち着いてきた天馬くんが、僕の胸元に顔を押し付けている。怖がらせてしまったのだろうか。小さく震える手が、ぎゅぅ、と一層強く僕を抱き締めてくれる。その背を優しく撫でると、ビクッ、と彼が肩を跳ねさせた。
    今日はここまでかな。小さく息を吐いて、彼の髪にそっと口付ける。

    「明日は遅くなるから、先に寝ていておくれ」
    「…は、ぃ……」
    「週末は時間を作るから、どこかへ出掛けよう」
    「………ん…」

    とろん、とした顔で寄り掛かる天馬くんが、小さく頷いた。
    疲れさせてしまったようで、申し訳ない。ちゅ、ちぅ、ちゅ、と彼の額や頬に何度か口付けて、その細い体を抱き締める。そうしていれば、くん、と彼の手が僕の服を引いた。
    顔を向けると、困ったように眉を下げた天馬くんが視線を泳がせる。

    「……その、………あと、一回だけ、…キス、したぃ、です…」
    「…ふふ、いくらでも」

    そんな可愛らしいお願いに、つい口元が緩んでしまう。
    頬に手を添えると、ビクッ、と彼の肩が跳ねた。そわ、そわ、と僕より小さな身体が揺れる。彼の頬が膨らんだ事が掌に伝わり、それを合図にそっと唇を重ねた。ふにふにとした感触を楽しみながら、ゆっくり唇の角度を変えて触れ合わせる。今日はもう、触れ合わせるだけ。彼のペースに合わせて、一つひとつ進む方が良い。下腹部に集まった熱は見て見ぬふりをし、もう一度唇を重ねた。とろん、と彼の表情が溶けて始めたのを見計らって、唇をそっと離す。
    はふ、と軽く息を吐いて、気持ち良さそうに目を細めた天馬くんが、僕の胸元に顔を埋めた。

    「………ん、…」
    「ふふ、気持ちよかったかい?」
    「…ん……」

    こく、こく、と首が小さく縦に振られる。腰が抜けたのか、足が震えている様だ。このままでもいいけれど、僕の理性が持ちそうにない。無防備に身体を預ける天馬くんが可愛らしい。そんな彼を見て沸き上がる邪な気持ちを、はぁ、と息と一緒に吐き出した。
    細い身体を抱え上げ、ソファーを立つ。

    「…ぇ、…あ……」
    「部屋の扉、開けていいかい?」
    「だ、大丈夫、です……」

    彼の了承を得てから、天馬くんの部屋の扉を開く。きぃ、と音を立てて開いた扉の先は、灯りがついていなくて暗い。ぱち、と電気をつけると、綺麗に整理された部屋が視界に映る。そのまま天馬くんのベッドへ近寄り、彼の体をそっとシーツの上へ下ろした。きゅ、と袖を掴む天馬くんが、伺う様に僕を見上げる。
    それにひとつ笑って返し、彼の頭を撫でた。

    「今日は無理をさせてすまなかったね」
    「いぇ、…あれは……」
    「明日はいつもより早く出るから、お弁当はいらないよ」
    「………そぅ、ですか…」

    ちぅ、と彼の前髪を軽く分けて額にキスをする。
    そっと彼の手を袖から掬うように外し、指先で優しく手の甲を撫でた。僕より小さくてやわらかい、白い手。今度出かける時は、手を繋いで歩きたいな、とぼんやり考えながら手を離した。ぽん、と彼の頭に手を置いて、もう一度その髪を撫でる。
    赤い顔で見上げていた天馬くんが、そっと視線を横へ逸らした。

    「……ぉ、やすみ、なさい…、るい、さん…」
    「おやすみ、司くん」

    へにゃり、と可愛らしく笑う天馬くんに、僕も笑みを返す。慣れない名前呼びが恥ずかしいのか、彼がそわそわしていて、それがまた愛らしい。立ち上がって、部屋の扉を開いた。出る際に、ぱち、と部屋の電気だけ消して、その扉を閉める。
    はぁ、と大きく息を吐くと、肩から力が抜けた気がした。

    「……………物足りない…」

    零れた子どものような我儘に、もう一度溜息を吐く。
    一生懸命僕に合わせようとしてくれる天馬くんが可愛い。恥ずかしそうに愛を返す彼が愛おしい。どこか幼さの残る彼が好きで、そこが天馬くんの良いところでもある。男に慣れているよりずっといい。
    いいはずなのだけれど、僕に邪な気持ちが全く無いわけではない。

    「………はぁ、…」

    ふらふら、とトイレに足を向ける。下腹部に集まった熱をどうにかしないことには、落ち着かないだろう。こんな汚れた大人の姿を、彼に見せるわけにもいかない。というより、彼はそういった欲を持つのだろうか? キスだけで精一杯になる彼を見ていると、心配になってしまう。一度彼に性教育を教えた方が良いのではないか、と。

    (…そんな事をしたら、間違いなくこの邪な気持ちもバレてしまうかな……)

    はぁ、と溜息がまた零れる。トイレの扉を開き、中に入った。脳裏に浮かぶ天馬くんは、キスだけで満足そうに笑うのだ。それは可愛らしい。可愛らしいけれど、同じ男としては心配になる。

    「………まぁ、彼に合わせて、ゆっくり、かな…」

    結果、まだ彼に無理はさせたくないという結論に至り、淡々とこの気持ちの処理に手を伸ばした。
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