改めて 火花の爆ぜる音で目を覚ます。暗い中に瞼を持ち上げれば先に起きていた浮竹が振り返る。
「よう。年明けてたな」
「……そうみたいねえ。お帰り、七緒ちゃん」
「ただいま戻りました。あけましておめでとうございます」
三人揃って頭を下げたところでまたパチリパチリと音が鳴る。蝋燭を神棚に上げると浮竹が腹の虫を鳴らすので、二人して笑いつつ、京楽は襷を探す。浮竹が雨戸を開けて回るので家中が賑やかになる。伊勢が先に台所へ入ってくれるので寝巻きに褞袍を引っ掛けると袖を片付けて後を追う。ちょうど、簡易コンロに残りの火をくれたところであった。夜道を共にした縄を水に漬けると伊勢は場所を譲る。京楽は代わりに頭芋や餅を取り出して、正面に立った。
「七緒ちゃんはお餅、幾つ食べるかな」
「ひとつでお願いします」
「足りるかい? ふたつじゃなくて平気?」
「俺は四つくれ」
「君は食べ過ぎだよ。ああ、もう。四つ目を、七緒ちゃん、半分にして貰うかい?」
「お前は三つだろ。俺は四つ」
「そんなに食べないよ、僕」
「では三つ目を分けていただけると」
諦めて餅の袋を渡して人参と大根と芋を相手にする。伊勢は手を洗いに一度消えて、代わりに着替えた浮竹が顔を出す。
「お椀が小さい」
「君ねえ。一旦、ふたつにしておきなさいよ。硬くなるよ」
「二度も作るのは面倒だろ」
「御節もあるよ?」
廊下から伊勢が呼ぶ。重箱の置き所が悪かったらしく、鼻息を荒くして浮竹が飛んで行くのを置いた本人がと苦笑で見送る。それから、思い出して叫ぶ。
「ふたつは茹でて、ふたつは焼く。これでどうだい」
賛同の声と共に浮竹が戻って来るので無用な餅は戻してしまう。丸餅のほかに角餅も袋で用意されているのは知っている。無闇に食べる男はいるが所詮は餅、菜物の方が食べさせたいし、何よりここからまた何処ぞで突いてきただの撒いたものを貰ってきただのと増えるのだから、何も朔日から食べる必要はなかろう。
大根を亀甲型にしてやろうとも考えたが鼻息荒さに根負けして、輪切りのまま放り込むと一時的に番を任せて京楽も着替えることにする。伊勢に褞袍を巻き取ってもらうと、そういえばと彼女は頬に手を当てる。
「射場さんにお会いしまして。山本道場は五時から歓迎してくれるそうですよ」
「……年寄りは、朝が、早い」
「またそんなことを。それで去年は夕方に伺って、たいそうお小言をいただいていたかと」
「お爺ちゃんの話は長いものだよ。それに、七緒ちゃんは今日はお友達と遊ばないのかい?」
「乱菊さんと、昼に。雛森さんは明日ですね」
「でしょう。ならお友達と遊んでから顔を出せばいいよ。僕も呑んでから行くし」
呆れ顔の伊勢の後ろから食べ頃を問う声が聞こえてきて、二人してまた笑いながら台所へ戻る。伊勢は重箱の配膳に、京楽は雑煮の仕上げに、浮竹は屠蘇の支度に入れば、常より早い食卓はすぐに整う。火を弱くして七輪に移してやってから互いに頭を下げ、手を合わせる。
「最後にをけら火を貰いに行ったのっていつだ?」
「昇進してから行ってないと思うから、結構昔じゃない? 寒いし眠いし」
「眠いどころかやちるちゃんが貰った縄を振り回していまして。斑目さんと綾瀬川さんが必死に止めていましたよ、甘酒を上げるまでもう元気で」
「元気と言えば、清音が餅は小さく千切ってからとうるさくてな」
「だから小椿くんにもらった角餅は賽子大なのね……」
「六車さんのところは朝から餅を作るそうで。檜佐木さんは徹夜になるとかなんとか」
「む。なら、顔を出さないと」
「いま四つ目食べたよね……? ああほら、その伊達巻きは七緒ちゃんのだよ。七緒ちゃんも蒲鉾は、金団も食べなさい」
餅が硬くなると浮竹が箸を置く。たかが三人に重箱が四段分もあったというのに祝い肴から煮物まで満遍なくもう半分ほどまで減っていて、毎度のことながら何をどう足そうかと思案しつつ、京楽も箸を置く。伊勢も満腹だと箸を置いた。
「いかん。伊勢、御年玉をやろう、おいで」
「お二人とも珈琲は飲まれますか? いつもの玉露もありますよ」
「御年玉……」
「ボクはお茶がいいなあ。あと、戸棚の左の引出しに羊羹あるよ。小さいけれど五種類はあったかね。独り占めにしちゃいなさい」
蛇のように付け狙う浮竹の襟足を捕まえると出かける支度を始めてしまう。着込んだところで湯呑みを出してもらい、忘れていたと厠に飛び込んだり襟巻きに気を取られたり、表通りからひとの声が聞こえる頃になってようやく腰を上げた。伊勢も鎮火済みの縄を飾らなくてはと腰を上げる。
「お昼過ぎになると思うから。戸締まりはしてあるから、寝てなさい」
「早めに起きたら六車のところにおいで、そこにいなかったら元柳斎先生のところだ」
「お二人とも、お気をつけて」
通りに出れば早速凧の群れが見える。
「日番谷に教えてやってないな。会ったら教えてやろう」
「日番谷クンは凧より独楽の方が好きそうじゃない?」
「お前だろ、それは」
「白哉クンにも教えたじゃない。忘れた?」
「あいつなあ。やればムキになるのに、やるまでが長い。付き合いの良い俺たちで良かったよ」
京楽が曖昧な笑みを浮かべているうちに当の朽木が兄妹に舎弟もとい義弟まで揃っているのが見えて、浮竹は大きく手を振り、彼らを呼ぶ。白哉の顔を顰めるところが見えて京楽も笑って、浮竹の手を離す。ずんずんと浮竹は彼らに寄っていき、ひと混みに阻まれた白哉が早速捕まる。ルキアや阿散井の懐が早速分厚くなるのをゆったり追いついた京楽は止めてやる。
「そうだ。京楽、肉を煮たのがあったろ。あれはいつ食べられる」
「……仕込んだボクが忘れてたよ。君の食い意地には感謝するね」
「え。京楽さんて、肉、忘れられるンすか」
「こら恋次! 失礼だぞ!」
「何を言うか朽木。肉だぞ、失礼なのは京楽だ」
「君も忘れていたでしょうに……」
見れば白哉の懐も菓子にまみれていて、苦悶の相を浮かべる寸前で固まってしまった彼を京楽はさてどうしたものかと眺める。更木のところから草鹿が来ていれば話が済むだろう、しかし彼と更木が会えばまたひと波乱になろう。そう懸念しているうちに鞠より弾む童女の声が聞こえて京楽は慌てて道を開けた。そして白哉の目が通りを捉えるより前に華やかな桃色をした頭が飛び込んでくる。勢いよく跳ね回るので白哉はその襟足をなかなか捉えられない。保護者はと探せばげっそりとした顔の斑目と綾瀬川の奥に欠伸する更木が見える。徹夜でも元気なのは草鹿だけらしい。
きゃあきゃあと喧騒の中心に捩じ込まれればひとの寄って来るもので、平子たちの騒々しい