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    下町小劇場・芳流

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    ⑵2021.12.11「不死身の長兄」web拍手お礼画面②
    不死騎団長就任式

    #ダイの大冒険
    daiNoDaiboken
    #ヒュンケル
    hewlett-packard
    #不死身の長兄
    immortalEldestBrother

    2021.12.11「不死身の長兄」web拍手お礼画面② ヒュンケルが書斎で報告書を作成していると、不意に、その部屋の扉がノックされた。
     ここは魔界に設けられた屋敷の一つ。
     ヒュンケルは、数年前にこの屋敷と使用人たちを与えられた。そして、師でもあり上司でもあるミストバーンから指示された任務に当たる日々を送っていた。その任務の大半は、反乱の目を摘む鎮圧行為や、領内における領民同士のトラブルの制圧などであり、平時には、任された一軍の訓練を指揮するなどしていた。
     この日もまた、ヒュンケルは、先日出向いた反乱の鎮圧について、報告書を作成していたところであった。
    「入れ。」
     ヒュンケルは、短く入室を許可した。
     すると、そこには、彼の執事の姿があった。
    「失礼いたします、ヒュンケル様。」
    「モルグか。どうした。」
    「・・・それが・・・。シャドウ様がお見えです。」
    「なんだと?」
     ヒュンケルが眉をひそめていると、無遠慮に、モルグの奥からシャドウが姿を現した。シャドウは、ミストバーンの腹心だ。
    「入るぞ。」
     シャドウは、そういうよりも早く、ヒュンケルの書斎の中に足を踏み入れた。
    いや、その表現は適当ではなかった。シャドウには足がなかったからだ。
     シャドウは、ヒュンケルが許可を与える間もなく、モルグの腕の上の隙間をとおり、無遠慮にヒュンケルの書斎の真ん中に姿を現した。
     ヒュンケルは、椅子から立ち上がると、不愉快そうに、シャドウを見据えた。
    「何の用だ。
     鎮圧の報告なら、追って出向く。
     まだ報告書も上がってはいない。」
     ヒュンケルはシャドウを牽制したが、シャドウは、それを歯牙にもかけない様子で、あしらった。
    「いや、鎮圧の報告などあとでよい。」
     ヒュンケルは、いっそう不愉快気に眉をひそめた。
     だが、シャドウは、それを気に留めるでもなく、己の任務を遂行しようとしていた。 シャドウは、無機質な声で、淡々とヒュンケルに告げた。
    「ヒュンケル、大魔王バーン様からの勅命だ。」
    「・・・なんだと?」
     あげられた名に、ヒュンケルが上ずった声をあげた。滅多に耳にすることもない名が、シャドウの口から告げられた。
     見ると、モルグが、すでに、手に書面を丸めたものを持っていた。
     おそらく、シャドウに渡されたものだろう。モルグ自身も戸惑った様子で、シャドウの様子を気にしながら、それをヒュンケルに手渡した。
     ヒュンケルは、モルグから受け取ったものに目を落とした。
     それは、丸めた羊皮紙だった。
     厚手の上質な羊皮紙をくるくると筒状に丸め、それに封緘紙をかけて止めていた。その綴じ目には、封蠟が押されていた。そこに刻印された印章は、まぎれもなく、大魔王バーンのものであった。
     ヒュンケルは、羊皮紙とシャドウをかわるがわる見比べた。だが、シャドウの表情に変化はなく、その意図は読めなかった。
     仕方なく、ヒュンケルは、封蠟を外した。丸められた羊皮紙を、縦にして開いた。
     すると、そこには、流麗な筆跡で、ただ一文だけが記されていた。
    「ヒュンケル。大魔王バーン様の勅命である。
     新生魔王軍、不死騎団長に任命する。」
     シャドウは、そこに書かれていた文章を知っていたのであろう。ヒュンケルがさっと目を通すのとほぼ同時に、そこに書かれていた一文と同じ文章を読み上げた。
     ヒュンケルは、シャドウを問いただした。
    「・・・どういうことだ。」
    「書かれた言葉以上の意味はない。
     この度新しく設立される魔王軍において、その一軍を司る軍団長にお前を命じるというものだ。
     人間のお前には、身に余る栄誉。謹んでお受けするがいい。」
     ヒュンケルがなおも反論しようとすると、シャドウは漆黒の右手を上げて、言葉を制した。
    「よもや、断るつもりはあるまいな。お前にその選択肢はない。
     それにだ。」
     シャドウは嘲笑するような声色で、言葉をつづけた。
    「一兵士では、勇者討伐の大命など下されるわけもあるまい。
     軍団長となれば、お前の望む勅命も与えられるのではあるまいか。」
     ヒュンケルは、言葉に詰まった。
     見透かされていた。
     ヒュンケルが目指していた、勇者への復讐。
     だが、大魔王バーンにとっても、かつて、魔王ハドラーを屠った勇者アバンの討伐は、成し遂げるべき目標の一つであるはずだ。
     ミストバーンの部下にすぎない今のヒュンケルの身分では、そのような大命など与えられるはずもなかった。
     シャドウは、無機質な声で、淡々とヒュンケルに告げた。
    「任命式は、7日後だ。それまでに、準備を滞りなく進めるように。」
     それだけを告げると、シャドウは、ヒュンケルの書斎から出ていった。
     あとには、釈然としない表情のヒュンケルと、主の様子に戸惑ったモルグが残されていた。
     ヒュンケルはモルグに尋ねた。
    「モルグ、詳細は聞いているか?」
    「は、はい。」
    「話せ。」
     モルグは頷くと、報告を受けたばかりの情報を自身の主に説明した。
    「はい。
     大魔王バーン様の下、新生魔王軍が結成されるというお話は、文書で回ってきました。
     なんでも、大魔王様配下の魔族やモンスターを六軍に分け、それぞれ、軍団長を置かれるということです。
     暗黒闘気のモンスターやアンデッドモンスターは、初めは、これまで通り、ミストバーン様が指揮されるとのお噂がございましたが、これを二つに分けることになったとのこと、そのうちの一つが、アンデッドモンスターで組織される不死騎団となる、と伺っております。」
    「・・・そこに俺が置かれるということか。」
     ヒュンケルは、大きく息を吐いた。
     魔界での地位が上がる、というのは、彼の目指す勇者アバンへの復讐という高い目標からすれば、喜ばしいはずのことであった。
     だが、今のヒュンケルには、素直にそう感じられなかった。それは、何より、大魔王バーンの意図が読めなかったからだ。
    ―なぜ、人間の俺を、それもアンデッドモンスターの軍団長に・・・?アバンの討伐の可能性という餌まで吊り下げて・・・?
     ヒュンケルが眉根を寄せたまま、思索に暮れていると、モルグが遠慮がちに声をかけてきた。
    「ヒュンケル様、よろしいのでしょうか?」
    「何がだ。」
    「ご承知のとおり、アンデッドモンスターは、他のモンスターに比べ、地位が低うございます。この屋敷にも、ミストバーン様よりヒュンケル様のお側仕えを命じられたアンデッドモンスターが多くおりますが・・・不死騎団、ともなれば、おそらくは、六つの軍団の中で最も劣位。
     ヒュンケル様のお立場にも差し障りますかと。」 
     モルグは、申し訳なさそうにヒュンケルに尋ねた。何より、モルグ自身が、アンデッドモンスターだったからだ。
    「もとより、人間の俺にこの魔界で大した地位が望めるとも思わん。
     それでも軍団長の一人となるのであれば、それは、確かに栄誉、と言えるのであろうな。」
     その言葉に、モルグは確信した。
    「・・・お受けするのですね。」
    「断る選択肢などないであろう。」
     だが、そう言いつつもヒュンケルの表情は曇ったままであった。彼自身が、不死騎団長への就任を、喜ばしいと思っていないことは明らかだった。
     モルグもまた、神妙な顔をしていた。
     だが、彼はすぐに表情を明るいものへと変えた。モルグは、ヒュンケルの心情を慮り、必要以上に明るい声を出した。
    「そうでしたら、このモルグ、精いっぱいご準備に当たらせていただきます。
     ご列席のどなたにも、ヒュンケル様が一目置かれますよう、腕によりをかけて、ご装束から装備に至るまで、一流の品々をご用意させていただきましょう。」
     ヒュンケルも、表情をやわらげた。この側近の執事が、自分を気遣っていることはよくわかっていた。
     モルグは続けた。
    「ヒュンケル様は、男前でいらっしゃいますからね。わたくしめも、腕の見せ甲斐があるというものです。」
     モルグの意気込みに、ヒュンケルは苦笑するほかなかった。

     ヒュンケルは、寝室に入ると、寝台に腰を下ろした。そのままうなだれて、大きく息を吐いた。
     不死騎団長に任命する。
     この勅命により、ヒュンケルは、ミストバーンの一部下から、大魔王直属の軍団長になる。
     わずか6名しかない軍団長に任命されるというのは、ヒュンケルがまだ年若い、それも種族が人間であることを考えると、抜擢としか言いようがなかった。
    このとき、ヒュンケルは19歳。地上のどの国においても成人に達している年齢であったが、若年であることに変わりはない。
     だが、魔王軍の中枢に入ることに、さしものヒュンケルも戸惑いがあった。
     魔界の中にあってなお、底知れぬ闇を感じさせるミストバーン。
     数回、御簾越しに謁見しただけで、その強大な魔力に震えた大魔王バーン。
     これからは、そのミストバーンと同列になるのだ。
    ―後戻りはできんな・・・。
     そう思い至り、ヒュンケルは苦笑した。
    ―何を考えているんだ。俺に戻れるところなどないのに。
     そして、彼はシャドウの言葉を思い出した。 
    ―一兵士では、勇者討伐の大命など下されるわけもあるまい。
     軍団長となれば、お前の望む勅命も与えられるのではあるまいか。
     勇者アバン討伐の勅命。
     ヒュンケルが、この十数年、欲してやまなかったもの。
     ヒュンケルは、寝室の壁を見た。そしてそこに立てかけられた鎧の魔剣に視線を向けた。
     数年前に、大魔王自ら下賜された『鎧の魔剣』。
     いまとなっては、ヒュンケルの代名詞ともなっている名剣だ。
     ヒュンケルは、立ち上がると、魔剣に歩み寄った。
     そして、剣を引き抜くと、その面を眺めた。
     よく手入れされて磨き抜かれた魔剣の滑らかな表面は、主の秀麗な面をその身に正確に写していた。
     ヒュンケルは、その柄を右手に握り直すと、左手を前に出し、右腕を大きく引いた。
     ブラッディー・スクライドの構えだった。
     ヒュンケルは、その構えを取ったまま動きを止めた。
     そして、一瞬の後、構えを解いた。
    ―今の俺なら、十分に討てる。あの男を・・・。
     そして、ヒュンケルは、天井を仰いで、目を閉じた。
    ―これで、あの男を討つ機会をこの手にできるのなら・・・それで構わない。
     己の闇が濃くなるのを感じる。だがもう後戻りはできなかった。

     ヒュンケルは、大魔王の宮殿に設けられた謁見室に立った。
     正面には、玉座があり、その前には、御簾が降ろされ、大魔王の姿は見えない。
     だが、そこから感じられる圧倒的な魔力から、そこに確かに大魔王が鎮座しているのだと、疑う者は誰もなかった。
     謁見室は広大で、百人以上もの魔族を納められるホールとなっていた。
     玉座の正面からは、枇榔度のじゅうたんが引かれており、主の御許までの一本道を示していた。
     その両脇の壁際には、並み居る魔族やモンスターの姿があった。
     いずれも、この大魔王の配下にあって、高い実力を兼ね備えた者たちだった。
     その彼らが、この日の主役であるヒュンケルの姿を、謁見室の入り口に認めたとき、ざわめきと嘲笑が起きたのを、ヒュンケルははっきりと耳に止めた。
    ―なんだ、あの者は。人間ではないか。
    ―大魔王様も酔狂なことを。
    ―人間に軍団長が務まるのか。
    ―美しい容貌をしているではないか。その容色で取り入ったのではあるまいか。
    ―さもありなん。
    ―お好きなことだな。
    ―どうせすぐに潰れるだろうよ。
    ―所詮、アンデッドモンスターの長だ。重視もされておらん。人間でも務まるのだろうよ。
     だが、ヒュンケルは、そのいかなる愚弄にも、嘲りにも耳を貸さなかった。ほかの魔族やモンスターからの評価など、彼にとっては、無意味なものに過ぎなかった。
     ヒュンケルはまっすぐに前を見据えた。正面にあるのは、玉座。そして、そこから溢れ出る、強大な魔力。
    「ヒュンケル。前へ。」
     大魔王の脇に屹立していたミストバーンの声が響いた。
     ざわめきが起きる。
     あのミストバーンが声を発し、その名を呼んだ。それだけで、場の空気が一変し、ヒュンケルを見る目も変わり始めた。
     ヒュンケルは一歩、前に出た。
     この日のために、モルグが用意した別珍で織られた長いマントが、彼の足取りに合わせて、繊細な衣擦れの音を奏でた。紫のマントは、それだけで、高貴さを醸し出す。その深い色合いが、彼の白磁の肌によく映えた。
     マントの肩には、上質の羊の皮をなめした広い襟に、純白の狐の毛皮があしらわれ、それがまたいっそう、豪華さを際立たせていた。
     そして、彼の銀の前髪の下には、繊細な金細工が覗く。それが、謁見室の明かりに照らされて輝いていた。
    ヒュンケルが着飾ることは滅多にないだけに、この日の彼の出で立ちは際立っていた。
    彼が歩みを進めると、それと共に、周囲から、ほうという感嘆の声が漏れた。
     一歩、また一歩と、その足が大魔王の玉座に近づく。
     白壁の高い天井のホールに、いくつもの燭台、煌々と照らされるランプの灯り。
     だが、それにもかかわらず、ヒュンケルは、この謁見室に闇の気配を強く感じた。
     そして、それは、目の前の玉座から湧き出ていた。
     歩みを進めるごとに、その闇が濃くなってゆくのをヒュンケルは感じた。そしてそのたびに、彼は、悪夢の中に迷い込んだような不確かさを感じていった。
     右手に提げた鎧の魔剣だけが、己を鼓舞するように力強い実感を彼に与えていた。
     徐々に闇が濃くなっていく。その色に、彼の身の内に取り込んだ暗黒闘気もざわめき始めた。
     ヒュンケルは、息をのんだ。
     これが、魔界の深淵、大魔王の力の片鱗か。
     もはや後戻りのできない暗闇の中に引き込まれていくのを、ヒュンケルは感じた。
     だが、そこに感じる恐怖は、その面には一切浮かべなかった。
     ヒュンケルは、玉座の前まで進み出ると、恭しく膝を折った。首を垂れる。一言、口にした。
    「ヒュンケル、参りました。」
     次の瞬間、ヒュンケルは、場の空気が変わるのを感じた。
    空気が震え、風が巻き起こる。
    低い、威厳に満ちた声が響いた。
    「よい。
     ヒュンケル。
     不死騎団長に任命する。
     余の期待に応えよ。」
     大魔王直々のお声がけだった。
     その場がざわめいた。
    さらに言葉が続く。
    「本日のような正装もよいがな。
    今後は、余の前での武装を許そう。」
    その忠誠を信じられた者にしか認められることのない、主の前での武装、帯剣。それの許可を下ろしたということは、それだけで、格別の地位と信頼が与えられたということだ。
     ヒュンケルは、短く答えた。
    「はっ。」
     そして、自らの主君に、深く頭を下げた。
     このとき、ヒュンケルは、その場を従えた。
     ミストバーンの合図とともに、ヒュンケルは、さっと立ち上がった。そして、マントを翻し、振り返った。謁見室に居並ぶ、力あるモンスターや魔族の面々を、ぐるりと見まわした。
     静まり返った謁見室に、大魔王の玉音が、朗々と響いた。
    「皆の者。不死騎団長である。見知りおくがいい。」
     不死騎団長、就任のときであった。
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