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    下町小劇場・芳流

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    POIPOI 41

    GW先出し①
    2章の中盤のシーンを切り取り

    #ヒュンマ
    hygmma

    「地底魔城の花嫁2」サンプル その日、マァムは、モルグから、夕食後、ヒュンケルの部屋に来るように言われていた。指定された時間が時間だったので、不安がよぎった。だが、侍女を伴ってよいと言われたので、マァムは幾分か安心して、彼女付きの侍女とともに、ヒュンケルの部屋を訪れた。
     入室を許可されて、部屋に入ると、ヒュンケルとモルグが向かい合って椅子に座っていた。
     ヒュンケルの部屋はいくつかに別れていたが、此処はそのリビング部分に当たっていた。
     部屋の中央には、ソファーセットが置かれていたが、ヒュンケルは、モルグとともに、何故か、部屋の端のテーブルセットについて、相対していた。
     不思議に思ったマァムが近づいてみると、合点がいった。そのテーブルは、通常のものとは異なっていたのだ。
     その部屋の端に置かれたテーブルの表面には、チェス盤が描かれていた。正確な正方形が64個描かれており、そのところどころのマスに、駒が置かれている。
     見ると、モルグの方は、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべており、一方のヒュンケルは、盤上を睨んだまま、身動き一つしていなかった。
     モルグは、楽し気な声色で、主に呼び掛けた。
    「さて、ヒュンケル様。
     このチェックから逃げられますかな。」
     ヒュンケルは、しばらく黙っていた。モルグを見上げることなく、じっと盤上を睨み、思索に暮れているようであった。
     だが、しばしの後、ヒュンケルはうめくように答えた。
    「・・・無理だ。」
     すると、モルグが手を伸ばし、駒を1つ、動かした。
    「チェック・メイト。」
     ヒュンケルは、大きくため息を吐いた。
    「さて、今晩はここまでですかな。」
     そう言うと、モルグは、普段通りの笑みのまま、盤上の様々な位置に配置されたチェスの駒を、1つずつ元の位置に戻していった。駒を戻しながら、モルグはヒュンケルに語り掛けた。
    「ヒュンケル様は、お手が素直すぎるのでございますよ。
     どうされるかな、と、わたくしが想像するいくつかの手の中で、最も素直なお手を打ちなさる。
     もう少し、相手をはめる、相手の裏をかくようなお手を覚えなさいませ。」
    「・・・お前が老獪すぎるんだ。」
    「お褒めいただき嬉しゅうございますな。」
     ヒュンケルとモルグがチェス談議に花を咲かせていると、マァムとともに来た侍女が、控えめにモルグに声を掛けた。
    「モルグ様。」
     その声に、モルグが二人に視線を送った。モルグは椅子から立ち上がり、マァムに頭を下げた。
    「ああ、すみません。
     お待たせいたしましたな、マァム様。」
    「あ、はい。」
     それまで、マァムは、じっと、チェス・テーブルを見つめていたが、モルグに呼びかけられ、ひと息遅れて、顔を上げた。
     マァムと視線を合わせたモルグは、笑みを浮かべたまま、マァムに尋ねた。
    「チェスが、お気になりますか?」
     マァムがチェス・テーブルをじっと見つめていたことにモルグは気付いていたのだとわかり、マァムは彼に答えた。
    「・・・村でも、長老様とか、大人の人たちがさしているのはよく見ていて・・・。私も少し教わったの。」
     すると、その言葉に、ヒュンケルが食いついた。
    「何だ、お前、させるのか。」
    「少しだけよ。」
    「なら付き合え。
     ここのところモルグとばかりで飽きていたところだ。」
    「え、いいの?」
     早速、ヒュンケルは、モルグが途中まで戻していたチェスの駒を揃え始めた。彼の駒を扱う手つきは慣れており、そんなところからも、マァムは、村の風景を思い出した。
     モルグは、マァムに着座を促した。マァムは、椅子に座ると、モルグを見上げ、尋ねた。
    「でもモルグさん、何か私に用があったんじゃないんですか?だって、ヒュンケルの部屋に来てほしいって・・・。」
     すると、モルグは、うなずきながら答えた。
    「ああ、そのことでございますか。
     やはり、ときどきは、夜にヒュンケル様のお部屋を訪れていただいた方がよろしいかと思いまして。」
    「よ、夜って・・・!」
    「何も、夜中まで、とは申し上げません。お部屋の行き来が全くなくては、御夫婦らしさが乏しくなりますからな。
     チェスをさされるのでしたらちょうどよろしい。」
     そう言うと、モルグは、マァムと一緒に部屋に入ってきた侍女に振り返って指示をした。
    「おふたかたのお世話、お頼みいたしましたぞ。」
    「はい、モルグ様。」
     そのまま、モルグは、ヒュンケルの部屋を後にした。
     マァムは、かつて、村の大人たちに教えてもらった記憶をたどりながら、ヒュンケルとチェスをさし始めた。
     ふたりとも盤上に目を落としていたために、視線は直接交錯しなかった。そのせいか、マァムの緊張感が薄れた。
     少しすると、侍女が温かいお茶の入ったカップを、二人にそれぞれ差し出した。ほんのりと湯気が立ち上る。
     ヒュンケルが、駒を動かしながら、呟いた。
    「モルグが、あまりにお前との接触がなさすぎると俺に言ってきてな。体裁の問題なんだろうが、疎遠すぎると困るというのだ。
     嫌だろうが、たまには付き合ってくれ。」
     その意図が測りかね、マァムは返事を躊躇した。モルグの言う「接触がなさすぎる」というのは、つまり、夫婦としての接触がないとの意味ではないだろうか。先ほども、モルグがわざわざ「夜」と言ったことが、マァムは気になっていた。
     マァムが何も答えずにいると、ヒュンケルは言葉を足した。
    「心配しなくても、お前の嫌がることはしない。」
     それが何を指しているのか、マァムはすぐに気づき、頬を赤らめた。だが、言わなくてもいいはずのことを、わざわざ言葉に出して告げた彼の態度に、マァムは、ヒュンケルの誠意を感じていた。
    「・・・あ、うん。」
     マァムはうなずき、ためらいながら、盤上の駒を前に進めた。
     ヒュンケルは、やはりチェスの駒を動かしながら、マァムに尋ねた。
    「不自由はしていないか?」
     マァムは、ヒュンケルの問いを意外に思った。互いに視線を合わせずに言葉を交わす状況に安心していたマァムは、素直に、彼に答えた。
    「うん・・・お城の中では・・・。
     みんなよくしてくれるし・・・。
     でも・・・。」
    「なんだ?」
    「私、自分のことは自分でやるのが当たり前だったから、こんな風に人にお世話してもらうのって慣れなくて・・・。」
     村育ちのマァムには、侍女たちに傅かれる生活ということ自体が異質だった。
     だが、ヒュンケルは、当たり前のように答えた。
    「そこは仕方がないな。
     俺はあいつらの主で、一応、お前は俺の妻なのだから。」
    「その言い方やめて。」
     ぴしゃりとヒュンケルの言葉を制したマァムに向かって、ヒュンケルは不満げに呟いた。
    「何だ、つれないな。」
     予想しなかった反応に、マァムの方が戸惑った。
    「な、なによ・・・!無理矢理こんな状況にしたのは、貴方でしょう?」
    「わかっている。冗談だ。」
     そう言って、ヒュンケルは、口の端に笑みを浮かべた。
     マァムはヒュンケルの態度に翻弄され、盤上の駒の動きが頭に入らなくなった。
     やがて、ヒュンケルが、最後のコマを動かした。
    「チェック・メイト。」
     今度は、その宣言をしたのはヒュンケルの方だった。マァムはぐっと息を飲んで答えた。
    「・・・私の負けね。」
    「今日はここまでにするか。」
     ヒュンケルは、そう言うと、チェスの駒を片付け始めた。マァムもそれに倣う。
     ヒュンケルが、チェス・テーブルの引き出しを引くと、そこは駒の収納庫になっていた。
     マァムも引き出しを開け、ふたりで盤上のあちこちに配置された駒を手にとっては、引き出しに戻す。
     そうしているうちに、ヒュンケルの手が、チェスの駒を握るマァムの右手に触れた。
    「あ、すまんな。」
     ヒュンケルは、軽くマァムに詫びた。
     マァムは、駒から手を離し、さっと、右手を引いた。その身に引き寄せた右手を、左手でかばった。
     だが、ヒュンケルは、マァムのそんな態度を気にしていない様子で、黙々とチェスの駒を片付けていた。
     マァムは、ヒュンケルの手が触れた右手をさすりながら胸の中で呟いた。
    ―・・・何で。
     この前は、あんな風に、強引にキスまでしたのに・・・。
     何で、謝るの・・・。
     ただ、手が触れただけなのに・・・。
     ヒュンケルの手が触れた右手だけが、火傷を負ったように感覚が残っている。そして、マァムは、たったこれだけのことで動揺している自分自身に戸惑っていた。
     ただ、手が触れただけなのに。

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