雉も鳴かずば撃たれまい花束を抱え、少女が病室を訪れる。
「お邪魔します……」
「……うん」
少女は、数か月ぶりに見る婚約者に思わず身震いした。
悲惨な事故を物語る、末端が存在しない四肢に一番目が行くが、それよりも一際心を射抜くもの。──どこまでも深い絶望を映す、虚無の瞳。
聞けば、婚約者──ヒデユキは幼馴染の少年と家出をしようとして、トラックに轢かれたらしい。
ヒデユキは四肢が千切れ、もう一人の少年は目が潰れた。
その悲惨な事故は、ニュースでも取り上げられるほどだった。
「その……大変、だったね」
言葉を選んで言うと、ヒデユキはそっと目を逸らした。
未だに事故のショックが抜けきっていないのだろう、と判断して、少女は花瓶に花を生ける。
聞きたい事は、無限にあった。
どうしてこんな無茶を?
どうして親に逆らうような真似を?
どうして、私じゃなくて──
「……用がないなら、早く出て行ってほしいんだけど」
「あ、ごめん……」
心底迷惑そうな声に気圧され、座ろうとした椅子を片付けた。
「そう言えば、ヒデユキくん。ご両親が言ってたよ」
「……何を?」
「貴方をこんな目に遭わせた人、別の病院に移すんだって。向こうの親も納得してるみたい。……当然だよね、だってヒデユキくんの手足がなくなっちゃったのはその人のせいなんだし。そんな人、いなくなっちゃえば──」
「黙れッッ!!」
突然鬼のような形相で怒鳴ったヒデユキに、少女は「ひっ」と短い悲鳴を上げた。
先程までの、今すぐにでも死んでしまいそうな影の薄さは微塵もない。
「出てけよ……出てけ!! 今すぐ!!!」
これ以上興奮させたら体に良くない気がして、少女は挨拶もなしに病室を出て行く。
「ふざけるな……オレとタカヒロを引き離すなんて……!! ……『計画』の、予定を早めないとな……」
数日後、少女の元に予期せぬ知らせが飛び込んだ。
なんと、退院を待たずにヒデユキと幼馴染の少年が脱走したというのだ。
有志の捜索隊に、少女も参加した。
きっと、もう一人の少年に無理矢理連れ出されたに違いない。
それなら婚約者たる自分が助けなければ!
そんな義務感と、自身とヒデユキの親へのアピールのためだった。
夜も更けた頃。病院近くにある、公園の林に入る。
こんな所にいるとは考えづらいし、正直入りたくもなかったが、自分のいる班の捜索範囲上仕方がない事だった。
「ヒデユキくーん! いるなら返事してー!!」
大声で呼びかける。周りの大人達も、同じように大声で探し回っている。
数分声を張り上げて、それでも返事がないので「別の場所を探しましょう」と提案しようとしたその時。
「ギャッ」
そんな悲鳴が聞こえた。
「え──? うそやだヒッ」
「た、助け……ギャアアアア!!」
次第に断末魔は増えていく。同時に、何かを切り裂く音と、何かが噴き出す音も。
流石に、どんなに疎い者でも分かった。
夜闇に乗じて、誰かが自分達を惨殺している。
パニックはすぐに伝染した。当初の目的も忘れ、我先にと林を抜けだそうとする。
少女も例外なく、走るのに適さないヒールで落ち葉の絨毯の上を躓きながら走った。
僅かに電灯の光が見え、「これで助かる!」と少女が思った瞬間。
「照準だ、タカヒロ。位置は11・25・17・03」
「了解だ、ユキ」
そんな声と共に、少女の胸にナイフの刃が突き刺さった。
「え……あ……、どう、して……?」
呆然と、それだけを問いかける。
巨躯の背後、少女を塵のように見つめる少年は吐き捨てるように言った。
「『練習』だよ。オレ達のクソ親を殺すための。それに──」
「お前は、タカヒロを侮辱した。だから死ね」
それが、少女が最期に聞いた婚約者の言葉だった。