とあるタワマンの怪 独り身のサラリーマンの場合中央区。高級住宅街の一角にその高級住宅塔はある。
他の高級住宅塔と比べても高く、もちろん比例するように家賃も……と思いきや、何故か周りと比べると安い。
近隣の住民曰く、事故物件だとか、こっそり死因の蒐集をしているだとか、極道が所有する不動産の一部だとか、そんな出どころ不明の噂が出るばかり。
しかし周りとなんら遜色ない一等地のタワマンに、周りより一回りも二回りも安い値段で住めるとなれば、惹かれてしまうのが人の性。
私も、誘蛾灯のように誘われてしまった者の一人だ。
田舎者の見栄っ張りで借りた部屋。
住み心地はいいものの、やはり問題というか……疑問点がたまに浮かぶ時がある。
このタワマンでは、やたらと子供に出会うのだ。
その子供達とは、主に夜のエレベーターで出会う。
時に容姿端麗なセーラー服の少女だったり、時にサッカーボールをヘディングし続けているジャージ姿の青年だったり、時にはまだ年端も行かない幼児だけが五人もいたり……。
必ず私が住んでいる階より上階から来る彼らは、逆に朝の通学時間には全くと言っていいほど見かけない。
一体上階の親達は何をしているのか、そもそも彼らは何者なのか……。疑問は尽きない。
けれど、声をかける事は何故か憚られた。彼ら自身の愛想はかなりいい。
にこやかに挨拶してくれる姿は、礼儀正しい優等生のそれだ。
だが──私の心には、未だに焼け付く恐怖がある。
それは……そう、数か月前の夜だった。
その日、私は切らした煙草を買いに深夜のコンビニに寄ろうとして、エレベーターのボタンを押した。
扉が開くと、そこには車椅子に乗った眼鏡の少年と、彼の介助者と思わしきワンレンズのサングラスをかけた巨大な青年がいた。
「どうも……」
「こんばんは」
「うっス」
軽く会釈をすると、眼鏡の少年は笑顔で頭を下げ、サングラスの青年も頷く程度には挨拶を返してくれた。
……この二人は一体どういう組み合わせなのかと、横目で観察してみる。
二人は同じ学ランを着ているので、同じ学校の……先輩と後輩だろうか。
兄弟にしては、顔つきはあまりに似ていないように思える。
少年の方は何故車椅子に乗っているのか、足でも悪いのかと思っていると、膝から先が存在しない事に気付いた。
いや、それだけではなく両手も存在しない。
事故か、生まれつきか、どちらにせよ痛々しいものだと感じていると──少年と、目が合った。
瞬間、私の背に悪寒が走った。
眼鏡越しの彼の目は、あまりにも冷たかった。最早あれは殺気と呼ぶべきか。
私を睨む視線に心臓を射抜かれ、息が止まりそうになる。
分かっている、悪いのは不躾に彼らを観察した私だ。
それでも、人を殺しかねないような──既に何人も殺しているようなその目が怖くて仕方がなかった。
早く降りたい、ここから逃げ出したいと願っていると、丁度一階に辿り着き扉が開いた。
「ど、どうぞ……」
私の方がボタンに近かったので、『開』のボタンを長押しして彼らを促す。
早く降りたいのはそうだが、私の良心はそれを許さなかった。
「ありがとうございます」
先程の鋭い目線はどこへ消えたのか、最初のように柔らかに微笑むと、眼鏡の少年は自身の車椅子を押す青年に何かの数字を囁いた。
それを合図にして、青年が動き出す。
あれは気のせいだったのか……私がそう思っていると
「────────」
青年の背中越しに振り向いた彼の目が──あの目が、再び私を見ていた。
『詮索するな』と、言われてもいないのに鮮明に意図が読み取れる。
紛れもない、殺気の籠った──
私は急いで自分の部屋の階を押して、『閉』のボタンを連打した。
それ以来、彼らには出会っていない。