夕食の後、洗い物を終えた雨彦がリビングに戻ると、クリスは炬燵で眠りに落ちていた。
「古論?」
近づくとすうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。長身を少し丸め、首から下を炬燵にすっぽり包まれたクリスの表情は安らかだ。
そんなクリスの様子に、雨彦はやはり良い買い物だったと一人頷いた。
二人の暮らす部屋に炬燵が導入されたのはつい先日のことだ。
海をこよなく愛するクリスは、季節を問わず頻繁に海に足を運ぶ。寒い時期は海に潜っていた方が温かい、などと言い出した時にはさすがの雨彦も慌てたものだ。
そんなクリスを温める手段は、多いに越したことはない。そして炬燵で二人、ゆっくりと鍋を囲むというのも悪くない。
様々な理由をつけて購入した炬燵は、二人の長身も考慮した、ゆったりとしたサイズのものだった。
どうやらクリスの実家には炬燵がなかったようだ。初めて炬燵を体験し、すっかり気に入ってしまったらしいクリスは、炬燵で暖まりながら過ごす時間が増えた。さらに言えば少しだけ、家で過ごす時間も長くなったような気がする。
それは日頃海という強大なライバルに恋人の時間を奪われがちな雨彦にとって、願ってもないことだった。
無防備に眠るクリスのことは、いつまででも眺めていられるように思う。
だがそう時間が経たないうちに、雨彦の気配に気づいたのか、クリスはゆっくりと目を開いた。
「……あめひこ?」
「こんなところで寝ていたら風邪ひくぜ?」
そう声をかけると、寝起きのとろりとした目が雨彦を見上げる。もぞもぞと動き出したクリスは、少し横にずれた後、クイと雨彦の袖を引いた。
かろうじて一人分のスペースが空いたクリスの隣と、ふわふわとした笑みで雨彦を見るクリス。
「入れってことかい?」
尋ねると、クリスはにこりと笑ってみせた。
寝ぼけた様子の恋人がいつもより素直に甘えてくるのを、愛おしいと思わないはずがない。クリスに誘われるまま、雨彦はクリスが空けたスペースに身体を潜り込ませる。少し窮屈ではあるが、並んで横になれないこともない。
クリスの方に身体を向けて、戯れにその長髪を撫でてみる。雨彦が隣に来たことに満足そうな表情を浮かべたクリスは、雨彦にぴたりと身を寄せてきた。
「古論」
雨彦の心臓がどきりと跳ねる。どうしたものかとクリスの様子を伺っているうちに、再び小さな寝息が聞こえてきて、雨彦は少し脱力した。
「……仕方がないな」
雨彦の胸元に頬を寄せて眠るクリスは幸せそうな表情をしている。そんなクリスを見ているだけで、雨彦も幸せを感じることができるのだ。
「おやすみ」
ぐっすりと眠るクリスを抱き寄せて、雨彦も静かに目を閉じた。