とある邂逅買い物の為に商店街を訪れると、やたらと騒がしかった。
事件にしては浮ついていて、男も女も囁き合ってはどこかへ駆けて行く。
何だろうと首を傾げていると、商店街のメインストリートを埋め尽くす人だかりが出来ていた。
皆、スマホを構えて声を顰めて前方の何かを見ようとしている。
幸いにも、風信と慕情はそこらの人より上背があり、沢山の頭越しでもその中心を見る事が出来た。
そして、その中心にいる人物もまたかなりの長身で、人の波に埋もれる事無くその存在感を見せつけていた。
良く見れば、その周囲に黒い機材をを持った人がチラホラ見える。
どうやら、有名人がロケをしているようだった。
「ああ、アイツ知ってるぞ。刑事ドラマに出てる奴だろ」
あまり芸能界に興味が無い風信ですらよく見かける俳優だ。
風信に似ていると言われるが、人の“芸能人に似ている”はあまりアテにならないし、興味もない。
演技の良し悪しは分からないが、わりと体を張った撮影もスタント無しでこなすイメージがある。
例えばビルの六階から飛んだり、崖から落ちたり、濁流に呑まれたり。
群がる女性をおっかなびっくり避けながら風信が言うと、慕情もその俳優を見ながら口元を引き上げた。
「へぇ、TVで見るよりカッコいいじゃないか」
「カッコいい……?」
ピクリと風信が眉を跳ねる。
「無愛想だし、堅物の役ばっかりだぞ」
「それは役の話だろ?少なくとも、すぐに調子に乗って空気を読めない馬鹿より余程良い」
慕情の笑みが皮肉げに変わる。その“空気の読めない馬鹿”が誰の事かなど、風信に向ける目付きを見れば一目瞭然だった。
眉を寄せる風信の前で、慕情はいつになく機嫌良く語る。
………語るほど知ってるのか?あの俳優を。
「それに、案外面白いんだぞ。トークも上手いし、適度に抜けていて笑える」
「お前、アイツの番組なんか見てるのか?」
慕情は風信以上にエンタメには疎く、人と世間話もしない。
例えば、風信は学校の雑談であの俳優が同じ事務所の先輩と恋愛疑惑をすっぱ抜かれたのを知っているが、慕情はそんな事知らない筈だ。
どんどん眉が寄っていく風信とは対称的に、慕情は軽く肩を竦めた。
「見てると言うか、たまにラジオを聴いてる。聴きやすくて、寝る前とか勉強の息抜きに丁度良いんだ」
「へぇ」
自分でも驚くくらいに低い声が出た。
「つまり、お前はアイツが好きなのか」
そう考えたらしっくり来た。
セフレのような行為を許したのも、風信の顔や体をやたら気に入っているようなのも、全ては………
「俺があの俳優に似ているからお前は………!」
「はぁ?」
慕情が呆れ果てた顔になる。
「お前がアイツと似てる?安心しろ。お前の方が情けない顔をしているし、落ち着きが無い。多少顔が似ていても別人だ」
いっそ憐れむような笑いを漏らす慕情に、風信が眉を吊り上げる。
しかし、口を開く前に人だかりが動いた。
人々が左右に分かれ、その中心をゆったりと俳優が歩いてくる。
歓声など聞こえて無いかのような涼しい顔で悠々と歩いているが、観衆が口々に「ドラマ観てます!」「新ドラマ頑張って下さい!」「応援してます!!」「この前の海外ロケ番組見ました!!」「映画出演おめでとうございます!!」と叫ぶと、無表情のまま「ありがとう」「悪い、握手は出来ない」「ああ」と応えたりもする。
素気ない対応だが、それでも十分全ての女の心を射止めたようで、歓声が上がり、応えて貰った少女は失神しそうな顔でふらりとよろめいた。
その時、まだ小学生くらいだろう少女が人だかりから飛び出して、その俳優の前に飛び出した。
「ナンヤンけいじ!!いつも見てるよ!!じゅうでバンッてするの、かっこいいから!!ねぇ、バンッてして!!」
「す、すみませんすみません」
母親らしい女性が慌てて女の子を引き戻そうとする前で、俳優は足を止めた。
俳優の硬い表情が緩み、苦笑を浮かべる。
「ありがとう。悪いけど、今は銃は持って無いんだ」
そして、手を銃のように構えて少女に向けると、バンと打つ仕草をした。
さっきまでの淡白な様子から一転した優しい声と人懐こい笑みに、まぁ、全ての観衆が沸いた。
「やばい……神………」
「拝むわ……」
「うそ………あんな甘いカオするの?出来るの?」
「硬派は無理と思ってたけど一瞬で惚れたわ」
俳優はまた真面目な表情に戻ると、さっさと歩き始めた。
慕情と風信の目の前を通り過ぎる。
フワリと、香水のような香りがした。
思わず、風信と慕情もその横顔を見送ってしまった。
「安心しろ。誰もお前にあんな神対応は求めない」
風信の憮然とした悔しげな顔を見遣り、慕情が揶揄するように言った。
「あんなの………‥大した事じゃないだろ。俺だって子どもには優しくする」
「それ以前に、お前は女に囲まれたら逃げるだろう」
うっと言葉を詰まらせた風信に、慕情は面白げに続けた。
「あっちの方が大人なんだ。対抗するだけガキくさいぞ」
「誰がガキだ!」
「背も相当あったな。お前より高かったぞ」
「俺だってその位伸びる!!」
「ハ、大した自信だ」
「大体、あんなちゃらちゃらした奴より俺の方が……………」
言いかけ、風信は言葉を詰まらせた。
慕情の目が細められる。
「お前の方が、何だ?」
問い返され、風信は口を引き結んだ。
「………………俺の方が………」
相手は国民的俳優で、風信よりも逞しく、顔立ちが凛々しい。
声は低くもハッキリとしていて聞きやすく、しかも、性格も悪くない。
ふわりと漂う、スッキリとした香水の匂いも如何にも慕情が好きそうだ。
落ち着いた雰囲気も、穏やかな笑みも、風信には無いものだ。
ハッキリ言って、ただの高校生の風信に太刀打ち出来る相手では無い。
風信はぐぬぬと唸っていたが、やおら慕情の腕を掴んだ。
「あんな画面の中の奴より、俺を見ろ!!!」
「………………ハァ?」
慕情は目を丸くした。
風信もじわじわと顔が赤くなっていく。
数秒の沈黙の後、慕情がプッと吹き出した。
「あはは、ほんと馬鹿だな。お前。何にも敵わないんじゃないか」
「なんだと!?」
眉を吊り上げる風信を面白げに見つめ、慕情は逆に風信の腕を掴んだ。
「分からないなら教えてやる」
「え?」
「コレが、お前とあの俳優との違いだ」
そう言って、慕情は風信が持っていた袋を叩いた。
中には、宅配ロッカーから受け取ったばかりの荷物が入っていた。
“XL”と書かれた白い箱が。
風信の顔が別の意味で赤く染まる。
慕情はふふんと笑い、手を離しながらポツリと呟く。
「残念ながら、とっくにお前以外見えないよ」
「え?」
「いや、何でもない。それより、せっかく受け取ったんだ。“寄り道”しないのか?」
風信の荷物を指した慕情の言葉に、風信は嬉しさと悔しさを混ぜた顔をした。
「するに決まってる!」
「じゃあさっさと行くぞ」
それから、他愛も無い言い合いをしながら、二人は並んで去って行く。
しかし、寮に帰るのはまだ暫く先になりそうだった。