Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    桧(ひのき)

    @madaki0307

    @madaki0307

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👏 🎍 📣
    POIPOI 17

    桧(ひのき)

    ☆quiet follow

    カク武(東リベ)

    pixivからの意向作品です。pixivのままの文章をそのまま載せています。
    pixivではまだ公開中です。(非公開にした場合でも、リスク回避の為削除はしません)
    転載や自作発言を固く禁じます。

    蝶の先駆で花萌ゆる注意喚起カク武の共闘(にしたかったもの)です。
    共闘感は薄めですが『忠誠(イザナへの忠誠・献身)と信仰(武道への敬愛)は共存し得る』という騎士感の強い鶴蝶でお送りしております。
    23巻タイムリープでマイキーが関卍を立ち上げた後くらい(2007年と想定)にタイムリープで2018年から戻って来たところから話が始まります。サウスからの六破羅勧誘を二人で共闘して跳ね除けるお話。

    匿名希望のご感想はマシュマロまで→https://marshmallow-qa.com/madaki0307
    前作までの閲覧、評価、ブクマ、感想(マシュマロや支部へのコメント)、スタンプ等ありがとうございます!全て拝読しております。

    注意喚起

    ・鶴蝶×花垣武道です。

    ・23巻でのタイムリープで、遡った時期を操作しています。

    ・自己解釈により、キャラクターの性格が少々異なる可能性があります。

    ・独自に創作・捏造している部分等もあります。

    ・自己満足の上、完全に趣味の字書きです。

    ・全てノリで呼んでください。

    ・コミックス既刊(最新刊)や未収録分の本誌ネタバレを含む可能性があります。

    ・この話は二次創作(腐向け作品)であり、フィクションです。実際の団体・人物・宗教とは一切関係ありません。

    ・製造元は雑食です。

    ・特に地雷が無い方向けです。

    ・全ては自己判断での閲覧をお願いします。

    ・誤字は見つけてもスルーして下さい。


    以上








     痛みと流血で視界は霞む。
     助けてくれ、と掠れた声で漸く声に出した佐野の手を握る。時は巻き戻る。脈打って巻き戻る瞬間。意識が過去へと飛ぶその間際。廃ボーリング場のコンクリートを駆ける音と共に聞き慣れた、幼馴染のそれ。
    「タケミチッ!!」
     つんざくような声。宛ら悲鳴のような。意識が飛んでしまえば折角命を繋ぎ止めた筈の彼が落下してしまう。だからどうか佐野を引き上げてくれるよう、心の中で頼もしい幼馴染に頼む。佐野と繋いだ腕は鶴蝶によって掴まれた。
    「(カクちゃんからも、助けてって言われてたのに、助けられなかったな……)」
     思い出した淡い後悔を抱いて、二〇一八年の時間から花垣の意識は途絶したのであった。


     バタフライエフェクトとは、遠くの蝶の羽ばたきが全く別の場所で嵐を巻き起こす可能性を喩えた言葉である。であれば、どうして未来で起こった行動の差異による出来事が、巻き戻った先の過去で作用しないと断言できるのか。
     否である。
     ましてや、タイムリープという非科学的で非現実的な事を体現している花垣なのだ。ほんの僅かな差で、過去も未来も変わってしまうということは有り得よう。
     時の神は悪戯に。花は蝶が似合いであろうと爪弾いてみせた。



     十二年前でもなく、しかし十年前でもない。[[rb:十一年前>・・・・]]に花垣は送られた。タイムリープのトリガーが引かれる前、咄嗟に駆け付けた鶴蝶へとほんの一瞬思考をずらしたが為に、過去への到達地点にズレが生じたのである。それは本来ならば有り得なかったことなのだろう。
     目を覚ました花垣は、過去へと舞い戻って来た事実に驚いて。同時に肌寒さを覚えて身を縮こませた。カレンダーを確認したそこには『二〇〇七年の四月』とある。朝は少し寒いといっても、真冬のようなそれではない。カーテンの隙間からほんのりと差し込む光まだ弱いが、冬の朝とも違う。未来で住んでいたアパートより、ずっと室内は温かかった。
     布団から体勢を起こして、思考を巡らせる。
     今までのタイムリープでは十二年前の同日にしか戻っていなかった筈なのだが……。
     壁には見慣れないブレザーがかかっている。首を傾げて、床に落ちていた学生鞄を掴んでまさぐった。学生の身であるならば学生証があるだろうと踏んだのだ。高校名と、一年という学年。入学は二〇〇七年四月であるので、高校生になって間もないのだろう。
    「受験前に戻ってきた訳じゃなくて良かった……」
     どうしてタイムリープ先がずれたのか、疑問は残るところであるが、見当違いな部分に安堵してしまう。その言葉の真意は、巻き戻る時間が以前とは異なることに対しての動揺か。或いはタイムリープという事象に慣れきってしまったが故に発揮される余裕さから来るものか。
     花垣は学生証を持ったまま、中学卒業と同時に家を出ていないという大きな変化を感慨深く思っていた。

     戻って来たことを松野に連絡しようかとパカリと二つ折りの携帯を開いて、しかしまだ朝の五時であることに気が付く。学校に行ってからでいいか、と携帯を閉じたその時。手に持っていたそれが振動した。肩を跳ねさせて再び開けばバイブレーションは止まり、メールを受信したことを知らせるマークが表示されていた。
     メールの差し出し人の名前に彼は驚いた。そこには〝鶴蝶〟の文字があったからだ。頻繁ではないが、時折近況をメールし合っているらしい。
     あれ、と花垣は思い出す。佐野と握手する形になってタイムリープする寸前。駆け付けたあの声は鶴蝶で間違いなかっただろう。関東事変の際のやり取りを鮮明に憶えていた花垣であるので、声の主が鶴蝶であったのは間違いないだろう。どうしてあの場に駆け付けることができたのか。
     ――もしや鶴蝶は梵天の一員だったのではなかろうか。
     花垣の頭にその可能性が浮かび上がる。未来で黒川イザナが反社会的勢力の実質的なトップであった軸での鶴蝶がそうであったように。裏の世界にその身を置いていたとするならば、此方の世界に連れ戻さなければならない人は佐野万次郎だけではない。
     関東事変で銃弾を受けて入院した彼と、過去の――正真正銘、十四歳の――己は彼との交流を続けていたらしいことが窺える。

     鶴蝶は、黒川イザナ亡き後どう暮らしているのだろう。メールの文面は、高校生活はどうかと尋ねるような他愛ないもの。「楽しいよ」と、ただの答えを返せば会話は終了してしまう。何を話せばいいのだろう。あの時、廃ボーリング場で名前を呼んで駆けつけてくれた鶴蝶は、花垣の事を覚えていてくれたのだ。二〇一八年の時点で親交はとっくに途絶えていたのかもしれないが、それでも己の身を案じていてくれていたのかもしれない。
     じわり、と双眸には水の膜が張る。そして堰を切ったように溢れ出した。「イザナを救って欲しい」と言われたのに、結局死なせてしまった。三名の命を失った関東事変が終わって東京卍會は解散し、迎えた未来は佐野の犠牲の上で成り立っているものであったのだ。
     久しぶりに再会した幼馴染は、敵として前に立ちはだかった。それでもこうやって交流を続けようとしてくれている。
     ただ、一言彼の元気な声が聴きたかった。未来では親交が途絶えてしまった鶴蝶。関東事変の後の十二年、彼に何があったのだろう。それを知る術を花垣は持たないのだ。
     呼び出しのコール音。朝早い時間にパジャマのまま。所在無さげに彼を待った。
    《もしもし、タケミチ?》
     その声を聴いて、花垣は堪え切れずに喉を引き攣らせた。
     心臓は震える。未来のことを離しても無駄なのは分かっている。だから、平静を装って何か言わなければ、と。そうは思えども言葉は痞えて出て来ない。代わりに花垣はその名前を呼んでみる。
    「、かくちゃん……っ」
    《朝早いな、タケミチ。おはよう》
     それは酷く穏やかな声音であった。抗争で対峙した鋭さは無く。未来での焦燥に駆られたそれでもない。宥めるような、温かいもの。彼は未来で幸せだったのだろうか。最早確認することはできない。
    「……目が、覚めちゃってさ……。おは、ようっ」
     抑えることもできずに、とうとうしゃくり上げてしまう。声を振るわせて鼻をすすってしまえば、電話口の相手が泣いていることなどお見通しだ。
    《タケミチ、泣いてんのか?どうした?怖い夢でも見たのか?》
     夢ならどんなに良かったか。
    「カクちゃん……」
    《……あぁ。タケミチ》
    「、カクちゃん……ごめん……。」
     頬を伝う涙は、悔しさと情けなさの塊であった。誰かの不幸の上で、安寧を貪って生きて来た。それは悪いことではない。だが、助けを請えなくなる程に辛い思いをしている人が身近にいたというのに、知らないまま。
     自分のことで手一杯で、他人が幸せか否かなど思いつきもしなった。鶴蝶はイザナという彼の王を失った後、幸せになる道を選ぼうとしてくれたのだろうか。
    「俺、ちゃんと、救えてなかった」
    《タケミチ?なぁ、どうした?何がだ?》
    「――悪い……、悪い夢を見たんだ。それで不安になっちゃって。」
     嘘をついた。正確には話せないのだから、あれは夢であったことにしてしまえ、と言い聞かせて。


     そんな美しい嘘をついてやり込めるくらいならば、もっと縋ればいいのだ。我儘を言って、己を振り回してしまえばいいのに。
     引っ越してから交流が途絶えてからずっと、花垣武道という〝英雄〟を忘れた日など一日たりともない。小さな頃。鶴蝶の世界がまだ小さく穏やかで美しく輝いていた頃、幼馴染は無敵で、最強であった。離れていた期間は長い。幼馴染ではあるが、お互いの変化を全て把握している訳ではない。
     だが、そんな嘘で誤魔化せる程、己は優しい男で居てやることはできないのだ。もし誤魔化せると花垣が思っているのであれば、余り見くびってくれるなよ、と詰め寄ることだろう。

     関東事変の後、東京卍會は解散し、幹部を含めた隊員達の殆どは堅気に戻った。花垣も例外ではない。本来ならば、喧嘩屋を続ける鶴蝶は彼から離れてやるべきなのだろう。理解している。だがそれでも〝幼馴染〟という免罪符で近況のやり取りを欠かせないのは、彼との縁を繋ぎ止めていたいからだ。
     東京卍會解散の後、不良界隈は活発的であった。チームは群雄割拠し、一匹狼を貫いている鶴蝶の下にも勧誘が絶えない。堅気に戻っているとはいえ東京卍會の壱番隊隊長であり黒龍十一代目の肩書を持っていた幼馴染を何時巻き込んでしまってもおかしくない。折を見て少しずつ距離を取らねばならないと覚悟していた筈なのに。

    《……カクちゃんは、ちゃんと幸せ?今の生活、楽しい?》

     そんなことを尋ねるから。問いかける言葉が切なそうに揺れるから。手放してやれなくなったのだ。
    「なぁ武道。今からお前に会いに行っていいか」

     そう囁いた言葉は、やけに明瞭な響きをもつ。僅かに開いた心の隙間に分け入るのだ。何があったのかは明かされなくてもいい。彼の下に駆け付けて、一言大丈夫だ、と慰めて。力いっぱい掻き抱いてやりたかった。
     幸せかという問いかけには答えなかったが、もしも返答するのならば、答えは〝否〟である。
     だって鶴蝶の〝幸せ〟は今電話の先で啼泣しているのだから。花が萎れた時にこの世で最もそれを悲しむのは蝶であるように。どうして鶴蝶の心が上向くだろう。

     己が王亡き後、鶴蝶の〝幸せ〟は花垣武道が幸せであることに他ならないのだから。



     朝方の首都高を、単車が急ぐ。日の出の時間がせまる辺りは少しずつ光明が差し込み、静謐に包まれているビル群は活気を取り戻そうと息を吹き返す。

     小さい頃に幾度となく訪れたその家の前。変わらぬ温もりがそこには在った。単車のエンジンを止めて。二階を見上げる。
     数秒と置かずにカーテンが開かれた。窓がガラガラと引かれて。花垣が顔を覗かせた。
     鶴蝶は目を見開く。視線がぶつかったその顔は朝日に照らされて天色の瞳がキラキラと煌めいている。そして鶴蝶の来訪により安心したように綻んだのだ。

     青年の視界で星が舞う。
     鶴蝶の長い夜は終わりを告げたのだった。







    「カクちゃん、ごめん」
     パジャマのまま。そして素足のまま、コンクリートを踏んで鶴蝶に胸に飛び込んだ花垣の第一声。何に対しての謝罪なのか。横浜から東京まで来させたと思っているのだろうか。薄着で

    「タケミチ、足が……」
     家に入って靴を履くように促す。
    「嫌な夢を見たんだ。すっごくリアルで。……マイキー君と一緒に死んじゃう夢」
     〝死ぬ〟という言葉に鶴蝶は息を呑んだ。夢だとしても、縁起でもない。それに夢の登場人物があの佐野万次郎であることも、鶴蝶の背筋を凍らせるのに十分だった。
    「最後にカクちゃんが俺の名前を呼んでくれたんだ。それで俺、その時思った」
    「、何をだ?」
     自身の動揺が伝わらないように、己の声が震えてしまわないように冷静さを手繰り寄せて。宥めるように片腕でその頭部を抱えながら、努めて優しく尋ねてみせる。
    「助けて欲しいってお願いされてたのに、助けられなかった、って」
     その言葉で彼は衝撃を受ける。
     「助ける」が黒川イザナのことを言っているのは明白で。花垣はその事を夢の中での死に際で思ってしまう程に心に残っていたのかと。鶴蝶は正しく理解した。この幼馴染をこのままにしてしまえば潰れてしまう、と漠然と。確かに彼は打たれ強いかもしれない。だが、鶴蝶の持つその印象は関東事変での場面しか見ていないが故の評価だ。彼が、東京卍會の壱番隊隊長になるまで、黒龍の十一代目を継ぐに至るまでの経緯を正しく知らないのだ。
     花垣はヒーローだが、決して喧嘩が強い訳ではない。
     つまり、痛い思いを沢山したのだろう。怖い思いもしたかもしれない。その左手に残る傷跡が尋常ではなかったことを物語っている。素足で出て来たが為に剥き出しになったその甲には、埠頭での抗争の際の銃創が残っている。
    「なぁタケミチ。泣くなよ。俺が一緒にいるから」
     額を合わせて、両手で頬を包み込む。目の縁をなぞった指の腹は湿り。瞳の中で波が揺れる。けれども伝う雫は後から後から止め処ない。
     そして花垣は観念したように零すのだ。それは夢ではなく未来の出来事なのだと。今までのことを余すことなく話す。話している内にいつしか彼の涙は止まり、鶴蝶を見据える瞳には覚悟の灯火が確かに。先ほどまでの海は無く。まるで蒼炎が燃え盛っているようだ。

     花垣が鶴蝶に話した非現実的な出来事を嘘だと一蹴できない程に彼の様子は迫真で。関東事変で文字通り必死であったあの姿にも合点がいった。未来で、死に体になりながらも佐野へと手を伸ばした彼の行動も実に『花垣武道らしい』のだが、それだけではなかった。
     一番の決め手は、未来の己の行動だ。
     話によれば関東事変以降、殆ど交流が無かった――二十六歳の花垣は東京卍會が解散した後、未来に帰った為、一年程鶴蝶と連絡を取り合っていた事を知らなかったようだ――鶴蝶という人間が、ビルから乗り出すようにして佐野を掴む血だらけの花垣の名前を、叫ぶようにして駆け寄ったらしい。
     喧嘩屋を貫く己は、そう遠くない未来でおそらく何等かの出来事があって佐野万次郎の配下に加わったのだろう。つまりは裏の世界の人間であった筈だ。血腥い場所に身を置くことはちっとも不思議ではないので想像に容易い。そんな鶴蝶が、明らかにビルから落ちそうで危険な状態の佐野ではなく、まだビル内に大部分が留まっている花垣の身を一番に案じていたのであるから。やはり未来であろうが己は己なのだと思い知ってしまったのだ。
     ならばどうして茶化すことなどできようか。少なくとも鶴蝶にはできなかった。
    「信じる。俺は、〝花垣武道〟を信じてる」
     本来の、次の六月に十六歳を迎える花垣との話が時折噛み合わなかったり、東京卍會時代の記憶がいくつか曖昧な様子も鶴蝶は肌で感じていた。それは今と未来の魂が入れ替わっているが故だったのだ。
    「……突拍子もないのに?」
     恐る恐る様子を窺う花垣に鶴蝶は思わず破願した。先ほどまで佐野を救う為に戻って来たと豪語していたというのに、今は既に不安げな表情に変わっている。
    「いくつか、辻褄が合うからな」
     やり直せる機会を提示されたとして。死ぬ気で改変しようと抗える人間がどの程度いるだろう。剰え、失敗を重ねても諦めずに何度も繰り返すことができる者など。或いは砂漠の中で砂金を探す方が楽かもしれない。
    「タケミチ。お前はやっぱりヒーローだ」
     花垣の身体を持ち上げて鶴蝶は、仰ぐように自身のヒーローを見上げた。わっ、と驚いた声をあげてしまった花垣。思わずその肩に手を置き見下ろす形になりながら、朗らかに笑う幼馴染の姿につられてくすり、と微笑んだ。
     普通の人間は、死にかけながらも一人の為に助けてやるからと啖呵を切れないのだ。
     花垣の、細身でも健康的に筋肉がついたその身体は重さを感じさせるのには十分であった。喧嘩で有利になり体躯ではない。しかし、この全てが、花垣武道を構成する髪の毛一本でさえ、健やかにあってくれと願わずにはいられない。その重みこそは、今の鶴蝶にとっての守るべき命の尊さであり重みであると示されているかのようだった。



    「タケミチはマイキーが、新しいチームを立ち上げたことは知ってるか?」
     着の身着のまま飛び出して来た花垣を自宅に上げて。朝の静けさが漂う中で、裸足のままコンクリートを踏みしめていたその足を拭く。そんなことしなくていい、と身を捩る花垣に有無を言わせず足の甲を掬い上げたままの鶴蝶は、気を逸らせようとしているのか声をかけた。
    「えっ!?」
    「やっぱり知らなかったんだな」
     鶴蝶は動きを止めて花垣に真っ直ぐ視線を向ける。
    「以前までのマイキーとは、雰囲気が違う。これまでも〝無敵〟と謳われたが、意味合いが少し違う。」
    「……どう、違うの?」
    「チームなのに、マイキーは孤高過ぎる。今のマイキーの在り方は、イザナに、少し近いかもしれない。」
     その名前が出たことで、花垣は息を詰める。勿論、鶴蝶が『近い』『かもしれない』と濁したからには、チームの在り方が全く同じという訳ではないのだろう。だがしかし「恐怖と利害」で繋がっていたと黒川イザナが主張していたように。総長と幹部達の間に大きな立場の差のようなものが垣間見えているということなのかもしれない。詳しくは分からないが、良い事態ではないのは確かであった。端的に言えることは、東京卍會の頃からは想像もできないような有様だ、ということなのだろう。既にこの時から裏組織の首領としての佐野万次郎は始まっていたのだ。
     人知れず背中を冷や汗が伝う。関東事変の後、未来へ送り出される前に彼から言われた「皆を守る」という言葉に偽りはなかった筈だ。だからこそ理解が追い付かない。では何故チームを作って不良のままでいるのか。見えて来ないその意図と、事態の深刻さに思わず花垣は俯いてしまう。
    「文字通りマイキー一人でチームを潰してるんだ。それも蹂躙っていう言葉が一番しっくりくる位に圧倒的らしい……。――それでも、マイキーを。佐野万次郎を助けるか?」
     まるで、助けなかったとしても誰も責めやしないと宥めすかすような優しい声色。静寂な玄関で、丁寧に少し寝れたタオルがひやりと花垣の頭を冷ましていく。それに相反して、その心は救済へと燃え上がる。

    「カクちゃん」
     花垣は鶴蝶を見ないままその名前を呼んで。顔を上げたその瞳へと視線をかち合わせて。そして言うのだ。
    「俺に、カクちゃんの命頂戴」

     簡潔明瞭なその言葉。命が欲しいのだと傲慢に言ってのけた様の、なんと鮮烈なことか。
     花垣という人間は彼にとっての英雄で、鶴蝶の英雄像そのものであった。それは今も変わらない。王を擁いた鶴蝶にとって、己の〝王〟はただ一人。だが、忠誠と信仰が共存しないと誰が決めたのか。
     黒川イザナが王ならば、花垣武道は鶴蝶の英雄。天竺が黒川の作った――作りたかった――〝国〟であるならば。花垣の築き上げる世界は聖域だろうか。幼少の砌の楽しくて温かく、掛け替えのない狭くも美しい彼の世界の中心人物こそが、今、目の前に座す青年なのだから。

    「小さい時、俺は誰よりも強いと思ってた。でも、現実は結構厳しくてさ。……逃げて。謝って。情けない気持ちに何度もなったんだ。」
     膝まずいたまま。花垣の言葉をじっと待つ。言葉にできない未来での苦労があったのだろう。それは、鶴蝶の知らない英雄の苦悩であった。
     人なのだ、と理解する。彼は英雄だが、同時に一人の人間である。鶴蝶が手を伸ばせばすぐにでも触れ合える距離に在る花垣は
    「タイムリープで何回も死にかけて。過去では沢山傷だらけになった。そしたらね、とうとうマイキー君に未来で撃たれたんだよ。首つっこみ過ぎた自覚はあるんだ。」
     花垣は内緒話をするように声を潜めてくすくすと笑う。
    「でも、突っ込まずにはいられなかった」
     何処か憂いを帯びた精悍な表情を露わにする。その容貌に魅入られて、心臓は酷く五月蝿い。その脈拍を加速させようとでもいうのだろうか。鶴蝶の顔に入った傷に花垣の指先が触れて、ゆっくりとなぞり滑らせたのだ。
    「全部を、諦めたくなかった」
     事故の傷は、二人の間に存在する時の隔たりを花垣に感じさせているのだろう。それを反芻するかのような行動に、諦めたくないと豪語する対象に己が入っているのではないかと錯覚してしまう。
    「尊敬してる人に殺される事以上に怖い事って、あると思う?」
     首を傾げて尋ねてみせた。質問の体裁を取っているが、目を細める彼は既に答えを得ているのだろう。

    「カクちゃんからの助けてって言葉、受け取って行動するには、もう遅いかな?」
     なぞっていた指先から、その手を掬い上げる。そして甲に唇で触れるのだ。敬愛を込めて。

    「全部救ってくれ、俺のヒーロー」

     助けてくれ、その一言が言えない全ての者はいずれ知るだろう。英雄たれと請われたその男の覚悟を。
     そして同時に目撃するだろう。三つに分かれた天で、龍が縦横無尽に翔ける様を。







     二〇〇七年某日。寺野南、出所。
     連絡の取れない武藤以外の極悪の世代が集まっていた。寺野の出所に合わせてチームを立ち上げる為だ。実際、東京卍會が解散されてからは、大小のチームが生まれては潰れていく混沌とした状態である。
     所謂〝顔役〟が不在の状態であるので、それも致し方ないだろう。

    「天竺最強だった鶴蝶を〝六破羅単代〟を入れたい」
     その言葉を聞いた蘭は歯牙にもかけないように即座に否定する。この男は、極悪の世代の己達すら、化け物めと吐き捨ててしまう位には粗暴で危険な人物であった。不良の中には様々な〝危険性〟を持つ者や、多種多様の〝イかれた者〟が存在する。黒川でさえ鶴蝶をして「人を殺す拳」と称されたが、あくまでも不良の域である。あの時点では、ギャングと称される段階には届いていなかった。勿論、日本の闇社会に喧嘩を売ろうと画策していたのであるので、より悪性の高い愚連隊となるのも時間の問題であっただろうが……。
     ブラジルからの帰国子女。しかも、治安の悪い、ストリートギャングが跋扈する町からやってきた暴君である。日本では比較的おとなしかった――それでも少年鑑別所に居たのだからどこまで大人しくできていたかは怪しいところである――ようだが、ブラジルでは銃で人を撃ち殺し、自身をギャングへと育て上げた者を殴り殺していると聞き及んでいる。

    「元々群れが嫌いだけど、イザナだから従った」
     蘭は鶴蝶を寺野にあまり関わらせたくなかった。
     極悪の世代よりも遥かに腕っ節の強い鶴蝶。黒川の亡き後、喧嘩屋として一匹狼を貫いている。極悪の世代の者達は鶴蝶の兄貴分のようなものなのだ。その上、己達の王たる者が文字通り命を賭して庇った存在。忘れ形見なれば、大切だと贔屓してしまうのも当然のこと。安否や生活環境が気になるのもごく普通のことだろう。時折会いに行っては一緒に食事を共にすることも多々。
     だからこそ、不良というよりもギャング同然な寺野南と関わって欲しくないのだ。碌なことにならない事は目に見えている。一度少年院に入っている自身達は既に何らかの罪を犯しているから未だしも、鶴蝶はまだ真っ当なのだ。人を殴れども、死に至らしめたことはない。そして堅気を害したこともない。

     ここ最近は、鶴蝶と生活時間がすれ違っているからなのか会えていないが、彼も小さな子供ではないのだ。心配はいらないだろうと思っていた矢先の、寺野の発言である。鶴蝶の名前が出された事で、同胞の間でのみ空気が鋭利に変わったのを蘭は肌で感じていた。平静を装って、寺野の興味が増してしまわぬように加減しながら、仲間に引き入れるのは無駄なことだと暗に告げてみせたのである。
     釘を差したところで無駄であろう。それでも、寺野が鶴蝶を配下に加えることを諦念してくれと願わずにはいられない。
     肝心の寺野は、部下となる男達のそんな雰囲気には微塵も興味がないようであった。自身で決めたことを覆すタイプでも無いのだろう。少し重さを増した雰囲気を気に留めることもなく彼は前を行く。交渉上手だから問題ないと、麾下に加えてみせると自信ありげに宣う寺野の背中が、目線の先に在った。



     そんな寺野の思惑など露知らぬ鶴蝶と花垣は横浜に居た。

    「いいかタケミチ。マイキー率いる関東卍會には九井が居る」
    「ココ君が!?」
     金策の天才である彼。その存在は、殆ど全ての未来での反社会的組織内で姿があった。九井が関東卍會に居るということは、未来で佐野が裏組織の首領となる流れは既に始まっているのであろう。乾は既に不良を引退している。関東卍會が日本の闇社会を牛耳る組織〝梵天〟へと成長を遂げるのであれば、九井もそのまま身を置いている可能性が高い。
     確かに、二〇一八年の林田の披露宴にも乾はいたが九井の姿見えなかった。あんなにも互いを大切に思っている二人であるのにその道は別ったままなのだろう。
    「そして三途春千夜だ」
     花垣にはその名前に詳しくなかった。何処かで聞いたような、けれども耳馴染の無い名前に怪訝そうに首を傾げる。サンズ、とその名前を反芻させて。何とか思い出そうと考え込んだ。
    「東卍の元伍番隊の副隊長だ」
     その文言で思い出す。関わりは殆どなかったが誰であるのか見当がついた。武藤の後ろに控えていたマスクをつけた青年だ。あぁ、とピンと来た表情の彼に鶴蝶は大丈夫だろうかと呆れ気味に肩を竦める。東京卍會時代の武藤は特務隊として内部調査を行う部隊の隊長であったと聞いている。天竺との抗争の前に拉致し、九井引き抜きに関連して壱番隊隊長の花垣を潰したと言っていた。武藤は部下である三途を連れての合流であった為、武藤の〝仕事〟の現場に三途も居合わせていた筈だ。良くない意味で三途と花垣には面識があると思っていたのだが、蓋を開ければ花垣の記憶には残っていなかった。隊長をしていたのに、他の隊の幹部とは交流が無かったのか、と鶴蝶は少しばかり面食らう。
     花垣が隊長を務めていた期間は短く、過去を改変して未来を変えることに精一杯であったのだ。周囲を気に掛ける暇さえなかった為に、交流が無かった三途の印象が殆ど残っていなかったのである。しかし過去での印象が僅かなものであるのに対して、未来での対面は強く記憶に残っていた。銃を突き付けられたならば猶更だ。
    「〝サンズ〟……。もしかして、未来でマイキー君に会った時に、俺に銃突きつけて来た、あの……?」
     聞き捨てならない言葉。鶴蝶の眉には皺が深く刻まれる。
     彼が言ったのは未来でされた所業である。しかし〝花垣武道〟が害されようとしたのだ。彼に命を預けることを決意した鶴蝶にとって、己が守ろうと決めたその命が摘み取られようものならば黙ってはいられない。たとえ、彼が未来で佐野の周囲を嗅ぎまわっていたという理由があったとしても、花垣は佐野の古い知り合いだ。その上三途自身も元は同じ東京卍會所属の仲間同士である。そうであるのにも拘らず、未来で堅気の花垣に躊躇なく銃を突きつけたとあれば、二〇一八年の未来で彼を殺す心づもりがあったということになる。
     過去、現在、未来と言うのは連なる一本の道のようなもの。未来で三途が花垣を殺す気があるというならば、それは未来――二〇一八年――の下地である過去にあたる現在――二〇〇七年――から既に、敵意・害意が芽生えていたと判断できよう。
     三途春千夜という男を鶴蝶もあまり多くは知らないが、『花垣武道を害する存在』であると見做すには十分であった。

     お気づきだろうか。此処に於いて、とある未来への道が一つ潰えたことに。
     鶴蝶が三途に足して不信感を抱いたことは、鶴蝶の梵天――正確には、梵天の前身である関東卍會――への加入を阻止したことと同義なのだ。もしもこの先、何か不測の事態があって関東卍會に鶴蝶が合流しなくてはいけなくなったとして。花垣を排斥する可能性のある人間が居る組織に、果たして抵抗無く入る事を認めるだろうか。忠誠心が強い彼が、新たな主を擁きながら態々虎穴に入るだろうか。どちらも答えは否だ。
     仮に命を預けた存在が散ったとしても、命を預けた先が死ぬのであれば、今度こそ共に逝くだろう。世界を二度も失って生き永らえる事は、無い、と断言できる。
    「三途君は詳しく知らないけど、ココ君は、イヌピー君との約束果たせてないだよね。」
    「約束?」
    「俺らを庇って天竺に行くことになったココ君を、助けてくれって言われてて。俺、助けるって約束したんだけど、結局連れ戻せてなくて」
     鶴蝶は拳を握り込んだ花垣の拳を包み込むように手を重ね合わせた。
    「チーム作るか。タケミチ」
    「へ?」
    「ま、二人だけどな」
    「へへ、カクちゃんと同じチームか。それもいいね!」
     険しかった空気は霧散する。鶴蝶の住むアパートで身を寄せ合わせた。再び、不良の世界に舞い戻って来た花垣はこのひと月程、放課後になると直ぐに横浜へと向かうようになっていたのである。行き先は鶴蝶のもと。黒川亡き後も、鶴蝶は流石天竺で二番目に喧嘩の強さを誇った傑物である故に、横浜の不良の間での強い影響力はまだ健在なのである。更に花垣の名前と存在は、関東事変に居合わせた者やその顛末を知っている者達の間では、彼への畏怖と共に記憶されている。
     横浜の顔役と言っても差し支えない鶴蝶と、圧倒的な不利の中で自陣の総長が駆けつけるまでチームを持ち堪えさせた漢気溢れる花垣が、行動を共にしているのだ。喧嘩を吹っかけている訳ではない。ただ単に横浜に在るのである。だが、実はそれが一番強烈なメッセージ性を帯びていた。
     東京で次々とチームが生まれては消えているように、横浜、延いては神奈川県内でも幾つかのチームが乱立している。鶴蝶は基本的に群れを好まない。だからこそ、鶴蝶がどこにも所属しない事は分かり切った事実であった。神奈川県内を縄張りにするチームの中では、彼を勧誘しないことと喧嘩売らないことは所謂、暗黙の了解。しかし花垣と連れ立っている様は、鶴蝶が〝誰とも組まない〟という固定概念を打ち砕く出来事となった。
     横浜とその周辺のチームは沸き立つ。
     花垣の喧嘩の強さは未知数だが、鶴蝶の勧誘に成功すればそのチームは一気に県内最強の称号を手にすることが約束されるからだ。

     鶴蝶も、意味も無く花垣を横浜内に置いている訳でもなかった。花垣という存在のお披露目と、仲間集めも兼ねていたのである。既に東京は関東卍會と新進気鋭の梵というチーム。そして寺野率いる六破羅単代というチームの三つで、勢力図が作られ始めている。三つ巴状態となるのも時間の問題であろう。
     であるならば、東京ではもうチームの人員集めは難しいと鶴蝶は踏んだのだ。更に、花垣は黒龍十一代目総長であるのだが、初代黒龍の幹部三名は揃って梵に所属している。そうなると黒龍というチームや名前に憧れる不良達が梵に流れてしまうのは必定。
     そして、〝三天〟と称されつつある三つのチームの共通点は、チームの長が、皆喧嘩が強い事。しかし長の〝強さ〟はその内〝恐怖〟に繋がってしまう。弱さが許されない組織というのは長続きしない。そもそも部下が付いて来れなくなってしまう。
     己達がしていることは喧嘩だ。祭りのような、花火が上がるような情熱をぶつけ合うものである筈なのだ。行き過ぎた強さは最早暴力。強者の圧倒的な勝利はただの蹂躙。だからこそ、喧嘩の強さではなく内面の強さや泥臭さというものを持つ花垣は、不良界隈に在って新鮮で眩しく、そして温かさを感じさせるのだ。
     何よりも、銃口に額を擦りつけんばかりに示した覚悟と、足を銃で撃ち抜かれても立ち上がってみせた頑強さを目の当たりにして「弱い」などと評価できる者がこの世の何処に居るというのか。見てみたいものだと鶴蝶は思う。
     地べたを這いつくばってでも喰らいつく不撓不屈さは、三勢力に分け入っていく挑戦者として欠かしてはいけない素質。味方を鼓舞し、転んでもいいのだと体現できる総長。何度でも立ち上がればいいのだと示し表す在り方こそ、人の心をどうしようもなく打つのである。

    「二人だけでいいんだよ?」
     眉尻を下げる花垣に、鶴蝶は不敵に笑う。
    「俺らは、抗争しかけるんだぜ。しかも相手取るのは関東卍會だけじゃない。梵と六破羅単代も敵になると考えてた方がいい」
    「でもさ。神奈川の……特に横浜の不良達は天竺の時の記憶が強いでしょ」
     花垣の強さは逆境でこそ光るものがある。つまり、本来は見え辛い強さなのだ。花垣が弱いと見做されれば、延いては「鶴蝶の人を見る目がない」という評価にまでつながってしまう可能性が潜んでいる。それは避けたかった。だって彼は、黒川の為銃を持つ彼の事を止めたのだから。もしも王の意にそぐわないことであっても、主が道を踏み外そうとしているならば道理ではないのだと進言して踏みとどまらせる行為は、その人が〝強く〟ないとできない。王の為に命令に逆らうのは途轍もない勇気が要ることなのだから。
    「知ってるかタケミチ。横浜の不良は、喧嘩の腕以外でチームを治められる強さがあるって事、知らねぇ奴が多いんだぜ」

     勧誘と称して不良達から絡まれることの多くなった二人は、たった二人で迎え撃つ。背中を預けられることがこんなにも頼もしいと思ったのはいつ以来だろう。
     花垣が最後まで立っていると知っている。
     鶴蝶が一人残らず倒せると知っている。
     守の花垣と、攻の鶴蝶。青年達がその猛攻と守備の固さに舌を巻くのは必然であっただろう。
     〝喧嘩屋〟鶴蝶の強さはある程度予測できていたとしても、花垣のタフさや根性強さは念頭に無かったのである。耐久力とは実に厄介である。どんなに殴っても、痛むのは彼等自身の拳であるのだから。不良達の目には、全ての攻撃という理不尽に耐え抜くかのような異様な様相が残像となってこびりついたのだ。ギラついた瞳で、まるで太陽の光を受けた海の水面のように照るその眼光に、思わず武者震いしてしまう。
     少しづつ、追従者を増やしていく。「佐野万次郎とぶっ飛ばしたい」という喧嘩の目的も簡潔で明確なのが不良青年達から支持を得た一員でもある。花垣は最強になりたい訳ではない。関東一も、日本一も要らないのだ。そのシンプルで一本筋の通った目的の為だけにひた走るその姿。幼馴染という贔屓目を差し引いてもこの上ない程に美しかった。






     鶴蝶主導の下、勢力図を三から四にする為の隊員集めは順調であった。ただ一点、六破羅単代総代の寺野到来を除いては。


     それは、花垣が不在の時の事。
     突然鶴蝶の目の間に姿を現した巨躯の男。見慣れない刺青に、ぎょろりとした目。口元は不敵につり上がり余裕さが感じられた。単車に跨る彼の特攻服には見覚えがある。六破羅単代の特攻服だ。鶴蝶の目の前に現れた彼が只者ではないことは一目瞭然。今この場に花垣が居なくて良かったと安堵してしまう。本能が察知したのだ、この男は危険だと。どんなに耐久力で頑強な花垣であっても、ここまで体格差があり、一目で強者であると分かる男の拳を受けて無事で済まないだろう。
    「お前が、六破羅単代の総代、〝無双〟寺野南か。」

     高架下で、鶴蝶は追い詰められる。ゴミ置き場へと鶴蝶の身体は吹っ飛ばされたのだ。バキッと鈍い音。そのまま殴り倒されたのだ。喧嘩屋と謳われる鶴蝶であっても、寺野との体格差ではリーチの差が生じてしまうのだ。その上、一撃一撃の重量は確実に彼にダメージを蓄積させていく。口端は切れ、鮮血が滴り落ちる。

    「鶴蝶、ウチに入れ!」

     怪物のように豪快で、手の付けられない暴君。この男が噂の寺野南かと感心する暇も与えられず、殴り合いが始まった。六破羅単代に入れというスカウトであるらしいが、断ったらすぐに手が出るとは思いも寄らない。
     その上、話を聞くところによると少年鑑別所に居た際に〝極悪の世代〟をまとめて相手取って捻じ伏せ配下に加えたというのだから、脳内で警鐘が鳴り響く。ここで鶴蝶が断り続けるのは容易い。しかし己の命は既に花垣のものなれば。
     「仲間になる」か「死ぬ」かの選択肢の内、生存できる道を選ばねばならない。

     内心で毒づいた。生か死か。しかし、生存を選んだところで上に擁く相手が花垣から寺野に変わることを意味している。それは何としてでも阻止しなければならなかった。鶴蝶は花垣と共にある。命を渡し、背中を預け、そして彼の秘密を与えられている。ヒーローが辿り着く目的は関東卍會の佐野万次郎だ。寺野の〝交渉〟を切り抜けられないで、どうして〝無敵〟たる佐野へと至るまでの道の露払いができようか。ここで踏ん張らなくては、鶴蝶が花垣の隣で生きる意味がなくなってしまう。その花が大輪の花を咲かせたことを告げる先駆けとならんが為に。
     口内に溜まった血混じりの唾液を吐き出し、切れて滲んだ血も袖で拭い去る。
    「サウス。俺は命を預ける奴を決めた。だから死んでもお前の下にはつかねぇよ」
     自然と笑みが零れていた。その小さな変化がやがて大きな嵐を巻きおこすように、そよ風にも満たない撹拌は、暴風雨を起こすのだ。花が美しく咲く為に全ての障害を取り除かんと。
    「……そうか。ならば死ねッ……!!」
     闊達に笑いながらも、激しい打撃に、鶴蝶は時折攻撃を受けては、決定打となりそうな重量のある一撃を見極めていなしていく。
     隙を見て入れられた腹部への一撃で、内臓が押し上げられる感覚に襲われた。肺から、かふりと空気を吐き出して。体勢をよろけさせたのを見逃さなかった寺野。すかさず、頭部を殴りつけたのだ。
     地面に倒れ込んだ鶴蝶に追い打ちをかけるように、もう一撃。強烈な拳に視界は歪んで白じむ。
     意識が遠くなるその間際。あぁ、と感嘆する。

    「カクちゃん……!!」

     ヒーローは、助けを求めずともやって来るらしい。
     鶴蝶ですらこの有様なのである。もっと軽く、喧嘩の腕で劣る花垣には到底敵わない相手だ。来てくれた、という事実だけで戦える。立ち上がる為の理由など、それだけで事足りる。咳き込みながら、此方に来るなと手で制した。


    「どなたですか」
     鶴蝶がもこまで一方的にやられたのだ。警戒心と共に花垣から、ちりりと殺気が漏れるのも無理はない。穏やかさの中に秘められた闘志に、寺野は笑みを強く。
    「ほう……?元壱番隊隊長さんじゃねぇか。」
     その大柄な体躯にも特に怯える様子も無い。流石は東京卍會の壱番隊隊長にして黒龍十一代目総長である。鶴蝶がよろりと立ち上がって目の前の男が六破羅単代の寺野南だと告げた。
    「丁度いい!お前も俺の仲間になれ!」
     鶴蝶への暴挙など宛も無かったかのように振る舞う様に、花垣は冷静に話しかける、
    「俺は仲間にはなりません」
    「まさか、ドラケンみたいに引退したとか抜かすんじぇねぇよなァ!?」
     寺野の眼光に視線を合わせながら一歩進み出る。凶暴的なまでの衝動が抑えきれない様子の寺野とは真逆に、花垣の雰囲気は自然体なままであった。微かに纏わせた殺気は青年の厳粛で端然たる様を生み出し、凪いで落ち着き払っている。花垣の漏れ出る殺気は言い換えるならば緊張感のようなものだ。背筋を凍らせるようなものではない。冷静なままで確かな闘志を滾らせている事が手に取るように分かった。故に鶴蝶は微塵も不安を抱かない。寧ろ、頼もしくすらあった。嵐の前の静けさとでも言おうか。

    「断る!俺はただ、佐野万次郎をぶっ飛ばしたいだけだ!」

     強靭なものを目の前にしても、己の覚悟が変わることはない。従ってはっきりと高らかに、誘いを固辞してみせる。花垣に六破羅単代に入る意思が無いのであれば、鶴蝶の答えも自ずと決まって来るというもの。
    「俺らを入れたいなら、俺ら二人を相手取るってことだろ!?なぁサウス!」
     鶴蝶は重心を下げる為に体勢を低くして、その懐へと入る。狙うは顎。顎を打って、寺野の視界を揺らして隙を作ってみせた。追撃を喰らわせる花垣の為に。

     腕を後ろへ引いて思いっきりその頬めがけて繰り出した。その巨体は後方へと吹っ飛んんだ。
    「……グラッツィーオーンッ!!花垣!」
     のそりと立ち上がる。その拳に重さは然程乗っていないとはいえ、鶴蝶のアッパーからの花垣の拳打が直撃しているのだ。寺野はその攻撃をもろに喰った筈であるのだが、首をコキリと捻って易々と仕切り直している。
    「軽いが、悪くない」
     今度は寺野の番だ。既に消耗の激しい鶴蝶を、フォルテッの掛け声と共に地面へと薙ぎ倒した。一瞬その後継に目を見開いて驚いた花垣に拳がのめり込む。
     寺野は確信していた。この一撃で倒れると。案の定、花垣は拳の振られた方向へといとも容易く倒れ込んだ。呆気なく倒れ込んだ花垣に落胆を覚えないと言えば嘘に。だが寺野の暴力を前にして、大抵の者は地に臥して頭を垂れるのだ。故に何らおかしなことでもない。
     関東卍會の佐野や梵の瓦城のような細身や体格の小柄さがあっても喧嘩が強い者は存在する。そんなもの達は総じて〝暴力〟に愛された者達であると言えよう。寺野もその内の一人。天から授けられた喧嘩の才と類稀なる体格で以って、寺野は強敵を捻じ伏せて来たのだから。
     ふふと、花垣は含み笑いを。鼻血を乱雑に袖でこすり取る。乱れた前髪を掻き上げて、金糸の隙間を手の指が滑って離れる。その掻き上げられた髪は、指の支えを無くして両端へと流れ落ちた。
    「来いよ、サウス。最後まで、立ってた方が勝ちな」
     その弧を描いた口元と睨みあげる視線に、寺野の背筋は熱くゾクゾクと戦慄くのを感じた。思わず口を覆い、獲物を狩らんばかりに衝動のままに花垣を殴りつける。彼も殴られるばかりではない。転ばされても立ち上がって、時に踏ん張って。二度三度と追撃をする隙を寺野に与えない。
     非常に頑丈だった。体格は鶴蝶の方がずっと良い。極悪の世代の者達と比べれば、その細さを寺野の殴打に何度も耐えきれる肉体ではない筈なのだ。その上、花垣は防戦一歩でやり返さない。乱れた前髪から此方を睨みつけるように覗く瞳は、サファイアのように輝きを増していく。カットされて傷がつくことで輝きを増す宝石のように、生き生きと生命が燃え上がる。
    「、ビバーチェ……」
     思わず感嘆の声と共にその言葉を呟いた。
     最初は遅かったテンポは生き生きとした速さに変わって。血だらけの顔面に腫れ上がった頬は痛々しい。そして同時に寺野拳も、何度も拳打を加えたことで痺れて震えている。皮膚は擦れて血が出ている。先に鶴蝶とも拳を交えていたのだ。更に、彼は花垣が到着するまで寺野からの猛攻に耐え忍んで見せた。つまり図らずも、花垣と鶴蝶は最初から二人で共に戦い、少しずつ寺野を消耗させていたのである。
     荒んだ息で動きが鈍くなったその隙を花垣は見逃さない。
     追い込まれれば追い込まれた分だけ、会心の一撃は重さを増す。

     寺野は〝暴力〟に愛された男であるが、花垣は暴力には愛されない。美しい勝利も与えられない。

     だが、〝奇跡〟に微笑まれ、〝敗北〟に嫌われた男である。
     敗北に嫌われたとはつまり、〝敗北〟が花垣を避けるのである。裏を返せば必ず勝利を掌中に収めさせられるということだ。更に何人たりにも負けない英雄性が花垣には備わっている。その英雄性は難局を乗り超える際には最も強力な武器になる。それらの要素が重なり合わさることで、花垣は負けない人間となったのである。
     寺野が相対するのは、運命を味方につけた人間だ。ならばどうして暴力に愛された者が、奇跡に微笑まれた者に勝てるというのだろう。

     暴力も逆境も跳ね除けるが故の、奇跡の一撃。虚烈なそれに、寺野の身体は膝から地面に崩れた。視界はぐるん回って、暗転したのだ。
     危な、と花垣は頭をぶつけないように支えてやる。失神した大男に「重い」と鶴蝶に手助けを要求しながら。ゆっくり寝かしてやった。


    「カクちゃん。これ、勝ったって言っていいかな?」
    「最後まで立って方が勝ちって最初に宣言したんだ。大丈夫だろ」
     くはっと二人は吹き出すように無邪気に笑い合う。ボロボロなまま肩を支え合って大きな勝利の余韻を噛み締めていた。





    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖💖😍💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖🙏✨💗😍😍😍❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    桧(ひのき)

    DONE五十路真一郎×四十路武道……と言いつつあまり年齢操作感の無い真武

    花垣武道誕生日記念本 web公開 真武分。
    佐野真一郎(初代総長)23~24時の出来事。

    ※本の中では4839字だったんですが、ポイピクでは5千字超えてしまっています。
    愛の特権 散々な一日だった。
     近年稀に見る程に、疲れた日であったとも言えよう。

     その地域のレンタルビデオ店のエリアマネージャーであるとは雖も、その日は久方振りの二日間連続での休暇であった。だが悲しい哉、脆くも崩れ去る。
     その店の社員は三人。本来、この日に出勤予定であった社員の家族が緊急入院したのである。良く言えば少数精鋭、悪く言えば人員が不足気味な職場である。故に急遽、花垣が休暇の予定を返上して勤務に入ることになったのだ。

     記念すべき四十歳になる日。世では『不惑』と定められる年齢になったが、物事に惑わされない精神を保つ事は難しく。感情に振り回されてしまうことも屡々。己の精神年齢は成長していないように思えて。ただ無意味に年齢だけを重ねているのではないかと、毎日思う。同棲して既に二十年を越した恋人からの十分大人になったよ、という言葉を胸に、今日も〝大人〟を演じるのだ。
    5041

    recommended works