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    久森くんお誕生日おめでとう

    #久森晃人
    kojinHisamori
    #御鷹寿史
    hisashiMitaka

    居心地の良い一日にするために「晃人、ほら。誕生日ケーキよ。いちごと生クリームがたっぷりのケーキ。おいしそうでしょう?」
     ご馳走とケーキを食卓に並べるお母さんは上機嫌で、歌うように僕に語りかけた。当の僕は「そうだね」と頷いたけれど、知ってるとは言えなかった。お母さんは僕を喜ばせようとして手を尽くしてくれているのに、そんなことを言ったら傷つくと思ったからだ。でも、僕はホールケーキよりもワンカットのケーキで充分だし、いちごのショートケーキよりも抹茶ケーキに惹かれるし、そもそも洋菓子より和菓子派だ。でもお母さんは、息子の誕生日にはハンバーグといちごのホールケーキと決めていて、それが普通だと思っているから、僕もそれが普通だと思わざるを得なかった。
     沈んだ気持ちに鞭打って、無理矢理笑顔を作って、ハンバーグとか、野菜たっぷりのコンソメスープとかから立ち込める湯気を見つめた。僕はこの頃にはほとんど友達を失くしていて、自分のお誕生日会をするのはおろか、お友達のお誕生日会にも呼ばれることすらなくなっていた。僕が貰ったお誕生日プレゼントの中身を開けてもいないのに知っているような口振りで話したり、僕が関わっていないサプライズの内容をうっかり口を滑らせてしまったりしたのを、気味悪がられてしまったからだ。未来視が特殊な能力であるという認識があまりなくて、しかも歯に衣着せぬ物言いで思ったことを口にしてしまう質だった僕は、自分の身に起こったことに混乱して、人との付き合い方がわからなくなっていた。今思えば、これが僕が初めて経験した『炎上』ってやつだったんじゃないかと思う。
    「お家で過ごせばいいじゃない。そうしたら晃人は誰も傷つけないし、もちろん傷つけられることだってないわ。そうだ、お母さんがうんと祝ってあげるわね」
     お母さんはむしろ僕がそういう感じでよかったみたいだ。だから僕の誕生日には毎年、ご馳走と、ケーキと、プレゼントの存在が約束されている。
    「おー、豪勢だなぁ。よかったなぁ、晃人」
     お父さんは僕が学校で腫れ物扱いされていることを知らないので、純粋に息子の記念日を楽しんでいるといった具合だ。
    「……いただきます」
     手元を狂わせたお父さんが赤ワインをテーブルクロスにこぼすことを僕は既に知っていたけれど、そのことをどう伝えたら良いのだろうと逡巡していた。そうしたら、案の定お父さんは「うわっ」とちいさな悲鳴を上げて、テーブルクロスに赤紫色の染みをつくる。ちょっとあなた、とお母さんの非難する声がキッチンから聞こえた。僕に向けるような甘くて優しい色とは違う、ひりひりしていてもっと人間らしい声だった。
    「……ごちそうさま」
     それ以降はつつがなくことが進み、用意されたご飯とケーキを2カット食べた僕は、両親とたわいない話をしてから手を合わせた。それから自分のお皿を流しに片付けて、いそいそと自分のお部屋に駆け込んだ。誕生日プレゼントとして買ってもらった新作ゲームをやり込む気満々だった。
     誕生日は新しいゲームを買ってもらえるから、そこまで嫌いになりきれなかった。
     でもそれは最後にはひとりになれるからで。おおむね居心地の悪い一日であることには違いなかった。



    「あの、晃人くん。ちょっと手を出してくれる?」
     合宿施設に到着するなり、御鷹くんに呼び止められた。
    「えっ」彼を前にした瞬間、一瞬で青ざめて、手足が冷たくなる、僕。「僕、何か悪いことしたかな!?」
     後退りしながら必死に記憶を弄っていると、御鷹くんはその端正な顔立ちに驚愕の色を浮かべる。
    「えっ、……えっ? なんで!?」
    「だ、だって、手を貸せって、つまりは顔貸せってことだよね? てっきり怒られるのかと……」
    「えーと、違うよ。晃人くんの中でなんでそうなったのかはわからないけど……」
     てっきり合宿施設裏(普通は倉庫裏とかなんだけど、ここにはない)に呼び出されるものだと覚悟していたのだけれど、どうやら違うらしい。でも、冷静に考えたら当たり前か。品行方正でキラキラしている御鷹くんが、風雲児の人みたいに野蛮な手段に出るわけがないもんね。
     苦笑する御鷹くんが僕の手にそっと握らせてきたのは、ゲームのキャラクターをモチーフにしたキーホルダーだった。しかも、僕が最近ハマっているのだと、彼と斎樹くんに話していたゲームの。
    「えっ……」
     状況に追いつけずにいると、御鷹くんが焦った様子で「あ、」と肩を震わせた。
    「合ってるよね? 晃人くんの好きなキャラ」
    「うん、確かに僕が好きなキャラだけど」
     LED照明のあかりに透かして、キャラが印刷されたアクリルを眺めた。デフォルメされた、紫色をしたエイリアンのようなキャラ。シンプルで愛嬌があって、眺めていると微笑ましくなってくる。
     御鷹くんはほっと安堵したようすで顔を綻ばせた。
    「よかった。前後しちゃったけど、晃人くん、誕生日おめでとう」
    「えっ……」
     予想もしていなかった言葉に脳を撃ち抜かれて、僕は絶句した。急に鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をした僕を訝しんで「もしかして、間違えた!?」と慌てる御鷹くんに恐縮しながら訂正した。大丈夫、合ってるよ、と。ただ、実家の外でそのワードを言われることが本当にひさしぶりだったので、まだ頭がびりびりしている(学校に行けばまた違ったのかもしれないけれど、今日はなんとなく気分が悪くなって行かなかったのだ)。
    「晃人くんはそれが一番喜んでくれるかなって。巡くんと一緒に探してきたんだ」
    「……もしかして、アニメストアに行った?」
    「うん。店舗に行くのは初めてだったから、勝手がわからなかったけど、店員さんに売り場を聞いたら親切に教えてくれたよ」
     ああ。と思った。御鷹くん、斎樹くん。そんな縁のないところに行かせてごめんなさい。店員さんは、いきなり過度のキラキラ成分を浴びせることになってしまってごめんなさい。僕がゲーム好きなばっかりに!
    「あの、ごめんね……。うるさくてごちゃごちゃしていたでしょう」
    「俺も巡くんも、初めて行くタイプのお店だったよ。でも、商品棚を眺めているだけでわくわくしたな。また行ってみたい」
     そう言って、照れくさそうに頬を掻く御鷹くん。正気だろうか、と思った。優しさで気を遣わせている気がしてならない。でも、御鷹くんはそんないい加減なことを言うはずがないし……。
    「実は、可愛かったから俺と巡くんもお揃いで買ったんだ」御鷹くんはいたずらっぽく笑って、懐からチャリンとなにかを取り出した。思わずあっと驚く。御鷹くんが手に持っているのは、僕に渡したのと同じキーホルダーだ。ただし色違いで、黄色い。「ほら。俺が黄色で、巡くんが青なんだ。今日は巡くんが夜間任務だからどうしても都合が合わなくて、晃人くんの誕生日当日に一緒に渡すことはできなかったけど、……俺たちからの気持ちってことで、受け取ってくれると嬉しいな」
    「もっ、もちろん受け取るけど……いや、受け取っていいのかな……なんだか恐れ多くて」なんだか、目の前の見慣れたキャラのアクキーですら光り輝いて見えてきた。もはや目を細めないと対峙できない。でも、いくら気が引けてもふたりの気持ちは受け取らないと失礼だよね。「……ありがとう、嬉しい」
     それに、受け取らなかったら僕自身の気持ちにも嘘を吐くことになってしまう。
     予想もしていなかった。『友達』から貰うサプライズプレゼントが、こんなにも嬉しいものだなんて。五臓六腑に滲みて、じんわりと、あたたかい気持ちになる。
    「晃人くんは、俺や巡くんが知らなかったことをたくさん教えてくれるから、いつも楽しいしありがたいよ。これからも、迷惑かけることがいっぱいあると思うけど、よろしくお願いします」
    「そんな……」
     胸がいっぱいになって、言葉が出なくなってしまった。むしろ、僕が場違いで、無知で、ふたりに迷惑をかけているような気がするのだけれど。
     僕の友達にはもったいない、菩薩のような人だな、と思いながら御鷹くんを見上げた。
    「ありがとう。今度、何かお礼をさせてほしいです」
    「え!? いいよ、だって晃人くんの誕生日なわけだし」
     慌てて胸の前で手を振る御鷹くんに対して、僕は首を横に振った。
    「ううん。僕が、御鷹くんのために何かしたいんだ」
     もちろん、斎樹くんにも。
     はっきり言うと、僕の意志が固いことがわかったのか、御鷹くんはううんと困った表情をした。
    「ええっと……じゃあ、今度一緒に服を見に行ってくれると嬉しいな。俺、矢後さんみたいなかっこいいファッションに憧れてるんだけど、なかなか手を出せなくて」
    「えっ、正気?」
     思わず思ったことをそのまま口に出してしまったけれど、慌てて口を押さえて「なんでもないです」と言った。服を見に行くくらいなら全然付き合うよ、と思った。矢後さん系ファッションのお店に近づかなければいいだけの話で。
    「そうだ。ケーキも買ってあるんだ。南エリアにある、パティスリーのケーキ。白星のみんなが好きなお店で、晃人くんはケーキだったら抹茶派だって聞いてたから、抹茶ケーキは確保してたんだけど。……それでよかったかな?」
     そんなことまで覚えていてくれたんだ……と思うと、目の奥が熱くなった。いちごのホールケーキ以外のケーキが用意されている誕生日なんて、初めてかもしれない。
    「0時は超えてしまうけど、巡くんが戻ったら、一緒に食べるのはどうかな? ちょっと身体に悪いけど、今日は夜更かししてもいいかな、って」
     御鷹くんはこわごわとお伺いを立ててくるけれど、僕の選択肢はひとつしかなかった。
    「も、もちろん!」
     アクキーを胸に握りしめて、精一杯の首肯をした。もしかしたら、いや、確実に、今年の誕生日は楽しくなる。
     まあ、正確な未来がどうなるかはわからないけれど。
     それでも、未来視能力をつかわなくたって、僕はそう確信していた。
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