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    ブレイストのみんなとお花見に来た大和くんの話

    大和と桜の話 昨年の桜は外で見ることができなかった。
     真っ白な病室で、真っ白なベッドに固定されて、窓の内側から見た薄桃色の景色を思い出す。いいなあ、俺も外で見たいなぁ。はやく骨、くっつかないかなぁ。見舞いに訪れた母や、幼なじみの優奈に何回か言ってみた。しかし、いくら願望を述べても治るものも治らないのは理解していたので、はやる気持ちを抑えてじっと待った。何日も、何日も首を長くして待った。やわらかな陽光の下に自分の足で立って、見るも鮮やかな桜の花びらをこの身に浴びる日を。
     しかし結局、自力で生活できるほどまでに体調が快復したのは、桜が完全に散った後だった。考えてみれば、間に合わないのは当然だった。大和は大型の乗用車に轢かれて二度と野球ができないほどの大怪我を負っていたのだから。
     久方ぶりに高校の制服を纏った大和は深緑色の葉が生い茂った桜の木を見上げて、「うわぁ、残念だな」となんでもないことのように呟いた。その声は、春の暮れ、少し蒸し暑い空気にふっと消えた。



     ブルーシートの中心で胡座を掻いて、じっと空を見上げた。雲ひとつない青空だ。咲き乱れる桜は、まるでレンズを覆うフィルターのよう。綺麗だなぁ、と呟いた。今はひとりなので、誰も聞いていない。
     やわらかい陽の光も、控えめに肌を撫でるそよ風も、とても心地いい。ずっとこの場所にいたいとさえ思う。瞼を閉じるのがもったいなくて、限界までまばたきをしなかった。そわそわと心が騒ぐ。まだかなー。まだかなー。と、心の中で呟いた。
    「おにーちゃん、ひとり?」
     ふいに、声をかけられる。
     うん? と首を傾げて声がする方へ顔を向けると、気づかぬうちに知らない女の子がブルーシートの外側に立っていた。きょとんと目を丸くして、大和に注目している。小学校中学年くらいだろうか。しとやかに纏まったお下げが可愛らしい子だ。
    「ひとりだよ。今はね」
     知らない人と話すのは苦手じゃない。むしろ、わくわくする。特に、子供相手は。
    「今だけなの?」
    「そうだよ。あとから仲間がくるんだ」
    「じゃあ、今はなにをしているの?」
    「ぼーっとしてる。やることないからな! というか、俺、ここで場所取りしてるから、なにもできないんだ!」
    「お花見のシュクメイね。かわいそう」女の子は哀れみの目を大和に向ける。
    「そうでもないぞ。こうして晴れた空と桜を見上げるのも、意外と楽しいことがわかった!」
     へぇ。女の子は肩をすくめたのち、大和に倣って頭上を見上げた。
    「うん、たしかに綺麗だけど……」
    「だろ?」
    「見てるだけでほんとに楽しいの? おじいちゃんみたいだよ、おにいちゃん」
     うーん、と大和は笑った。大和にとっては、念願の桜だ。昨年はろくに眺めることも叶わなかった。だから目一杯記憶に焼きつけたいと思うのだけれど、この女の子のようなまだ幼い子には、桜を見るだけではもの足りないと思う。遊びたい盛りだ。気持ちはわかるつもりだった。
    「そうだなー。俺も、今日のこの日じゃなかったらたぶん、桜を見るよりも、いっぱい食べたり遊んだりしてるほうが楽しいのに、って思ってたんだろうな」
    「なあに、それ。今日は違うんだね」
    「今日は違うよ。今はもっと、散ってしまう前の桜が見たいし、この後に楽しいことが待ってるからな。ココロに余裕があるんだ」
     ふーん。女の子は興味なさげに相槌を打った。
    「それって、仲間がくるから?」
    「そうだぞ」
    「こなかったら、どうするの?」
    「くるぞ。宗介たちは」
    「ショーコは?」
    「別にないけど、絶対にくるよ」
    「答えになってないよ」
    「なってるぞ。だって、絶対にくるからな」
     女の子はむうっと頬を膨らませた。
    「変なの!」
     そしてそう言い捨てて、とてとてとどこかへ去っていく。大和はその小さな背中を見届けながら、フラれちゃったなー、と独りごちた。すこし意地悪が過ぎたかもしれない。
    「なーにがフラれただよ。大和」
     呆れたふうな、涼しげな声が背後からかけられる。わっと驚いて、振り向いた。コンビニの袋を両手に持った翼が大和を見下ろしていた。
    「翼、おかえり!」
    「はい、ただいま。まったく、いい子で待てができてるのかと思えば、なに? フラれたって」
    「言葉のとおりだぞ。さっき、女の子にフラれた!」
    「一丁前にナンパしてるんじゃないよ、バカ」
    「それは違うぞ、翼。俺が声をかけられたんだ」
    「ってことは、ナンパされたのにフラれたのかよ! また、変なこと言ったんだろ。ったく」
     やれやれとブルーシートの上にビニール袋を置く翼。ゴトンと重たい音がした。中を覗き込む。結露が滴ったジュースのペットボトルが詰まっている。もう片方の手に提げていた袋には、唐揚げやフライなどの揚げ物やみたらし団子、スナック菓子が詰まっている。
    「なんにも変なことは言ってないぞ。なにをしてるんだって聞かれたから、桜を見てるって答えた。あと、宗介もくるって言っておいた!」
    「その答え方。絶対変な誤解されてるやつじゃん、それ。うまくいきゃ、ひと春のアバンチュールも夢じゃなかったはずなのにさ……あ。そういえば、後から優奈ちゃんと麗華も合流するってさ。ブルーシート、これじゃ狭くないかな? あれば持ってきてもらったほうがいい?」
    「そうだなー。誰かが外に出れば済むはなしじゃないか?」
    「それもそうかー、ってアホか。あったら持ってきてって言うからな」
     そう言うなりスマートフォンをタカタカと叩く翼。
    「そういえば、帰ってきたのは翼だけなのか? 宗介と徹平は?」
    「徹平が不良に絡まれて、よせばいいのに宗介が煽ったからちょっとややこしいことになってる。うまく抜け出した俺は買い物袋を避難させてきた」
    「そっかー。大変だな!」
     いつも通りだなぁ、と思いながら笑った。
     もう一度、空を見上げる。
     目を離すたびに名残惜しくなるからだ。
     なんせ、ずっと待ち焦がれていた。また、春がくるのを。
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    41rau0

    MOURNING那由多+賢汰/那由多の何気ない日常回です。(2024/12/15イベントで頒布したペーパーの内容です)
    夜明けは訪れる ひゅう、と穴に落ちたような浮遊感とともに、脳みそが一瞬青白くなる。反射的に瞼をひらく。次の瞬間には、視界いっぱいに見慣れた自室の光景が広がっていて、思わず安堵の息を吐くと、浅かった呼吸が次第に落ち着くのがわかった。
     重たい身体をゆっくりと起こした。シーツが自分の体温で生ぬるい。下を向くと、頭が脳震盪でも起こしたかのようにぐわんぐわんと揺れて吐きそうになった。ドクドクと喉の奥が脈打つ。ひゅう、と喉が鳴った。
     無音の部屋を見渡す。たまに猫用の扉から入り込んだにゃんこたろうが寝ている間にベッドの隅で丸まっていることがあるのだが、今日は彼女の気分ではなかったらしい。
     ――嫌な夢を見た気がする。
     寝覚めが最悪だったのでそう確信したのだが、内容が思い出せなかった。無理矢理思い出そうとすると傷つけて擦り切れたVHSのごとく、モザイクがかかった映像がプツプツと途切れて頭の中で再生される。その不気味さをただただ不快に思った。スウェットと肌の間に熱気がたまっていて、じっとりと汗を搔いているのがわかった。指で少し襟元を開けると冷たい空気が直接入ってきて、ぶるりと震えた。
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    DONEみゆりょ/涼さんが物理的に大きくなる話
    20240505イベントにて配布した無配ペーパーの本文です。ありがとうございました!
    おっきくなっちゃった! 今朝の涼ちんは確かにいつもと同じ、俺とほとんど同じ目線に立っていたはずで、大学の理系学部棟の前で別れた時も「いってきまーす」とにこやかに手を振っていたはずだった。間違いなかったと思う。いつも通りの何の変哲もない日常だった。だが夕方になんとなく見たネットニュースの速報記事でなんとなく嫌な予感がして、俺は西新宿の河川敷へ急ぎ向かった。
     見出しは『新宿の河川敷に巨大人類あらわる』。異常で、突飛な内容だった。写真すら用意されていないし、きっと何かと見間違えたんだろう。それが何か、って言われたらちょっとわからないけど、とにかく裏取りも不十分な誤報だと思った。俺だって、そんなニュースにいちいち踊らされるほど純粋でもミーハーでもないし、どうせ時間が経ったら風化するネタだろうなって俯瞰した見方ができるはずだったのに、根拠のない胸騒ぎで自然と足が動いた。不自然なほど鮮やかなオレンジ色に染まった空の下、記事に載っていた河川敷には人だかりができていて、その後ろから土手の下のほうを覗き込む……までもなく、よく見慣れた後ろ姿が見えた。
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