爆発するね「深幸くん、オレ五分後に爆発しちゃうかもしれないんだ」
出し抜けに現実離れしたことを言う涼を見て、自覚できるほどにぽかんと口を開けた。何かの比喩だろうか。思考を巡らせたが、
……思いつかない。
「えっと、爆発って?」本音を言えばあまり話題を広げたくないが、このまま放っておくのも忍びないので恐る恐るたずねる深幸。
「爆発。エクスプロージョン。ビッグバンだよ」
涼は説明にもなっていないことをのたまい、空に向かって両手を伸ばす。つられて空を見上げた。雲ひとつない快晴だ。
「………………。むしろ平和じゃね? それとも、嵐の前の静けさってやつか?」
「そうだね。今は星がよく見えないから……ちょっと静かかも」
会話が繋がっているようで、少しズレた平行線をゆったりと辿りはじめている。それに気がついた深幸は呆れて肩をすくめた。
「おいおい、空の話じゃねーだろ。涼ちんが、爆発しそうなんじゃなかったっけ?」
「そうだった」
我が身に危険が迫っているというのにひどく呑気なものだ。もし本当なら、涼だけではなく隣にいる深幸や、すれ違った往来の人々も危険に晒されているのではないだろうか。
平日日中の大学通りは、暇を持て余した学生に散歩やショッピング等の目的で訪れた母子にと、意外にも賑わっている。札幌の大学周辺は静かで落ち着いた、悪く言えば閑散としたものだったので、上京したばかりの頃はカルチャーショックに見舞われたものだが、都内有数のマンモス大学だから必然的に人口密度も高くなるのだと知ってからは、これも地域性かとスムーズに受け入れることができた。
空きコマが被ってるなら一緒に散歩でもしよう、と暇そうにしていた彼を連れ出したのが運の尽きだったか……と自分を呪いながら「うーん」と唸った。
「こんなこと話してるうちに、結構時間経っちゃったな。あと四分くらいで涼ちん爆発しちゃうんじゃない?」
「そうだね。あと三分四十秒……三十九秒」
「三分台になると、結構短く思えてくるよな。なんかちょっと焦ってきたわ」
「なんとなく、わかるかも。不思議だよね。……三十四秒」
「いや、ずっと会話してんのに正確すぎるだろ。体内時計どーなってんだよ」
「三十秒……」
歩道をゆっくり歩きながら、少し腰を屈めて顔を覗き込んでくる涼。もの言いたげに口を尖らせているのは気のせいだろうか。思わずふふっと笑いが漏れてしまった。
「あー……俺、涼ちんが爆発していなくなったら嫌だな。どーやったら助かるの?」
正直、本当に彼が爆発するとは思っていない。しかし何かを察して欲しそうに見つめる涼が大きな愛玩動物のように見えてきて面白かったので、話に乗ってみることにした。案の定、涼はふふんと満足そうに微笑んだ。
「あのね。オレの宇宙エネルギーが、今……枯渇しています」
「うん?」
立ち止まって祈るように手を組む涼に、より突っ込んだ説明を求めた。早くしないと爆発してしまうというのに、もどかしいじゃないか。
「補充しないと……爆発する。定刻通り」
十四秒……。と呟く涼。ちらりと上目で深幸の様子を窺ってくる。また宇宙エネルギーかぁ、と内心頭を抱えながら横髪を耳にかける。涼の言葉選びや感性は独特で、たまに意思疎通に際して骨を折ることがある。そこが面白いのだが、難航するたび、出会った頃は本気で頭がおかしいやつなのかもしれないと恐れていたことを思い出す。
「宇宙エネルギーねぇ」
「三分切っちゃったよ」
「わかった、わかった。パフェとパンケーキ、どっちがいい?」
涼はだいたいの場合、甘味に宇宙を感じている気がする。
と思ってとりあえず提案してみる。予想は当たっていたようで、涼は夕焼けと夜空の間のような色の瞳をキラキラと輝かせて頷いた。
「パンケーキ。雲みたいなやつがいい」
「メレンゲ使ってるやつな。近くに食べれる店あるかわからないから調べるね」
「うん」
スマホを取り出して、まだ何も食べてもいないのにご満悦のご様子の涼を見やって、はたと重大な見落としに気がつく。
「あ、待て。食べる前に三分過ぎるじゃん。涼ちん爆発するよ」
「あと二分だよ。……でも大丈夫。カウントは止まったから。深幸くんのおかげで地球が平和になったよ。ありがとう」
なんだか壮大な話に昇華されている。
「じゃあパンケーキはいらない?」
「それはダメ……カウントが再開する」
神妙な面持ちで深幸に言い聞かせる涼がおかしくて、スマホに表示された位置情報を確認しながら吹き出してしまった。なんと都合のいい宇宙だろうか。