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    のなか

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    のなか

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    幹部軸に至る16歳のココイヌと柴柚葉のお話。
    家族の死に加担してしまったら、少女はどうなるのか。ココイヌはどう関わるのか。
    時間軸的には前のお話「ブラック・フォーマル」の直後になります。

    「バッドガールズ・ゴー・エブリウェア」
    Good Girls Go to Heaven (Bad Girls Go Everywhere)

    #ココイヌ
    cocoInu

    バッドガールズ・ゴー・エブリウェア 柴柚葉は、母に絵本を読んでもらった思い出を、今でも大切にしていた。
     子どものときの柚葉は、毎日放課後になると、まっすぐに母の病院に向かい、母と一緒に過ごしていた。母がいる場所が柚葉の帰りたいところだった。だから柚葉は夜、母の病室から出て家に戻らなければならないときが嫌いだった。母もそれを分かっていたようだった。
     小学校の学年が上がり、柚葉が漢字を沢山読めるようになっても、母は柚葉に「絵本を読んであげようか」と言ってくれた。そういうとき、母はベットで上半身を起こし、自分の膝に柚葉を招いて小さな背中を抱きしめるようにしながら、絵本を読んでくれた。

     背中に母の体温を感じながら絵本を見つめると、頭の上から母の柔らかな声が降ってくる。
     柚葉が母を見上げ、母が柚葉に微笑みかけたあの頃、小さな柚葉にとって、世界は安心できるところだったのだ。

     最後に母が柚葉に絵本を読んでくれたとき、母はいつもよりゆっくりとページをめくった。そして、ときおりページをめくることを止めて、柚葉の髪を撫でた。その手は骨が浮いて酷く痩せていた。
     絵本を読む声が止まり、柚葉の上に水滴が落ちてきた。柚葉が母を見上げると、母は目に涙をいっぱいに浮かべて、柚葉を見つめていた。
    「柚葉、良い子にしていたら、きっと神様が守ってくれるわ」
     柚葉はコクリとうなずいた。
     母の両目から涙がこぼれた。涙は、母の白い頬を流れてあごを伝わり、白いパジャマに落ちて母の胸元を濡らした。
     目から涙が次々とこぼれたが、母はまばたきすらせず、柚葉を見つめていた。柚葉の姿を瞳に、永遠に焼き付かせたいかのように。

     神様が守ってくれるような良い女の子でいたら、きっと天国に行ける。

     柚葉が兄の大寿の葬儀を終え、数日経ったある日、三ツ谷隆が柴家を訪ねて来た。
     三ツ谷は、年若い兄弟を亡くした柚葉にお悔やみの言葉を言った後、柚葉の目の前で頭を下げた。
    「力になれなくて、本当にすまなかった。俺に出来ることがあったら、何でも言ってほしい」
     三ツ谷は柚葉と八戒を心配して言ってくれていた。三ツ谷にこうして会っている柚葉とは異なり、八戒は東京卍會のメンバーの誰とも、一度も会おうとしなかった。八戒の兄貴分である三ツ谷が、何度八戒に連絡を取ろうとしても駄目だった。三ツ谷はこの訪問を通じて、八戒の様子を知りたいようでもあった。
     柚葉は思った。三ツ谷は本当にいいヤツだ。
     八戒は三ツ谷が大好きだった。話すのは三ツ谷のことばかりだった。目はいつも三ツ谷の姿を追いかけていた。三ツ谷のことを心から愛していたのだ。
     だからこそ柚葉は、八戒がもう三ツ谷には会いに行かないことを知っていた。
     言葉少なに対応した柚葉に対して、三ツ谷はまた来ると言い、帰って行った。
     柚葉は思った。自分はなんてことをしてしまったのだろう。けして取り返しがつかないことをしてしまった。八戒にも、三ツ谷にも。何より大寿に対して。
     罪悪感と後悔が柚葉に襲いかかり、柚葉の目の前は真っ暗になった。

     その週の日曜日、柚葉はカフェで人を待ちながら、午前の光を浴びていた。クリスマスのあの日からずっとよく眠れておらず、頭は霞がかかっているかのようだった。
     店の扉が開き、スレンダーで背の高い人物が入ってきた。黒の革ジャン、ブラックジーンズ、そして赤いハイヒール。乾青宗は柚葉の席を見つけ、真っ直ぐに歩いて来たが、柚葉の顔を見ると開口一番に言った。「おまえ、大丈夫か」
     柚葉はその言葉にうまく反応出来なかった。乾はその様子に眉をひそめ、テーブルの上を確認すると、カウンターに注文に行き、紅茶とココア、それとチョコレートケーキを持って戻ってきた。
    「なにか食べた方がいい」
     柚葉の目の下にはクマができており、眼は乾を映しているようで、乾を見てはいなかった。
    「飲んで」
     強く促す言葉に、柚葉はのろのろと反応し、紅茶を飲んだ。
    「これ食べろ」
     フォークを手に取り、ケーキの欠片を口に入れて咀嚼する。柚葉はしばらく機械的に食べていたが、ようやく目の前に座る人間に気づき、乾を見た。
    「アタシに何か用」
     乾は上着も脱がずに、柚葉の様子をじっと観察していた。
    「ココに言われて様子を見にきたけど、来て正解だったな。一人で、暗くて悪い方向にばっか考えてるだろ。おまえ、誰かと一緒にいた方がいい。八戒はどうしてるんだ」
    「あの子、ずっと自分の部屋に閉じこもってる」
    「一人で暗い気持ちでいると、悪いことばかり頭に浮かんでくるもんなんだよ。そうすると、頭で考えた通りに行動する。そして、いつの間にか悪い状態になってるんだ。だからおまえは八戒と一緒にいた方がいい。二人でいれば、マシになる。それに辛いときに一人でいる必要はないだろ」
     柚葉の頬にツツーッと涙が流れた。「あれ?なんでだろう。困る」ぬぐおうとしても止まらず、目に手を当てた。「やめて。優しくしないで」胸が詰まって息が出来なくなった。
    「お願い。私に優しくなんてしないで」
     テーブルに肘をついてうつむき、顔を両手で覆った柚葉を、他の客が興味本位から不躾に見てきた。乾が犬歯を剥き出して睨み上げると、客は目を背けそそくさと席を立っていった。その後は、乾は柚葉をずっと知らんぷりして、気の済むまでしたいようにさせた。
     柚葉が顔を上げたとき、乾はすでに革ジャンを脱いで白いセーター姿になっており、テーブルのカップは空になっていた。柚葉は自分自身に対して少し笑った。「顔がグチャグチャ」
    「あ?別に変わんないだろ」
     柚葉は長いため息をついた。それから紅茶を一口飲んだ。
    「ごめん。もう大丈夫」
    「何か他に困ってることはないか」
     柚葉は紅茶のカップを両手で持ち、暗い面持ちになった。
    「正直に言うけど、あるよ。変な人たちから変なメールが携帯に来るようになった。見ないようにしてるけど、すごく気持ち悪い」
    「見てもいいか」乾は柚葉の携帯のメールを確認して顔をしかめた。「これ、一旦預かったほうがいいな」
     柚葉はため息をついた。そして思った。最近、ため息ばかり出る。
    「本当は処分しようと思ってたんだ。大寿のことで警察に行くときにメールが証拠になると思って持ってただけ。でも、もう必要ない。だから持っていって好きにしていいよ」
     乾はうなずいた。「オレたちでなんとかする」
     乾は柚葉に「おまえは、ちゃんとメシを食って寝ることだけ考えろ」と念を押して、つむじ風のように去っていった。
     柚葉は座ったままぼんやりしていた。
     考えたり動いたりするのが、最近ひどく疲れるようになっていた。
     ただ母に会いたかった。母のことが恋しかった。
     子どもの頃、怖いことがあると、母のふところに逃げ込んで抱きついたことを思い出していた。小さな柚葉が母のお腹に顔をくっつければ、優しい母の手が、柚葉の涙をぬぐってくれた。
     母が死んだあのとき、一緒に死んでしまえれば、柚葉は母と共に天国に行けたのだろう。
     柚葉はため息をついた。今死んでも、母のいる場所には帰れない。あの優しい手に抱きしめられることは、もう二度とないのだ。




     中学校の正門を出た柚葉は、いつもと様子が異なっていると感じた。女子生徒たちが門から少し離れたところにたむろし、クスクス笑い、小さく黄色い声を上げていた。好奇の視線の先には、学校の門壁に寄りかかって立っている乾がいた。黒の革ジャン、ブラックジーンズ、黒のショートブーツ。目をつむり、"B D"と書かれたバイクのヘルメットを手に持っている。
     下校時間帯の校門からは中学生たちがひっきりなしに出てきており、乾に対し遠慮なく視線を向けていた。突然、乾はパチリと目を開けた。そして門の前で立ち止まる柚葉と数秒視線を合わせると、そのままスタスタと歩き出した。柚葉は距離を取って後ろについていった。
     脇道を行き、角を曲がるとバイクが停められており、手にヘルメットを二つ持った乾が立っていた。乾は柚葉にヘルメットを差し出した。
    「ココが待ってる」
     乾はバイクにまたがりエンジンをかけると、チラリと柚葉を見た。「少しは顔色がよくなったみたいだな」
    「八戒と話して、ごはんを一緒に食べるって決めたから」
     乾は軽く頷くとヘルメットを着け、親指でバイクの後方を指差した。柚葉は後部座席に座り、ヘルメットを被ってみた。中で頭が泳ぐ。
    「このヘルメット、大きすぎるんだけど」
    「自分でなんとかしろ」
     乾はそっけなく言い、爆音を立てて走り出した。
     九段下に到着すると、乾は堂々とバイクを違法駐車し、駅から少し離れたところにある純喫茶に入っていった。
     店内には重厚感のある濃茶色のテーブルとゴブラン織の椅子が据え付けられており、テーブルのひとつに九井がいた。髪を整えてネクタイをきちんと締めた制服姿の九井は、一見すれば普通の高校生に見えた。九井はコーヒーをかたわらに置いて本を読んでいた。柚葉が九井はどういう本を読むのか気になって目を走らせた。"ウォール街の乗取り屋"というタイトルが見えた。
     乾が九井に向かって呼びかけた。「ココ」
     九井は顔を上げて乾と柚葉の姿を見ると、メニューを見ずに店員を呼び止めて注文した。「紅茶とクリームソーダを一つ」
     乾が九井の隣りに腰を下ろした。九井は乾に「お疲れ」と声をかけ、本を閉じた。そして鞄から携帯電話を取り出すと、向かい側に座った柚葉の前に置いた。
    「おまえの新しい携帯だ」
    「これ、本当にもらっちゃっていいの?」
     遠慮がちに確かめると、「物々交換だろ」と九井は気にした様子もなく言った。柚葉は最新型の携帯を手に取り、アドレス帳を確認した。"COCO"と、1件だけ登録されている番号があった。
    「前の携帯に来ていた変なのは、イヌピーが片付けたから大丈夫」
     柚葉はホッとして乾に礼を言った。
    「ありがとう」
     乾はどうでもよさそうだった。
    「イヌピー、優しいだろ。惚れるなよ」
    「バッカじゃないの!」
    「おまえ、最悪だな!」
     二人は同時に抗議の声をあげた。九井は可笑しそうに笑っていた。
    「ココが忙しそうにしてたから気を使ったんだ。ココが言わなきゃ行ってない」
     腕を組んで憮然とする乾に「悪かったよ。感謝してる」と言い、九井は乾のあごをすくい上げてキスをした。乾は平然と九井の舌を受け入れていた。
     柚葉は目の前の光景に呆気に取られた。コイツら、一体何なの。
     店員が間延びした声と共に飲み物をテーブルに届けに来た。
     九井は本の続きを読み始め、乾はグラスの中で緑色に微発泡するソーダを飲んでいた。会話がなくても二人は平気なようだった。手持ち無沙汰となった柚葉は、新しい携帯に自宅と八戒の番号を登録した。
     純喫茶を出て駅に向かう途中、九井が青果店の店先で立ち止まった。「いいものがある」店主との短い会話と会計の後、柚葉に果物を放って寄こした。
     柚葉は林檎を両手で受け取った。
    「お前と八戒を守ろうとしていた大寿はもういない。被保護者として暮らしていた楽園を出てきた気分はどうだ、"イブ"?」
     乾の右肩に左腕をのせて、九井が蛇のように舌を出してみせた。
     柚葉は思った。コイツ、絶対に分かってやってる。
     九井と乾はニヤニヤ笑いながら柚葉を見ている。
     以前二人に抱いていたイケすかない奴らという思いが、ムクムクと湧き上がってくるのを感じる。
     柚葉は二人を睨みつけながら、林檎に齧り付いた。
     九井はヒュウと口笛を吹き、黒い瞳を煌めかせた。
    「悪くないな」
     乾は少しだけ口角を持ち上げて微笑んでいた。

     
     柚葉は思った。
     他の誰かじゃなくて自分で人生を決められるようになりたい。
     そのために、今は死ぬのをやめよう。
     でもこれは天国に行けないからなんかじゃ絶対にない。
     こうも思った。
     何だってやってのけられるみたいな、悪くて強い女になれたらいいのだけれども。
     そうなれたら自分の足で、天国以外のすべての場所にきっと行ける。



         
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