金塊争奪戦後の鯉月ifサッポロビール工場や五稜郭の戦いはロシア人ゲリラたちの鎮圧のため、列車内の惨劇はヒグマと土方歳三率いる脱獄囚によるものということになった。部下を多数失ったことや権利書を横領しようとした件は行方をくらませた中尉に全ての罪をひっかぶせて、残った部下を守るために少尉は奔走する。親が軍高官であることや、中尉に騙されていたむしろ被害者であること、顔に大怪我を負ってまで戦い抜いたことが評価され、少尉の罪は不問になる。
だが中尉の腹心の部下で下士官だった軍曹は罪を免れることは出来ず、また本人もそれは望まなかったため、免官となり再び陸軍監獄へ入ることになった。
何年かが経ち、そんな争奪戦のことも知らない若い兵士が新たに師団へやってきて、進級して大尉になっていた鯉登元少尉の下につく。休暇ともなると、鯉登閣下は誰にも何も言わずに外出しているので、ある時どこへ言っているのか尋ねると「想い人に会いに行っている」のだという。それからも時々休み明けに気力充実している鯉登閣下の顔を見ては、「あ、想い人に会ってきたのだな…」と部下は微笑ましく思っていた。いつも閣下が会いに行くばかりで、一緒に外出やご旅行などもされた様子が無いし、もしやその想い人とはどこぞで囲われている芸者か遊女であるまいか、と心配にもなったが、何より鯉登本人が嬉しそうなのである。「囚われの姫のようですね」と言うと、鯉登閣下はキョトンとした顔になってから大笑いして、姫か、それはいい、あいつはどんな顔をするだろうなと目を細めた。
鯉登閣下がかつて関わったらしい重大事件から5年経とうかというある日、休み明けの鯉登閣下が随分しょげていらっしゃる。どうしたのかと問うと、件の姫から「いい加減自分のことは諦めろもう会いに来るな」と言われたそうだ。
想い人の態度が堪えたのか、しばらく閣下はおとなしくしていたが、明治天皇が崩御され、元号が改まることとなり、俄にあちらこちらへ忙しく出向くようになった。精力的に動く様子に、囚われの姫のことを忘れるにはいい機会だと、閣下を案じていた部下は安心するが、少し寂しくも思っていた。
そしてその年の9月のある日、鯉登閣下がえらく上機嫌で登営してきた。何があったのか、もしや囚われの姫とヨリをお戻しになったのか?とそわそわする部下を見るなり、鯉登閣下はまるで心を読んだかのように「身請けしてきた」と言って、ニヤリと笑った。
おしまい。
(大正元年9月26日の恩赦をもぎとる話)