火花が見たいとは言ってない 花火大会を見た帰り、穏やかな横顔で月島は言った。
「あと何回こんな風に花火を見られるんでしょうね」
独り言のような言い方だったが、喧騒の中でもはっきりと鯉登は聞き取った。流し目に見た浴衣姿の月島はいかにも花火を堪能した客の顔をしていた。しかしその瞳は興奮冷めやらぬどころか、妙に凪いでいる。健康的でないことを考えているときの月島はこうだ。
「どうしてそう思う。何度でも見られるだろ」
自分より小さい身体をしていながら、自分よりよっぽど月島が己の内に溜め込む性格なのはよく知っていた。何か不満が――不安があるなら言ってくれればいい。
月島は軽く首を横に振って、隣を歩く鯉登より二三歩ほど先に進んだ。まるで顔を見られたくないようだ。
「幸せなんですよ。充分。だから逆に、いつまで続くのかなって思ってしまうだけです」
こいつは定期的にこうして、私に距離を取らせようとする、と鯉登はうっすら顔を顰めた。群衆に酔ったのだろうか。もう人混みは抜けており、自分たちの周りに人影はまばらだ。それでも熱の引ききらない空気が流されることなく留まっている。何もしていなくとも汗が滲んでくる。風が欲しいところだが、団扇は月島の背中の帯に差したままだ。
斜め前を歩く月島のうなじを伝う汗を見つめながら、腕組みをした鯉登は低く問うた。
「お前は私との関係を終わらせたいのか」
「そんなこと思っていません。けど」
「それなら」
腕を解いて大股で一歩、それだけで追いつき、ぶらぶらしていた月島の手を捕まえた。汗で滑らないようにしっかりと握る。
「花火くらい何度だって一緒に見られる。私はお前と離れるつもりはないんだからな。約束する」
天地が引っくり返ったとて、鯉登には月島を離すつもりがなかった。月島が別れたいと言ったって別れてやるような分別も持てない、持つつもりもない。そこまで言うとさすがに引かれそうなので口には出さなかった。
やや俯きがちになって月島が呟く。
「約束なんてしないほうがいいですよ」
「私は約束は守るぞ」
「知ってます」
だからですよ、と一層小さな声で付け足すと、月島はため息をついた。
「でも、そうですね……また一緒に花火が見たいです」
凪いだ瞳の底に花火の残り火のような輝きが揺らめくのを見て、鯉登はほっとしたのと愛しさと多少の恨めしさから、ごつんと月島に頭突きをして文句を言われた。