930年 生まれ持った色と白が混じり薄紫色になった髪に、櫛を通す。クソジジイのようにハゲることはなかったが、俺も随分と年を取ったものだ。
「これ、イクスさんに渡してもらえる?」
シチロウから手渡された紙袋には、茶葉の瓶が複数入っていた。重たいはずだ。ひとつ取り出してラベルを見てみると、「お肌ツヤツヤ用ブレンドティー 186ver」とあった。
「また新しいブレンドを作ったのか?」
「僕は、アンチエイジングなんてする必要ないって思うんだけどね……まぁ、『乙女心』を否定する気もないけど」
「俺と『デート』する前に飲まないと、意味がないんじゃないのか?」
「君との『デート』で、僕の力は借りたくないらしいよ」
ことのはじまりは、彼らがまだバビルスの2年生だったのころ、「心臓破り」をしたときだ。
――籠絡など1000年早い
俺のその言葉が気に食わなかったらしく、「1000年もかからないもん!!」と「心臓破り」をした時期になると、不定期だが、「デート」とやらの誘いが来る。あいつの孫がバビルスを卒業してからも久しいというのに、まだまだ俺を籠絡できていない。
籠絡のルールは簡単で、俺が全員分の食事代を驕るか、驕らないかだ。
最初イクスは、俺と2人で「デート」をして、なにかを買ってもらうというルールにしようとしていた。だが、カムイとリードがうるさく騒ぎ、俺も10代の生徒と2人っきりで籠絡できるかできないかなんてゲームをするのは、例え結果が目に見えていたとしても、いかがなものかと思い、参加したバカ共全員の食事代を驕るというルールにしたのだ。
昔は、俺が勝ったら課題倍増にしていたが、卒業してからは俺の食事代を全員で驕るという形になっている。
コートの内ポケットに、マネークリップでまとめた札束を入れた。カードで支払えばいい話なのだが、賞品という意味で、毎回こうやって用意しているのだ。俺は、厳粛な悪魔だからな。
「帰りに、なにか買ってきて欲しいものはあるか?」
「んー、バターも醤油もあるし、とくにはないかなぁ」
なるほど。今夜のワインのともは、昨日収穫したジャガイモのようだ。彼が丹精込めて作った新ジャガだ。今夜は楽しみだな。
「あ、でも」
と、シチロウは付け足した。
「早く帰ってきて欲しいかな」
大きな体をかがめて、上目遣いでお願いをしてくる。これがわざとではなく無自覚であることが、恐ろしい。
皺の深くなった頬に手を添え、そのわずかな唇に軽くキスをする。
「わかった。今年からは土産にしよう」
俺はそんなに多くは食べないから、いつも高い酒を飲んでいたのだが、今日はあまり飲まないようにしよう。その代り、俺たちの土産にワインの2・3本は持たせてもらおうじゃないか。
イクスたちは、俺に勝とうとしているが、本当に勝負をしている相手は俺ではない。
「1000年では足りなかったかもな」
いってらっしゃいと見送られながら呟いた言葉は、決してシチロウには届いていないだろう。
教え子たちには悪いが、あの可愛い悪魔に敵う日が来るとは、到底思えない。