ぼくの青木ある日の青木と薪にゃん。
弱火で火を入れ直す鍋の傍からなかなか離れない青木に痺れを切らせ、ついにまだお腹空いてないしどうでもいい風でひとり遊びするのを忘れた薪。寂しいと気まぐれに甘えたスイッチが入ったりする。気配を消して青木の背後に回ると、腰に腕を回して抱きついた。
深いブルーのセーターに鼻を埋めて青木を補給する。
「……いい匂いがする」
「おでん炊いてますから」
「そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
「おまえの匂い」
「え」
青木はお玉を持ったまま腕を持ち上げ、クンクンと脇の辺りを嗅いだ。
「オレそんな匂います?」
おでんの鍋の傍でもわかるくらいだとしたらちょっとショックだ。
「臭いとはいってないだろ。いい匂いって言ってるんだ」
「……ほんとに?おでんの匂いじゃないんですか?」
「僕の鼻を何だと思ってる。ちゃんとそれくらいの区別はつく」
自慢げにそう言って再び密着してきた小さな頭を見下ろし、青木はふっと口許をほころばせた。天辺のつむじをなぞるように頭を優しく撫でてやる。
「あったかいな、おまえ」
「寒いですか?」
「ちょっと」
「じゃあ早く食べてあったまりましょうね」
「おまえはどうして食欲を満たす方にしか頭が回らないんだ」
「そりゃあもうすぐ晩御飯の時間ですから」
「そんなだから誰にも言い寄られないんじゃないのか」
「……言い寄られるオレが見たいんですか?」
「まぁモテないよりモテる方が自慢できるだろ」
「誰に自慢するんです?だいたいそんな風になったらすぐ妬くくせに」
「妬くもんか!」
「いいんですかそんなこと言って。あなたが知らないだけで、オレこう見えて結構モテるんですよ?」
珍しくまとわりつく恋人が可愛くてあえて意地悪を言ってやる。これでヤキモチやきなことはすぐに実証できるはずだ。
「……ホントに?」
途端に不安げに自分を見上げる大きな目が揺れるのを見て、青木は思わず笑い出してしまった。可愛い。
「すみません、盛りすぎました。モテるのはたまーにです」
即座に急所を狙い猫パンチが飛んでくる。地味に痛い。
「イタタっ。大丈夫ですよ、言い寄ろうとする人がいてもオレにはちゃんと売約済みって書いてありますから。気づいてみんな回れ右です、残念ながら」
「何だそれは……」
そう言って呆れた目で青木を見た薪は、ひと呼吸おくと「ん?」と首を傾げた。
「……背中には何もないみたいだけど?」
「は?」
「前にもない。どこに書いてる?」
右に左に身体を傾け恋人の身体中をきょろきょろと見て回る薪の姿にふき出しそうになるのを、青木は片手で口を塞いでぎりぎりで堪えた。信じたらしい。
「薪さんには見えないかもしれませんね、言い寄ってこないから」
「!?」
眉を顰めた薪はさっと手を伸ばして青木のセーターの裾に手をかけた。そのままそれを捲り上げて下から覗き込む。
「ちょっと!寒い寒い!そんなことしても見えませんってば!」
「僕だけ見てないなんてズルいぞ!ちゃんと見せろ!」
「危ないですよこんな狭いとこで!」
「見たらやめる。わかったすごく小さい字なんだろ!」
「ストップストップ!わかりました!先におでん食べましょう!探すのはその後です!」
「~~~~ッ!」
納得いかない様子でムキになりシャツまで捲り上げようとする薪の手を掴み、青木はやれやれとその耳元に唇を寄せた。声を落としてそっと囁く。
「食べたらお風呂で心ゆくまで探していいですから♡」
「!!!!」