御不満ですか?「こんなときまで兄貴面するんじゃねえよ」
若気の至りの項目に例文で載るほどの暴挙。直情的な次兄は殴りかかってきた。すぐ上の兄は背筋が凍るほど冷ややかな目を向けてきた。そんな弟たちを静観していた当の長兄は、少しも心乱さずやれやれと肩をすくめていた。
あれからどれほどの時が経っただろう。
「やっぱワシ、お兄ちゃんの弟で良かったんだわ」
「今更かよてめえ」
椅子が四脚あるテーブルにて、老いた末の弟と機械の体になった次兄が向かい合っていた。向かい合っていた、とすると若干の語弊がある。次兄はテーブルに向かわず明後日の方向を見ていたし、末の弟は持っていたティーカップに視線を落としていた。最終闘争も終結し、もう誰も座ることのないその二脚の椅子に視線を移す。瞼を閉じると「困ったヤツだ」と言いながらも微笑む長兄と凪いだ海のように静かなすぐ上の兄が瞼の裏に浮かぶ。今まさに茶を入れて皆で飲んでいるかのごとく。実際成神してからそのような雰囲気で兄弟全員がただの食卓を囲むことなど数えるほどしか無かったというのに、こんなときに限って記憶は鮮明に戻ってくるのだ。末弟は己のデキた脳味噌を少しばかり疎ましく思った。
「ねえお兄様」
別に沈黙が気まずかったのではない。というよりこの程度で気まずくなるくらいなら己はこの兄を生かしていない。それはお互い様であろう。
「んだよ気持ち悪ぃな」
軽口を叩けるのは信頼の証。
「ラグナロクを始めたことな」
「ああ」
「後悔はしておらん、でも」
沈黙を保てるのは容赦の証。
「また昔みたいに、行儀悪く飯食ったり無茶して怪我したり部屋散らかしたりして叱られたかったのぉ」
「…てめえを叱れるのなんざ、ひとりしかいなかったからな」
「お兄様は威厳に欠けるものな」
「ああその通りだよクソッタレの末っ子、でもな」
御不満ですか?
「そう思うなら兄者に叱られそうな真似すんじゃねえぞ、これからも」
「言われなくとも、そのつもりじゃよ」
いいえ
彼の教えはずっとここに在りますから