昨夜はお楽しみでしたねどうもおかしい。
予想した軌道よりブレて三叉槍が突き入れられるのは何らかの戦略としよう。だが、手合わせ前から感じていた通り、やはり今日の彼は様子がおかしい。体幹に少しぐらつきが見られる。まるでどこかを庇うような、僅かに違和感を感じる動きだ。
小次郎は三叉槍をいなしつつ、叫ぶ。
「なあ、どこか具合でも悪いのか?調子が出てねえようだが」
それを聞くと、表情に変化は無いものの、攻防をぴたりと止めた彼が小声で呟いた。
「………胸部が気になって集中出来ない」
「……何だって?」
「……胸、が、服に擦れて気が散る…何度も言わせるな」
「胸……?あ、」
昨晩のことだ。
小次郎はこの神の肌の味を知っている。本来抱かれる側の性ではない者の負担は、小次郎には皆目わからない。息遣いや手足の運び方は想定出来ても、痛みはわかってやれない。だからこそ、「そこ」以外でも快楽を拾えるよう努めていた。
「んっ…く、貴様、さっきから、ん、そこっ、ばかり、あ」
「負担はちょっとでも少ない方がいいだろ?どうしても嫌なら止めるが…」
嫌だとも止めろとも明言は無い。ただ光る膜の張った目で睨まれるだけ。続けて良い、と解釈し、先端を薄い力で撫でたり軽く摘んだりして、彼の出方を伺うことにした。
「ひっ…ん、あ、やっ、」
「痛いか?」
「いたくな…ぃ、んぅ…はっ…」
「…気持ち良いか?」
赤い目元で平素より迫力は劣るものの、常人なら縮み上がる眼光を放つ蒼。いつものことだ、と小次郎は気にも留めないが。
「…寝床でその顔は止めようぜ、な?」
苦笑して素直な要望を述べると、黙れ、調子に乗るなと潤んだ蒼が抗議してきた。
(目は口ほどに物を言う、とは。上手い事言ったもんだ)
「じゃあ続けるな…好過ぎて我慢出来なくなったら言いなよ」
つまり、そのような意図で触れられていなくとも、何らかの刺激によって感じるものがある、と言うことか。
良かれと思って続けてきたことだが、そんな状態にまで至るとは、予想外だった。
「そりゃ…吾のせいかな…」
「間違いなく貴様の責任だ。こんな場所、他に心当たりは無い」
「そりゃありがとう…?」
「何故礼を…くっ…貴様如きに不調が露見するとは」
「不調、ね…どうする?着替えて仕切り直すか?」
気の毒だが、やっと時間を作って貰えた手合わせだ。簡単に止めたくはなかった。だが小次郎の心中を知ってか知らずか、尊大にも海神は踵を返す。
「萎えた。此度はもう終わりにする」
「そりゃ残念だなあ」
たはは、と頭を掻き、納刀しようとする。その時、
「おい」
「なんだい」
「閨に帰る。責任を取れ」
「萎えたんじゃ無かったのかい」
返答は無かった。歩き出した彼について行く。
どうやってこれ以上機嫌を損ねず彼を満足させるか考えながら、思わず呟く。
「もっと素直に誘えんもんかね、この神様は」
「何か言ったか雑魚」
「なあんにも」
その後。
「小次郎」
「お、物干し竿の嬢ちゃん。悪いな、中断になっちまって」
「それは構いませんが…私…お話聞いてしまって良かったんでしょうか…」
「…外であんまり喋らんよう神様に言っておくかな…」
「昨夜はお楽しみでしたね、ってか。あの色ボケよーく躾けときな」
人格が入れ替わり、美しい戦乙女から繰り出される舌打ちを受けながら、自然と苦笑いが漏れた。