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    now_or_lever

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    POIPOI 24

    now_or_lever

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    駄菓子屋パロ時空のこじポセです。薄ら両片思い。オリジナル要素が強いので粗筋(https://poipiku.com/3772614/6683664.html)を先にお読みの上お楽しみください。

    それはテーブルの上の二つの麦茶がすっかりぬるくなってしまった頃。

    「坊ちゃんは紙風船で遊んだことはあるかい?」
    盆休みは流石に店を閉めているだろうな、そう思いつつもつい足を運んでしまったいつもの駄菓子屋で、彼にそう問われた。今は夏休みで帰省しているが、急ぎ実家で済ませたい用事が片付いたので散歩がてら立ち寄った。オーナーと将棋に興じつつ奥の座敷で店番をしていた彼と話して小一時間。口下手の自分が提供出来る話題に限界を感じ始め、名残惜しいがそろそろ腰を上げようとしていた矢先の質問だった。
    「存在は知っています…本で…」
    嘘ではない。子どもの頃確か図鑑か何かで見た筈だ。昔の玩具がフルカラーで掲載されたページに、平らに畳まれた状態と、空気で膨らませた姿とを両方目にした記憶がある。自分が実際触ったことのある玩具と言えば、外国のメーカーの、どちらかというと高価な部類に入る知育玩具だった。幼過ぎて脳に残っていないだけかも知れないが、思い返してみても確か弟のおもちゃ箱には紙製のボールは無かった。普通のゴム風船なら腐るほど見たが。
    「そうかぁ、紙風船とはご縁が無かったか…」
    「すみません」
    自分の子供時代を呪うことになるとは思わなかった。何故我が家の教育方針に「紙風船で遊ぶ」項目は無かったのか。折角出てきた新たな会話の糸口が紡がれず千切れていく。何か関連ワードは無いのか、頭の中の引き出しをひっくり返し死に物狂いで中身を漁るが、「すみません」から自然に繋がる話題は出てこなかった。しかしこのまま立ち去るのも失礼な気がして、そもそももっと話していたい欲求でぐちゃぐちゃになって、いよいよ思考が止まってどうしようも無くなったあたりで、彼が再度口を開いた。何でもない軽い調子で。
    「よし、今遊ぼう」
    「…え?」
    立ち上がり店の倉庫へ向かう背中を戸惑いつつも見送った。

    「あったぞ」
    呆けている内に予想よりずっと早く彼が帰ってきた。その手には宣言通り折り畳まれた紙風船らしき物。
    「初めて見ました…」
    思わず漏れた素直な感想を聞き届けた彼が快活に笑った。
    「本当に実物見たことねえんだなあ」
    はい、と差し出されたそれを手に取ると、パリパリと音がして、脆そうで何だか頼りない。本当にこれに子どもの遊び相手が務まるのだろうか。
    「開いてみな。大丈夫、意外と丈夫だから」
    楕円形のそれを恐る恐る触診し、重なり合った紙同士を立てて開く。
    「端の銀紙のところが円形に切れてるだろ?そこから息を吹き込んで風船の形になるまで膨らませるんだ」
    息。と言うことはこれに口を付けるのか。ここではたと思い当たった。
    「あの、おいくらですか」
    「お代?要らんよ?」
    「そう言う訳には…売り物でしょう」
    「いやもう棚には並べられなくなっちまったもんさ。お前さんさえ良ければ貰って欲しい」
    「そう言うことなら…」 
    指示通りに息を吹き込むと、こちらの不安をよそに存外簡単に膨らんだ。そこまでは良いものの、肝心の使い方がわからない。球技と言えばサッカーや野球がすぐに思い浮かぶが、蹴ったり道具で打ったりするに耐え得る物には見えないが。掌に乗せ逡巡していると、ひょいと彼に奪われた。
    「怖がりなさんな。ほら」
    真上に放り投げられた色鮮やかな紙の球。重力に素直に従って彼のもとへ落ちてくるが、掌で軽くぽんと叩かれると再び宙へ舞う。なるほど一人遊びに使えるのだな、と納得しかけたところへ油断したなとばかりに球が飛んできた。
    「落とした方が負けな?」
    「えっ!?あっはいっ」
    彼方此方にわざと飛ばされる紙風船に翻弄される。ルールとしてはバレーボールが近いだろうか。だがそんな事を考えている余裕は無い。冷房が一応効いているとは言え今は猛暑。時には畳に倒れ込みながら、いい大人がボール遊びに必死になっていれば汗を拭う暇も無く。一方彼は慣れなのか、息も乱さず汗一つかいていない。いや、運動不足が祟ってのことだけでは無い。もし、この紙風船を床に落としたらもう帰らないといけない気がして。何としてもこのラリーを続けたい思いがあった。それと同時に、ただ楽しかった。実際にあったかどうか定かで無い、幼い頃に誰かとボールで遊んだと思われる記憶を追体験しているような。彼との間に言葉が無くとも、宙を舞うこの玩具が許してくれるような気がして。紙が衝撃で僅かにひしゃげていく音と、二人の笑い声で満ちるこの空間に居るだけで幸福だった。夢を見ているんじゃないだろうか、これが白昼夢って言うんだったか。あれってこんな年齢になっても見るものか。何にせよ、夢なら醒めないで欲しい。時間が止まって欲しい。ずっとこうしていたい

    ちりんちりん

    突然引き戸が敷居を滑る音が響いて、流れ込んで来た風鈴の音で現実に引き戻された。軒先に吊るしてあった風鈴を見上げつつ、数人の子どもが顔を覗かせている。乗り物や恐竜の柄の半袖Tシャツに膝丈のズボンと、「らしい」服装に微笑ましくなるが、対して子どもたちはこちらの顔を見てキョトンとしている。体が大きくて着ている服も全然違う「異物」だものな、しょうがない。紙風船の所在を確認すると、彼の手の中に収まっていた。最後に触っていたのは自分と彼のどっちだったか思い出せないが、潮時だろうな。残り少ない麦茶を一気に片付けゆっくり立ち上がる。
    「今日はこの辺でお暇します…ご馳走様でした」
    おやそうかい、と別段引き止められることも無いのを身勝手にも残念に思いながら鞄を手に立ち上がる。すると、接客のために同じように立ち上がった彼が、掌にいつの間か畳まれた紙風船をそっと忍ばせてきて、耳に口を寄せ囁いた。

    「またそれ持って来なよ」

    子どもたちの側に寄り接客する彼に手を振られつつ、いつものように店を出た。軒先の風鈴が風に揺られて今日も涼やかな音を立てている。別に風鈴には何の罪もないのに、先程夢から醒めさせられたのが恨めしくて、ゆらゆら揺れている筈のその姿を見上げることが出来なかった。硝子の向こうの青空が透けて見えて、きっと綺麗だったのに。

    つい先程自分の子ども時代に苦虫を噛み潰したような思いを抱いたばかりだったのに、今度は子どもが羨ましくなるとは。自分が彼と初めて会ったあの時のように幼かったら、もっと堂々と長居出来たのだろうか。門限の時間までずっと一緒に居られたのだろうか。照りつける陽の下、実家までの帰り道を一人歩きながら、そう思わずにはいられなかった。どうか耳の火照りが帰宅までに冷めますように。

    この夏も、何も言えずに過ぎてしまうのだろうな。

    「やあっと渡せたのかよ、あの紙風船」
    後日、小次郎から話を聞いた店番の青年は、呆れたようにぼやく。
    「まあそう言ってくれるな。嵩張る物でもなかったろ」
    「それはそうだけどさ」
    小次郎がかつてたった一度だけ店で目にした子どもの話を、青年はよく聞いていた。身なりや所作からどう見てもこの辺りの子どもでなかったこと、おそらくそれ故場慣れもしておらずキョロキョロと不安そうにしていたその子どもと話してやるととても嬉しそうにされたこと、自腹で店の紙風船を買い、また会えたら渡してやるんだと小次郎自身喜んでいたこと。
    いくつもの夏が過ぎても小次郎がずっとその子どもを待ち続けていたのを知っていたから、青年はそれ以上は口を噤んだ。
    「また来るって確信があったのか?」
    「いや特に」
    「ふぅん…」
    子どもに限らず小次郎が特定の人間に興味を持つのは珍しい。若い頃からやりたい事に人一倍に真っ直ぐで、それ故に他人との関係はそれほど深くしないタイプだと先達から聞いてはいた。その小次郎が、あんなに年齢差のある人間と。
    「何となくそうしたかったんだよ」
    「それって…」
    また会えるまで待つことを?一緒に遊んでやることを?語らうことを?それとも、
    「駄菓子屋なんてモンはな、子どもがわくわくしながら来るとこなんだよ、小銭握り締めてな…」
    青年には、小次郎の「それ」は独り言のように聞こえた。
    「けどあの子は何か違ったんだよ。あのくらいの子どもなら持ってる何かが欠けたままのような…そんな感じだった…ほっとけなくてな、」
    そこで言葉を切った。少しの静寂が流れ、
    「まっ帳簿外在庫が減って棚卸しがしやすくなったな、たはは!」
    「誰のせいだ誰の」
    これ以上の詮索は無用と言わんばかりに話題を変えられた。深掘りしてくれるなと言外の圧を感じ、伊織は黙る。触れられたくないことは誰にでもあるものだ。今日のところは人生の先輩として小次郎を立ててやることにした。倉庫で長年彼を待っていた紙風船に、思いを馳せながら。
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    それはテーブルの上の二つの麦茶がすっかりぬるくなってしまった頃。

    「坊ちゃんは紙風船で遊んだことはあるかい?」
    盆休みは流石に店を閉めているだろうな、そう思いつつもつい足を運んでしまったいつもの駄菓子屋で、彼にそう問われた。今は夏休みで帰省しているが、急ぎ実家で済ませたい用事が片付いたので散歩がてら立ち寄った。オーナーと将棋に興じつつ奥の座敷で店番をしていた彼と話して小一時間。口下手の自分が提供出来る話題に限界を感じ始め、名残惜しいがそろそろ腰を上げようとしていた矢先の質問だった。
    「存在は知っています…本で…」
    嘘ではない。子どもの頃確か図鑑か何かで見た筈だ。昔の玩具がフルカラーで掲載されたページに、平らに畳まれた状態と、空気で膨らませた姿とを両方目にした記憶がある。自分が実際触ったことのある玩具と言えば、外国のメーカーの、どちらかというと高価な部類に入る知育玩具だった。幼過ぎて脳に残っていないだけかも知れないが、思い返してみても確か弟のおもちゃ箱には紙製のボールは無かった。普通のゴム風船なら腐るほど見たが。
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