運命じゃなくても「そっか」
恋人とおそろいだったバース性。まさかの結果に自分でも驚きつつ、それでもやはりどこか浮かれた気持ちで報告した診断結果。しかし、それに対する彼の返答は、武道からすれば思いがけないものだった。
「別れよう、タケミっち」
何の感情も伺えない表情でそう告げた恋人――いや、つい先程まで恋人だった相手、万次郎にどうしてですか、とも悪い冗談は止めて下さいよ、とも言うことができず、武道はただ呆然と立ち尽くしていた。
「ひっ、、、ひぐっ、、、ぐす、ぅゔう~~」
「あーもう、そんなに泣くなよ、相棒。・・・っていっても、無理だよなぁ・・・。あんなに仲良かったのに、どうしてマイキーくんはタケミっちと別れる、なんて言い出したんだ?」
みんなに心配をかけまいと、学校では無理していつも通りに振る舞っていたつもりだが、そんなオレのことなんてお見通しだったのだろう。家に押しかけてきた千冬と八戒を前に、オレの涙腺は限界を迎えた。溢れ出した涙は拭っても拭っても止まる気配がない。背中をポンポンと擦ってくれる優しい手も、涙の勢いを加速させるのに一役買っていた。
泣きじゃくりながら、オレがマイキーくんに何度も詰め寄ってやっと聞きだした理由らしきものを伝える。
曰く、オレもマイキーくんもαなのだから、Ωと恋人になるべきだということ。αの本能を甘く見てはいけないということ。オレのことが嫌いになったわけではなく、むしろ大切だから幸せになってほしいということ。
途切れ途切れで、順番もぐちゃぐちゃなオレの話を黙って最後まで聞いてくれた相棒は、それでも、と眉をひそめた。
「そんなん、全部マイキーくんの一方的な言い分だろ?タケミっちが納得できるわけないじゃんか。そりゃ、バース性が重要なのはわかるよ。ちいせぇときから散々、テレビでも学校でもやれαだΩだ、って言ってるのは聞いてきたんだし。・・・けどさぁ、やっぱひでぇよ。オレだって納得できねぇ。なのにドラケン君たちもみんな、マイキーくんの肩を持つし・・・」
「タカちゃんたちはさぁ、オレ達のこと後輩だって思ってるんだよ」
当てはまる言葉を一つずつ探すような、ゆっくりとした口調で八戒が口を開いた。なに当たり前のこと言ってんだよ、と口を挟みそうになった千冬を制止ながら、八戒は言葉を続ける。
「年上って、ずりぃよなぁ。絶対ひっくり返せないし、『友達』だって言ったって、結局、オレ達のこと守ろうとするんだ。『友達』だけど『後輩』だから」
・・・分かってるよ、そんなこと。マイキーくんがオレに幸せになってほしいって言ってくれた気持ちが嘘じゃないことくらい。自分の為じゃない、オレに、αとして幸せになってほしいって。
だけど、そしたらオレがマイキーくんのことを好きな気持ちはどうすればいいのだろう。彼だって同じはずなのに。オレのこと、大好きだって笑ってくれていたのに。
唇を噛み締め、俯く武道に「けどさぁ」と八戒はまだ言葉を続けた。顔を上げる。彼はまっすぐにこちらを見ていた。
「オレ達はもう、ちゃんと対等になれるよ。タカちゃんたちがどう思ってたってさ。どうしたいか、なにを選ぶのか。マイキーくんだけじゃない、タケミっちだって決められる。・・・オレにさ、そう教えてくれたの、タケミっちだったろ?」
「・・・オレは、マイキーくんと別れたくない」
溢した言葉はどうしようもなく本心だ。大好きだった。不敵な笑みも、仲間想いなところも、我儘なところも、案外寂しがり屋なところも。少しずつ彼の内面を知るたびに、よりいっそう好きになった。愛していた。今だって、こんなに愛しているのに。彼と同じ未来をみたかった。当たり前のように隣り合って笑いあう、そんな幸せな未来を夢見て疑わなかった。こんなところで終わるのか。オレも彼もαだったから、そんなことのせいで。第一、バース性がそんなに偉いのか。武道だって、ちゃんと分かっているつもりだ。αだと分かったときに、わざわざ別の教室にまで呼び出されて、講習を受けさせられた。発情期のΩに接触すればほぼ抵抗のすべはなくαも発情してしまうこと、番という唯一無二の存在を得ることがαとΩの幸福だということ、ホルモン的にも安定すること。αとΩは本能的に強く求め合う関係であること。
だけど。
本能に支配されるままに生きるなんて、動物となにが違うのだろう。いや、野生の動物だって、死んだつがいの傍を離れずに死んでしまうものもいると聞く。――本能を凌駕するだけの感情が、自我が、動物にあって人間にないはずがあるだろうか。
「オレ、マイキーくんと話してくるよ」
震えていない、しゃんとした声が出せたことを、ひどく心強く思った。
「オレが、オレ達の未来についてどう思っているのか、どうしたいのかをちゃんと話してくる。別れたくないって、マイキーくんの結論に対する拒絶じゃなくって。一人が決めて、もう一人が嫌だって言って。それじゃ、堂々巡りだもんな。うん、オレ、ちゃんと話し合うべきだったんだ。・・・ありがとな、八戒、千冬も。元気でた」
「・・・まあ、相棒がそう決めたなら文句ねぇよ。オレ達だってさ、タケミっちにもマイキーくんにも幸せになってほしい。頑張れよ!」
ぐっと親指を立ててみせる千冬の横で、八戒がどこか誇らしげに笑う。
「応援してるよ、タケミッち!オレ、タケミっちが一人で立てないときに、傍にいてやりたかったんだ。いつかみたいに、さ」
「話すことはねぇよ」
佐野邸を訪れた武道に、万次郎の答えは冷たかった。
「オレはもう決めた。オマエとは別れる。・・・幸せになってほしいって、何回いえば分かるんだよ」
呻くようなその声に、今までの武道であればどうして、嫌だと縋るだけだった。
けど、今日は違う。
ちゃんと考えた、考えたことを伝えるためにここに来た。今までのは、きっと会話ではなかったから。
「幸せになりたいよ!オレは幸せになりたいし、マイキーくんにも幸せになってほしい!!だから来たんだ!運命じゃなくて、本能じゃなくて、いつか来るかもしれない未来の話じゃなくて、今ここに居るオレはマイキーくんのことが大好きで、ずっと一緒に居たくて、愛してる!誰よりずっと隣にいて、毎朝おはようって、毎晩おやすみって言える未来を生きたいって!マイキーくんは?今のマイキーくんはどう思ってるの?マイキーくんがαなのは、オレがそうだって分かる前から分かっていたことでしょう?オレがおそらくΩじゃないことも。それでも君はオレと恋人だった。オレは、いつか番ができるまでの暇潰しだった?」